私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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三十三話

◾️

 

 

このゴールドタワーでの食事は食堂で注文をする形式みたいで私は楠さんたちに案内されて一緒に食べることになった。注文したものは『うどん』だ。食べやすいのもあるし、今は食べ物があまり喉を通らないのでなんだかんだ優秀な食べ物だと再確認した。

 

「はい、みんな。食べる前に聞いて欲しいことが──いや、食べながらでもいいわ。耳を傾けて頂戴」

 

パン、と手を叩いて楠さんは食堂にいる全員の意識を集めていく。その中心の横に私は立っていてちょっとばかり緊張してしまう。

 

「さっきの騒ぎも含めて見かけてる子もいるだろうけど、改めて紹介させてもらうわ。しばらくの間この防人隊の助っ人として派遣されてきた結城友奈よ」

「ゆ、結城友奈です。短い間ですけどよろしくお願いします!」

 

頭を下げて挨拶をする。表向きでは楠さんの言った通り『防人の助っ人』としてこのタワーに来たと言う名目で通していくことになっている。安芸さんにも言われていることだった。

 

「ちなみに彼女は『勇者』なので、戦力面でも大いに期待できると思うわ」

「も、持ち上げ過ぎですよ楠さん。私はそんな──」

 

私は戦闘なんてしたことのない素人のなのに……なんて言おうかと思っていたら、周囲の人たちが騒めき立つ。

 

「え、本物の勇者なの結城さんって!?」

「ワタシ初めて見たっ!」

「私も私もっ! ってことはこの前の任務で出てきた大型バーテックスを何体も倒してるんだよね」

「すっご! そしたらこの先の任務もだいぶ楽になるのかな!」

「よろしくね結城さーんっ」

「わたしの事も是非優先的に守ってください結城様っ!」

 

あはは、とみんなの勢いに圧されて私は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

本当だったらこういうノリについていければ自然と馴染めていけるんだろうけど、今の私にはどうしても気軽にはいけなかった。仲良くしたいのは事実なんだけどね。『私』は友達少ないし……なんて。

 

「こら、静かにしなさい! 友奈が困ってるでしょ。それに彼女の力を借りて任務に手を抜こう者がこの隊内にはいないわよね?」

『…………!』

「はぁ……まったくあなたたちは…。雀、あとで話があるから」

「わたしだけ辛辣すぎませんかメブーぅ!」

 

涙目になっている彼女を見て頭に手を置きながら首を振る楠さんの表情には苦労の色が見て取れた。こうして私の挨拶も終わらせて私は楠さんたちの座るテーブルにお供させてもらうことにした。

 

「皆さん元気いっぱいですね」

「その気力体力をもっと訓練に活かせれば世話ないのだけれどね」

「勇者様。私の隣にどうぞ」

「ありがとう国土さん。あと、私のことは名前で呼んでくれると嬉しいかな」

「そ、そうですか…? では──友奈、様でよろしいでしょうか」

「うん。私は亜耶ちゃんって呼んでもいいかな?」

「はい。これからよろしくお願い致しますね」

 

ニッコリと微笑む亜耶ちゃんは可愛いと思った。まだお堅い感覚なのは拭えないけどこれは時間が解決してくれると信じよう。

 

「……ん。結城、おはよう」

「あ、しずくさん! おはよう。戻ってたんだね」

「シズクは満足したみたいだから。気がついたら加賀城を羽交い締めにしてた」

「そ、そうなんだ……あはは」

「今朝方ぶりですわね結城さん。ご機嫌よう」

「弥勒さんもお疲れ様です。で、そちらが──」

「あ、どもども初めまして結城さん! 加賀城雀と申します、気軽に名前を呼んでいただければ…! ささ……お近づきの印に一つ」

「え、え? あ、ありがとう??」

 

最後に挨拶を交わした加賀城さ──いや、雀さんから『みかん』を手渡される。なんでみかん? と小首を傾げてみると彼女は胸を張ってみせていた。

 

「愛媛のみかんは世界一なので味は保証しますっ! そしてどうかこの先の任務でも優先的にわたしを守ってくださいお願いします」

「わ、私が…?」

「す・ず・めー……?」

「だ、だって少しでも生存率を上げたいのは生物としての本能だからぁ…! 次こそは死んじゃうかもしれないしー!」

「あなたはまったく……気にしないで友奈。いつものことだから」

「あ、え……はい」

 

涙目で訴えかけている雀さんをあしらいながら楠さんは気にするなと言ってくれる。しかしあんな姿を見せられては多少なりとも罪悪感のような錯覚を覚えてしまうから、もしその場面になったら頑張ってみようかななんて考えてみたり。

そんな光景を隣にいた国土さんは微笑ましく眺めている。

 

