私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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二十一話

◼️

 

 

 

東郷さんのパソコンでハッキングを始めてからあっという間に土日は過ぎて学校が始まる。一日中張り付いていられないもどかしさは残るけど、そんなわがままを聞いてくれた『わたし』の両親と東郷さんのお母様に感謝するしかない。

最近は少し寝不足気味です。それも仕方のないことなのだけど、時間を一秒も無駄に出来ない状況なので踏ん張りどころだ。

情報も少しずつ手に入れることができていた。

 

「……ゆっちー。授業終わったよ〜」

「──はぅあ!? しまった寝ちゃってた私?」

「私も感心するほどぐっすりすやや〜っと寝てたよぉ」

「あー…あはは。そっかー起こしてくれてありがとうそのっちさん」

「気にしない気にしなーい。あ、にぼっしーは先に部室に行ってるからね」

 

一秒も無駄に出来ないと言っている傍からうたた寝してしまっていたようで私はペチペチと頰を叩いた。そのっちさんは既に支度は済ませてあるようで、私もまとめて支度を急いで行う。

 

「ねぇゆっちー」

「なぁにそのっちさん?」

 

廊下に出て部室に向かおうとしたところでそのっちさんに呼び止められた。振り返ってみると今までのほんわかした雰囲気はなりを潜めてピンッと糸を張り詰めたような、そんな意識の変化に気づいた。

 

「先週は大赦支部に来てたみたいだけど、もしかしてにぼっしーのお兄さんに会ってきたの?」

「う、うん。実はその前にメールで会っておきたいって連絡があって……あの、えと」

「そっか……ねぇ、ゆっちー」

 

私は普段と違うそのっちさんの気配にゴクリと喉を鳴らす。

そうだ。乃木家は『大赦』内でトップに君臨するほどの権力を持っている。ちょいと調べれば私の行動なんて筒抜け同然なのかも。さらに更に芋づる式に私がハッキングしていることがバレちゃったとか…? 痕跡が残らないように慎重にしているつもりだけど、もはや既に知られていてそのっちさんはそれで怒っているのだろうか。

 

近づいてくる彼女の表情は影がかかって分からない。あ、謝った方がいいよねやっぱり。

ガシッと肩を掴まれて思わず背筋を伸ばす私に彼女はゆっくりと顔を上げて────

 

「お兄さん元気だった〜?」

「ずこー!?」

 

ぽわわぁん、と私にそう訊ねてきた。そのせいで私の中で毒気が抜かれていくのがわかる。

 

「いや〜前に会ってからしばらく経っちゃっているから元気してるかなぁって思ってー。にぼっしーのお兄さん大赦でも重役にいる人だから気軽には会えないんよ」

「え…そうだったんだ」

 

そのっちさんの言葉に驚く。そんなに偉い人だったんだ……夏凜ちゃんのお兄さん凄い。というか、結構失礼な物言いをしてしまった気がする……。

私は一先ずその時のことを掻い摘んで話しておく。うんうん、と頷いて聞いてニッコリしていた。

 

「元気なら安心したよー。にぼっしーもきっと喜ぶね」

「あとで会ってきたことを伝えておくよ。元気にして……たかは顔が見えなかったから分からないけど」

「お願い〜♪」

 

パタパタと手を振ってそのっちさんはいつもの感じに戻っていた。

 

「でね、ゆっちー。今週幼稚園で劇があるでしょー。その後って時間あったりする?」

「私は……あーうん。大丈夫かな? なにか用事でも?」

 

なんだろう。本当はその日も調べようとしていたけど……いや、あんまり交友関係を疎かにしてたらダメだもんね。どうも突っ走ってしまうクセが治りそうにないなぁ。

 

「実はゆっちーに渡したいものがあるんよ。でもそれは今手元にないからそれを一緒に受け取りに行くのと、私の用事にお付き合いしてもらえると嬉しいなぁ」

「渡したいもの……もちろんいいよ。二人だけでいくの?」

「そうだねー。二人でデートタイム〜♪」

「で、ででデート!?」

「──ってのは冗談〜! てへ♪」

 

舌をちろっと出して茶目っ気たっぷりの笑顔で言われた。可愛いけど心臓に悪いよそのっちさん!

 

「はぁー……びっくりして顔が熱いよぉ」

「ゆっちー反応が面白いからついいたずら心が刺激されてしまうんよ」

「もぅ……いきますよ」

「あいあいさ〜!」

 

……焦り過ぎても見えるものも見えなくなっちゃうか。週末には劇も控えているし、スイッチを切り替えてやらなきゃね。

 

 

 

 

 

 

物事に集中していると時間が過ぎるのはあっという間だ。逆に言えば手を動かしていないと不安に駆られてしまうので、そういう意味では自分を誤魔化して日々を過ごしているのかもしれない。

 

その中でも夜に布団に入って眠りにつく時がとても怖くなる。最初の頃とは別の意味で、だ。今も彼女が身を焼かれ苦痛な目に合っていると考えてしまうととても悲しくなってしまうから。

