私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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二十二話

 

 

短い時間でも、誰かの温もりを感じながら眠りにつくなんて久々だった気がする。まぁそもそも数える程度しかそういう経験はないのだけれど、やっぱり私は誰かの『熱』を感じられることは、何よりも落ち着けるものだと改めて感じた。

 

 

「────んっ」

 

車体の小さな揺れ。微振動を感じ取った私の意識は浮上し薄っすらと瞼を開ける。わずかな頭痛が残るがそれでも寝る前に比べれば格段に体調は回復傾向に向かっていた。右肩には今もすやすやと寝息を立てて寝ているそのっちさんが居る。『人』の字に寄り合いながら寝ていた私は、丁度目的地らしき場所に到着したであろう風景を視界に収めた。

 

「そのっちさん。着いたみたいですよ」

「んん~……むにゃ」

「そのっちさーん! ……もう、私より眠りが深いじゃないですか」

 

ゆさゆさと揺すって何度目かの呼びかけで、そのっちさんの瞼が薄っすらと開かれた。

 

「お~……ゆっちーなんでここにいるのー?」

「寝ぼけてますね……いい加減に起きてくださいそのっちさん! 私はどこに行けばいいのかわからないので案内してくださいよぉー」

「わー視界が右に左に揺れる~♪」

「もーぉ!!」

 

東郷さんはいつもこのノリに付き合っていたんだ。中々彼女のペースを掴むのに苦労してしまう。

仕方ないので運転手さんに会釈をしてからとりあえず車から降ろすことにした。ふらふらと漂うその姿はまるで海中を揺らぐクラゲのようだった。

 

「ここって大赦の管理している施設の一つですよね?」

「そうなんよ〜。ゆっちー詳しいねぇ……ふぁぁ」

「まぁ……そうですね、あはは」

 

大きなあくびを惜しげもなく出してそのっちさんは身体を伸ばしていた。そうしてみれば、いつのまにか彼女の意識は完全に覚醒している。スイッチの切り替えが独特だなぁと思うけれど、先程のように助けてもらえている部分もあるので、これは彼女の美点の一つなのかもしれない。

 

そのっちさんの隣を歩いて目の前の建物に入っていく。

ああは言ったけど、ここは調べ物をしている最中に目に入った場所でもある。来るのは初めてだけどね。

 

ドーム状の建物の内部は開けていてかなりの広さだ。その中でもやはり目に入るのは沢山の『石碑』だった。

そこはまるで墓地のようで────いや、実際はそうなのかもしれないけど見渡す限りではかなりの数が建てられている。

 

『お待ちしておりました。乃木様、結城様』

「ゆっちー紹介するね。私が小学校の時に教師をしていて、二年前の御役目の際には監督役としていてくれた安芸先生だよー」

「ど、どうも……こんにちは」

 

中に入ってすぐ手前に夏凜ちゃんのお兄さんと同じ格好をした人が待っていて、そのっちさんに紹介された。

女性の人。その素顔はやはり仮面の裏に隠されていて表情は読み取れないが、口調や声のトーンはとても機械的なのが印象に残る。

 

安芸先生────とそのっちさんは言う。その人の手には綺麗な牡丹の花束が持たれていてそのっちさんはソレを受け取っていた。

 

「ありがとうございます安芸先生」

『いえ。私は準備をして参りますので、後ほど』

 

一礼して安芸さんはその場を離れていく。無言のまま彼女はその背中を見つめ、くるりと回って私に向き直る。いつもの笑顔を覗かせて。

 

「お待たせー。じゃあ行こうかゆっちー」

「う、うん」

 

言いながらそのっちさんが先行して歩いていく。私はその後ろをついていくかたちで動き、一番下段の位置にたどり着く。

そこで私は知っている名前を目にする。

 

「本当はみんなにも紹介したいんだけどまずはゆっちーが最初ね〜。三ノ輪銀っていう名前で、私はミノさんって呼んでたんだ。二年前あの大橋で一緒に戦った勇者なんよ」

 

