私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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十六話

 

 

 

夜。私はお風呂を済ませて髪を乾かす前に端末を手に取り通話をしていた。

 

「──ってことがあってね。そろそろ本格的に文化祭の準備が始まるんだよ。それとは別に部活内でも演劇をすることになって…」

『演劇……結城は何の役をやるの?』

「メインが魔王と勇者なんだけど、私は勇者側をやるみたいなんだ。初めてだから緊張しちゃうよー」

『おー。主人公やるなんて……結城は凄い。私は恥ずかしくて……むりかも』

「そ、そんなことないよっ! 私だって不安で心臓がどきどきしちゃうもん。シズクさんならなんとなく似合いそうな役だよね」

『…ん。シズクの場合は魔王を倒して逆にオレが魔王になってやる……ってぐらい言いそう』

「あはは! 確かにそうかもしれないですねー」

 

通話の相手はしずくさんでこの前のお礼を兼ねて私は電話をしている。メールやNARUKOでも良かったんだけど、やっぱりお礼をするなら直接の方がいいかなって思って連絡しています。更に欲を言うなら会ってお話しがしたいんだけど、シズクさんが今度はいつ会えるかわからないって言ってたからそれは叶わないでいた。

 

「あ、ごめんなさい。私ばっかり話してて……」

『…ん。構わない。結城の話は聞いていて楽しいし飽きないから話しててくれて大丈夫。もっと色々と話を聞かせてほしい』

「しずくさん……うん、分かったよ! それでね、劇の練習をしてるんだけどー──」

 

スピーカーをオンにして端末を傍に置き、ノートパソコンで作業を行う。慣れてきて、『ながら』作業が出来るようになってからは効率が飛躍的に上昇した。

しずくさんに言っているように劇の練習は東郷さんと暇が合えば一緒に手伝ってもらっている。私としては初めからのことなので台本を読んでセリフを覚えていかないといけない。主役をするためにその量も結構あって中々に苦戦している。

 

「当日はしずくさん……来れなさそうですよね?」

『ごめん、神か──寮長の許可が下りなかった。結城には悪いことしちゃった』

「そんなことないです。むしろ私の方こそ無理にお願いしちゃってすみません。今回は残念ですけど、次の機会の時にでもまた」

『ん。わかった』

 

……その時に私はどうなっているのかわからないけど。なんて考えは野暮だよね。

 

「そっちの学校はこういう行事ごとってあるんですか?」

『…そういうのは、ない。閉鎖的な校風だからあまり他所と交流とかもしてないかな。だから結城たちがやっているような行事には興味がある』

「変わった校風ですね。でももし何か行事とかあったら是非教えて欲しいです」

『……もちろん。他には何かあった?』

「ん〜と。そうですねぇー……あっ、部活で新しいメンバーが増えたんですよ。名前はそのっちさ……んじゃなくて、乃木さんって人なんだけどねー」

『────! 乃木園子?』

「あれ、もしかして知っているんですか?」

 

確かめるような口になっていてその様子から私は訊ねてみる。数瞬無言が続いた後にしずくさんは喋り出す。

 

『…乃木は小学校の時に同じ学校に通っていたことがある』

「…! へぇ〜そうだったんだ。確か神樹館でしたっけ? 今度しずくさんのことを訊いてみようかな」

『…でも恐らく向こうの面識はないと、思う。クラスも別だったから話したこともない。私の方が一方的に知っているだけかも』

「乃木さんは人気者だったんですか?」

『……御役目を担っていたのもあるかな。乃木を含めてもう二人──鷲尾と三ノ輪がいた』

「──えっ。鷲尾…?」

『…でも、鷲尾も話したことない。唯一三ノ輪とは数回話しした程度だけど』

 

しずくさんの口から出てきた『鷲尾』という名前を聞いてそれは東郷さんのことだと確信する。そのっちさんは『わっしー』って呼んでいるし、そもそもが珍しい名前だしで聞き間違えることはない。あの二人は小学生からの付き合いということになる。しかしそうなると残りの一人……三ノ輪さんはどうしているのかが気がかりになってくる。この際なので訊いてみることにした。

 

「しずくさん。三ノ輪さんって今なにしてるのとかは知ってますか?」

『…………三ノ輪、は』

 

