結城友奈である『私』の『物語』が始まります。
十九話
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神世紀三百年、冬。
今日も世界は何ごともなく、平和に時間が過ぎている。特に目立った事件もなく、目立った出来事もなく淡々と。
私を取り巻く環境は何一つ変わりのない日々を謳歌していた。
「おはよう、『わたし』……」
鏡の前で私は友奈ちゃんに挨拶をする。今日も変わらず私は『私』であった。伊達メガネをかけて身支度を整える。
「おはようございます」
いつものように一階に降りて両親に挨拶を交わし、朝食を摂る。テレビでその日のニュースや天気をぼーっと眺めながら食べ終えてから、歯を磨く。
最近朝食のメニューが『和食』に増えたのも、改めて不思議そうにしてた母親を余所に私は黙々と支度を進めてから家を出る。いってきます、と言って外に出てみればお隣さんの方が門の前の掃き掃除をしていた。
「あら友奈ちゃんおはよう」
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
「最近は肌寒い日が増えてきたから風邪ひかないように気を付けてね」
「はい、気をつけます……それじゃあいってきます」
「いってらっしゃい」
頭を下げて私はお隣さんである『東郷さん』と会話をしたらその足で学校に向かう。確かに最近は日が落ちるのも早くなってきて、かつ気温も低くなってきているから体調管理は気をつけないといけないね。
制服も冬服のものをおろして今はそれに身を包んでいる。
「…………いい天気。ほんとに、良い天気だな」
空を見上げてみれば青空が広がっていた。いつものように広がる快晴の空。小鳥が空を飛んで、風が吹けば木々はざわめき立つ。
グッと下唇を噛んで視線を下へ見下ろしてみても隣には誰も居なく、私はその誰もいない隣に手を伸ばして空を掴んだ。
ぬくもりは無く、代わりに手のひらには冷えた風が表皮を撫でていた。
「早くいかないと遅刻しちゃうね」
首を振って乱れた思考を正して、私は足早に讃州中学に向かっていく。
◇
学校に到着し、下駄箱に靴を入れて上履きに履き替える。通り過ぎる時に
一瞬だけ、足を止めるも私はすぐに教室に行くことにする。
「おはよー!」
自教室に着いて私は元気よく挨拶を交わすと、クラスの人たちといつものように話をしながら席に着く。
「おはよ友奈」
「おっはよーゆっちー!」
「夏凜ちゃん、そのっちさんおはよー! 昨日はお疲れさま」
「昨日の風ったら人使い荒いんだから大変だったわ」
「でも本当は嬉しいくせにぃ~にぼっしーの照れ屋さん♪」
勇者部で同じクラスである二人とも挨拶を交わす。昨日の出来事や部活動での話で華を咲かせていくのもいつものことだ。
「あ、そうだゆっちー。前から頼まれていたことを調べてきたんだけどね」
「……! うん、どうだった?」
私はその中でそのっちさんにある頼みごとをお願いしていた。結構色々と無理言っていたのでとても感謝しつつ封筒をもらう。
しかし渡してくれたそのっちさんの表情は晴れない。
「その感じだとやっぱり……?」
「うん。色々と調べてみたけど、『東郷美森』と『鷲尾須美』っていう名前の勇者はいなかったんよ。両家とも『家名』としては名を連ねてはいるけど、過去そこから勇者は一人も出てきてはいないみたい」
「…………そう、なんですね」
「私も調べられる範囲で調べたけど、知っている人間は誰もいなかったわね。ごめん友奈、力になれなくて」
「ううん。本当にありがとう二人とも。無理言っちゃって私こそごめんね」
「一応、参考になるかなと思う資料は集めてきたから活用して欲しいかな。引き続き調べてみるから」
「……はい」
封筒を掴む手に力が籠る。その手をそのっちさんは優しく包んでくれた。
「ゆっちーの大事な人なんだもんね? 私も全力を尽くすから」
「…………ありがとう」
お礼を言いながら私は席に着くと丁度タイミングよく予鈴がなったので、心配そうに見つめながらも二人は席に戻っていった。
(──そのっちさん。本当はあなたにとっても大切な人なんですよ? 勇者部のみんなも全員……)
この世界は
先ほどから話をしている通り、私は一人の女の子を探している。行方不明なのだ。文化祭の終わったあの日からずっと。
────東郷美森という名の少女も、鷲尾須美という名も全てが忘れられていた。
チラッと横を見ると空席が一つある。ここに座っていた女の子を私は探しているんだ。でも、他のみんなからしたらこの席は最初から誰も座ったことのない空席だと口を揃えて言うのだ。
特に違和感を抱かれることもなく、授業は進められていき名前を呼ばれるときもその人の名前を呼ばれることがない。それどころかありとあらゆる場所での彼女の記録、記憶の全てが抹消されているのだ。
彼女の名前を知らない人から一番近い距離にいる家族や勇者部の人たちでさえ、記憶から抜け去っていた。明らかにおかしい。一体いまこの世界で何が起こっているのだろうかと疑問が尽きないでいた。
更に疑問を重ねるなら、なぜその中で
(絶対あの日に『何か』が起こったんだ。東郷さんが『大赦』の人に連れていかれたあの日に)
あの日、意気消沈としてしまった私はそのまま家に帰って身体をベッドに投げて寝てしまった。あの光景は嘘だと、半ば現実逃避する形で。
明日になればまた大好きな彼女が寝坊助の私を起こしに来てくれると信じて。
しかし次の日。目を覚ましてもそこには誰もいなかった。それでも夢だと思って家を出ても彼女の姿は見えず、自宅に訪れて見たときに私は雷にでも打たれたかのような衝撃を受けたんだ。
────美森? そんな子はうちにはいませんよ?
