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久々にこの日記に良いニュースというか、報告を書くことが出来ます。
長い事行方不明だった東郷さんを見つけることができました。その道中で異形の怪物たち────バーテックスを相手にしながら世界の真実を私は知ることになるのだけれど。
こんなにも大変で、辛く険しい世界を渡り歩いてきた『勇者部』の人たち、そして友奈ちゃんには本当に尊敬してもしきれないほどだった。
その中で私もそのっちさんと安芸さんから勇者に変身できる端末を譲り受けて『勇者』となることができたのは本当に嬉しかった。なんだか認められた気がして、友奈ちゃんたちと同じ視点に立てた気がしたから。
怖かったし、痛かったし、辛かった。けれどその果てに私は東郷さんを取り戻すことができたのは最終的には三ノ輪さんのおかげでもあるかな。
もちろん風先輩、樹ちゃん、夏凜ちゃん、そのっちさん────全員の思いももちろん忘れてないよ。みんなの『熱』が私の背中を押してくれたんだから。
一人じゃ絶対に成し得なかったものだと思う。だから本当にみんなにありがとうを伝えたい。
その後は数日間の入院生活が待っていた。
身体は全身ひどい筋肉痛のような痛みだったし、胸の『紋様』が刻まれている部分からの痛みも酷いしで身体を動かしていなくても疲れちゃうよ。
友奈ちゃんの両親もいっぱい心配してくれた。東郷さんの両親にも。とてもあったかい気持ちになったし、東郷さんと二人で照れちゃったりと入院生活中も色んなことがあったような気がする。
一日一日が過ぎるのはあっという間だった。楽しいことがあると時間が過ぎるのは早いというのは本当みたいだね。
さぁ、週明けからまた東郷さんと一緒に学校に通える。これからだ。この痛みもきっとすぐに……なくなる。
◇
身体的ダメージは私と東郷さんもほぼ無いに等しかった。入院生活といっても療養の面が強かった程度で前ほどその期間は短いものだった。
一日遅れで東郷さんが退院をし、みんなで『かめや』で退院祝いのうどんパーティーをしたのが記憶に新しい。
「────おはよう、友奈ちゃん」
「ふぁぁ……おはよー東郷さん」
目が覚めたら彼女がいる。私にとってこれほど嬉しいことはないぐらいに喜ばしい事。頭を撫でられその手が頰に持ってくると私も目を細めてその手のひらの感触を堪能した。
「今日の予定は覚えてる?」
「もちろんだよ」
東郷さんと一緒に決めていた事だ。学校が始まる前に三ノ輪さんのお墓参りに行くこと。もちろんそのっちさんも一緒だ。
着替えて朝食を摂る。私の家族も一緒だ。煮物も焼き魚も全てが美味しかった。やっぱり私の中で東郷さんの手料理が一番だと改めて実感したよ。
「お花、ちゃんとあるわね」
「うん」
そうして諸々支度を済ませて私たちは家を出る。敷地を出て少ししたところに大赦印の車が一台停車していた。
車の窓が開けられ、そこから顔をのぞかせたのは、
「へーい、そこのお熱いお二人さん乗ってかなーい?」
「おはようそのっち。お迎えありがとう」
「そのっちさんありがとー!」
「見事なスルーっぷりに園子さん感激だよぉ〜。どうぞー」
テンション高めのそのっちさんが車でお出迎えしてくれた。案内され、車内に入りこむ私たちはそのっちさんの車で目的地に移動していく。
「そのっち、ちゃんと作ってきた?」
「もち! わっしーも忘れてないよね~?」
「もちろんよ。友奈ちゃんと二人で作ったの。ね、友奈ちゃん」
「うん、私は餡子作ったの! ほとんどの作業は東郷さんだけどね」
「それでも嬉しかったわ。ありがと友奈ちゃん」
「えへへ♪」
「うんうん。よきかなよきかな~」
私と東郷さんとのやり取りをキラキラした目を向け、手元ではメモ帳に何かを書き連ねているそのっちさん。
小説のネタに使う時のメモ帳みたいだけど、今の私たちのやり取りでネタになりそうなことはあったのかなぁなんて他の場面でも思うことがある。
まあ私は小説は書けないからどうあれ凄いと思っちゃうけどね。東郷さんも半ば諦めモードというか変な書き方だけはしないでね、と諭している所を見るに昔からこうだったんだなーと微笑ましく見えてしまう。
目的地までは一時間しないぐらいで到着した。
車を降りて私たちは建物に足を運ぶと、閑静な室内にはたくさんの石碑が建てられている。東郷さんは移動する中で静かに周囲の様子を眺めていた。
過去に散っていった勇者たち。色々と思うことはあるのだろうけど私にはその心中を察することはできない。
「銀……久しぶり」
三ノ輪さんの石碑の前に立つ東郷さんは今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情を浮かべている。だから私は東郷さんの隣に立って彼女の手を握った。彼女たちの過去を知る者として。
東郷さんは私の方に視線を向けずにそのまま私の手をぎゅっと握り返してくれた。
「あれ、お花が供えてある? 安芸先生かなぁー」
そのっちさんは石碑周りの掃除を行いつつ、そこに既に花が添えてあったことに疑問を抱いていた。