そこで言い淀むしずくさん。表情は判らないけど何か考えているような間があると感じた。

 

『……三ノ輪は御役目の最中に亡くなった。私はそれぐらいしか言えない』

「────っ」

 

亡くなった…? 聞き慣れない、非現実的な単語に私は息を飲んだ。なぜ、どうしてという感想を抱くと共に『御役目』という新たなワード。それはきっと『勇者』とイコールで繋がるに違いない。

つまり勇者とは人の生死に関わるナニカ──ここで言うと『御役目』ということだ。それを『わたし』が……東郷さんやみんながやっていた? いや、今もやっている?

 

『…結城?』

「へっ!? あ、ごめんなさいしずくさん。でも今教えてくれてよかったかもしれないですね。不躾にどこかのタイミングで乃木さんに訊いてたかもしれないので」

『…ん』

「その……三ノ輪さんのお墓とか、はあるんですよね?」

『大赦が管理している所にあるって聞いた。詳細は乃木の方が詳しいかもしれない』

「なるほど、ありがとうございますしずくさん」

『役に立てたのなら何より』

 

あまり質問責めするわけにもいかない。なによりデリケートな話題故に尚更だ。その後も数十分ほど話をしてから私たちは通話を終えた。

 

「…三ノ輪さん、か」

 

歳も性別も同じなのに、たった一つの環境の違いがこうも人の歩む道を変えてしまうのか。

 

(…会ってみたかったな。きっと優しくて強くて……暖かい心の持ち主なんだろう)

 

私の周りの人たちと同じように。本当にみんな優しい。みんなから溢れ出る『熱』は私を動かす歯車の潤滑油であり原動力だ。特に東郷さんがくれたこの『熱』はまだ私の中で力強く脈動している。

 

「……私はこの身体を友奈ちゃんに返すことが目的──だったけど、今日までの情報を考えるにそれは一筋縄ではいかないかもしれない」

 

口に出して改めて確認する。友奈ちゃんはきっと三ノ輪さんの様に守り、戦った果てに帰ってこれなくなって…それで私が生まれたんだ。

なら戦う相手は誰? 同じ人? それとも漫画や映画に出てくるような異形の怪物? わからない。でも命のやり取りがあるのは理解できた。

 

(頭では分かっても……私は本当にその場に立った時、戦えるのかな?)

 

『私』の存在は普通ではないけど、『わたし』の環境は普通の人と同じだと思っていた。大好きな人に起こしてもらって、学校に通って、そこでの友達と学び遊び、部活でも仲間とともに様々な経験を積みながら日々を過ごしていく。ありふれた、ごく普通の生活をしていくものだと思っていた。

いや、彼女たちも『普通』を望んでいるはずだ。だからこそ、故に戦っているのかもしれない。

だったら、私も立ち上がらなければいけない…………震えてしまうかもしれないし怖がってしまうのかもしれないけども。

 

「──気持ちだけは負けちゃダメだよね。何事にも……絶対に」

 

『結城友奈』としての責任もある。だからこれからも頑張り続けようと私は心に誓う。

日記と東郷さんと分担している仕事を終わらせて私は椅子から立ち上がった。

 

「んん~! さてと、髪乾かして台本の暗記しないと」

 

文化祭まで時間はあまりないからね。みんなに迷惑のかからないようにしないと…。

それから日付が変わるまで私は劇の台本を暗記し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日の讃州中学は校内全体が活気に溢れている。もうすぐ始まる『文化祭』に向けて生徒たちが各準備に取り掛かっているからだ。

催し物の小道具を作成したり、看板の取り付けや飾り付けをしたり────その様子はさまざま。生徒たちは楽しく談笑しつつ、この時間を楽しく過ごしている。この空間というか空気は結構好きな気がします。

 

「……あ、この位置に物を置かれると通行が妨げられてしまうので気をつけて下さい」

「ごめんなさい結城さん! あ、ついでで申し訳ないんだけどこの備品の申請の件って────」

「昨日言っていた物ですね! 申請は確か通っていたはずなので後で生徒会に確認を……」

「結城さん~! こっちの飾り付けなんだけどー」

「はーーい!! 今行きます」

 

