私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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三話

 

 

 

さて、勇者部の方々と顔合わせも済んで私自身の立ち位置というか、そういうものが少しずつ理解してきました。

私も彼女たちと同じ勇者部に所属していて活動していたことをここで知ることになります。

 

犬吠埼風先輩を部長として、妹の樹ちゃん、三好夏凜ちゃん、東郷美森さん、そして結城友奈さんの五人で構成されているみたい。

 

部活の内容は簡単に言って困っている人に手を差し伸べ、助けてあげる活動を主にしているんだって。凄いよね。

楽しそうな部活動だなぁと思う。私も退院したら頑張って活動に取り込もうと意気込み、今日からのリハビリに挑む。

 

東郷さんの介助もあってかその後の経過も順調で、予定していた時期よりも幾らか早く次のステップに踏み込めた。

今日はその第一歩だ。

 

リハビリ室に担当の看護師さん、そして東郷さんが見守る中で私は手すりのあるバーの前に車椅子を移動させた。

 

(──よし、がんばろー!)

 

内心意気込んで私はゆっくりと両足に力を籠める。

私が『わたし』になってから初めての行いに少しだけ不安が残るが、傍らには東郷さんがいるから何とか頑張れそうだ。

手すりに手を乗せていざ────

 

「わ!?」

「友奈ちゃん!!」

「あ、ありがとー東郷さん」

 

びっくりした。想定していた以上に脚力が衰えていたために前のめりに倒れそうになっちゃった。

看護師さんよりもいち早く私の所に駆け寄って支えてくれた東郷さんにお礼を言って一度車椅子に座りなおす。

 

「やっぱりまだ早いんじゃないかしら? もうちょっと時間をかけてゆっくり……」

「ううん。東郷さん、私はやく元気になってみんなを安心させたいんだ。そうしたら東郷さんと一緒に並んで学校に通いたいの」

「友奈ちゃん……」

「我がままでごめんね。でもこればっかりは……私の足で、頑張りたいんだ(、、、、、、、、、、、、)

「我がままなんて……うん、わかった。でも無理してるようなら止めるからね」

「ありがとう!」

 

ニッコリと笑って出来る限り安心させる。

でも確かに急ぎすぎて怪我でもしたら元も子もないのでまずは立つことを目標としよう────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、東郷さんに車椅子の主導を任せて院内の敷地を移動していた。

気分転換も兼ねて東郷さんが連れ出してくれたのだ。

 

「はぁー……」

「そんなに落ち込むことはないよ」

「だってー……」

 

結局、この日は歩くことまでは行けずに数分立つことだけで精いっぱいだった。気持ち的にもう少し頑張りたかったけど、東郷さんに待ったをかけられたから仕方ない。

私の不完全燃焼気味の気持ちに彼女は「もう…」と小さく息を吐いた。

 

「ゆっくり確実にやっていこうね。今日だけでも一人で立てたんだもの、十分な成果を得ているわ」

「…うん」

「一度やるって決めたらどこまでもやり切ろうとする癖は治らないわね。まあそこが友奈ちゃんの良いところでもあるのだけど」

「ごめんなさい東郷さん」

「謝らなくてもいいよ。ただ私の見える範囲でやってくれていればそれでいいから……ところで友奈ちゃん。ここで良いお知らせがあります」

 

それ以上は深く追求せずに東郷さんは話題を変えてきた。

なんだろう、と見上げる。

 

「──えっ、それ本当? 学校に通えるの?」

「うん。当初の予定より大分健康状態も良好でしばらくは車椅子生活にはなるけど退院も出来るそうよ。ご家族の了承も得ているらしいからあとは友奈ちゃん次第で家に帰れるの」

「わー、それはいいお知らせだね! これも東郷さんが居てくれたおかげだよ、本当にありがとうっ!」

「私は何もしてあげられてないわ。でも……うん、友奈ちゃんの喜ぶ顔が見れただけでも救われた気持ちになるから私からもありがとうかしらね?」

 

