私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

18 / 77
序章の終わり。


十八話

樹ちゃんの教室を出てすぐに私は窓を開けて風をその身に受ける。熱くなった頰と感情を冷ますように外を眺めていると、楽しそうに文化祭を回る生徒や一般客が目に入った。

その様子を見ていると私たちもあのように『普通』を謳歌していることが出来ているのだろうか、と不意に考えてしまう。

 

「──友奈」

「夏凜ちゃん。もう占いは終わったの?」

 

ぽん、と背中を叩かれて振り返ると夏凜ちゃんがいつの間にか来ていた。終わったの? と問いかけたら彼女は首を横に振って私の隣に来ると同じように窓の外を眺め始めた。

 

「私は別に占って欲しいことはなかったから遠慮しておいたわ。樹の頑張っている姿を見れただけで満足だし。今は園子と東郷が樹にみてもらってるわよ」

「そっかぁ」

「何かあったの? あんたさっき凄い顔してたわよ」

「いやいやー。樹ちゃんの占いがすっごくて驚いちゃったんだ。ビックリさせちゃってごめんね」

「……そう。ならいいんだけど」

 

煮え切らない様子の夏凜ちゃんはそれ以上は言わずに視線を窓の外へ向けていた。横目で彼女を見ていた私はきっともう少し踏み込みたいんだなぁ、と彼女の優しさに触れて勝手ながらに嬉しくなる。えい! と肩をくっつけて近寄ると驚いた夏凜ちゃんは真っ赤にして狼狽えていた。可愛い。

 

「ねえ、夏凜ちゃん」

「な、なによ?」

「文化祭が終わって色々と落ち着いたらお話したいことがあるんだ、皆に」

「なによ改まって……それって今話せないことなの? 友奈がいいならたぶん皆今すぐにでも聞いてくれるわよ?」

「ありがとう。でも今はみんな色んなことで大変だし、その中で私の話を聞いてもらうとビックリしちゃうだろうから……」

「一体なにを話そうとしてるのよあんたは……って問い詰めてもしゃーないか。ちゃんと話してくれるんでしょうね?」

「うん。その時は風先輩にお願いして場を設けてもらうよ」

 

出来るだけ安心させるように笑う。その先の夏凜ちゃんは先ほどよりかは軟化している感じだけど渋々納得してくれた。本当にありがとう。

そうして区切りがついたタイミングで東郷さんとそのっちさんが教室から姿を現した。どうやら終わったみたい。

 

「おまたせ二人とも」

「いやーイっつんの占いは当たるねぇ~♪」

「お、来たわね。じゃあ行くわよ友奈」

「はーい。東郷さんそのっちさんおかえりなさい!」

 

パタパタと歩み寄って私は東郷さんの腕に抱き着く。ちょっとだけよろめいた東郷さんはでもしっかりと受け止めてくれた。

 

「……? どうしたの東郷さん」

「え、ううん。なんでもないよ友奈ちゃん。さっきのは本当に平気?」

「大丈夫です。心配させてごめんね」

 

みんなで歩きながら私は謝る。そうしているといつものように東郷さんは私の頭を撫でてくれた。私はその優しさに甘えさえてもらう。

 

「イっつんはもう少ししたら抜けて部室に来るみたいだよ~」

「そこから本番前の最終調整する感じね」

「お、おー……緊張してきちゃうよ」

「くす。友奈ちゃんなら大丈夫よ。あんなに練習したんだから」

 

東郷さんが励ましてくれる。主役という重要なポジションだからしっかりと務めないとみんなに顔向けできないし頑張ろうと再度誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室に到着した私たちは本番時の打ち合わせをしていた。小道具に不備はないか、それぞれの配置は大丈夫なのかなど。

準備を進めていくうちに風先輩と樹ちゃんと合流し、勇者部は更に話を詰めていく。

 

「さあて、道具を持って体育館に向かうわよ。あたしたちならうまく成功させられるわ」

 

風先輩の合図で私たちは移動する。徐々に近づいてくる時間に心臓の鼓動は緊張の色が見え始めてきた。

本番前の体育館はいつもと違った空気を感じる。しん、としているこの空間はいつも見ている体育館とは違ってみえた。

さっそく裏に回って支度を始める。緊張するけど、楽しみでもあった。

 

「友奈と東郷とあたしはセリフや立ち回りの確認をする。夏凜、樹、乃木──裏方だけど大事な役目よ。頼んだわ」

 

