私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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三十四話

◾️

 

 

その日の訓練を見学させてもらって亜耶ちゃんと二人でサポートを終える。そうして夜になってまた食堂でみんなと食卓を囲む。集団生活というものは大変だと思っていたけれど防人の人たちの優しさのお陰で難なく溶け込むことができた。

 

 

「……んしょ。これで、よし」

「ありがとうしずくさん。助かりました」

「全然。問題ない」

 

夕食も終えた頃に安芸さんから私の着替えやらの荷物が届いたことを知らされた。お母さんが荷造りしてくれたみたいで申し訳ない。

丁度部屋へ戻ろうとしたしずくさんが私の荷物を運んでくれることとなり、こうしてお願いしてもらっていた。期間も短いのでそんなに多くはないけれどやっぱり一人だと大変だったので大助かりです。

 

「……ふぅ。今日も疲れた」

「お疲れさま。お風呂はどうしますか?」

「ん。楠たちと大浴場で入るつもり。結城はどうする?」

「あ、あー……私は部屋のシャワーをお借りします」

「……? そう。なら準備して行ってくる──」

「あっ、それならしずくさん。パジャマとかは支度済ませてあるのでそれを持って行ってください。勝手に触ってしまってゴメンなさいですけど」

「……おー」

 

みんなに比べて空き時間が多かった私は少しだけお節介を焼かせてもらった。やり過ぎだったかな、なんて不安を抱きながら私はしずくさんの方を見やる。

その直後に私の手はしずくさんに握られキラキラした目で、

 

「結城。嫁に来て欲しい」

「ふぇっ!? そ、それは──ってしずくさん、ちょっとからかってません?」

「…ん。ばれた?」

「分かりますよぉ。何となくですけど……誰かに言われたんですか?」

「いや……護盾隊の誰かが話していたことを思い出した」

「あぁー…なるほど」

 

そういえばもみくちゃにされた時にそのようなことを口にしていた人がいた気がする。「俺の嫁ーっ!」とかなんとか……詳しくは分からないけども。

しずくさんは私にお礼を言うとすぐに部屋を出て行った。疲れているだろうしゆっくり浸かってきて欲しいな。

私は彼女を見送るとカバンに入っている荷物の確認をする。

 

(……うん。友奈ちゃんのお母さん気を利かせてくれてるみたいだね。ありがとうございます)

 

着替えを中心によく使っていたケア用品がいくつか。部屋の私物……特に日記として書いているノートとかを触られなくて良かったとホッとする。まぁでもとやかく言える立場ではないからもし見られたとしても仕方ないと割り切れるけれど…。今は『呪い』の類のせいでちょっと心配だ。出来れば既にある情報に関してはノーカンであって欲しい。

 

「私もシャワー浴びよ」

 

皆ほどではないにせよ汗で服や下着が濡れて気持ち悪かったから私も部屋のシャワーを使わせてもらう。今日荷物が届かなかったらどうしようかと考えていたから丁度良かった。

 

服を脱いで、掛けていた眼鏡を外して浴室に入る。そうしてすぐ目の前に風呂鏡が目に入ると、つつー…と映し出されている自分の身姿を翡翠色の瞳が捉え、迎え合わせに立つ。

 

「……あは。こんな姿見たらみんなびっくりしちゃうからね。随分と……広がっちゃったなぁ」

 

指先でなぞる。

『刻印』を中心によくわからない紋様が身体に刻まれている。最初の頃と比べて何倍も何倍も赤黒く広がり、僅かに脈動しているようにも見えた。腕や太腿にまで伸びつつあるそれらはタイツなどで外から見えないように誤魔化している。

嫌悪感に顔を顰めるけど、どうしようもない。継続的な『痛み』が肉体を、心を蝕んでいた。

 

「……東郷さん。大丈夫、かな………逢いたい、な」

 

自分のせいで怪我をさせてしまってどの顔して会えばいいのか分からないけども。逢いたい、とやっぱり願ってしまう。

それは一度離れ離れになってしまった時に、一番最初の頃と比べてとても強い感情が芽生えている────ように思えた。

今回で日を開けて顔を合わせなくなるのは二回目だ。それほど、私は東郷さんと一緒に過ごしていたことになる。逆に会わない日を数えた方が早いぐらいに。

 

安芸さん経由で聞くところによると順調に回復に向かっていっているようだが、その時に私の安否を訊いてきたらしい。

ちょっとだけ……ううん、すごく嬉しかった。私が想うようにあの人も私の事を考えてくれていることに。

『大赦』として応対した安芸さんはもちろん私の所在を明らかにすることはなかった。そのっちさんもどうやら裏で探っているのも見受けられるようだ。いっぱい…いっぱい迷惑かけちゃってるよね。

 

(このままこの『刻印』が全身に刻まれたら……私はどうなるんだろう)

 