しかし彼女が言うにここ最近は安芸さんも来れてないようで……だとしたら三ノ輪さんのご家族だったりするのかな。
でももしかしたら……最近会っていないあの子なのかもしれないと私は考える。
掃除が終わって、私は新しいお花を供える。そのっちさんと東郷さんは包みを開いて三ノ輪さんの墓前にそれらを供えた。
「ミノさんに教わった焼きそば作ってきたんだぁー。味はミノさんに劣るけどね。二人を助けてくれてありがとー」
「私は友奈ちゃんと二人で作ったぼたもちを。美味しく出来たのよ銀。私を……友奈ちゃんを助けてくれてありがとう」
「三ノ輪さんのおかげでまた東郷さんと一緒になれたよ。ありがとうございます」
三人で手を合わせて三ノ輪さんに感謝を告げる。
その時に、ふとそよ風が私の頬を撫でたのだ。一瞬、思わず視線を上に向けたときに視界に入った影があった。
「────うん。じゃあ私はご先祖様にも挨拶してくるね!」
「私はもう少し銀のところにいるわ。友奈ちゃんは私と居る? ……友奈ちゃん?」
「えっと……ちょっと私向こうに行ってくるね!」
「友奈ちゃん…?」
チラッと見えた影に向かって私は走っていく。見間違いでなければ会っておきたい。その一心で建物の外に出てみるが先ほど見た影はどこにもいなかった。
ぜぇ、ぜぇと息を切らして周囲を見渡してみるがやはりどこにも────
「……ったくこの距離で息切らしてるようじゃもうちっと体力付けた方がいいんじゃないか? 結城よォ」
「────っ! シズクさ……」
不意に私の背後から聞こえた声の正体は山伏しずくさんだ。やっぱり見間違いじゃなかったんだね。
久しぶりに声を聞いて嬉しくなった私は後ろに振り向こうとするが、両肩を掴まれ振り向かせてさせてくれない。
な、なんで?
「振り向かないでくれ結城。このまま」
「どうしてですかシズクさん!」
「今はお前たちと会うことは禁止されてる……ってもこれも既にグレーか。今日はたまたま神官に代わって此処に足を運んだだけなんだ。まさか来るとは思わなかったぞ」
「そ、そんな……久しぶりに会えたのに。これも規則なんですか?」
「あぁ……
「嘘ですよね? シズクさん」
今にして思えば彼女の言っていることは私に深く詮索されないように誤魔化していた言い訳なのかもしれないと感じた。
確かにこの前までは私は『御役目』や『勇者』、『世界の真実』なんてものを何も知らなかった。でも今は知っている。その目線で見てみたら後ろにいるシズクさんたちもなんらかの関わりを持っているのではないか、と疑問を持つのは自然であった。
でも返ってきた言葉は、
「……悪ぃ」
ただ一言謝るだけだった。でもこれがシズクさんなんだと私はどこか安心感を覚える。
「オレを嫌いになるのは構わねぇがしずくは嫌いにならないでくれ結城」
「い、いえ。そんなことで嫌いになんてならないですから……私たちに会えないってことはシズクさんたちにも御役目があるんですか?」
「……そこまで知るようになったか。まぁそんなとこだ……ちと背ェ伸びたか?」
「ほんと! わっ……?!」
唐突に頭を撫でられる。ちょっとだけ荒い撫で方。東郷さんとは違う、だけど嫌いじゃない。
「頑張ったんだな」
「……わかるんですか?」
「ああ分かる。前に言ったろ? つえーやつのことは忘れねェって」
「はは……でも、きつかったです。痛い熱い辛い苦しいの全部味わいました……失敗したらどうしようとかとても不安でした」
「けどオマエはやりきった。その経験は次にちゃんと繋がるから胸を張れ────っとそろそろ行くとするか」
「友奈ちゃーん!」
シズクさんの言葉の後に遠くから東郷さんが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。ちょっと離れすぎちゃったかな。
「行っちゃうんですかシズクさん?」
「ああ。言っておくが今日のことは内緒だからな! バレたら神官にねちねち叱られるからよ」
「は、はい! わかりました」
「よし、ああそうだ……しずくが連絡返せなくてごめんだとよ。どこかで会った時に伝えられたら伝えてくれって頼まれてたからな。伝えたぞ?」
「はい。また連絡しますからシズクさんも安心してください」
「頼む……またな」
「はい────!」
もう一度頭を撫でられてからふっと背後の気配が消えた気がした。
慌てて振り返ってみるとシズクさんの姿はなくなっていた。まるで夢でも見ていたんじゃないかって気分になって私は静かに笑う。程なくして東郷さんがこちらに走って迎えに来てくれた。
「こんなところにいた。もうダメでしょ友奈ちゃん」
「ごめんなさい東郷さん」
「あら? なんだか嬉しそうね。ここで何かあったの?」
「ちょっと、ね? でもなーいしょ♪」
「そう言われると余計に気になっちゃうわね……もう。そのっちが待ってるから行きましょう」
「うん!」
シズクさんに内緒にするように言われてるからごめんね東郷さん。偶然とはいえ会えてよかったです。
今度はちゃんと顔を合わせて会えることを願いつつ、私は東郷さんと二人でそのっちさんの元に戻っていった。