先輩が指示をだして私たちは二手に分かれた。みんな真剣は顔つきで準備に取り掛かっている。

 

「この前は急に台本の中身を弄っちゃって悪かったわね。大変だったでしょ?」

「私はそのっちの行動には慣れてますから。友奈ちゃんもよくついて来てくれたわ」

「あはは。でもそのっちさんのおかげで更に良い劇になるんですよね? 先輩も今日までありがとうございました」

「そのセリフは無事に終わってからよ! うっし、やるわよ二人とも」

 

先輩に続いておー、と拳を上げる。そのっちさんが加わったことで台本の手直しがあったのだ。みんなには悪かったけど、リセットされた状態の私からしてみれば逆に助かった部分でもある。

 

魔王と勇者。世界を、そして攫われた姫を取り戻す物語。風先輩が魔王で、勇者が私。そして攫われた姫の役は東郷さんだ。

 

「────うん。セリフの間違いも特になし。みんなうまく仕上がってるわね感心感心」

「やったね東郷さん!」

「まだ本番はこれからよ友奈ちゃん。気を緩めないでね」

「うん!」

 

 

こうして私たちは時間ギリギリまで調整をしていき、ついに時間がやってきた。

幕の向こうにはお客さんたちが待ってくれている。

 

私たち勇者部は円陣を組んでステージに立っていた。

 

「緊張しますね」

「なーに普段通りにやればどうってことないわ」

「精一杯サポートしますので頑張ってください!」

「そうよ。どん、とかましてきなさい友奈」

「ナレーションは任せてよ~。わっしー、ゆっちー、フーミン先輩ファイトですよぉー」

「ええ、そのっち。任せて」

 

そうして風先輩の掛け声で私たちは背中を押され、それぞれの配置についた。私がステージの中央に立ち、その横には姫役の東郷さんがいる。

しんと静まり返っていくこの場所は二人だけの世界にいるような錯覚を覚える。緊張してきた……。

 

「大丈夫よ。友奈ちゃん」

「東郷さん……うん」

「私がついてるからね」

「ありがとう」

 

手を握られて私も同じようにぎゅっと握り返した。わずかな時だけど緊張がほぐれた私たちはその手を離して配置につく。

外にいる司会の人が開始の合図を行うと、ブザー音と共に幕がゆっくりと上がり始めた。

 

幕が上がりきると同時に拍手が沸き起こる。照明の光に一瞬目がくらむがスッと意識を切り替えて私はセリフを口にする。

そこから繋いでナレーションのそのっちさんが語り掛けるような口調で物語を紡いでいく。

 

大丈夫。ここまでは完璧にできている。少し暑くて汗をかいてしまうがチラッと観客席を見ると、小さな子供たちを筆頭に食い入るように私たちのお話を見てくれている。

 

「あぁ、勇者様。どうかこの国を、民を……世界をお救い下さい……!」

 

姫役の東郷さんの熱演が光る。まるで本当の一国の姫のようで見惚れてしまうのだ。

 

「お任せあれ。必ずや国を……この世界を救ってみせましょう!」

「────っ!」

 

姫の下で膝をついて手を取りその甲に口づけを交わす。本当は振りでよかったんだけど、東郷さんの演技に当てられて思わず本当にキスをしてしまった。

東郷さんは頬を染めて驚いているが、演技に支障はでないのは流石の一言に尽きる。……裏方が何やら物音がしているけど今は気にしないでおこう、うん。

 

物語もトントン拍子で進んでいき、魔王と対峙する場面に移る。

 

「よもや世界を救うなどとほざく人間は勇者────お主一人だけよ」

「ぐっ……魔王ッ!」

 

魔王は勇者を嘲笑い、私は剣を杖代わりに膝をついていた。魔王に追い込まれる場面。

 

「世界だ、民だ、国のためだと大層な理由を口にしているが……結局はお主一人にすべて役目を担わせる始末。滑稽だとは思わないか?」

「ぐっ……それでも」

 

魔王である風先輩は拳を握って熱演する。しかしまるで本当に問いかけられているようで、感情が乗った演技というものはこういうものだと実感する。

 

「のう勇者よ────この世界は嫌なこと、辛いことで満ち溢れておるだろう? ここは見逃してやるぞ?」

「なに、を言って……!」

「無様にその背中を我に向けて逃げろと言っておるのだ。お主も他の人間のように『見て見ぬふり』をして堕落してゆけと────!」

「ぐあ……っ!?」

 

ここで少しのアクションというか、肉薄した私が風先輩に押されて吹き飛ばされるシーンがやってくる。軽く押され私が大げさに吹き飛ばされる。剣が手元から離れ、私は床に伏せてしまった。

魔王は高笑いをして攻勢は一転してピンチとなる場面。

 

(……よし、ここで次の────!)