あの大橋とは私たちの背後にあるものだ。

私は名前を聞いて、前にしずくさんが教えてくれた場所がここだと理解した。

『三ノ輪銀』。東郷さんやそのっちさんと三人でチームを組んで御役目をこなしていた最後の一人。

 

「──ミノさん。ようやくこうして顔を出すことが出来たよ。長いこと待たせてごめんね」

 

呟きながら牡丹の花束を置いて手を合わせていた。そうだ。そのっちさんは身動きが取れないほどの状態だったと聞いている。その間の歳月はとても苦しかったに違いない。

 

「初めまして、結城友奈っていいます。そのっちさんとは同じ部活仲間で大切なお友達なんですよ三ノ輪さん。よろしくお願いします」

「……ミノさん、私勇者部に入部したんだよ。みんな優しくてゆっちーたちみたいなお友達もたくさん出来たんだ。空回りしていた昔とは大違い……あは」

 

私もその横に屈んで手を合わせる。そのっちさんが思い出に耽る中で、私は一つ謝罪をしていた。

それは東郷さんをこの場に連れてこれなかったこと。

目を伏せて私は頭を下げる。

 

(必ず東郷さんを助けてまたこの場所にきます。三ノ輪さん……どうか見守っていてください)

 

顔を上げて私は誓いを立てる。仲の良かった三人をまた再会させると願って。

 

「ゆっちー、ミノさんに会ってくれてありがとうね」

「ううん。私も会いたいなーって思ってたから嬉しかった」

「そう言ってもらえて私も嬉しいんよ……でも」

 

にへら、と笑顔を浮かべるそのっちさん。しかしその笑顔にはほんの少しだけ影が差しているように見える。

 

「……でも本当はゆっちーの言う『東郷さん』……私はわっしーって呼んでいた女の子も居たんだよね?」

「はい。そのっちさんと三ノ輪さん……そして東郷さんの三人でチームだったんです。思い……出せませんか?」

「………………悔しいよ、ゆっちー。そんな大事な人の存在を覚えて──思い出せないなんて」

 

そのっちさんは三ノ輪さんの碑の隣に建てられている名前の刻まれていない石碑(、、、、、、、、、、、、)をそっと指先で撫でた。

 

「私ね。正直言うとゆっちーの言っていることが信じられなかったんだ」

「えっ?」

「どう考えを巡らせても、私の中の記憶にはミノさんと私の二人で大橋で御役目をこなしていて……部活でも五人でやってきた記憶しかないんだ。『大赦』で調べものをしてみても結果は同じ。ゆっちーだけが覚えているわっしーの存在を信じることができていなかったんよ」

「……そのっちさん」

「────でもやっぱり何か心のどこかで引っかかりがあるの。心臓がぎゅーって苦しくなって……今日はミノさんに会うのもそうだけど、確かめてみたかったんだ。この気持ちを」

「……どう、でしたか?」

 

私は訊ねるが、そのっちさんの表情は晴れない。その様子からなんとなく分かってしまう。

 

「ゆっちーは本当にわっしーのことが好きなんだね。例えみんなが、世界が忘れていてもゆっちーだけは憶えていてくれた」

「大好きなキモチは……この気持ちはそのっちさんも、勇者部の皆も同じだと思います。人の感情に優劣をつける必要もない。たまたま今回……私が覚えていただけの話なんです。頑張る理由なんてそれだけで充分……私はみんなのいる勇者部が大好きだから」

 

名前が刻まれていない石碑を視界に収めながら私はそのっちさんを抱きしめる。私も彼女の言葉を聞いて救われたよ。まだ完全に忘れているわけではないことが分かったから。心が────魂にちゃんと刻まれていることが分かったから。

 

「……強いなぁ。ゆっちーはミノさんみたい」

「私なんて内心臆病でいつも人の顔色を伺うばかりのちっぽけな存在ですよ……だからお願いそのっちさん。私はあなたの助けを借りたいんです」

「もちろんだよ。私も今日はそのつもりでゆっちーを連れてきたんだからねー……安芸先生」

『お待たせ致しました』

「わっ!? びっくりした」

 

