私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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二章開始


二章『私は私を見つめる』
三十一話


◾️

 

 

 

勢いよくシャワーのお湯を出して頭からかぶる。髪が濡れて滴り落ちていく様子を呆然と眺めながら私は目の前の鏡を見つめる。

 

「……酷い顔。はは」

 

疲労やら何やらと滲み出ているその表情に私は自嘲を含んだ笑いを溢す。目線を少し下に下げればそこには『刻印』が存在感を現すように広く刻まれていた。

最初の頃に比べて『刻印』の範囲がおへその辺りまで伸びている。時間の経過もそうだが、恐らくあの『腕』によるものが大きいのかもしれない。

『私』という命が削られていくのが判る。擦り減らすように、微塵も跡形もなく消し去ろうとする『呪いの意志』のようなものを感じられるほど。

きっとこのまま放置していたら『私』の命は潰える。そう考えたら言いようのない不安や孤独感が押し寄せてくる。

それは『友奈』ちゃんに肉体を返すことができないから? それとも東郷さんたちとも会えなくなってしまうから? それとも…………『私』という存在が消えてしまうから?

 

……分からない。

今の私は何をしたいのか、どこに着地すればいいのか分からないでいる。

 

「…………。」

 

無言のままバスタオルで身体を拭いて着替える。あの後はそのっちさんから連絡が入り、東郷さんは数日間入院する運びになったようだった。後遺症も、後を引きずるような怪我もないようなので本当に良かった。でも、その要因が私だということでなんて声を掛けていいのかわからない。

ぐるぐる目が回りそう。頭を押さえながらリビングに向かうと私の足は一旦歩みを止めた。

 

「……なんで大赦の人がここに?」

『お待ちしておりました、勇者様』

 

両親と、対面に面を被った『大赦』の神官が一人その場に居た。様子から察するに何か話し合いをしていたようだが果たしてその内容はなんなのか。

私の訝しげな視線を受けて目の前の神官は口を開く────。

 

 

 

 

 

時をしばらく、私は自宅を後にしていた。

まだあの事故から半日と経っていない内に私は対面に座る神官たちと共に車で何処かに連れて行かれている最中であった。

運転席には別の人間がおり、私の向かい側に座るその人──安芸さんは平坦な声色で話し始める。

 

『ご協力感謝します。神託が下り、結城様をお連れする様にありましたのでこちらから赴いた次第です』

「……神樹様は知っているんですか?」

 

何を、とまでは口にしない。口にしたならば直ちに『呪い』が周囲に襲い掛かるからだ。────私に対して神託が下るのなんて現状は『呪い』関係しか思い当たる節はない。私の問いかけは静寂によって答えられた。

 

暗い道を走る車の窓の外を眺める。

タイミングは良かったのかもしれない。今は勇者部の人たちに影響が及ばない場所に身を隠したかったから。これ以上、私のせいで誰かが傷つくなんて嫌だから。

 

『──私共も神託によって状況はある程度把握させてもらっています。故に直ちに対処しなければならないのです。しかし現状結城様の精神面での療養が先決……そのためにもある施設に結城様をお連れします。ご両親も承諾を頂いております』

「学校も、ですか?」

『はい』

 

それならお言葉に甘えさせてもらうとする。状況を打破する術を手に入れないことには私はあの場所に戻れない。そのための切っ掛けを大赦の人たちが提供してくれるのならばそれに乗っかることにする。

安芸さんは『施設』と口にした。何かの保護施設、あるいは病棟そこらへんを想像したがどのように私はなってしまうのだろうかとボンヤリと考えていた。

 

『──本来の任務ならばあの子たちは勇者との接触は避けるべきことなのですが……状況が状況なので致し方ありません。結城様の案内役として彼女を連れてきました』

「……よろしくお願いします」

『……。』

 

安芸さんの会話中にも無言で隣に座るその人に私が挨拶をすると、会釈だけしてくれた。言葉数の少ない人なのかもしれない。

車に揺られ続けること数分で再び沈黙が場を支配する。

 

「……安芸さん、すみません。その場所に着くまで少し仮眠を取っていいですか? ちょっと……色々あって疲れてしまって」

『構いません。どうぞ』

「はい……」

 

何分で到着するのか分からないけど、目を閉じて視界と意識をシャットアウトする。こうでもして少しでも混濁する思考を何とかしたかったから。

 

 

 

 

────

───

──

 

 

 

 

『──着いた』

「……………ん、っ」

 

小さく告げられる一言に私の意識は浮上する。相変わらず頭痛やらと痛みによって現実に引き戻されてしまうが、どうやら車の揺れはいつのまにか無くて目的地に着いたことを教えてくれた。

 

けれどそこで少し違和感を覚える。私は座っていたはずだ。

なのに目覚めたら視界は横に倒れていて側頭部からは柔らかい感触を感じるのは何故か。

対面に座っていたはずの安芸さんの姿は目の前に無い。ならこの感触の主は──、

 