 

そこで私はある違和感が身体を自由を奪う。体がとても暑い。汗が滝のように溢れてきて鉛のような鈍重が負荷となって肉体に襲い掛かてきたのだ。

急な体調の変化に思考が乱れて、私はその場で動けなくなる。口の中もカラカラでうまく喋れない。

 

「────友奈?」

 

様子のおかしい私に気が付いた風先輩が小声で声を掛ける。でも私は答えられないどころか立つことすらままならない。なんで急に……。

息が乱れてきて視界が小刻みに揺れる。明らかな不調が目に見えてきた。

 

(立たないと……!? お芝居はまだ続いてる、のに……)

 

剣に手を伸ばそうとするが届かない。一向に進まない展開に観客席がざわめき始めた。嫌だ。ダメ……ここで中止なんて冗談でも笑えないよ。

必死に手を伸ばすけど私一人ではどうにもならない。せっかくの皆で臨んだ演劇。風先輩は最後の文化祭なのにここで台無しにしてしまうのか……私ッ!

 

いよいよ慌て始めた先輩を含む裏方にいるみんなが駆け寄ろうとしたところで、カツン────と靴を叩く音が会場に響き渡った。

観客や魔王を含めて皆がそちらに意識が向けられる。

 

「いいえ。それは違うわ魔王っ!」

「と、とうご……んん! 一国の姫君がまさか現れようとな」

「東郷さ────ん」

「遅れてごめんね友奈ちゃん」

 

小声でそう言って姿を現したのはドレス姿の東郷さんだった。ここで東郷さんが出てくる場面じゃないんだけど……もしかしてアドリブをしてくれてるの?

東郷さんは落とした剣を拾って、私の腕を自分の肩に回して立ち上がった。

 

「戦っているのはあなた一人だけじゃない。私も、民もみんな────諦めずに魔王に立ち向かうわ!」

「……っ、そう、だぞ……魔王!」

「ぐっ、だがそうだとしても何ができる! 諦めた方が楽だとは思わぬか!」

 

私は震える手で東郷さんの握っている剣を一緒に掴む。震える唇でセリフを……いま胸に抱いているものをぶつけていく。

 

 

「────嫌だっ! お互いを想えば……何倍にも私たちは強くなれる! 無限に力や根性が湧いてくるんだ!」

 

 

私が東郷さんを想うように。人は感情一つでどうにでも強くなっていけるのだと学んだんだ。

 

 

「────世界には悲しいこと……嫌なこともあるのだと私はこの身に知りました」

 

 

横に立つ東郷さんが私の言葉に続いた。剣を握る力が強くなる。

 

 

『自分だけではどうにもならないことも沢山ある……だけど!』

 

 

セリフが東郷さんと被る。すると、同時にステージの天井から紙吹雪が舞い落ちてきた。

その先には夏凜ちゃんや樹ちゃん、そのっちさんが見守ってくれている。少しだけ体調が回復してきた私は東郷さんと顔を見合わせてフッと笑い、魔王────風先輩を見やる。

 

「大好きな人がいれば、挫けるわけがないッ!」

「諦めるわけが、ないわ!」

『大好きな人がいるのだから! 何度でも立ち上がれる!!』

 

……そうだった。私は初めて東郷さんと出会ったあの時を思い出していた。『諦めない』ことを教えてもらった。私に命を注いでくれた言葉を思い出した。

そして私はあの日に、『わたし』の元に辿り着くと────誓ったんだ。

 

 

「だから勇者は────私たちは絶対に負けないんだっ!!」

 

 

私の始まりはその人のために立ち上がることだった。

大好きな人のために、大切なこの場所を守るために私は『結城友奈』を取り戻す。

その願いを強く胸に刻み付けることができた。

 

『わたし』じゃなく、他でもない『私』の意思が決めたことだから────っ!

