私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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十五話

 

 

放課後。私たちはそのっちさんを連れて『勇者部』の部室に足を運んでいた。部室に入ると既に風先輩と樹ちゃんが居て、こちらに気がつくとニカっと笑みを浮かべ先輩が私たちを迎え入れてくれる。

 

「…あら。その人は──確か転校生の」

「さすが先輩! 情報が早いですね」

「いや〜私ってそんなに有名人になってますかぁ〜。嬉しいねぇ」

「そのっち。喜んでないで先輩たちにご挨拶」

「はぁーい」

 

東郷さんに促されてそのっちさんはほんわかのまま前に出ると、その雰囲気を崩さぬまま挨拶を始めた。

 

「改めて勇者部入部希望の乃木園子です。二年前に大橋で勇者をやっていました〜。皆、改めてよろしくお願いします」

 

軽い感じで両手をひらひらと振って言う彼女。大橋っていうとあの瀬戸の大橋のことだよね?

 

(…あそこには壊れた大橋が残ってる。やっぱりあれは普通の事象ではないんだ)

 

付近の立ち入りは禁止されているあの場所は私も外観を眺めるに留まっていた。こうして少しずつ情報が分かってくるとあの場所も『勇者』と関係していることが明らかになってくる。やっていた、とそのっちさんは口にしていた。なにかと『わたし』たちは戦っていた……?

 

「偉大な先代勇者を歓迎します。乃木さん」

「乃木とか園子、でいいですよ〜部長」

「おぉ…! さっそくあたしのことを『部長』と呼んでくれるなんて────誰かさんとは大違いだワ」

「はいはい……って、それってもしかして私のことかっ!」

 

夏凜ちゃんのツッコミもキレがいいね。そのっちさんはそんな二人の様子でさえ、なんだか目を輝かせているように見える。

 

「三好さん。お兄さんには何度も会ったことあるよ〜」

「…! あ、兄がお世話になりまして……」

「教室でも言ったけど敬語じゃなくていいよ〜。同級生なんだし、もっと部長とのやりとりみたいに砕けた感じでいいからさ〜」

「そ、そう? まぁ、それならそうする────」

「私も親しみを込めてにぼっしーって呼ばせてもらうから」

「誰だそのあだ名教えた奴はッ!!?」

「そりゃ東郷しかいないでしょ」

 

ガーッと剣幕を立てるその周りで視線は東郷さんへと注がれる。確か夏凜ちゃんが席を外していた休み時間に東郷さんがそのっちさんに話していたことを私は思い出していた。当の本人である東郷さんは微笑みを絶やさないでいた。流石だね。

 

「い、犬吠埼樹です! よ、よよろしくお願いします、園子先輩ッ!」

「……おぉ〜♪ 先輩って響き良いね〜。こちらこそよろしくねイツきち」

「ふぇっ!? な、なんですかその呼び名」

「そのっちは変なあだ名をつけるのよ」

「他にもイツえもん、とかイッつんとかあるよ〜どれがいい?」

「そ、その中ならイッつんでお願いします。先輩」

「了解だよ〜イッつん♪」

「ひゃー!? そ、園子先輩ぃー!」

 

そう言ってそのっちさんは樹ちゃんを抱きしめると彼女は顔を真っ赤にして驚いていた。その横で別の意味で顔を赤く涙に濡れている風先輩が夏凜ちゃんにツッコミを入れられていた。どうやら妹のコミュニケーション能力が上がって喜ばしいみたいだ。前に先輩から話を聞かされてからは私も樹ちゃんの成長しているところを見るのは我がことながらに嬉しく思う。

 

「…ふぅ、満足。改めてわっしーもよろしくね〜」

「えぇ。また一緒に頑張っていきましょうそのっち」

「うん♪ あとは結城さん……んー、ゆっちーもよろしくねー!」

「はい! よろしくですそのっちさん!」

「ゆっち〜♪」

「そのっちさーん♪」

 

手を繋いできてどきっとしたけど、こんなにも親しく歩み寄ってくれる彼女といて私も楽しい気分になる。

 

「あらあら二人して踊っちゃって」

「息合ってるねお姉ちゃん」

「……むっ」

「…むむ」

 

回る視界の中で東郷さんと夏凜ちゃんの表情が優れないように見えるけどどうしたのかな?

それにしてもこれいつまで回っていればいいの…? なんかだんだんと速くなっているよう……な?

