私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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十七話

 

 

 

文化祭の準備も無事に終えて前日の夕方。

勇者部一行は『かめや』に訪れています。テーブルには各々が注文したうどんが湯気を立てて空腹の胃に刺激を与えてきています。

 

「いやー! 無事になんとかここまで来ることが出来ました。みんなもヘルプ本当にお疲れ様!」

 

風先輩が仕切り食べる前に一言述べる。確かに今日までの期間はほぼ休みなしの状態で皆が奔走していてとても忙しかった。けれど誰一人として文句も言わず、当日を楽しみにしているからこそ頑張れたのだと私は思う。貴重な体験だった。

 

「風〜。ほどほどにして食べるわよ。うどんが伸びるわ」

「……そうね。確かに美味しい内に食べないとお店にも失礼ね! じゃあ、皆の衆ー! 今日は部長の奢りだから英気を養うためにもたらふく食べて明日に備えーいっ!!」

『いただきまーすっ!』

 

全員で手を合わせて乾杯ならぬ麺杯をする。パチン、と箸を割ってうどんを掴んで食べる。んー、今日もとっても美味しいなぁ。

 

「いやーしかしとてつもない依頼量だったわね。生徒会から始め、文芸部から運動部、各クラスの応援に先生の手伝い……勇者部も人気者になったわねぇー」

「それは風がなり振り構わず依頼を受けてたからでしょ? まぁ、途中からは各自の判断ではあったけどさ」

「にぼっしー一番気合い入ってたね〜。作業中とっても嬉しそうだったもん」

「あらぁん? あんたにとっては初めての学校行事だもんね〜?」

「う、うるさいわねっ! いいじゃないの別にー!」

 

さっそく夏凜ちゃんを弄り始めた先輩たち。それを私たちは面白く笑っていた。

 

「樹ちゃんもとっても頑張ってたよね!」

「友奈先輩……はい! ちょっと忙しかったですけど、クラスのみんなや他の人たちの役に立てられたみたいで良かったです」

「流石は次期部長候補筆頭ね。風先輩に負けずのカリスマ性だわ」

「東郷先輩持ち上げすぎてすよぉ〜。わたしなんてまだまだ…」

「樹は最強無敵の妹よぉ! ひゅーひゅー!」

「ひゅーーひゅーー!!」

「店の中で騒ぐな風と園子っ!」

 

凄いなぁ二人とも。疲れを感じさせないノリノリっぷりに感服するばかりだ。私なんて結構クタクタになっちゃってるのにね。すぐ息切れと目眩をしたりしちゃうし、まだまだ修行不足だと実感してしまう。

 

「友奈ちゃんも書類整理とか一番頑張ってたよ。おかげで楽できちゃったし」

「全然っ! それでも東郷さんの方が量多かったし、もうちょっと頑張らないとね」

「もう、まだ本番が残っているのよ? あまり突っ走りすぎないこと。いつも言ってるでしょ?」

「あっはは…そうでした」

「夫婦みたいだね〜お二人さん。いいよいいよー♪」

「そ、そのっちさんからかわないで下さい〜!」

 

意識しないようにしてるのに、そのっちさんは計ったように掘り起こしてくる。おかげでその後は目を合わせるのすらドキドキしちゃうんだからもう……。

 

小さく首を振って雑念を振り払い、うどんを食べることに集中する。すると、対面にいた樹ちゃんが小さく声を漏らしていた。

 

「園子先輩食べ方が綺麗ですねー…。東郷さんと同じぐらい」

「うどんを食べる日常の風景がこんなに華やかに見えるのは流石だわね……女子力上げるのにはこういうスキルも必要か…」

「風はガツガツ食べてた方が絵になるんじゃない?」

「それもそうね!」

「…………いや、納得されるのもそれはそれで複雑なんだけど」

「おかわりっ!」

「…って話を聞けぃ!!」

 

確かにそのっちさんの食べ方は優美に映る。東郷さんと並んでいれば貴族の食事会にも見えなくはない……食べ物はうどんだけどね。

 

私もそういう所作を身につけておいた方が東郷さんの隣にいても不自然じゃなくなるのかな?