あっちこっちから声が掛けられて実は結構忙しい状況なんだ。生徒会の人たちからの依頼で勇者部が助っ人に入っているためにこうして各教室に足を運んで仕事に追われています。

風先輩も最上級生で今年が最後の文化祭。なので私たち以上に大忙しみたいで『各自の判断に任せるわ』と指令を受けて私は行動している。樹ちゃんも一年生たちからよく慕われていてとても微笑ましい光景だった。

 

「友奈! お疲れ様、作業は順調かしら?」

「夏凜ちゃん! うん、でもかなりバタバタで大変なんだね文化祭って」

「私も文化祭なんて初めてだから他は知らないけどまぁ……嫌な忙しさではないわね。いい運動になるわ」

「ほんとにね」

 

お互い顔を見合わせて笑う。

廊下で夏凜ちゃんとバッタリ会い、結構大荷物で手伝おうかと聞いてみたら彼女は首を横に振った。

 

「今は園子もいるし、友奈は東郷のフォローをしてちょうだい。今のあんたはそっちのが向いてる気がするから」

「了解。でもそのっちさんはどこに────」

「にぼっしー待ってよぉ~!」

「あ……そのっちさん」

「遅いわよ園子」

「いやー思ってた以上に身体が鈍ってるから驚いたよ~。あっ、ゆっちーだ! やっほ~♪」

 

遅れて後ろからひょっこり現れたそのっちさんの手にもそれなりの荷物が抱えられていた。や、病み上がりなのに大丈夫なのかな?

 

「全然へっちゃらだよぉ~。むしろ私からにぼっしーにお願いしたんよ。やりたいーってね」

「そ、そうなんですね」

「そういうこと。じゃあ私たちは行くわね友奈。また部室で」

「じゃあね~ゆっちー」

「怪我だけはしないでね二人とも」

「────友奈!」

「なに夏凜ちゃ……んぐっ!?」

 

去り際に夏凜ちゃんから何かを咥えさせられた。あ、この味は……にぼしだ!

驚いて夏凜ちゃんの方を見たら二ッと微笑んでいた。

 

「差し入れ。頭使ってる時のニボシはいい栄養になるわ。お互い頑張りましょ!」

「はむ、はむ……がんばろー!」

「おおーー!? 今の打点高いよにぼっしー! もっとやってー」

「はぁ!? べ、別に……か、勘違いしないでよね!! いくわよ園子」

 

顔を赤くしながら夏凜ちゃんはそそくさと行ってしまう。その後に続くそのっちさんはニッコリと笑いながら夏凜ちゃんの後に歩んでいった。

私も煮干しをポリポリと噛みながら手元のバインダーにある書類に目を通しながら生徒会室に足を運ぶ。

 

「……東郷さーん。ただいま」

「あ、おかえり友奈ちゃん。ごめんね一緒に巡回に行けなくて」

「ううん大丈夫。わ……すごい量の書類だね」

「生徒会の人だけだと中々手が回らないみたいでね。予想以上の仕事量で驚いてしまったわ」

「私も手伝うよ!」

「うん。申し訳ないけどよろしくお願いします」

「はーい」

 

東郷さんの横の席について半分の仕事をもらう。これも日頃から東郷さんが指南してくれた賜物でとても誇らしくなるね。

意欲も俄然湧いてきてサラサラと書類たちにペンを走らせていく。

 

「短期間で色々と成長したわね友奈ちゃん。私嬉しいわ」

「先生の指導がよかったからだよ。えへへ」

「もう…上手ね。みんな忙しそうだった?」

「けどみんな楽しそうにやってたよ。こっちまで気合が入っちゃうぐらいに……眩しいなぁって思った」

「私は友奈ちゃんの笑顔が誰よりも輝いて見えるよ」

「もー東郷さんってば」

 

そんなこと言われると照れちゃうよぉ。恥ずかしくなって横目を逸らすと頬をつんつんしてきた。

 

「かわい♪」

「にゅむ……東郷さんだってかわひーよ! えい、えい」

「ひゃん!? もう、やったわねー」

 

合間にそんなやりとりをしている時間がとても幸せでした。もちろん仕事もキチンと終わらせたのでオールおっけーです。

 

 

 


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