そしてここで一章ラストとなります。
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……吐血をしてしまった時は驚いたけれど、それ以降は特に痛みがなくてある意味良かったと思えた。
部室に戻る時にトイレで手を洗ってその後はいつも通りに活動を行う。先輩もタイミングがズレてしまったのであの会話以上のことはしなくて私は安心した。
でも心配ごとがもう一つ。あの時に『腕』の指先が風先輩に触れていたことだ。
特別彼女を見るに体調の変化などはないようだが、昼間にみんなが話していた小さな『不幸』が押し寄せてくるかもしれない。
「あ、あの風先輩! 樹ちゃん」
「ん? どしたの友奈」
「どうしたんですか友奈先輩?」
解散して帰宅しようとしていた二人を呼び止める。不思議そうに見てくる二人に私は一つ提案してみる。
「今日一緒に帰ってもいいですか?」
「あら。でも友奈の家って反対じゃなかったっけ?」
「えと……実はそっちにあるスーパーに寄りたくて」
「そう…? まぁあたしたちは別に構わないけどさ。樹もいい?」
「うん。じゃあ一緒に帰りましょう友奈先輩」
「ありがとう。じゃあ東郷さ──」
「なら私もついて行こうかしら。友奈ちゃん帰りが一人になっちゃうから私も行くわ」
今日は一緒に帰れない旨を伝えようとしたら有無を言わさずに東郷さんも同行することを告げてくる。
少し不安が残るけど、私は頷いて四人で帰ることになりました。
夏凜ちゃんとそのっちさんは既に帰っている。夏凜ちゃんはその足で鍛錬に、そのっちさんは送迎があるので大体はこの面子が最後まで部室に残ることが多い。
先輩たちはいつも自転車で登下校しているので、自転車を降りて並んで歩いてくれている。日が落ちるのが早くなってきているので既に夕日は沈みそうになっていた。
「スーパーってことは何か作るのよね? 友奈が珍しいじゃない」
「そ、そうですかね。東郷さんに触発されて私も料理を作ってみようかなぁーって考えてまして」
「友奈ちゃん……その心意気は素晴らしいわ! そういうことなら私も力になるから」
「ありがとう東郷さん」
「はぁ……誰かさんにも見習わせてあげたいところだわね〜」
「もぅおねーちゃん! それってわたしのこと?」
夕焼けに照らされる中でそんな会話をしながら帰路についていた。今のところは特に変化は見られない。周囲を見渡してもそれは同様のようで一先ず安心する。いや、
(油断しちゃダメ……あの時、確実に風先輩に『腕』が触れてた。良くないことが起こる……起こってしまう)
内にある不安が拭い去れない。
今はこうして理由をつけて一緒に行動できているけど、もし家に帰った後とかに『不幸』が降りかかってしまうとどうしようもない。真実を告げることができれば色々と対応できるかもだけど、それも叶わない今では風先輩は私自身が何とか守るしか手立てがないのだ。
しかしその意識を保ったまま既に帰路は半分を過ぎようとしている。
私の警戒心とは裏腹に不気味なまでに何もない状態が続いていた。談笑をしながら並んで歩いているところで横断歩道の信号が赤になる。
「…………、」
車通りが多いわけではないこの道路。でも信号が赤なのでみんなは立ち止まる。
「いやーそれにしても楽しみだわぁーイベント」
「本当応援してるわ樹ちゃん」
「はい、頑張ります」
樹ちゃんの出演するイベントについて話している間に信号が青になる。数台の車が通り過ぎ、それらを見送ると私たちは横断歩道を渡り始めた。
────その一瞬だった。
「────えっ?」
「すみません風先輩ッ!!!」
風先輩が先に進んだ時に後ろに居た私は一番に気がついた。いや、気がつけた。見晴らしのいい道路……私たちは車が来ているのに無理に渡ろうとはしていないし、本当なら向こう側からしても私たちの姿は捉えることが出来たはずだ。
「きゃっ!? ゆ、ゆう───」
風先輩が驚き私が押した先に倒れる。でもそのおかげでズレることが出来たので内心安堵する。私は今し方風先輩の居た場所につんのめる形で入れ替わり直後にトラックがこちら側に突っ込んできた。
────これがきっと『呪い』のせいだと私は理解する。
視界がスローに、ゆっくりに変化する。これ程までに徹底してくるのかと私は下唇を噛んで悔やんだ。
樹ちゃんは驚いている様子だけどその場から動けないでいる。反応が追いつかないようで、でもそれは仕方ないことだと私は思う。
押した先の風先輩の側には『精霊』が出現していた。恐らく主人を守るために出てきたのだろう。私はこの前の一件で『精霊バリア』を張ることが出来ないために牛鬼の守りは意味をなさない。
ぶつかる。そう考えると同時に友奈ちゃんに申し訳ないと思った。でもこれも全て私が撒いてしまった種だから自業自得なのかもしれない。
「──友奈ちゃんっ!」
迫りくる痛みに覚悟していたが、その痛みがくることはなかった。
偶然か否か、私の体は抱きしめられて風先輩の目の前まで倒れ込んでいた。一体何が起きたのだろうかと疑問を抱いていたら、視線の先には急ブレーキをかけたトラックが視界に収まっていた。
────え?
