私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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二十三話

◼︎

 

 

初めて『勇者』になった感想は……まるで魔法のような、そんな現実味のない感覚だった。

 

「ゆっちー大丈夫ー?」

「う、うん!! 大丈夫──うわわ」

 

一足による飛距離が凄まじい。宙に浮かんでいるような浮遊感とともに私は建物から建物へ飛び移る。これが勇者としての『力』の一端なのだと思い知った。半分恐怖、もう半分は好奇心が刺激されている。

こうして移動している間にこの『勇者システム』の説明をそのっちさんから聞かされる。

 

前回のシステム……がどういうものなのかは分からないけど、まずは満開ゲージの改善が行われているらしい。最初からは満タン状態で補充されているようで、ここから攻撃や防御にそれぞれ展開されていくようだ。

ちなみにゲージの再補充はされない。しかしゼロになったからと言って戦えなくなるわけでもないようなのでここぞという時に関係してくる感じなのかな。

 

(……まぁ色々と思うことはあるけど。なにより重要なことが一つあった)

 

それは『精霊』だ。私たちを守ってくれるその子は一人一体召喚されている。私にとってこの子たちが問題だった。それは……、

 

(か、可愛いぃ……! なんでこの子たちこんなにも可愛い見た目なの!? 反則だよぉ)

 

ちなみに私の精霊の名は『牛鬼』。見た目は牛さんでふよふよと漂うその愛らしい姿に私の胸はときめてしまった。可愛いものは大好きなので本当にズルい。今も私の頭の上で寛いでいる牛鬼にきゅんきゅんしていた。

 

そんなこんなでいよいよ『壁際』と呼ばれる場所にたどり着く。

遠巻きでは視認することができなかったけれど、木の根が無数に絡み合ったその様子はまさに『壁』と呼ぶに相応しいものだった。

 

(この壁が神樹様が造った結界……ってことだよね)

 

先行しているそのっちさんはその壁の頂上に着地し、私も後に続いた。しっかりとした足場の根はこの先もずっと根を張り伸び続けている。

 

「ゆっちー。ここからズゴゴゴーってなるから注意してね」

「う、うん……うん?」

 

ズゴゴゴ…ですか。一体全体意味がわからない。見た感じだとまだまだ壁の外は遠そうに見えるけど。

頭の上に疑問符を浮かべていると、今度はそのっちさんは私の顔をペタペタと触り始めてきた。くすぐったい。

 

「きゅ、急にどうしたのそのっちさん?」

「ゆっちーって変身したらピンク色だと思ってたんだけど、所々に淡緑色が出てるね。毛先とかー」

「変かな?」

「全然〜。綺麗な色だよー」

 

どうやら勇者それぞれ花のモチーフがあるようで、そのっちさんは『水蓮』。私……というか友奈ちゃんは『山桜』だ。けれどそう考えると様子がおかしくて髪の毛とか髪をまとめている花飾りの色が彼女の言う通り淡緑色に染まっており、どちらかというと山桜というより『緑桜』に近い印象を抱く。

 

(……確か『御衣黄』だったよね)

 

あまりにも様変わりしてしまうとそれはそれで言い訳を考えなくてはいけなくなる。でもまぁ、その時はもう素直に白状してしまうのが正解だと思うし、近いうちに話すつもりではいる。

 

「じゃあ準備はいい?」

「行こうそのっちさん!」

 

二人で顔を見合わせ頷き、私たちはその先へと歩みを進めていく。

直後に指先に抵抗力が生まれて何かに阻まれている感触を感じ取った。これが『結界』だね。そのっちさんは慣れたようにそのまま進んでいくので私も彼女に続いていく。

 

「……っ!?」

 

景色が変わる。ガラリと視界が移り変り、そこは灼熱の世界に成り果てていた。

燃えている。灼けている。まるで太陽そのものが大地全てに零れ落ちてしまった跡のような、およそ生物の存在を否定させる世界。

 

嫌な汗が頬を伝う。四国には『結界』が張られていると聞いている。ということは此処は結界外となり、四国以外の全ての場所は此処ということになる。世間はこのことを知っているのだろうか? いや、知っていたらあんなにも穏やかに暮らせているはずがない。

 

私は『大赦』がどういう組織なのか、漸く理解できた気がした。

 

(──こんなの、どうしろっていうの?)

 

揺れる視界を見上げてみると遠くの方に黒い球体のような、闇が視えた。

あれは……と、そこまで考えたところで横にいるそのっちさんが静かになっていることに気がついた。

 

────彼女が、涙を流していたことに。

 

「は、あは……ゆっちー。思い出したよ全部。結界の外に出た瞬間に一気に頭の中に記憶がフラッシュバックしてきたよ」

「そのっちさん……泣かないで。よしよし」

「ごめんね…ゆっちー。一人で辛い思いさせちゃって……」

「ううん。ありがとうそのっちさん。その気持ちだけで十分すぎるよ……あの上にあるのが目的地なのかな?」

 

抱きしめて落ち着かせ、私たちは天を見上げる。まるで台風の目のように、黒い球体を中心に気流が流れ赤黒く周囲が明滅していた。

 

「そうだね。端末のデータもあのブラックホールがわっしーの位置情報と重なっているよ……さすがわっしーだねー。スケールが大きいんよ」

「わ、私ブラックホールになってる人初めて見たよ……」

 

どういう経緯を辿ってブラックホールになってしまったのか分からないけど、東郷さんなら────と考えてしまうあたり、私はなんだか乾いた笑いが出てしまう。安心したような、そうでないような。

 