 

「こういうのはその人が美味しく食べれればそれでいいのよ。あまりはしたないのは例外だけれど──だからそんなに心配そうに見なくても大丈夫よ友奈ちゃん」

「ふぇ!? も、もしかして口に出してた?」

「ううん。顔に出てた♪」

「ゆっちー今の子犬みたいで可愛かったんよ〜」

「あ、あはは……恥ずかしいからあまりからかわないでよー」

 

そんなに表に出てたのかな……気をつけないと。

 

 

 

 

 

 

 

やいのやいのと賑やかに過ごしたひと時。そうした思い出の一つ一つが私の進む糧になる。色も何もない私は今やたくさんの色に囲まれていた。

友奈ちゃんに会うために私は少しづつ情報を得て、積み上げ、形にして一歩前進していく日々。

 

……できれば私を『わたし』に受け渡した際にこの暖かい記憶をどうか受け継いでほしいと切に願う。だって、あの子の貴重な時間を私が間借りしてしまっているのだから。

今日は讃州中学校の『文化祭』の日だ。劇の台本も完璧に覚えてあとは本番を控えるばかり……でもまずはその前の時間を楽しく過ごしていこうと思う。

 

「行こ! 東郷さん」

「待って友奈ちゃん。走ったら危ないよ」

「ゆっちー張り切ってるねぇ~」

「そういうあんたこそうずうずしてるんじゃないの園子?」

「あちゃーバレちゃったかー。ならにぼっしー私たちもれっつらごーなんよ!!」

「ちょ!? 腕を引っ張るなぁー!」

 

自クラスでの催し物は喫茶店。でも制限があって既製品の物を使用しているため客足はそこそこだ。最上級生になるとそれらの制限は解除されてなんでもありの出店が並び建つ。中学生活最後の文化祭なので実際の本番はそこにあるのだ。必然的に大部分の生徒及び外来客はそこに集客し、私たちも交代の時間を使ってそこに向かうところだった。

 

『おー! 色々なお店がたくさんだぁ♪』

「友奈ちゃん、そのっち……はしゃぎすぎ」

「まるで小さな子供ねーまったく」

 

口々に言うが、お祭りの屋台にも似たその光景に二人の気分もそれなりに高揚しているように思える。時間は限られているけれど、それでも全力で楽しむことにした。

 

「お、きたわねいらっしゃい!」

「風先輩~お疲れ様です!」

「おおー♪ 部長の出店はうどん屋さんだー」

「名付けて『女子力うどん』よッ! 是非食べていって頂戴」

「四つ頂けますか風先輩」

 

エプロン姿の風先輩はとても様になっていた。そういえば自宅の家事は風先輩主導でしているんだっけ? だから違和感もないのかもしれない。

 

風先輩のクラスの人たちに指示をしてテキパキと四人前のうどんを調理していく。その際にも楽しそうに談笑しながら作っている光景は私の目からしてとても眩しく見えた。

青春を謳歌する──こういうものもその一つなのかもしれないって感じた。

 

「繁盛していますね」

「まぁね。売り上げのランキングもあるからみんな気合い入っちゃってるのよ──はい、お待ちどうさまっ!」

「ありがとうございます風先輩! お店頑張ってくださいー!」

「ふふ、ありがと友奈。でも食べ過ぎて午後の演劇に支障がでないように気をつけるのよみんな」

「私からしてみれば風が食べ過ぎないか心配だわ」

「フーミン先輩なら大丈夫だよーにぼっしー」

「樹にもよろしく伝えておいて。後で行くからって」

「はいっ!」

 

会話もそこそこに並びから外れていく。まだまだ後ろにはお客さんが沢山いるからね。

 

「あ、美味しい…」

「お出汁が効いていてとても良いわね。流石風先輩監修の女子力うどん」

 

本格的な味がする。これなら結構上位に入るのではないだろうかと思う。

私は食べるのもそこそこに首元にぶら下げていたカメラを手に取る。

 

「そのっちさん、夏凜ちゃん! こっち向いてー」

「おぉ。うどん記念だねゆっちー! にぼっしー食べてる姿とってもらおうよー」

「な、なんで私が──てか、気にはなってたけどやっぱり撮るためなのねそれ!」

「もちろんだよー! 東郷さんも一緒に」

「あら♪ じゃあ私も横に失礼するわね夏凜ちゃん」

「東郷まで…!? ちょ、両脇を固めるんじゃないわよ」

「はい、チーズ♪」

 

パシャり、と一枚フィルムに収める。このカメラはさっき東郷さんから借りたもので今日の私は兼カメラマンという立ち位置なのです。

 