何か質の悪い冗談だと思った。けれど嘘を言っている様子もなく本当に衝撃をその時は受けたのを覚えている。無理に言ってお邪魔させてもらい、彼女の居た部屋に入れてもらってみたら誰かが居た痕跡はあったが、彼女に関するモノは一つとして見つかることはなかった。
そのことを説明しても、頭を悩ますだけで知らないの一点張りである東郷さんの母親。
私は急いで学校に向かい、勇者部の人たちの元に駆け寄った。風先輩、樹ちゃん。夏凜ちゃんにそのっちさんならば……仲間なら覚えていてくれると信じて。
……でも、現実は非情であった。返ってくる言葉はどれも同じ。
私は今も信じられない。絶対何かがこの世界で起こっていると確信していた。でもその正体を暴くことも出来ずに燻っていたら、いつのまにか一月が経過しようとしていた。
◇
放課後。私たち三人は部室に足を運んでいた。私にとって異変が起きているのは東郷さん関連だけ……それを除けば世界はいつものようにまわっているのだ。
友奈ちゃんのためにも私は塞ぎこんでいる場合ではない。思考を止めるな、諦めるなと自分自身に喝を入れ続ける。
部室の扉を開けた瞬間に、瞼の裏には東郷さんの影が映る。彼女が管理しているデスクトップパソコンの所に居て、こちらを微笑みながら向かい入れてくれる。そんな幻影がチラリと過ぎった。
部室には風先輩と樹ちゃんがいつものように待っていた。私以外にはこれで全員集合したことになる。
「来たわね! さっそく部活動をする────って友奈どうしたのよ?」
「え? あ、すみません。なんでもありませんから続けてください風先輩」
「そ、そう?」
いけない。暗い気持ちにならないように心がけないと。風先輩が今日の活動の説明をしている横で私はパソコンを起動させる。
このトップ画面も、勇者部のサイトも東郷さんが考えて作ったそのままなのに、みんなにとっては私が作成したことになっていた。まるで空白の部分を埋めているように、私の立ち位置は東郷さんの所になっているのだ。
私は手早く資料をプリントアウトして、風先輩に差し出す。
「お、ありがと友奈。じゃあみんなこれを見て────来週の土曜日に幼稚園で劇をやることになっているんだけど、これが詳細の資料よ」
「この前の文化祭での劇の評判が良くって、幼稚園側でも是非催し物としてお願いしたいという要望があったんです」
「おぉー! 勇者部も有名になったんですね部長〜」
「そーゆーこと! 今度は裏方やってくれた人たちを表舞台に立たせようかと考えているんだけどいいかしら?」
「ま、風からの命令なら仕方ないわね」
みんなが今度の依頼の会議をしている。私はその間にメールボックスに溜まっているメールを処理していく。迷惑メールとか不必要なものも多いが、選別して風先輩に確認してもらうのに必要な作業なので手は抜けない。
「それで友奈。校外活動の申請に関してなんだけど──」
「それなら既に提出してあります。今週中には許可が下りると思いますよ先輩」
「助かるわぁ友奈」
「さすが友奈先輩。仕事が早いですね!」
「ほんとこの部活を支えているのは友奈って感じよね」
「大げさだよ夏凜ちゃん。私なんてまだまだ足元に及ばないんだから……」
ほんとに、私は東郷さんに及ばないんだ。乾いた笑みで誤魔化して私はデスクに戻った際に、ふとメールボックスにある一通の受信メールが添えてあった。
────送信元は『大赦』から。私は目を見開いてメールを開いてみると、ある一文が目に入る。
東郷美森、及び鷲尾須美に関しての調査について。
一度『大赦』に御足労頂きたく存じます。
簡潔にそう書かれていた。
・相違点
本来全員が忘れているはずのところが、『私』だけが覚えている状態。
その代わりに他のみんなは記憶の喪失がより強固なのものとなっています。『彼女』に関する情報を事細かに説明しようと思い出すことが出来ない状態。
そのっちや夏凜ちゃんは同じ仲間として友奈に協力、調べてくれているがどこか半信半疑の様子。
こういった感じで原作と異なる進み方をしていくのでご容赦を。(今更