「東郷……さん?」
「…………、」
痛みがなかったけれど変わりに衝撃が響いてきたのは感じ取っていた。私は助けられたのだと自覚するその先には、私を抱きしめたまま動かない東郷さんの姿が目に映る。思考が、頭の中が真っ白になってしまう。
「東郷さん……東郷さんっ!!?」
「ちょ、ちょっと東郷! しっかりしなさい!」
「お姉ちゃん、友奈さん、東郷先輩っ!!」
自転車を倒して樹ちゃんが叫びながら駆け寄ってくる。
私は抱き抱えて東郷さんの様子を確認すると、額から赤い血筋がポタポタと垂れているのを見つける。
────私のことを身を挺して守ってくれたのだ。
「嘘……だよね? 東郷さん。目を開けてよ」
「ぐっ……待ってなさい。救急車呼ぶから」
「東郷先輩!! しっかりして下さい!」
呼びかけるが意識がない。それが意味することを、最悪の状況が脳裏に過った。震える身体を抑え、私は彼女の胸に顔を持っていって心音を確認する。
微かに鼓動を感じとれた。私は彼女の口元にも同様にしてみるとこちらも呼吸をしてることが分かった。
生きてる──私はハンカチを取り出して患部を抑えておいてそれ以上は無闇に動かなさないように抱え込んだ。
「友奈さ……と、東郷先輩大丈夫なん、ですか?」
「うん、息はしてるから安心して樹ちゃん──っぁ」
「友奈さん!? もしかして怪我を……!」
「わ、私は平気だから……風先輩に伝えておいてもらってもいいかな?」
「は、はいっ!」
向こうでトラックの運転手を捕まえて話している先輩の元に樹ちゃんを向かわせる。視線で彼女を見送ると私は抱き抱えている東郷さんに視線を落とした。
「ごめんね東郷さん……私のせいでこんなことになっちゃって」
抱える手の力が籠る。風先輩を救えたと思ったら、今度はその『呪い』が目の前の彼女に牙を剥いてきたのだ。
中心に居た私はかすり傷一つついていないことが物語っている。でも今の私には謝ることしか出来ないでいた。
「私……みんなの所にいちゃダメだ。こんなに苦しむならいっその事こと──っ!」
悔しくて悔しくて仕方ない。ズキズキと熱を帯びる『刻印』が私の表情をより一層歪ませてくる。
私にできることは…………あまりに何も無かった。
◇
救急車は直ぐに駆けつけてきてくれた。そこから私を含めて全員が病院へと向かうことになった。
移動の最中に風先輩が夏凜ちゃんとそのっちさんに連絡を入れて二人も同じようにすぐに駆けつけてきてくれた。
東郷さんは私たちとは違う場所に連れて行かれて治療を受けている。
幸いにも彼女が守ってくれたおかげで風先輩は擦り傷などの軽傷で済んだのだ。先輩に対する『呪い』は抗えた──はずだったが、その跳ね返りが他の……東郷さんに向けられてしまったのは本当に予想していなかったことだった。
「風っ! 樹、友奈……東郷の容体はどうなのよ?」
「今も治療中だから何とも言えないけど……命に別状はないみたいよ、幸いにもね」
「そう……アンタは平気なの?」
「あたしは平気よ。友奈が咄嗟に押し出してくれて助かったから……でも」
「……友奈」
みんなから離れた位置にある椅子に私は腰掛けていた。手には血塗れのハンカチを握りしめて東郷さんの帰りを待ち続ける。心配してくれている声が聞こえるけれど、私はボーッとその様子を他人事のように聞き流していた。自分でも考えている以上に疲労が重なってきているのかもしれない。でもそれすらも他人事のように思えてしまう。
「──ゆっちー」
「……。」
見かねたのか目の前にそのっちさんが膝を折って私の視界の中に入ってきた。チラッと目だけを動かして私はそのっちさんを見つめる。
その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「怪我、してない?」
「……うん」
「わっしーは大丈夫だから。わっしーもゆっちーが怪我してなくて安心してるよ」
「…………っ」
「ねぇ、ゆっちー…」
そっとハンカチを握る手に彼女は手を重ねてきた。温かい手。優しさが手から伝わってくる。けれど、それすらも私は遠くを眺めるような感覚で感じ取っていた。
そのっちさんはそんな私を見て何を思っているのだろうか。
「……わたしの勘違いだったら謝るけど。何かゆっちーはみんなに言えない事があるんじゃないかな──」
「──っ!!?」
そのっちさんの言葉を聞いて咄嗟に身体が動いてしまう。びくっと震わせた手は彼女の手を払い除けてしまった。
