私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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二十五話

 

 

私たちが目覚めたのはあれから半日経ったあとだった。

 

「ん……あ、れ?」

 

目覚めて最初に目にしたのは病院の天井────ではなく、赤い服装の……女の子の姿だった。霞んだ視界からは誰だかわからないけど、思わず口にしてしまう名前はあの時のことが脳裏に過ぎったのせいなのかもしれない。

 

「三ノ輪……さん?」

 

ぼんやりとした思考の中で私の手を握ってくれている人に呼びかける。あの時背中を押してくれた少女の光。でも彼女は確か────

 

「……三ノ輪じゃないわよ友奈。三好夏凜。あんた寝ぼけてるの?」

「夏凜ちゃん……あぁうん。夏凜ちゃんだぁー」

「ちょ、もう……しゃーないわね」

 

聴き慣れた声を聞いて私はその手をにぎにぎと握る。恥ずかしそうに照れながらも夏凜ちゃんは私の手を振りほどこうとはせずに小さく握り返してくれた。

嬉しい。帰ってきたと実感が湧く一瞬であった。

 

「夏凜ちゃん一人?」

「なに言ってるのよ。隣、見てみなさい」

「え……ぁ」

 

病室にはもう一つベッドが設置してあった。そこで寝ていた人を見て、私は目を細めながら嬉しさに満ち溢れた。

こっちを同じように眺めて薄っすらと涙を滲ませる東郷さんの姿があった。彼女の横にはそのっちさんが手を振って笑っている。

 

「ゆっちーおはよー。元気してる〜?」

「元気、してるよぉーそのっちさん。無茶させてごめんね」

「ゆっちーほどじゃないよ~。ね、わっしー?」

「…………。」

「東郷さん」

 

名前を呼ぶ。みんなが東郷さんを認識してくれている。それだけでも頑張った甲斐は十二分にあったと言える。

だから私は笑って彼女を向かい入れた。きっと友奈ちゃんもそうしていただろうから。

 

「おかえりなさい、東郷さん。一ヵ月以上ぶりだね」

「友奈ちゃん……私」

「何も気負わなくても、謝らなくていいよ。こうして帰ってきてくれたんだもん。生きててくれてありがとう」

「う、うぅ……ありがとう」

「わっしー泣かない、泣かない」

 

ハンカチで東郷さんの涙を拭うそのっちさんもどこかホッとした様子。そうだよね、彼女にとっても東郷さんは大切な存在だもんね。

そんな私たちの様子を夏凜ちゃんは和やかな瞳で見つめていた。

そうしていると病室の扉が開けられて外から風先輩と樹ちゃんが入ってくる。これで全員集合したね。

 

「お、友奈に東郷目が覚めたのね! 良かったわぁー」

「お二人とも無事で本当によかったです」

「うん、ありがとう先輩、樹ちゃん」

「ご迷惑をおかけしました……でも」

 

東郷さんの表情は晴れない。どうしたの、と訊ねると先の儀式の件について不安が残るようだ。

 

「私がこうして開放されたことで、壁の外の火が四国を……」

「事情は端末を届けてくれた大赦の人から聞いたわよ。火の勢いは既に安定に入ったから生贄はもう必要ないそうよ」

「……! なら代わりの人が生贄に」

「それも違うわ東郷。あんた普通なら死んでいるほどの生命力を奪われていたの。一ヵ月以上もの間、東郷の生命力がタフだったおかげで友奈が……私達が間に合ったのよ結果として」

「そう、なの? 私本当に助かったの…?」

 

東郷さんの問いかけにみんな頷いていた。もちろん私も。申し訳なさそうな、それでも嬉しそうな困惑した表情。

 

「そうよ、バッチリセーフ!」

「お勤めご苦労さまでした東郷先輩。お医者さんが言うにはしばらく入院みたいですけど」

「ありがとう樹ちゃん。風先輩」

「わっしーごめんね……ゆっちーと助けに行くまでずっと忘れちゃってて」

「ううん。そのっち……それでも思い出してくれた、みんな────夢ではないのね」

 

皆の言葉を受けて東郷さんは再び涙を流す。でも今度の涙はとても綺麗なものだと私は感じた。

そのっちさんに頭を撫でられて笑い合う。ようやく日常が戻ってきたのだ。

 

 

 

(────っ。)

 

 

 

戻って、きたのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、私も入院することになった。でも東郷さんと比べたら私の方が早めに退院できるとお医者様に言われた。

みんなも面会時間ギリギリまで残ってくれて、別れたあとは就寝時間まで東郷さんといっぱいお話した。

 

この一か月間あったこと。なにがあってどういったことがあったのか……などなど。

 

「ふふ、東郷さん夕食にすごい指摘してたね」

「……だって和食になってしまうとどうにも、ね? 美味しくはあったけれど」

「でも確かに私も東郷さんのご飯の方が美味しいと思ったなぁ。また作ってくれる……?」

「もちろんよ。むしろ私の方からお願いするぐらい」

 