「……す、すみません。重くなかったですか」

『──問題ない。それより待たせてるから行こう』

「は、はい」

 

……? 口調もそうだが、どこか私と歳が近いように思える雰囲気を感じ取った。それは話し方のせいか分からないけど、確かに安芸さんを待たせているのは事実なので私は起き上がって乱れた髪を整えて車内から外に出た。

変わらず夜のまま。だけど私の視界にはある建物が目に入った。それは上へ上へも見上げるも収まりきらない建造物。以前調べ物をしていた時に確か目にしたことがある気がする。

 

「ここって──『ゴールドタワー』ですか?」

『…ん』

「…あれ? その反応の仕方──あ、待ってくださいよ」

 

短く発した一言に私はまさかと過るが、その人はさっさと建物の入り口の方に歩いて行ってしまう。慌てて後を追いながら改めて眼前の建物を見上げた。

 

────ゴールドタワー。

 

何かの資料で見た限りでは観光地の一つだったはず。『私』としては来るのは初めてだけど、友奈ちゃんはここに来たことはあるのかな?

 

でも今はその側面はなく、この土地周りは一般人の立ち入りは出来ないと聞いている。私は前を歩くその人の後ろについていく。

 

「ここって……」

『細かいことはよく分からないけど、建物内は色々改造して一つの寮のような形にしてあるみたい』

「そう、なんですね……しずくさん」

 

私は目の前の神官──を装った山伏しずくさんの名前を呼んだ。ぴたっと歩みを止めた彼女はくるっと振り返ってその顔に着けていた『面』を外して見せた。

 

「……結城。気がついてたんだ?」

「ここまで来れば流石に分かりますよ。お久しぶりです、元気でしたか?」

「……ん。結城は──元気じゃない、か。疲れた顔してる」

「──あはは」

 

乾いた笑いで誤魔化して再会の挨拶を済ませる。でも、驚いた。まさかこんな形で彼女と会うとは思っても見なかったから。

シズクさんとはこの前会ったけどしずくさんとは間が空いてしまっていたのでここは素直に喜ばしいことだった。

 

「しずくさんたちの話していた『寮』って、ゴールドタワーのことだったんですね」

「ん。黙っててごめん」

「気にしないでください。お互い事情があるわけですし……私としては完全に見知らぬ場所に連れてこられるよりかはしずくさんの居る所に来れて嬉しいですから」

「そう言ってもらえると助かる。ついてきて……神官の所に案内する」

「はい」

 

いつの間にか薄らいできた痛みを抱えて、私は改めてしずくさんと共にタワー内部に足を踏み入れる。

夜も時間が経ち、薄暗い室内には人の気配は感じ取れない。『寮』としての体なら所謂『消灯時間』なのだろうか。

 

エレベーターの中に二人で入ってしずくさんは所定の階のボタンを押す。そうして扉を閉めたらすぐにエレベーターは動き始めた。

ガラス張りの外の風景は昼間はよく景色が見えることだろう。

 

「……まさか結城がここに呼ばれるとは思わなかった」

「偶然……ではないんでしょうね。安芸さ──神官さんからは何か聞かされているんですか?」

 

私の言葉にふるふると首を横に振るしずくさん。どうやら彼女もこれから事情の説明を受けるようだ。

すぐに到着音が耳に届き扉が開けられる。内装はどこもかしこも観光場所というより生活感の方が強い印象を抱いた。

 

歩いてすぐの一室の扉の前に立ったしずくさんはコンコン、とノックをしてみせた。

 

「山伏しずく……です。入ります」

『どうぞ』

 

入室を許可された私たちはそのまま部屋に足を運んだ。

事務室のような、他と比べて場の雰囲気というかそういうものが違う一室。こちらも例えるならば『寮長室』と言うべきか。

その中で先ほどまで一緒にいた安芸さんがそこに居た。相変わらず仮面を着けたままで。

そしてもう一人、その場に並び立つように少女が居る。

 

「……楠」

「案内役ご苦労様ねしずく」

「…ん。問題ない」

「その子が──」

『先程話した通り、現勇者である結城友奈様です』

「……えと、初めまして。結城…友奈、です」

「…………えぇ。こちらこそ初めまして。このゴールドタワーに所属する『防人隊』の総指揮を務めている楠芽吹よ」

 

凛とした佇まいで挨拶を交わす楠さんはどこか勇者部の彼女を連想させた。

 

『──挨拶も済ませたので、本題を。結城様、単刀直入に申し上げます……しばらくの間、貴方様にはこのゴールドタワー内で彼女たち防人隊と共同生活をして頂きます』

「────えっ?」

 

こうして告げられた言葉に私は、ただただ呆気にとられているばかりであった────。

 





『私』となって幾つもの行動の変化の果てに『防人隊』と接触することになった。
本来は交わることのないのですが、『オリジナル展開』ということで一つ。

二章は『ゴールドタワー』内でのお話になります。
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