「さすがは友奈様ですね。もう皆さんと打ち解けています」

「私は別に普通……だと思うよ。他のみんなが親しみやすいからこっちとしては助かるだけで」

「そうでしょうか? 友奈様はとても素晴らしい方だと私は思いますよ。友奈様の人柄が良いおかげで私もお話がしやすいですから」

「……ちょっと恥ずかしいね。でもありがとう亜耶ちゃん」

「こちらこそありがとうございます、友奈様」

 

お互いに笑いながら私たちは会話もほどほどに食事を始めた。私は少しだけ衰えた握力を用いて箸を握ってうどんを啜る。うん、味はなんだか薄く感じる以外は胃は受け入れてくれているようで安心した。

 

 

 

 

 

 

 

大赦の抱える『防人』について私は楠さんから話を聞いた。

簡単にまとめるならば、量産された勇者たちの『総称』ということ。

東郷さんや私を含めた『勇者』たちに選ばれなかった人たちが楠さんを筆頭に隊をなし、それぞれが番号で管理されてある。

主な任務はあの炎の世界で見た『バーテックス』の討伐────ではなく、この四国に張られている結界外の調査が主になっているようだ。

 

「でも私たち『防人』の戦闘力は友奈たちに比べればとても非力なの。システムや戦衣も含めて言わば劣化版……小型の奴らなら何とかなっても、大型となるとそうはいかない」

「そうだったんだ……正直こういう組織があることすら知らなかったというか」

「秘匿事項だからよ。私を含めて『防人』という存在は秘密裏に活動することを強いられてたの」

 

私は東郷さんを救出に出たときのことが頭をよぎった。そんなに苦戦を強いられる化け物にそのっちさんはみんなが来るまで一人で相手していたことに改めて驚かされる。東郷さんの『記憶』を観たのと本人の弁からして、小学生の頃から『勇者』を続けてきている彼女の実力はもしかしたら誰よりもあるのかもしれない。

 

「だからこそ日々の鍛錬が物を言う。戦力も『銃剣隊』、『護盾隊』とそれらを纏める『指揮官型』で役割を分けているから、防人同士の連携は本当に大事なのことなの──ほらそこ、スピードが落ちてる!」

「ひぃー! きついにゃー!」

「あなたも肩に力を入れすぎているわよ! そんなんじゃ早々にスタミナ切れを起こすから力を抜いて」

「はぃぃー!」

「……す、すごい」

 

午前中の訓練を私は楠さんの横で話を聞きながら見学させてもらっていた。戦闘が主ではないから……と、安易に考えていた自分が情けなくなってくるほど目の前の訓練は迫力というものがあった。それもそうだ。システムも違うと言っていたから当然牛鬼のような『精霊』なんて居ないだろうし、生き死にに関して私たち以上に感じているのかもしれない。

みんな大粒の汗を流しながらも誰一人根をあげることはなかった。あの雀さんでさえ、だ。いや、よく見ると涙目になっているけれどそれでも止めるなんてことはしないから本気度が窺える。

 

「おーほっほっほ。だいぶ基礎訓練も卒なくこなせるようになってきましたわね。これも弥勒家当主として当然のことですが──」

「弥勒さん。ならもう倍セット行ってみましょうか」

「う〝ぇぇ!?」

「弥勒……口より手を動かした方が賢明」

 

ゴーン…! と目を丸くしている弥勒さんをしずくさんが呆れたようにツッコミを入れていた。

 

(しずくさんもちゃんとついていってる……そういえばあんなに真剣に取り組む姿を見るの初めてかも)

 

遊びに行ったり、電話などでしか彼女を知らなかった私から見て今のしずくさんの姿はとても眩しく見えた。みんなやれる事、今しなければならないことをきちんと向き合って取り組んでいる。

なのに私は……、

 

(……立ち止まっていちゃいけないのに。私には……時間が無いのに)

 

みんなを見て私は胸の奥がチクチクと痛みを覚える。焦りからか、不安からか分からないけれどこの感覚はとても嫌な感じだ。

しかし今の私は目の前の道が真っ暗で、先が見えない地点に立たされている。盲目になって見えていないだけなのかもしれないけどね。

誰かに相談しようにもあの『腕』やこの身に刻まれている『刻印』の呪いがある以上は下手なことも言えない。逆に『大赦』の人は事情を神樹様伝に知らされていると思う。私をこのゴールドタワーに連れてきたタイミングが合いすぎているからだ。でもなんでここなんだろう、と疑問が過ぎる。

 

(こんなに人が多いとそれだけみんなに『危険』が増す可能性かある。それは、嫌だ…)

 

まだここに来て一日と経過していないけれど、みんな笑って迎えてくれた。訓練が始まる前にも他の隊の人たちに囲まれて色々とお話をさせてもらった。あの勇者部のように……ここも暖かい場所だ。そんな優しい人たちを傷つけてしまうのは耐えられそうにない。

私が傷つくのはいい。でも私以外の人がそうなってしまうのは心苦しいの一言に尽きる。故に今の私は線引きしたその先に踏み込まないでいるのだ。そうすれば私のせいで誰かが傷つくことはないから…。

 