 

奉火祭。なぜ、生贄を必要とするのか。もうこのことから人ならざるものが関与していることは確定だ。にわかには信じ難いけど信じるしかない。だって勇者部のみんなはソイツらを相手に戦って……傷ついてきたのだから。

 

自分がちっぽけな、何も出来ない人間なんだと痛感させられる。本当にいま進んでいる道が正しいのか、無事に彼女を救うことができるのかなどと不安材料が混ざり合い、思考がうまくまとまらない。

 

だけど手は止めることだけはしちゃダメだ。今までやってきていることと、これからしなくてはいけないことを全てやりきるんだ。諦めるな私。

そうしてあっという間に週末が訪れ、幼稚園での演劇をすることになる。練習はもちろんやってきた。抜かりはない。文化祭の時のような失態も犯さずに依頼を遂行していく。

肩肘張らずやればいいと風先輩は言ってくれるから、そのおかげで気分的にはいくらか楽になったのが救いだ。

 

「さっすがあたしたち勇者部ねっ! 今までの経験が活きているお陰で大成功だわ。友奈も本当にありがとう、お疲れ様」

 

風先輩に褒められて嬉しくなる。やっぱり頑張った成果を褒められるのは嬉しい。乾いた心に潤いが与えられるような感覚になった。

幼稚園での演劇なのでこの前の時よりその年齢に合わせた内容のものだった。園児たちと一緒に楽しく過ごせたと思う。その場に東郷さんがいればもっと楽しめたのだけれど。

 

────っていけない。暗く考えてはダメだ。

 

みんなと一緒に部活に取り込んだり、はしゃいだりするのはもちろん楽しい。でも真実を知っている私には同時に哀しい気持ちが膨らんできてしまう。

世界に取り残されたような、そんな孤独感を味わうことがある。でも違う。間違っているのは東郷さんを居ないことにする今の世界の方なんだ。

 

「ゆっちー……疲れてない?」

 

不意に隣に座るそのっちさんが言ってきた。

無事に依頼をこなした勇者部は、私とそのっちさんを除いて小道具の後片づけを現在してくれている。

待ち合わせの時間の関係もあり、また用事があることはみんなに伝えていたので私たち二人は別行動という形をとっている。今はそのっちさんのお家が管理しているリムジンで移動中。大きい車に乗るのは初めてだけど、椅子もフワフワでとても乗り心地がいい。さすがお嬢様だね。

 

「全然大丈夫だよそのっちさん! ほら、まだまだ元気いっぱい」

「ゆっちーは……頑張りすぎることがあるねぇ。まるでミノさんみたいに……」

「……?」

「ううん。こっちの話ー」

 

変わらない口調で話すけど、その表情はどこか遠くを眺めていた気がした。

でもその影も一瞬で、またいつものニコニコした彼女に戻っている。

 

「まだ目的地まで時間はあるからちょっと仮眠しなよゆっちー。碌に寝てないと園子さんはみたっ!」

「え、そんな友達の車で寝るなんて悪いよー。まだ眠くもないし」

「ゆっちー」

 

名前だけ呼ばれ横に視線を移すとぽすん、と肩にそのっちさんの頭が乗っていた。ふわりと優しい香りが鼻腔をくすぐり、サラサラとした髪が頬を撫でで気持ちがいい。

 

「なら私も一緒にお昼寝するんよ。これなら問題なーし」

「そのっちさん……」

「私のお気に入りのサンチョもプレゼントするからこれを抱きしめて~……よし、かんせーい♪」

「……ふかふかです」

 

持たされる形でそのっちさんが日常的に持ち歩いているぬいぐるみの『サンチョ』を受け取る。やわらかく、ふんわりとした感触に私は自然と顔を埋めていた。

……そのっちさんは私の気が付かない、私の体調に気が付いてくれていたんだね。

 

「そして私はサンチョを抱きしめたゆっちーを抱きしめて幸せスパイラルの誕生!」

「きゃ…!? そ、そのっちさん~!」

「ほーら。暖かくて気持ちいいでしょ~……すやすやぁ」

「はやッ!?」

 

そのっちさんの寝るスピードは早いことは知っていたけど、今日は最速記録を出しているんじゃないかな?

……でも確かに彼女の言う通り、誰かの温もりを感じるのがなんだか懐かしく思えた。そういえばいつだか、東郷さんともこうして寝たことがあったっけ。

 

(ありがとう、そのっちさん……東郷、さん)

 

瞼がゆっくりと落ちてくる。ああ、これは私は耐えられそうにないなぁなんてぼんやりと考えながら────

 

「────すぅ。すぅ……」

「すやすや~……」

 

 

 

 

────私は眠りの波に意識を泳がせていた。

 

 

 

 

 




そのっちはいつものそのっちだけど、こういう時はとても安心感が持てますね。

今の『私』は人の温もりに飢えているので彼女の行動は『私』にとってクリティカルヒットしてます。

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