 

 

 

 

 

 

日も暮れてきて夕焼けが私たちを照らして真っすぐ影を伸ばしていた。

並んで歩く二つの影は一つの線が繋いでいる。

 

「体調は本当に大丈夫、友奈ちゃん?」

 

心配そうに見てくる東郷さんに私は笑って返事を返した。大丈夫だよ、と。

 

「さっきは本当に助かったよ東郷さん。でも今はもう平気っ! もしかしたら極度の緊張のせいだったかもしれないから」

「そうだといいのだけれど……」

 

半信半疑で見つめる東郷さんに私はそのままの理由で押し通す。でも、嘘は言ってない……今は本当に体調に異常はないからだ。

文化祭の劇は危ない場面はあったにせよ、無事に最後まで演じ切ることができました。これもみんなのおかげです。

 

あの後幕も下りて他のみんなに心配かけさせてしまったことは申し訳なかったけど、私にとってはかけがえのない思い出になったことは間違いない。

私の体調を気遣ってか、打ち上げは日を改めてやろうとまとまった勇者部は後片付けをして本日は解散、という流れになった。

 

「風先輩、泣いてたね」

「みんなとの行事ごとが一つ終わったんだもの。私も涙腺にきてしまったわ」

「泣かないで東郷さん」

「ありがとう友奈ちゃん」

 

ポケットからハンカチを取り出して彼女の眼尻に溜まった涙を拭ってあげる。終わった後に風先輩は感極まって全員を抱きしめて、今日という日を噛み締めていた。

中学生最後の文化祭は、なんとか無事に終えることが出来たのだと安堵できた。

 

「写真も沢山とれたね。思い出がいっぱいだ」

「みんなにも渡さないとね。みんなに────」

「…東郷さん?」

 

東郷さんはそこで言葉を止めて息を呑んだ。どうしたのかと私は東郷さんの顔を覗き込むと歩みを止めて視線は前を向いていた。

なんだろう、と私もつられて同じ場所に向けてみたら以前みたことのある車が停車していた。あのマーク……そのっちさんの車と同じ『大赦』の紋様だ。

 

「────っ」

「なんですか、あなたたちは?」

 

車の扉が開けられ、中から素顔の見えない装束に身を包んだ大人たちが複数人現れて私たちを囲んだ。

咄嗟に私は東郷さんの前に立って庇う態勢をとる。

 

『お迎えに上がりました。東郷様』

「え? お迎え??」

 

大赦の一人がそう言葉にした。どういうこと? と東郷さんを見たら目を伏せて俯いていた。

反応しない彼女を見て大人たちが近づいてくる。

 

「やめてください! なんで東郷さんを連れて行こうとするんですか!」

『結城様。これは東郷様ご本人が望んだことなのであります』

「東郷、さんが……望んだ?」

「それ以上は言わなくていいです! 分かっています。今、行きますから」

『はっ。それではこちらに────』

「え、え……待って東郷さん!」

 

私の手から離れていく東郷さんを捕まえようと手を伸ばすが、大赦の人たちが行く手を阻んできた。

声を上げて東郷さんに呼びかけるが振り返らずに向こうに停めてある車に進んでいく。

 

「待ってよ東郷さん! 意味が分からないよ!! どういうことか説明して……!?」

「ごめんね友奈ちゃん。これは前から私が決めていたことなの……本当は誰にも言わずに行こうと思っていたんだけど……本当にごめんなさい」

「嫌だ! 行かないで東郷さん! やっ、離してください!!」

 

暴れる私を押さえる大赦の人たちに私は東郷さんに近づくことすらできなかった。そうしてそのまま車内に入った彼女は窓を開けて悲しげに笑った。

 

「健やかに生きて……友奈ちゃん」

「なんで最期みたいな言い方するの東郷さん! 待って──あっ?!」

 

急に離されて私は倒れる。押さえていた人たちは一礼して車に乗り込んでそのまま走り去っていってしまった。

私は手を伸ばすけれどその影はどんどん遠くに行ってしまう。

 

「なんで……どうして? わけが、わからないよ……!」

 

伸ばした手で拳を握り、地面に叩きつけた。

さっきまで楽しく会話をしていたのに。これからのことをいっぱい話そうとしていたのに。ものの数分で全てが台無しになってしまった。

 

「東郷さぁぁんッ!!!」

 

私の叫び声は誰に聞き届くこともなく、夕闇の虚空へと消え去っていってしまった────。

 

 

 

 

 




作中の劇はアドリブ含み東郷さんを追加して二人で魔王に立ち向かう結果となる。

原作の通り一人だと、今の友奈ちゃんではセリフの重みに欠けるかなと思って彼女に参戦してもらったのもあります。


そして文化祭が終わるや否や連れ去られる東郷さん。
はい。いよいよ始まっていきます(無慈悲)────というところで今回は終わりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。