恥ずかしそうに夏凜ちゃんは東郷さんとそのっちさんに挟まれる形で撮影されているが、どこか嬉しそうな気もして私も微笑ましく感じる。

その後も何枚か撮らせてもらう。一人一人の写真や、頑張っている風先輩をこっそり撮ってみたり色々と。

 

「ゆっちーせっかくだからわっしーと撮りなよぉ〜。私が撮ってあげる」

「あ、ありがとうそのっちさん。東郷さん……いいかな?」

「ふふ…いいわよ」

 

そう言ってそのっちさんにカメラを渡して撮影してもらう。くっ付いてピースして撮影。文化祭での記念の写真だ……大事にとっておこう。

 

「友奈そんなに写真好きだったっけ?」

「思い出だからねー。アルバムができるぐらい撮りたいんだ」

「ふーん? って言いながら撮るな撮るな!」

「もちろん夏凜ちゃんもいっぱい撮るよー!」

 

わいわいと周囲の賑わいに負けじと私たちも楽しむ。

さて、次は一年生のところ──樹ちゃんの元に向かうとしましょう。

 

一年生は入学して初めての文化祭。この手探り感ある催し物の数々は初々しく、微笑ましくあるとは東郷さんの弁。

しかし一際列を成しているクラスがあった。それはもちろん勇者部所属の樹ちゃんのいる場所で、『占い館』をやっているらしい。

 

「はえー…すごい行列」

「樹ちゃんのお店は大繁盛ね。私たちも並びましょうか」

「さんせー!」

「私は特に占ってもらうことは……ないけど。ないけど仕方なく並んであげるわ」

「素直じゃないなぁにぼっしー」

 

談笑しながら待つこと数十分。順番が回ってきた。案内されて私は一番最初に入ることになって館の中に入室する。

薄暗く、それらしい雰囲気を作った空間の奥に、樹ちゃんは座っていた。

 

「──あ、友奈先輩! 来てくれたんですね♪」

「お疲れさま樹ちゃん! わー衣装可愛いね♪ とっても似合ってるよぉ。東郷さんの手作りだっけ?」

「は、恥ずかしいんですけどねこの衣装……ありがとうございます」

「写真撮らせて~!」

「ひゃあ!? 恥ずかしいですってばぁー!」

 

わたわたと両手を振って羞恥に染まる樹ちゃんはとても可愛かった。でも貴重な一枚であるので撮影はさせてもらうね!

そして気を取り直して樹ちゃんは咳ばらいを一つして、目の前のテーブルの上に鎮座している水晶玉に向き直った。

 

「では、改めまして占いの館にようこそ。本日は何を占いましょうか?」

 

営業用のセリフなのだろう。自然な立ち振る舞いを見せている辺り、かなり手慣れてきているようにみえた。

そして問われる。

 

「なんでも大丈夫なの?」

「基本的には平気ですよ。何かありますか友奈さん?」

「………………じゃあ」

 

樹ちゃんの占いはよく当たるという触れ込みを信じて、私は秘めたる願いを口にする。

 

「────大切なモノを探してるんです。とても大事な、私にとって必要なモノを」

「……失くしものということでしょうか?」

「せ、正確には違う……のかもしれないけど。とにかく大切なモノなの。それを見失ってしまってどうしたらいいか悩んでる……ってごめんね抽象的な話で」

「いえ、お気になさらず。では友奈さんの占って欲しいことは────探し物に関して、ですね」

「は、はいっ!」

「いきます」

 

言いながら樹ちゃんの顔つきが変わった。両手を翳し、瞳をうっすら細めて正面の水晶玉を見つめるその様子に私は喉を鳴らして見届ける。

内装の演出なのか照明が淡く光り、まるで特別な力を行使しているかのような錯覚を覚えてしまう。数舜の時を経てゆっくりと樹ちゃんは言葉を紡ぎ始めた。

 

「────失くしモノは近いようで、彼方のような遠き場所にあり。近い未来、友奈さんはソレを手にする機会に恵まれる。それと星が視えます…」

「…………、」

「無数の星と黒い太陽……? 奔流のような……『熱』に従って……それが消えてしまう前に手にしないと失くしモノと共に……あ、あれ?」

「樹ちゃん…?」

 

それはどういうことなのだろうか?

