私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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暗い闇の中でいつも考えてしまうことがある。
瞼を閉じて明日を迎えたら自分はどうなっているのだろうと。

暗い闇の中でいつも考えてしまうことがある。
今日もまた夜を一つ越えたという事実を。

真っ暗な闇の中でいつも考えてしまうことがある。
明日もまたみんなと笑い合っていきたいなって。





二話

 

 

 

 

次の日。私は早朝に目が覚めた。

 

「……おはよう。『わたし』」

 

私一人の病室で天井を見上げながら『わたし』に挨拶する。

夢は、見なかった。暗くなって眠って、そして目がさめる。ただそれだけ。

 

目が覚めたら元の『わたし』に戻っているのかなと考えてみたが、今この瞬間を映している風景は変わらず。意識は私のまま。

私が一日生きて、『わたし』が一日を失っていく。そんな気分に陥ってしまう。申し訳ないと。

 

────でも私は諦めない。いつか戻れると信じているから。

 

「んしょ……うんしょ」

 

足が未だ動かしずらいので車椅子に乗るのに苦労したが、何とか自力で座るとそのまま鏡のある場所に向かった。

看護師を呼ぶ手もあったけれど今は一人でいたい気分だったので頑張った。

 

「──改めて初めまして。結城友奈……さん」

 

鏡の自分に語り掛ける。東郷さんに少し伸びたねと言われた髪先を指で触りながら自分を見つめた。

口角を釣り上げて笑ってみるととても画になっている。やっぱり笑顔が似合う子なんだね。

 

なら出来る限り笑っていよう。きっとみんなはそれで安心してくれるはずだ。

他の表情も色々と試してみる。困った顔、悲しい顔、ムスッと怒った顔、嬉しい顔といろいろと。

 

自分の『顔』を覚えるためにやっていき、最後にまた鏡に向き直る。

 

「私は本当の『わたし』じゃないことを理解してるから。どうすればいいのか今は分からないけど、諦めず挫けずに頑張るからね」

 

そうだ。私は理解している。いつか消えてしまう『熱』だということも。

きっとこの身体に戻るべき時に何かしらの理由で『わたし』が間に合わなかった。だから代わりに私が生まれた。

 

『わたし』は居なくなっていない。それも確固たる証拠はないけれど、予感めいたものが心の中にある。

不安になる必要はないんだ。

 

「結城友奈、今日も一日頑張りますっ!」

 

翡翠色の瞳(、、、、、)に熱を宿し、私は自身に活を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間もすると、すっかりお天道様も登って青空と白い雲が目に映った。

本日は快晴、と窓の外を眺めていたらさっそく面会者が来てくれた。

 

昨日からお世話になっている東郷さんだ。

 

「おはよう友奈ちゃん。昨日はぐっすり眠れたかしら?」

「おはよー東郷さん!! うん、バッチリ安眠できたよ~」

「ふふっ、良かった。…あら、丁度朝食だったのね」

 

荷物を降ろして近くにあった椅子に東郷さんは腰かける。

彼女の言う通り病院から配膳された朝食を食べていたところだった。

 

しかし少々それに手こずっていたところ。今も小鉢に盛られている里芋さんを箸でつかもうとするが、ポロリとつかみ損ねてしまっている。

うまく箸を握れない。手元にスプーンはあるがリハビリも兼ねて挑戦してみるも悪戦苦闘していた。

 

そんな様子を目撃した東郷さんはくわっと目を光らせて私の手を取った。

 

「まだ無理しちゃだめよ友奈ちゃん! そういうことなら私が食べさせてあげるね」

「え、いいよー悪いから。東郷さんにこれ以上迷惑かけられないよ」

「そんなこと気にしちゃだめ。友奈ちゃんのお手伝いならどんなことでもやるつもりだから遠慮せずに頼って欲しいの」

「……うー。じゃあお願いします」

 

────ちょっと顔が怖いよ東郷さん。

 

彼女の圧に押されて私はお箸を手渡すと、東郷さんは慣れた手つきで里芋さんを摘まんで口元に差し出してきてくれた。

 

「はい、あーん」

「あ、あーん」

「よく噛んで食べるのよ……少し煮詰めが甘いわねこの里芋」

「もぐもぐ……」

 

言いつけ通りによく噛んで食べていると東郷さんはぶつぶつと目の前の料理の採点をしていた。

 

「──退院したら東郷さんの手料理が食べたいな~……なんて」

「ええもちろんよ。私もそのつもりだったから安心して。最高の和食を提供するわ」

「う、うん! 楽しみに、してるね?」

 

なんとなく口にしてみたセリフだったけど、こちらもまた凄い圧が……ッ。

東郷さんは料理に対して並々ならぬ情熱があるのかもしれない。

 

「と、東郷さん。次のもらっていいかな? あ、あーん」

「っ!!? ゆ、友奈ちゃん自らからおねだりしてくるなんて……こふっ」

「えぇ!!? 東郷さん急にどうしたのー?!」

 

口元から急に吐血しだした東郷さんに私は心底驚いた。

まさか彼女は重大な病気があったのかな!? もしそうなら急いでお医者さんを呼ばないといけない。

 