背後から急に声が聞こえて驚く。抱擁を止めて振り返ると先ほど別れた安芸さんがアタッシュケースを持って立っていた。

 

「安芸さん……その手に持っているものはなんですか?」

「ゆっちーあれはわっしーを助けるのに役立つアイテムだよー。ね? 安芸先生」

『ずいぶんと執拗に迫られましたので。あれは半ば脅しのようなものですよ、乃木様』

「えへへ~それほどでも♪」

 

あ、少し言葉端に感情が乗った気がする。安芸さんはそのままアタッシュケースを開けて中身をこちらに見せてくれた。

中に入っていたのは端末。それも私たちの使っているものと同じ型のものが四つ。中身を確認して私は目を見開いて驚愕の色に染まった。

 

「────一つだけ端末がない!? そのっちさんこれって!」

「うん。ゆっちーの言葉が嘘ではないことがこれで証明されたことになるね」

『我々も確認するまでは気が付かなかったというわけですが……結城様。受け取ってください』

「は、はい……ありがとうございます」

 

手渡された端末を起動させる。これが『勇者』になるための装置で、東郷さんはこれを使って奉火祭に向かっていったんだ。

『わたし』も使っていた端末。今回の件とは別に、私にとってもようやくあなたに一歩近づけた気がするよ────友奈ちゃん。

 

「それでね。私の端末のデータにわっしーの反応がないのが気になったんだ。もしかしたら────わっしーはびっくりするところにいるのかもしれない」

「びっくりするところ……? 奉火祭って四国のどこかでやっているわけではないんですか?」

『奉火祭を行った……という記録は残っているのですが、それ以外は意図的に抹消されている節がみられます。端末のデータに表示されないとなると、やはり壁の外かと』

「壁の外……」

 

安芸さんの言葉に私は大橋の先を見据える。『大赦』にハッキングした際に得た情報の中に、それらしきものがあった気がする。

この四国には神樹様が結界を張っていて、その結界内で人々に恵みを与えていると。今思えば盲点だったのかもしれない。結界の外のことなんて考えもしなかった。

 

でも何にせよ、これで私は彼女の元に行ける手段を得ることが出来た。

 

「ありがとうございますそのっちさん、安芸さん。私、東郷さんを助けにいきます!」

「そうしたら一度部室に戻ってみんなに説明をしに────」

「ごめん、そのっちさん……私は今から行くよ。これ以上苦しい思いをしている東郷さんを一秒でも早く解放させてあげたい。我がままなのは理解してるけど……」

「……そっか。なら私もついていくよゆっちー。一人より二人の方がいいし、部長たちの端末は安芸先生にお願いしちゃうから」

『────承知いたしました』

「一人で背負いこみすぎないでゆっちー、一緒に行こう。大丈夫、みんなもきっと来てくれるから」

 

そのっちさんに手を握られて私の心に熱いものが込み上げてくる。力強く頷いて私たちは踵を返して建物の外に出ていく。その背中を安芸さんは無言のまま見送ってくれた。

 

「────アップデートしたシステムの説明は行きながら説明するよ。前の戦いの不安が残ってるのかもしれないけど、大丈夫ゆっちー?」

「不安はないよ。私はそのっちさんを信じてるから、そのっちさんも信じる私を信じてください」

「……分かった。じゃあ行こう」

「うん!」

 

待っててね東郷さん。今日必ずあなたを助けてみせるから。

端末に表示されている花のアイコンに指先を合わせて、私はためらわずにそれをタップした────。

 

 

 

 

 





そのっちと安芸先生の距離感は変わっています。『私』の影響によるのかもしれませんね。

とうとう勇者システムを手にした『私』。変身はできます。しかし────?
次回は壁の外へ……『私』にとっては世界の真実を初めて知る場面になっていきます。

たくさんのお気に入りと評価に感謝です。
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