私の手の上に自分の手を重ねて握ってくれる。それだけでも暖かい気持ちに包まれて自然と頬が緩んでしまう。

熱くなった頬にそよ風が撫でていく。

 

「だいぶ涼しくなってきたね」

「そうね。すぐに秋が訪れてあっという間に冬になって……ねえ友奈ちゃん。色々な行事をみんなでやって、色んなものを一緒に見ていこうね」

「────うん」

 

東郷さんの言葉に私は頷くことしかできなかった。

空っぽの私に『熱』を灯してくれた大好きなひと。できればこの人とこの先の未来の行く末を共に歩んでいきたい。

 

だけど、その役目は私じゃなく本当の『わたし』がやるべきことなんだ。

この気持ちも、みんなに抱く好意も含めてこれは『わたし』が頑張って積み重ねてきたもの。私はそれを間借りしているだけに過ぎない。

 

いつか、一日でも早く『わたし』に返してあげないといけない。でも今はその方法もわからないんだ。友奈さんごめんなさい。

みんなに相談すれば解決するのだろうか? …でも、そうしたらみんなが悲しんでしまうに違いない。

 

みんなが────特に東郷さんが悲しむ顔は私は見たくない、させたくない。

 

「ねえ、友奈ちゃん。あなた──」

「……?」

 

何かを訊ねようとしてきたのだろうか。言葉を詰まらせる東郷さんに私は振り向いてみる。

 

「どうしたの東郷さん?」

「……ううん、やっぱりなんでもない。さあそれじゃあお医者様の所に行って退院の手続きを取りましょうか」

「はーい! 車椅子の運転よろしくお願いします!!」

「うん、任せて!」

 

表情から読み取れなかったけど、すぐに普段通りの顔に戻った東郷さんに私もそれ以上は追求しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。私の退院の手続きはトントン拍子に進んでいき、荷物をまとめて帰宅する準備を進めていた。

もちろんその横には東郷さんが居てくれるんだけど、学校は大丈夫なのかな?

 

「学校? ふふ、大丈夫。手は回してあるから友奈ちゃんは気にしなくてもいいよ」

「ふぇ? そうなんだー…さすが東郷さんだね!」

 

なんでもそつなくこなす彼女なら、学校の一つや二つなんてことないのかもしれない。

車椅子に乗って私は片付けてくれている東郷さんを眺める。

 

「何から何までごめんね東郷さん。お礼は必ずするから」

「友奈ちゃんとこうして一緒にいる時間が私にとってお礼以上になってるから気にしないで。荷物は後でご両親が回収しに来るそうだから、少し私に付き合ってくれる?」

「うん! 東郷さんとなら何処にだって行くよっ!」

「きゃふっ!? 嗚呼、なんて眩しい笑顔なの…」

「大袈裟だよ〜♪」

 

にへら、とだらしなく笑ってしまうがそれは東郷さんも同じだからおあいこだね。

こういうやり取りしてても彼女の手は止まらず、ものの数分で綺麗さっぱりに片付けてしまった。

 

────やっぱり凄いなぁ東郷さん。

 

車椅子の操作をお願いして『私』は自分が生まれた病院を後にする。

まぁでも通院とかはするみたいだからこれで最後ではないけどね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして病院を後にしたあと、送迎用の車に乗って移動を始めた。

過ぎていく景色はぜんぶ新鮮に映ってそのどれもが興味が尽きないでいた。

そんな様子を東郷さんは微笑ましく見ていてくれる。だから私は安心して見ていてられる。

 

「ふふ。なんだか初めて見るような反応するのね友奈ちゃん」

「え!? そ、そうかな……えへへ、入院生活のせいかな! ところで今から何処に行こうとしているの? 何かお買い物?」 

「買い物じゃないよ。そうねー……もうちょっとで着くから楽しみにしてて」

「えー気になる気になる!」

 

道や建物をしらない私にとってはまるで見当がつかない。

が、それもすぐに分かることになる。

 

車が停車し、とある建物が目に入った。

店名が書かれた看板を見て私は首をかしげる。

 

「…かめや? ここって食べ物屋さんなのかな……いい匂いがする」

「さっ、中に入りましょうか友奈ちゃん。みんなが待っているわ」

「え?」

 