この人に何かあったら私はとても悲しくなる。元の『わたし』にも申し訳が立たなくなってしまう。

 

────あ、どうしよう。そう考えたら泣きそうになってきた。

 

東郷さんの手を握って私は零れそうになる涙を抑えながら彼女をみる。

 

「と、東郷さんどこか身体が悪いの? い、いやだよぉ…死なないで東郷さんっ!」

「ゆ…友奈ちゃん。だ、大丈夫私は……」

大好きな東郷さん(、、、、、、、、)に何かあったら私、わたしぃ…」

「だ、大好き……ぶふぁ!!?」

「わーーー!!?」

 

吐血の他に鼻血まで噴出し始めた東郷さん。

食事どころではなくなった騒ぎになり、巡回していた看護師に怒られてしまった。

どうやら東郷さんは病気ではなかったらしく、あまり気にしなくても大丈夫だと本人の口から聞かされて私はホッと一安心する。

 

でもその際に親指を立ててたけどあれは一体…?

 

 

 

 

 

 

なんとか無事? に朝食を食べ終えた私は一息ついて東郷さんと話していた。

 

「そういえば東郷さん、その荷物はどうしたの?」

 

訊ねる場面を逃していたが、最初に此処に訪れた際に持ってきていた大荷物。

東郷さんはこれね、とその荷物をこちらに運んでくる。

 

「これは友奈ちゃんの衣服よ。お母様から預かってきたの。普段着と寝間着の変えにタオル……それとし、しし下着ね!!?」

「わぁ、ありがとう東郷さん! でもなんでそんな慌ててるの?」

「な、なんでもないわ」

 

確かに衣類の替えは必要だった。すっかり忘れてたよ。

そういえば先ほどの騒ぎやらで汗をかいてしまったから着替えたかったんだ。さすが東郷さんだね、気が利くよね。

 

私は両手を前に出して彼女にお願いをする。

 

「東郷さん、お願いがあるの……まだ身体がうまく動かせないから東郷さんに着替えさせてもらいたいな」

「え””っ!?」

「あ……ごめんなさい。図々しかったよね……」

「そ、そそそそんなことないわよ。そうよね、仕方ないことだもの私がやってあげる! ……その前に一回汗を拭きとりましょう」

「ありがとう!」

 

一瞬ものすごい顔をされたけどやってくれるみたいだ。言った後に思ったんだけど、こんなに甘えてしまって大丈夫かな。

でも動かしずらいのは事実なのでここは彼女の厚意に甘えてしまおう。

 

両手をバンザイして脱がしやすくする。東郷さんはなぜか真顔のまま私のパジャマに手をかけてゆっくりと持ち上げた。

パジャマの下に隠れていた素肌が外気に晒されたことでとても心地がいい。

 

「し、下着も外すわね」

「うん、お願いします」

 

背中を向けて外しやすいようにする。なにやら背後で何かを押し殺す声が聞こえるような気がするけど気のせいかな?

パチ、とブラのホックを外してもらってこれも脱いでおく。

 

「はぁ…はぁ……それじゃあ背中から拭くから……痛かったら言ってね」

「はーい……ん」

 

手ぬぐいで背中を優しく撫でられる。はふぅ……気持ちいい。

 

「東郷さん上手だよ。凄いなぁ……なんでもできるんだね」

「こ、これぐらいなんてことないわ……」

 

本心から彼女を称賛する。美人で上品でなんでもござれなその立ち振る舞いにますます大好きになってしまう。

絶対元の『わたし』も東郷さんのことは好きだったに違いない。

 

────なら余計に今の関係を壊さないように注意しないとだね。

 

「う、後ろはこんなものね。あとは……」

「前もお願いできるかな東郷さん」

「ま、ままま前もっ!!?」

「だ、ダメかな?」

「──ハイ、ヤラセテイタダキマス」

 

少し恥ずかしいけど、最初から心にあった彼女に対する『好意』を考えるとこの人になら…ダイジョウブ。

東郷さんと向かい合わせになり私は隠していた手をどける。

 

「ゆ、友奈ちゃん」

「────恥ずかしいよ東郷さん。あんまり見ないで」

「あ、やば鼻血が……」

 

東郷さんの目がギラギラしている気がするけど……だ、大丈夫だよね?

