私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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二十九話

 

 

 

 

その日はとてもぐっすり安眠出来た気がする。

東郷さんの温もりを、感触を堪能しながら一夜を越すのは私にとって活力に繋がるものだった。

 

「友奈ちゃん。朝だよ」

「……ふぁーい」

 

いつものように起こしてくれる。変わらず東郷さんは自分の支度は既に済ませていて、昨日添い寝してくれてたのは夢じゃなかったんではないかと思うほど自然体だった。

 

「東郷さんはいつの間に起きたの? 全然気がつかなかったよ」

「日付変わる前ぐらいかな。私も友奈ちゃんを抱きしめて安心して寝ちゃっててそこから一回帰らせてもらったの。友奈ちゃんはぐっすり寝てたね」

「へぇー…」

「流石に夕食抜いたからお腹空いたでしょ? 用意できてるから下で食べようよ友奈ちゃん」

「う、うん。そうだね」

 

自分の失態に気恥ずかしそうにしているけど、そんなことはない。

私は身体を起こして着替えようとパジャマに手をかけた所でピタッと動きを止めた。

私の衣服の下の状況を忘れる所だった。見られるわけにはいかない。

まだ胸元辺りに刻まれているけど、見られないなんて保証はない。もし、知られてしまえばそれは『真実』だから東郷さんに悪影響が及んでしまうのは必然だ。

 

「…? どうしたの着替えを持って」

「お、お手洗いにいくついでに着替えてきちゃうね! 東郷さんは先にリビングに行っててよ」

 

私は乾いた笑みを浮かべながら返答を待つまでもなく部屋を後にした。違和感は拭えないだろうけど、いつどの対応で『呪い』が発動してしまうのか分からないので多少強引でもやっておいた方が相手に降りかかるリスクは最小限に済むはずだ。

 

(────これで、いいんだ)

 

それに気を付けてさえいれば、なんてことのない日常を過ごしていけるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

学校での生活は体育の授業ぐらいしか衣服に手をかけないのでそこのところは安心なのかもしれない。

授業を聞きながらノートをとるそのペン先はイマイチノリが悪い。

 

(…このことは『大赦』にでも聞いてみたらいいのかな)

 

専門……の組織なのだから何か解決策をと思ったけれど、考えてみたら下手に口にした所で被害が拡大する恐れがある。よく映画とかである細菌兵器みたいに人から人へ────なんて考えただけでも恐ろしい。現状は東郷さんの件のように一人で何とかしないといけない状態なのかもしれない。

 

お昼も喉の通りが悪い気がした。それは考えすぎなのか、『呪い』の影響を受けてしまったせいなのか定かではないが不自然な行動だけは控えないといけない。無理やりにご飯を胃袋へ流し込んだ。

夏凜ちゃんもそのっちさんも東郷さんのフォローのおかげか、心配そうな視線を感じる以外はいつも通りに接してくれている。ありがとう。

 

「──にしても困ったもんだわ。寒くなってきた時期にエアコンが壊れるなんて」

「ね〜。私なんてついこの間ホータイとれたばっかりなのにまた巻き巻きなんよー」

「夏凜ちゃんは仕方ないにせよ、そのっちは不注意なのだから気をつけてね」

「だねー。火傷注意〜」

 

なんて会話を耳にした時に私は驚かされた。これは偶然なのか、と。

訊けば東郷さんもつい最近取り替えたばかりの電灯が急に切れて困っていたみたいだった。偶然にしては昨日のひと時に起こっている出来事が多すぎる気がした。

 

「友奈ちゃんは──特に大丈夫そうだったわよね確か」

「う、うん」

「そういえばフーミン先輩たちも昨日鍵を無くして大騒ぎだったみたいだよ」

「偶然…? にしては私たちの周りに起きてることが多いわね。友奈は大丈夫みたいだったようで良かったけど」

「ごめんなさい……っ。」

「くす、どうして友奈ちゃんが謝るのよ。何もなくて安心したわ」

 

私の謝罪は聞き流されてしまったけれど、もしかしたら──いや、もしかしなくても私のせいなのかもしれないの。

しかしそのことを口にすることは許されない。今も喉から出かかった言葉に対してチリチリと胸元の『刻印』が疼いていたのだ。それが殆ど証拠として証明されているということになる。

 

「…………?」

 

ぴたっ、とそのっちさんと一瞬視線がぶつかる。いつものほんわかした様子でない、東郷さんを救出しに行ったときと同じような表情。

私は思わずさっと視線を逸らしてそのまま東郷さんたちの会話に戻っていく。そのっちさんの顔はその時は見れなかった。

 

こうして放課後になって私たちは部室に赴く。

部室でも先ほどの話が話題に上がり、風先輩と樹ちゃんも頭を悩ませていたようだった。

やっぱり私の周りの人間に何かしらの『不幸』となって伝染している気がした。昨日の去り際に視た『刻印』に似た紋様が皆に一瞬浮き上がっていたアレのせいなのかもしれない。

でも私のように刻まれているわけではなさそうだ。もしそうだったら大騒ぎしているだろうし、大赦の重鎮である『乃木』が黙っていないだろうから。

 

「やっぱり勇者部全員厄払いでも行った方が良いんじゃない?」

「そんなこといわないの夏凜。たまたま重なっただけでしょ」

 

そんな会話を余所に私はパソコンでいつものように仕事をこなしていく。焦りと不安を押し殺すように、キーボードに打ち込んでいった。

 

「────あ、そうだ友奈。ちょっと付き合ってくれる?」

「え? なんですか風先輩??」

 