東郷さんに連れられて私たちはのれんを潜っていく。

そこで待っていたのは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結城友奈、退院おめでとーー!!!』

 

パンッと乾いた発破音が響く。そこで待っていたのは勇者部のみんなだった。

それぞれの手には先ほどの音を響かせたクラッカーを握っており、飲食店のはずの店内には私たち以外のお客さんは見当たらない。

どういうこと? と内心混乱していたら風先輩が一歩前に出てきてくれた。

 

「なになにこれどういうことですか風先輩!?」

「何ってあんたの退院祝いに決まってるでしょ。これでようやく勇者部全員集合ねっ!」

「はい、友奈先輩。花束受け取ってください! わたしと夏凜さんで用意しましたので!」

「わぁ……きれい。ありがとう樹ちゃん、夏凜ちゃん!」

「…まぁ、喜んでくれて何よりだわ友奈、退院おめでと」

「サプライズ大成功ですね♪」

「東郷さん楽しみにしててって────」

「驚いたでしょ? みんな友奈ちゃんが戻ってくるのを待ってたのよ」

 

にっこりとほほ笑んで東郷さんは車椅子を進めて真ん中のテーブルまで移動させる。

そこにはホールケーキがテーブルに乗せられていて、プレートには『退院おめでとうっ!』と描かれたものがあった。

 

「本当はお店以外の物を持ってくるのはルール違反だけど、今日は特別に許可をもらったのよ。ついでにお店も貸し切り!」

「風ちゃんたちには色々とお世話になったからねぇ。私たち従業員もお祝いさせてもらうよ」

「ありがとうございます! 無理を言ってしまって申し訳ないです」

 

奥でこちらを微笑ましく見守る従業員さんたちに風先輩がお礼を言っていた。

 

 

「す、すごい……本当に嬉しいです風先輩!」

「……いやー、そこまで喜んでもらえるとやった甲斐があったわね~! あっはっは!」

「さあ主役も来たところで……時間も限られているからさっさと準備して始めるわよ!」

 

おー! と拳を掲げてみんなはそれぞれ準備をはじめていく。

 

「友奈ちゃん、今日の主役は友奈ちゃんだから真ん中の席でね」

「東郷さん……私、いいのかなこんなに祝ってもらっちゃって」

「もちろん。みんな友奈ちゃんを想ってのことだから、目一杯楽しんでいいんだよ」

「………っ」

 

東郷さんの言葉に目頭が熱くなって言葉に詰まる。

嬉しい。ただその一言に尽きる。けれど、だからこそ私は────

 

「うっ……うぅ。ぐすっ…」

 

申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうんだ。

 

「ちょっとなに泣いてるのよ友奈。そんなに嬉しかったのかしら〜♪」

「おねーちゃんそんなに前に出たら料理こぼしちゃうよ」

「まぁ私もこういうことをするのは初めてだったから喜んでくれて良かったわよ友奈」

「…ありがとうみんな。私、これからも頑張ります!」

 

私の言葉にみんな笑って聴いてくれた。

ほんとうに優しくて良い人たちだ。『わたし』が羨ましく思ってしまうほどに。

薄く涙が流れていくが、その涙も直ぐに拭われる。

東郷さんの手が近くにあり、その手にはハンカチが握られていた。

 

「友奈ちゃん」

「あ、ありがとう東郷さん。なんだか嬉しくてつい…はは」

「……そう、なんだ。ならみんなで企画した甲斐があったわね」

 

本当に東郷さんは私をいつも見てくれている。『わたし』のことを大事にしていることがひしひしと伝わってくる。

 

嬉しい。本当に嬉しいんだ。

でも、東郷さんが向けてくれるその好意も本当は『わたし』に向けているものなんだよね?

 

…でも、うん。私はそれでも構わない。

ひと時の夢でもこうして、大好きと思える人たちと一緒に時間を過ごす喜びを与えてくれたこの状況に、私は『わたし』に感謝しかないのだから。

 

 

 

 

 


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