なにやら彼女の様子がおかしい。瞳を揺らし、水晶玉を食い入るように見ている。

 

「壊れかけの時計の針が視えます……これは刻限? 限られた時の中で諦めず、挫けず懸命に歩めば……必ず手にすることができるとでてます」

「ほ、ホントに?」

「はい……でも、これは友奈さん……その」

 

歯切れの悪い樹ちゃんは口にしようかどうか迷っているようにみえる。それは彼女の態度からしてあまり良くないことがわかるけど、ここまでしてもらったので最後まで聞かせて欲しいと思った。

 

「大丈夫。樹ちゃん……どんな未来でも受け止めてみせるから」

「友奈さん……わ、わかりました」

 

樹ちゃんは胸元に手を当ててゆっくりと口にし始める。

 

「いま言葉にした単語の数々は手放しに喜べる結果とは言えないものなんです。このまま進めば探しモノは見つかりますが、一転してその対価を払うことになるということを示しています」

「……対価?」

「その探しモノがどれほどのものかは分からないですけど、相当の対価かと。それと最後にチラッと視えたのがありまして……一本の樹木がありました」

「……樹木」

「それ自体は特別ではないんですけども……その樹木から伸びた『影』が二つあったんです」

 

どくん、と心臓が跳ねる。なにか、樹ちゃんは私にとって知られたくないナニカ(、、、、、、、、、、)を────

 

「わたしの占術では樹木は『人』と表現し、『影』は人の心を現しています。今の友奈さんには樹木から『影』が二つ伸びていてその意味は心がふた────」

「────ッッ!!!!?!」

 

がたん、と大きな音を立てて私は座っていた椅子から跳び起きてしまう。その反動で椅子は後ろ手に倒れて、樹ちゃんはびく、と驚いて身を竦ませていた。

一瞬の出来事。私はハッと正気を取り戻して樹ちゃんを見る。

 

「ゆ、友奈さん……?」

「ご、ごめ────ごめんなさい樹ちゃん。驚かせちゃったね!? えと、あの……」

 

思考がうまくまとまらない。言葉をうまく表出できない。バレた? 私が『わたし』でないことがバレてしまった……?

狼狽えてしまっていると、私の背後の幕が開けられそこから東郷さんたちが姿を現した。

 

「なにかすごい音がしたけど大丈夫友奈ちゃん、樹ちゃん!?」

「と、東郷先輩!? 夏凜さんに園子さんまで」

「……友奈? 樹、友奈どうしたのよ?」

「そ、それが友奈さんに占いをしたら様子が……」

「………っ。夏凜、ちゃん?」

「ゆっちーどうしたの? 顔色が悪いよ」

 

三人が心配そうに見つめてくるけど、私は目を合わせられない。どうしようかと回らない頭で考える。

でも答えは出てこない。知られてしまえばみんなが哀しむ。東郷さんが哀しんでしまう。

 

「────友奈ちゃん」

「……っ!? と、東郷さん」

 

不安に押しつぶされそうになっていたところで、私の身体は駆け寄ってきた東郷さんに抱きしめられた。力強く、苦しいほどの抱擁。けれど全然嫌ではなく、むしろ落ち着いてくる。暗い感情はそれだけでなりを潜めていく。

みんなが何事かと驚く中で東郷さんはいつもの調子で、頭を撫でてくれた。

 

「……辛いなら、全部吐き出していいんだよ友奈ちゃん」

 

囁くように、東郷さんは一言呟く。周りには聞こえない声量でそう言ってくれる言葉の真意は理解できなかったけれど、とても心配させてしまったことはわかった。

 

そして結局、黙っていてもいなくてもこうして困らせてしまうことも理解した。…やっぱり本心を秘密にしているのは心苦しいのだ。

 

「──ありがとう。東郷さん」

「友奈ちゃん…?」

 

話をしよう。でもそれは今ではない。せめて文化祭が終わって落ち着いてから。風先輩に時間を作ってもらって場を設けて改めて話をしよう。

東郷さんの抱擁から離れて私は樹ちゃんに視線を向ける。不安げに見守るその姿にさせちゃってごめんね。

 

「樹ちゃんありがとう。おかげで参考になったよ」

「友奈さん……あの、あくまで占いは占いなので参考程度で心に留めていてください」

「うん。あとごめんね迷惑かけちゃって! 私の番は終わったからみんなも樹ちゃんに占ってもらいなよ〜。私は外で待ってるね」

 

私は平謝りをして先に外に出て待つことにした。

 





樹ちゃんの占術がパワーアップしてます。

彼女のおかげで背中を押された『私』は皆に話すことを決意する。

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