仕事に集中していたせいで会話の流れが分からない。風先輩は私のもとに来ていて肩をぽんと叩いてくれた。

先輩は微笑みを崩さずに言葉を続ける。

 

「たまには友奈と活動したくてね。ついて来てくれる?」

「それはいいんですけど……えっと」

「今やっている仕事は私に任せて友奈ちゃん。風先輩についていってあげて」

「わ、分かりました!」

 

先輩のお誘いに東郷さんは仕事を代わりに請け負ってくれて私たちは二人で部室を後にした。

前を行く先輩の横に並ぶように歩調を合わせて私は訊ねる。

 

「なにかの依頼でしょうか?」

「んー……まぁね。ちょっとそこの自販機に寄りましょうか」

「へ? はい」

 

中庭辺りで先輩はベンチのある場所に私を座らせて、飲み物を買いにいった。喉でも乾いたのかな、と思っていたら先輩はその手に二つの飲み物を持っていてそのうちの一つを私に手渡してくれた。

 

「ほい、先輩のおごり。寒いからココアにしておいたから」

「あ、ありがとうございます。あの……お金」

「だから奢りって言ったでしょー? ほれほれ」

「い、いただきます……?」

 

カシュ、とプルタブの音を響かせて先輩は飲み始める。私は疑問符が残るばかりのままプルタブに指先を当てるけど、うまく力が入らなくて中々開けるのに苦労してしまう。

 

「ん? 開けられないの??」

「あ、あはは……手が冷えちゃって、ですね」

「なら開けてあげるわよ……ん、ほら」

「どうも……いただきます」

 

小さく会釈して私も受け取ったココア缶に口をつける。温かく甘い味が舌を伝って喉奥に流れていく。ほう、とため息が漏れて白い息が薄く空気に溶けていった。

しばし飲み物を堪能しながら目先の風景を眺める。先輩も飲み口に口をつけたまま空を眺めていた。

そんな穏やかな時間が流れていくなかで、徐に先輩は口火を切った。

 

「ねえ、友奈。なにか悩み事があるんじゃない?」

「────っ。どうして、そう思ったんですか」

 

視線を風先輩に向けてみるけど、変わらず先輩は遠くを眺めていた。

 

「んー……まぁ色々とよ。昨日のこともそうだし、なんだか思い詰めているような顔してるからね。気になっちゃうのよ、先輩として姉として」

「先輩は樹ちゃんのお姉さんですよ」

「あたしにとっては友奈は妹みたいなものよ。で、どうなの?」

「いいえ。なにもないですよー?」

 

ココアを両手で握りながら私は首を横に振る。

 

「あっ! もしかして恋愛のことかしら~?」

「れ、恋愛!?」

「東郷と喧嘩でもしたのかしら? いや、でもどちらかといえば悪いというより近頃は親密な気が────」

「へ、変な勘繰りはやめてください先輩ぃー! そんな、だって……恥ずかしいですよぉ」

「あ、否定はしないのね。ご馳走様」

 

南無南無と手をすり合わせている先輩だけど、表情はどこかまだ探りを入れているような気配がした。

 

「ま、冗談はこの辺にしておいて。昨日の話なんだけどさ、何を話してくれようとしたの(、、、、、、、、、、、、、)?」

「……っ!?」

 

しまった……これが本題だったようだ。身体が思わず強張ってしまう。ど、どうしよう……。どうやって切り抜ければ。

 

「確かなにかを喋ろうとしてたわよね? んーと。私はー……って感じでなんだっけ?」

「ま、待ってください先輩。ほら、部室に戻りましょうよ! 身体冷えちゃいますから!」

 

チリチリと『刻印』から熱を感じ始める。いけない。またあの『腕』がくる────。

 

「結城友奈じゃないって……どういう────」

 

風先輩の言葉は最後まで言われることはなった。止まってしまった(、、、、、、、、)

直後に激痛が身体を蝕み始める。痛いけれど動くことが出来ないので耐え続けるしかないが、そうも言ってられない。

 

『刻印』から赤黒い『腕』が姿を現す。探るようにその指先は風先輩のもとに進んでいくと、前回よりも色濃く映る『紋様』へその爪先を引っ掛けていた。

 

────彼女に触れないでっ! やめて! やめて……ください。やるなら私に。私だけにお願いしますッ!

 

はたして思いは届いたのか。

それ以上は何かするわけではなかったその『腕』は、あの時と同じで戻る直前に私の『ナニカ』を万力の如く握り締めてから姿を消した。

そうして世界は再び元に戻る。

 

「────意味って。友奈? どうしたの??」

「……………………なんでも、ないですよ? あはは」

「そんな青い顔で言われても平気なわけがないじゃない。ああ、ごめん。さすがにこの時間帯だと寒かったのよね。戻りましょうか」

「そうしてもらえると……助かります」

 

私はなるべく笑顔を作って先輩に向ける。慌てた風先輩は立ち上がって私も後に続いて立ち上がる。

 

「────ごほ。けほ」

「あわわ……咳まででちゃった!? ささ。早く戻りましょ。ごめんね気が利かなくて」

「……そんなことないですよ。んんっ……心配してくれてありがとうございます」

 

私は咳を押さえた手を先輩に視えないように後ろ手に隠した。そうして笑みを浮かべておく。本当に大丈夫だと思わせて。安心させて。

こうして私たちは部室に戻っていく。私は手のひらに残る粘つく生暖かい感触が嫌というほどに脳に伝わってくる。

少し前を歩く先輩に隠れて私はチラッと自分の手のひらを視界に収めてみたらやはりというか、結果が残っていた。

 

 

 

────その手は赤く、朱色に塗られていたことに。それはまぎれもない、自分自身の血液だという事実がこの手に。

 

 


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