「あっ」と小さく声が漏れる。どちらからか、いや…両者から漏れた声かもしれない。けれど訂正していく気力がない。なんだか……今は取り繕うのも疲れてきた。
「……ゆっちー」
「どうしたの二人とも? 友奈?」
「フーミン先輩。何でもないっスよー、ちょっとわたしの手が冷たくてびっくりしちゃっただけだよね〜ゆっちー?」
「……はい」
「助けてもらったあたしが言うのもなんだけど……気を確かにね、友奈。あとさっきは助けてくれてありがとう」
「いえ。無事で本当に良かったです先輩」
「…………乃木、友奈をよろしくね」
「任されました〜」
いつもの調子を崩さないでくれる彼女に私は幾ばくか気持ちが楽になる。先輩も気を利かせてそのままそのっちさんに任せてくれた。
「──っ! 東郷っ!」
そうしてしばらくしているうちに。
夏凜ちゃんの声が耳に届いた。驚くような、不安げな声色によって全員の顔が上げられる。治療室から看護師たちと現れたのは、痛々しくも包帯の巻かれた東郷さんの姿だった。
みんなは一目散に駆け寄る。
「良かった東郷無事で……!」
「お騒がせしました風先輩。樹ちゃんも不安にさせてごめんね」
「東郷先輩っ! 本当に良かったです……ほんとにぃ…」
「大事ないのね東郷」
「うん、夏凜ちゃん。見た目ほど酷くないから安心して。頭もちょっと切ってしまっただけだから」
「わっしー元気そうで安心したんよ」
「そのっちも心配かけてごめんなさい」
言葉を掛け合いながら東郷の帰りを向かい入れた。私はそんな様子を一歩離れた所で見つめる。どう声をかけたらいいのか分からない。手元をもじもじさせるだけでそれ以上踏み込めない。
そんな東郷さんと私の視線が合う。
「友奈ちゃん……怪我は、無いみたいで良かったわ」
「……ぁ。ごめんなさい東郷さん。私のせいで──」
「ううん。本当に気にしないで。あのまま動かなかったら誰かが危ない状態になっていたかもしれない……ちょっと不格好だけど大事ないから安心してね友奈ちゃん。それに言ったでしょ? 私は生きるって、ね?」
「でも……でもっ! ──っ。」
優しい東郷さんのことだからこういう言葉を投げかけてくれることは分かってる。けれど今回のは全部私のせいなんだから自分の心配をして欲しい。
「ご家族の方は──」
「今こちらに向かってるそうなので、それまではわたしが説明を受けます。乃木さんちの園子です」
「乃木様……わかりました。では、こちらに」
「ありがとうそのっち」
「気にしないで〜。じゃあみんなわたしが後やっておくからもう夜ですし解散しておきましょう。連絡は後ほどしますのでー」
「……それもそうね。なら、頼んだわよ乃木」
「あいあいさ〜」
敬礼しながら看護師たちと一緒にそのっちさんは歩いて行った。通り過ぎる最中に私と東郷さんの視線がぶつかるが、咄嗟に目を逸らしてしまう。彼女も何が言いたげだったけど、口を紡いだまま運ばれて行ってしまった。すれ違う私たち。
胸の辺りを押さえて私は……
「──じゃあ私も帰りますね!」
「友奈……一人で大丈夫なの? なんなら一緒に送って……」
「お気遣いありがとうございます風先輩! でも、私は大丈夫なので……それじゃあ!」
「あ……友奈!」
夏凜ちゃんの声が聞こえたけど振り向かずに足早に行く。
きっと今の笑顔は場違いで不自然だったのかもしれない。それでも無理矢理にでも離れたかったんだ。もうこんなことは懲り懲りだから。
廊下の角に差し掛かった所で私はダッシュで病院を後にする。走る時、息をする時にジクジクと痛みが襲うけどそれでも一心に駆け出した。
「はっ、はぁ……ぜぇ!」
息が切れるのが早くなってる気がする。疲労も溜まるのが早くなっているのも分かる。それは恐らく『呪い』の影響が色濃く出始めてきた証なのかもしれない。
「あぁぁっッーー!!!」
叫んだ。頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだったから。誰もいない道を走る。
どうしたらいいのか、今の私は分からなくなっていた────。
風先輩の『呪い』を回避させるために一緒に下校する。→風先輩は事故に遭わず回避出来たが、代わりに東郷さんがその役割を担うハメになってしまった。
精神的に摩耗されていく『私』は『呪い』と共に更に蝕まれていく。
一章はここまでとなります。次話から二章に突入となりますのでよろしくお願いします。