もうこの場の流れに身を任せることにした私は目を閉じて待つことにした。

 

どきどきどき、と。心臓が脈打つ鼓動が大きい。

 

「……ごくり」

 

東郷さんが息を呑む。さあいよいよ触れられようとしたその時、ガラガラと病室の扉が開けられた音が聞こえた。

次いで複数人の声が室内に入ってくる音がしたので私はうっすらと瞼を上げてそちらを見てみる。

 

「ノックしても返事ないから入るわよー」

「友奈さん! お見舞いに来ました!」

「お、お見舞いに来たわよ友奈────って」

『あっ………』

 

 

東郷さんと声が重なる。ピシッと、その場の体勢で静止してしまう。

それは向こうも同じで私と東郷さんの現状の光景にフリーズしてしまっている。

 

上半身裸の私が目を閉じて顔を赤くしているところに東郷さんが詰め寄っている図が完成していた。

各々が状況を把握し始めていくと全員の頬が次第に赤くなっていくのがわかる。

 

「と、東郷あんたついに友奈に手を──!」

「ち、違が……! 風先輩これにはちゃんとした理由が」

「こ、こここここは病院ですよ東郷しぇんぱい!!? は、あわわわ」

「樹ちゃんだから誤解────」

「見損なったわよ東郷っ!! いくら友奈に関しては節操ないアンタでも弱っている時に襲い掛かるなんてことするとは思わなかったわ!!」

「夏凜ちゃんまで!? 普段から私どう見られているの!!?」

「あ、はは」

 

羞恥心が私も限界まで来ていたので毛布を首元まで持ってきて隠しておく。

きっとこの人たちが東郷さんの言っていた勇者部の人たちなのだろう。

 

にぎやかな人たちだなーなんて感想をすぐに抱いてしまうほどには好ましく思えた。

でもいい加減にフォローを入れておかないと東郷さんが可哀そうだね。

 

「あ、あの! 東郷さんには身体を拭いてもらってただけなんです。悪く言わないで欲しいかなぁーって」

「……友奈、あんたもうちょっと危機感を抱いたほうがいいわよ」

「え、えと風…先輩? なんでですか?」

 

確か東郷さんは彼女のことをそう呼んでいたはず。

 

「あの子はね。友奈を前にすると野獣になっちゃうのよ」

「や、野獣ですか」

「そう……言うなれば飢えた獣の檻に一羽の兎を放り込むようなもの。友奈あんたはね、一羽のか弱い兎なのよッ!!!」

「わ、私……東郷さんに食べられちゃう、の?」

「あ、でもまぁ比喩だからね。いくら東郷でも……あれ、なんか言い切れないわね」

「誤解よ友奈ちゃん! 私は野蛮な獣ではなくあなたに寄り添うもう一羽の兎だから…っ! 信じて友奈ちゃん!」

「東郷さん…! うん、私ちゃんと信じてるよ」

「寄り添おうとしている兎が鼻血垂らしてるのはどうかとおもうけど?」

「……とりあえず友奈先輩。服、着た方がいいんじゃないでしょうか?」

 

傍らにあったバックから洋服を取り出してくれた。えっと、たしか樹……さんだったかな。

 

「ありがとう樹さん(、、、)

「へっ? ”さん”??」

「あっ……ごめん、樹”ちゃん”! ちょっと動揺しちゃって」

「い、いえ」

「しっかりしなさいよ友奈……って目覚めたばっかりだから無理もないか」

「心配してくれてありがと夏凜ちゃん」

「べ、別に……」

 

あ、顔を赤くしてそっぽむいた。可愛い。

なんかこう……少しイジワルしちゃいたいぐらいの可愛さがこの子にある。

 

「ねえ夏凜ちゃん……お願いがあるんだけど」

「…な、何よ」

「夏凜ちゃんにお洋服着替えさせてもらいたいな」

「はあ!!? な、なんで私が……自分で着替えられないの?」

「うん。だから、ね? お願い♪」

「っ!!?」

 

ふふ……動揺しちゃって可愛いな。もしかしたら『わたし』もこうやって夏凜ちゃんにイタズラしていたに違いない。

するすると首元までかけていた毛布を少しずつ下げていく。

 

更に顔を赤くして口をぱくぱくとまるでお魚さんのようだ。

隣にいる樹ちゃんも目を丸くしてフリーズしちゃってるようだけど何かおかしなことでもしちゃってるのかな?

 

「は、はははい夏凜さん! よ、洋服デス!?」

「わ、わわ分かった……じゃ、じゃあしょうがないからやってあげるわよ」

「夏凜ちゃん……」

「な、なによまだ何か────」

「その前に下着もお願いしたいな♪」

「────。」

「あれ?」

「か、夏凜さぁん!?」

 

彼女の許容量がオーバーヒートしちゃったのか真っ白い煙がぷすぷすと上がっていた。

ほっぺをつんつんしてみるが反応なし。少しやりすぎちゃったかな?

 

とそこに夏凜ちゃんの背後に黒い影が。

 

「────夏凜ちゃん、あなた友奈ちゃんになにをしているの?」

「げぇ、東郷!?」

「友奈ちゃんのお世話は私の御役目なの! いくら夏凜ちゃんといえどここは譲れないわ」

「仕方ないでしょ! 頼まれたのは私なんだから引っ込んでなさいよ東郷」

「ふ、二人とも落ち着いてください」

「そうだよ夏凜ちゃん、東郷さん! 私のために争わないで……あいた!?」

「やめんしゃい!! 元はと言えば友奈がちゃちゃいれなければこうはならんかったでしょうが」

「わ、私ですかぁ!?」

 

軽いチョップを落とされ、風先輩に注意される。

その後はまたもや看護師の人に騒いでいたことを注意されて────今度こそ反省しました。

 

 


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