やった。友奈ちゃんのお父さんとお母さんも東郷さんの料理は絶賛しているからね。

ベットとベットの間に少し距離はあったけど、隣で寝ているのは変わりない。私と彼女の二人きりの時間。

薄暗い病室で私たちは笑い合う。

 

「東郷さんがブラックホールになってたときは本当に驚いたよ」

「私はその時は外で何が起こっていたのかは分からなかったけど……友奈ちゃんはそんな中でも助けに来てくれた」

「えへへ。ちょっとは勇者らしいことができたかな」

「私にとって今も昔も友奈ちゃんは勇者だよ」

「ほんと? 私にとってもね、東郷さんは勇者なんだよ」

 

私がここまでやってこれたのも全部彼女のおかげだから。

 

「あとね……東郷さんに謝りたいことがあるんだ」

「謝りたいこと?」

「うん、助けに行く途中で東郷さんの『記憶』を見ちゃってね……ほら、プライバシー的な観点からして許可なしに視ちゃったから謝りたくて」

「……っ。変なの映ってなかったわよね?」

「それは全然。私のことを想ってくれてることがよく分かったから嬉しかった♪」

「は、恥ずかしい……。でも自業自得だからなんとも言えないし──むぅ」

 

頰を赤く染めて東郷さんは毛布を被っていた。可愛い。

 

「それに、ね。鷲尾さんの時の記憶も見ちゃったんだ。そのっちさんと東郷さん、それに三ノ輪さんの三人で過ごしている記憶を」

「…そうなんだ。うん、その『記憶』は私にとってとても大切なものなの。一度は失ったけどこうして今は取り戻して……特に銀との思い出はかけがえのないものだったから」

「東郷さんを探している時にね、三ノ輪さんのお墓にも寄ったんだ。ご挨拶にってそのっちさんと一緒に。それから東郷さんを救い出して一緒にまた来ますって約束してきたんだ。だから退院したらそのっちさんと一緒に行こう? 私はお礼をしたいし」

「……銀に怒られちゃいそうだわ」

「心配はしてただろうけど、怒りはしないんじゃないかな? 最後に脱出する時も私の背中を押してくれたんだよ。あれはきっと──」

 

例え私の幻覚、夢であったとしても後押ししてくれた事実は変わらない。これが偶然ではないと思うからこそ、東郷さんは三ノ輪さんのためにも生きて幸せにならなければいけないんだ。そのためには私は『全て』を捧げてでも力になってあげたいと思っている。

流石にこれは恥ずかしくて口には出さないけどね。

ちらっと東郷さんの顔色を伺ってみると、静かに目を伏せて思い耽っているようだ。

 

「ねぇ友奈ちゃん」

「…うん?」

「私、生きるよ。悩むことも苦しむこともまだまだこれから沢山あるだろうけど、自分を犠牲にするなんてことはもう止める。これ以上銀に心配かけないように、そのっちたちや友奈ちゃんと笑って過ごしていけるように自分を変えていく努力をしていくわ」

「東郷さんなら変われるよ絶対に。私も保証しちゃうから──だから……」

「だから、ね……友奈ちゃん。ううん、あなたも──生きることを諦めないでね(、、、、、、、、、、、、)?」

「────…。」

 

東郷さんの誓いと共に言われた言葉に私は目を見開き……そしてすぐに頷くことができなかった。窓から差し込む月明かりが東郷さんと私を照らし、私はスッと目を背けてしまう。僅かに捉えた彼女は心配そうな、そんな眼をしていた気がする。私の表情は彼女にどう映っていたのだろうか。取り敢えず愛想笑いを浮かべて誤魔化すことにしておこう。

 

「さ、東郷さん。もう寝ちゃおうよ! 早く良くなってまた一緒に学校に通おう。やる事がいっぱいあるからね〜」

「………………うん、そうだね。また明日、友奈ちゃん」

「おやすみなさい、東郷さん」

 

寝る前の挨拶を済ませて私は毛布を被る。東郷さんもそれ以上は話さずに瞼を閉じて眠りにつく。

しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。私は音を立てないように静かにカーテンを開けて窓の外を眺めた。

 

(もちろんだよ東郷さん。私は私の幸せのために友奈ちゃんを……取り戻すから)

 

 

胸を手で押さえて私は痛みに顔を顰める。

服を捲って見てみると、あの時に見た『紋様』が私の身体に刻まれている。やっぱり見間違いではなかったその事実に私は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 

────私の時間は、きっと……。

 

 

 




友奈ちゃんは頑張って助けたので、東郷さんと二人で入院する結果になった。

目覚めてから二度目の病院のベット────描写してませんが、会話中そのことで二人して笑っていたりいなかったり。


一先ず東郷さんは無事に救出されました。残り数話を挟んだのち、次章に進むかと思われますのでお付き合いください。

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