 

「ふやぁ!? 速い! 速いよそのっちさんーー!」

「いえーい! ノってきたぜーい!」

「そのっちその辺にしないと友奈ちゃんが吹き飛ばされちゃうわ!」

「あ、それもそうだね〜……はい! ごめんねゆっちー」

「にゃあ!? 急に離されちゃうとぉー?!」

「あ、危ない友奈ちゃ────!」

 

急に手を離された私は遠心力に流されて飛ばされる。その先には……

 

「……おっと。大丈夫友奈?」

「風先輩っ! は、はいぃ……すみません助かりました」

「だ、大丈夫ですか友奈先輩っ!?」

「くぉら乃木! 部室で友奈を振り回しちゃダメでしょうがー!」

「はーいゴメンなさーい♪ この画も中々どうして良いもんだぁねぇ〜」

『ぐぬぬぬ……!』

 

目が回って風先輩に抱きとめられて事なき終えた。その横では待ち構えていたであろう二人も居たのだがそちらには行かずに空振りに終わる。不満顔の二人とニコニコ顔のそのっちさんがとても対照的で面白くはありました。目は回りましたけど。

 

「あ、あんた何してくれてんのよ園子ッ!」

「お~♪ にぼっしージェラシ~??」

「んなぁ!!? なわけないでしょぉ!」

「そのっち今のはちゃんと私の方に友奈ちゃんをぱすしないと! しないと!!」

「わっしーは直球的だなぁ。でも二人きりの時はいつもこう……ぎゅってしてるんじゃない??」

「────っ!!?」

「おお!? もしかして事実だった? なら創作意欲がぐんぐん湧いてくるんよ~!」

「ちょ!? 違う、誤解だわそのっち!!」

 

ぎゃーぎゃーわいのわいのともみくちゃになる三人を余所に私は先輩の腕の中でその光景を眺めていた。

上を向いてみると困ったような表情を浮かべている風先輩の顔が見えた。

 

「まったく……濃ゆい新人が入ってきたわね。よしよし」

「ふゆぅ……きもちーです先輩」

「むぅぅ……お姉ちゃん! 友奈さんが苦しがってるから離してあげてっ!」

「お、なになに!? 樹がジェラってる?! はぁ~ここが天国だったかぁ……」

「もーー! ち・が・う・か・ら! 友奈さんもお姉ちゃんにくっつきすぎですぅ!」

「ご、ごめんね樹ちゃん」

 

樹ちゃんに注意されてしまった。急いで離れようと先輩の腕から出ようとするとなぜかさらにギュってされてしまう。と思ったら今度は隣に樹ちゃんもいる…っ!?

視線を向けてみると風先輩の息は荒くなっていた。

 

「みんなあたしの妹じゃい!」

『こらーーーっ!!?』

「あはは〜♪ 賑やかな部活だねー」

 

楽しそうに眺めるそのっちさん。でもみんなと仲良くできそうでよかったと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい皆の衆、傾注せよー」

 

パンパン、と手を叩いて場を静める。混沌となっていた騒動も収め改めて風先輩は黒板の前に立っていた。

 

「こうして新たに部員を迎えて勇者部は更なる発展を遂げることでしょう。活動もより一層励むように各自身を引き締めて取り組むように」

『はーい!』

「そして近々イベントが控えているのは皆もご存知の通り。乃木にも参加してもらおうと思っているんだけど」

 

イベント? なにかあったっけ。みんなは知っている様子なのでもしかしたら『わたし』の時に上がった話題なのかも。

 

「そう──文化祭よっ!」

「わーい! 文化祭♪ 文化祭〜!」

「あたしらは勇者部で『劇』をすることになってるのよ。乃木も早くに復帰したんだから是非楽しんでもらいたいわね」

「どういう演目なんですか部長ー?」

「はいそのっち。これが脚本よ」

「ありがとうわっしー……どれどれー」

 

パラパラとページを捲り始めるそのっちさんを他所に私の思考は沈黙の一途を辿っていた。

 

(…え、え?? 劇って演劇のことだよね? し、知らなかったよやるなんて)

 

教室でも告知していたから文化祭があることは知っていたし、それらしい小道具も部室の隅に置いてあるのは理解していたけど、まさか『演劇』をやるとは想像してなかった。前々から準備してたんだよね…? わ、私演劇なんてやったことないから不安なんだけど……あ、もしかしたら裏方とかかもしれない。それならでき────

 

「お、ゆっちー主役なんだね! さっすが〜…ってどうしたん?」

「で、ですよねー……ううん。なんでもないよそのっちさん」

「友奈も病み上がりだけど、無理はしないようにね」

「はい…頑張ります風先輩」

「友奈ちゃんのサポートは私がしっかり務めるので任せてください風先輩」

「ありがとう東郷さん」

 

淡い期待を抱いていたけど、ほんとに淡い期待だったよぉ…。

大丈夫かな…不安になってきた。

 

 




友奈……園ちゃん→そのっちさん。
園子……ゆーゆ→ゆっちー。

呼称はそれぞれ変化しています。(各々第一印象やらが変化したためか)
友奈や園子は予想以上の回復っぷりを見せて文化祭前までに学校に通えるようになっています。

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