「……友奈? 顔色が悪い気がするのだけれど。平気?」

「──え? あ、はい。大丈夫ですよ…あはは。まだ少し疲れが残ってしまってるのかもしれないです」

「一応医務室とかはあるけど案内しましょうか? それか部屋に戻って──」

「ほ、ほんとに平気なので! それよりも楠さん、私にも何かお手伝いさせていただけませんか。皆さん頑張っているのに私だけただ見てるのも悪いから」

「そんなのこと友奈は気にしないでもいいのに。体裁は『助っ人』だけど、本来は療養が目的なんだから」

「そうはいきませんよ。あ、なら皆さんの水分補給用のドリンク用意してきます! 食堂の方に頼んで──っ!」

「……あなたって結構押しが強いのね。大人しそうなのに」

「め、迷惑でしたか?」

 

ちょっと空回りが過ぎたのかな、なんて俯きながら考えていると楠さんは首を横に振って頭を撫でてくれた。

 

「わっ…」

「ごめん。悪い意味で言ったわけじゃない。ただ……今の感じはなんとなくあの子と似てる気がしたから」

「あの子……?」

「こっちの話よ。じゃあ頼めるかしら友奈」

「う、うん。任せて」

 

なんだか思い耽っていたように見えたけどそれも一瞬で楠さんは改めて私にお願いをしてきてくれた。私はもちろん頷いて答えて足早にタワーに戻っていく。その私の背後からは楠さんの声が大きく聴こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

タワーに戻ると私はすぐに食堂に向かう。さっきも利用したので道に迷う事なんてないので安心して欲しい。

そうして食堂近くまで来たところで先程別れた亜耶ちゃんを見つけた。

 

「あ、亜耶ちゃん。さっきぶり」

「友奈様! お勤めご苦労様です。どうされましたか?」

「防人のみんなにドリンク用意しようと思って。私だけただ見学なんて悪いし…亜耶ちゃんはー……お掃除?」

「はい♪ 私はお掃除が趣味と言っても良いぐらい大好きなんですよ。こうして防人の皆さんが訓練に励んでいる中で私に出来ることを考えてみたら、これが一番かなと思いまして……」

「結構な広さだと思うんだけど……凄いなぁ亜耶ちゃん。大変でしょ?」

「私なんて全然凄くないですよ友奈様。御役目で前線に出ている皆さまの方が何倍も凄くて尊敬できます。巫女である私はお祈りをするぐらいしかできないんですから」

「でもきっと亜耶ちゃんが笑顔で迎えてくれる事がみんなにとって安心出来ることだと私は思うよ。誰かが帰りを待ってくれているのは頑張れる要素の一つだしね」

「…………。」

 

ちょっと知ったようなセリフを言ってしまった。でも亜耶ちゃんは目をパチクリとしてからくすり、と小さく微笑んでいた。

反対に私は苦笑気味に頭を掻いてあはは、と誤魔化す。

 

「やっぱり可笑しかったよね。変なこと言っちゃってごめんね亜耶ちゃん」

「そ、そんなことありませんよ! ただ…」

「ただ?」

「ふふ……芽吹先輩と同じことを言ってくれたなぁって思っちゃいました。なんだかそれが嬉しいです」

「亜耶ちゃん」

「はい、なんでしょうか?」

「……抱きしめてもいい?」

「は、はぁ。それはもちろん構いませんが、あまり面白くありま──むぎゅ」

「はぁぁ〜♪ 可愛いいなぁ亜耶ちゃん!」

「む、むみゅ……」

 

第一印象からして可愛らしい子だったけど、話してみて中身まで愛らしいとか反則ではないでしょうか。きっと……ううん、絶対この防人たちの癒しの象徴になっているに違いないと私は改めて確信した。

 

腕の中にすっぽり収まってしまう彼女はされるがままだけど、振り解こうとはしなかった。優しい子だなぁと私は素直な感想を抱く。

 

「あ、なら次から私も亜耶ちゃんのお手伝いするよ! 迷惑じゃなければだけど」

「──ぷは。そんなことないですよ友奈様。でも勇者様であるお方にそのようなことをさせては申し訳ないような気がして……」

「少しの間とはいえ、生活させてもらう場所になるんだから遠慮なんてしないでよ亜耶ちゃん」

「──わかりました。では後ほど一緒にお願いしますね。それはそうと友奈様の用事はよろしいのでしょうか?」

「あっ!? いけない忘れてた! 急いで準備しないと」

「私もお手伝いさせてください。一緒にやった方が早く出来ます」

「ありがとう亜耶ちゃん!」

 

そう言ってもらえると心強い。私は亜耶ちゃんと一緒に支度をしに向かう。その後は何とか訓練の終了時間に間に合う形で楠さんたちに渡す事が出来た。

みんなに感謝されて嬉しかった。でも亜耶ちゃんと二人もみくちゃにされるのは苦しいので控えて欲しいかな、あはは…。

 

 


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