油断は禁物だけど、そのっちさん曰く反応があるなら生存の可能性は極めて高いとのこと。うん、まだ安心するのは早いことは分かっているけれどホッとしてしまったのは事実だった。

 

「──敵。湧いてきたね」

「わ……反応がたくさん。それにあそこまでどうやっていけば…」

 

端末の画面を見ると複数の反応が検出された。これが『敵』────星屑、バーテックス。

友奈ちゃんたちが、過去の勇者たちが相手にしてきた異形の怪物。その名の通り星のような数がいる。勢いでここまで来てしまったけど、この数を二人で処理するとなるとかなり骨が折れそうだ。

 

「いちいち相手をしていたらキリがないから私の『満開』で一気に突破しちゃおうかー」

「で、でも満開を使っちゃったらそのっちさんのゲージがゼロになっちゃうよ?」

「だいじょーぶ。昔は精霊やバリアなしでやってきたから慣れてるんよ私……後は仲間を信じてゆっちーはわっしーの元に行ってもらえるかな?」

「……うん、やってみる」

 

やっとここまで来たんだ。私は彼女を信じて頷いて一歩下がる。入れ替わるようにそのっちさんが前に立ち、力を解放した。

 

「────満開ッ!」

 

彼女を中心に光が集まり、『水蓮』の花が咲き開く。彼女の勇者服は巫女服のような様相になり、巨大な舟が現れていた。

とても綺麗な姿だった。呆けている私を余所にそのっちさんはこちらに振り向いて乗るように指示をし、私も慌ててそれに従って舟に乗りこませてもらう。

 

「いっくよ~! 振り落とされないようにしっかり掴まってね」

「は、はい────きゃああ!!?」

 

ちょ、スピード早すぎだよぉ!? 勇者としての膂力でなんとか身体を支えているが、普通だったら一瞬にして吹き飛ばされていたであろう速度。

ブラックホールの存在する場所まで一直線に向かっていた私たちに、無数の星屑が喰らい付こうと接近してきた。近くまで来られると想像以上の大きさの奴らは、しかし私たちに喰らい付くことが出来ない。そのっちさんの『満開』により展開された舟の槍が星屑を次々に貫いていたからだ。

 

「すごいよそのっちさんっ!」

「いや~それほどでもー。でもちょっとまずいかなぁ……囲まれてるね」

 

そのっちさんが『烏天狗』に持たせてた端末を見て顔を顰めている。私は周囲を見渡すと星屑たちとは大きさも姿かたちも異なる大型のバーテックスが後を追うようにこちらに近づいて来ていた。あれらはそれぞれが固有の能力を有しているらしく、かなり苦戦を強いられる敵のようだ。

そのっちさんは更に加速させて距離をとっていくと、周囲の環境は徐々に変化していった。まるで嵐の中にいるような暴風と圧力が身体を襲う。

 

「ぐっ、う……そのっちさん距離はどうですかー!」

「限界距離まであと少しだよ! 私は満開しちゃったからそれ以上先には進めないから、あとは────」

「後はまかせてそのっちさん。私が東郷さんの所に行くよッ!」

「……おっけー。じゃあカウントしたらブラックホールに飛び込んでね────三っ!」

 

心臓の鼓動が早まる。ここまで接近したら端末の情報を頼らなくても感じられる。東郷さんの気配が確かに目の前にあった。

 

「二、一……!」

 

もう少しだから。今、助けにいくからね。

 

「────ゆっちーお願い!!」

「行ってきますそのっちさん!!」

 

躊躇なく、恐怖を勇気で押し込めて私は舟から飛び降りた。深い、深い闇の中へその身を落としていく。

一瞬だけ視界に捉えたそのっちさんは数体のバーテックスの注意を引いてその場を離れていった。

 

「友奈ちゃん。お願い……私を東郷さんの所に導いて!」

 

直後に目の前にいる『牛鬼』を中心にバリアが張られる。精霊バリアは勇者が致命傷になりうるダメージに対して効果を発揮する絶対防御だ。つまりこのバリアが展開された時点で私は生きていられない場所まで来たことを意味する。押し返される圧が変わって今度はものすごい勢いで吸い込まれ始めた。

 

「……っ。────…!!」

 

もう私は成り行きに任せるしかない。身を丸め、ただただ東郷さんのことを考える。

ゲージが一つ、二つと消費されていき私の生命線が少しづつ削られていく。

 

(……っ。あれ、はバーテックス!? 二体こっちに────)

 

そのっちさんが引き受けてくれたうちの一部が私を追いかけてきた。私は今身動きがとれない状況に焦りが募っていく。

どうしようかと思考を巡らせていくと、大型のバーテックスに異変が起きていた。

 

ベキン、ベコンと金属がひしゃげる音が耳に届いた。ブラックホール内の強烈なGによって奴らの存在は文字通り押し潰されていったのだ。

三つ、四つとゲージがさらに消費された。私もこのゲージがなくなったらあのように一瞬にして潰されてしまう。

 

「東郷さん……東郷、さん!」

 

終わりの見えない闇の中で彼女の名を叫ぶ。そして五つ目のゲージが消費される手前で視界が反転して、強烈な圧迫感は消え失せた。

間に合った? 間に合わなかった? 私はゆっくりと瞼を開けて現状を確認する。

 

『……えっ? これって』

 

 

次に視界に収まったのは、私の────友奈ちゃんの身体だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『私』である勇者のモチーフの花は『御衣黄桜(ギョイコウザクラ)』です。
花言葉も────彼女をよく表しているかと思います。

現状、憑依している彼女の影響を受けてか、友奈ちゃんのイメージカラーであるピンク色に淡緑色が所々浮き出ている姿になっています。


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