なんて、その先の結末は知っているのに、知らないふりをしてみたり。でも怖くはない。苦しいし痛いけれど、不思議と怖くはなかった。私の出生故の感覚なのか分からない。あの暗い世界に戻るだけだと思えるからだろうか。

だけど……。

 

「たくさんの大切なものが……出来ちゃった。他の人に比べたらとても小さいものなのかもしれないけど。はい、さようならって簡単に手放せないぐらいには……いっぱい、あるんだ……ふふっ」

 

こんな状態でもみんなと過ごしている記憶を辿れば、不思議と笑みが溢れる。

頭からシャワーのお湯を被り、濡れていくと共に目尻からまるで『涙』のように伝い落ちているそれらをぼうっと私は眺める。うん、泣いてはいない。私は泣かない。苦しくても辛くても、それでも泣くことはしないと決めている。泣く時は────。

 

「…………東郷、さん」

 

シャワーの水飛沫の音にかき消される私の音。それを拾う人はどこにもいなかった。

……一先ず考えるのはこれぐらいにしてちゃちゃっと身体を洗ってしまおう。しずくさんが戻ってくる前にこの状態だと隠すのが大変だからね。

 

 

 

 

 

 

手早く済ませてお風呂から上がる。チラッと部屋を覗いてみたらまだ居なかったので安心してタオルで体を拭いて支度を済ませていく。

若干手の感覚が鈍くなっているのか何回か物を落としそうになってしまうけど、これも仕方のないものだと割り切っておく。みんなの目がある時に注意しておけばいいから。

 

「…髪の毛伸びてきた、よね? んー…『わたし』は長い髪の毛は好きかな?」

 

私の勝手な憧れで伸ばし始めている髪の毛も、肩に乗っかるぐらいにまでになってきた。憧れの元はもちろん東郷さんのあのサラッとした綺麗な黒髪を見て、だ。なんだかあれもこれも東郷さんから始まっているなぁ……って思う。

これも仕方ない。だって私の根底には彼女の存在が大きくあるのだから。もちろん勇者部の人たち、今は防人の人たちも含めて私に『熱』をくれる大切な存在であることは変わりない。けれど、やはり東郷さんという存在が私の中ではとても大きかった。

 

(……私にとって東郷さんはどういう人なんだろう)

 

袖の長いパジャマに着替えてから頭にタオルを巻いて浴室を出た私は部屋の壁際に腰を落ち着ける。

東郷さん。東郷美森さん。過去の記憶を覗いた昔は鷲尾須美という名の女の子。大和撫子という言葉がぴったりの黒髪の似合う人。私が生まれた時に傍に居てくれた人。

 

「帰ったぞー…」

「あ、おかえりなさ──ってシズクさんになってる? どうしたんですかそんなにゲンナリして」

「あーちょっとな。ま、気にしないでくれ結城」

「は、はあ。何か飲みますか?」

「…戸棚に弥勒からもらった紅茶がある」

「お砂糖は入れますか?」

「スプーン一杯だけ頼む」

「はーい」

 

考え込みそうになっちところでしずくさんがシズクさんになって戻ってきた。でもなにやら気難しそうな表情を浮かべていたけど何かあったのだろうか。などと思考の隅で考えつつ私は即席の紅茶をマグカップに淹れる。私も喉が乾いていたので了承を得て一杯頂くことにした。

 

「…ん。サンキュー」

「どういたしまして。こういうことになるんだったら前に遊んだときにお揃いのマグカップ買っておけばよかったですね」

「それは恥ずいから嫌だって言ったろ。まぁ…あるってことならあったに越したことはなかったんだろうよ」

「ですね……ふぅ。温まる」

 

鼻を抜ける紅茶の香りを感じながら息を一つ吐いていると、迎え合わせのシズクも小さくほぅ、と息を吐いていた。

 

『…………。』

 

沈黙が場を占める。それが苦痛だとは思わないけどシズクさんの表情は先ほどと変わらず気難しいというか険しいというか、そんな顔を崩さないでいる。「気にするな」と言われた手前、再度問い詰めるというのはちょっと気が引けた。

 

「結城、部屋にいるときぐらいは眼鏡外せばいいんじゃねェか? 伊達なんだろ、ソレ」

「ぁ、そうですね。あは、ついいつもの癖でつけてました」

「まぁ結城がそのままで落ち着くならそれでも構わない。言ってみただけだ」

「ありがとうございますシズクさん」

「ああ…」

 

『…………。』

 

再びの沈黙。お互いにカップに口をつけ紅茶でちびちび喉を潤し続けること数分。

 

「なぁ結城」

「はい」

「……何があったか訊いてもいいか? オマエの口から直接(、、、、、、、、、)

「…ここに来た理由は安芸さ──神官さんから聞いていませんでしたか?」

「さぁてな。あの神官からは表向き『助っ人』、その実は『療養』としか聞いてない。でもそれだけじゃないだろうってことはオレもしずくも楠も感じているな」

「……そう、ですか」

「もともとこの場所ってのはそういう設計で作られてねェからな。何か隠してんだろ?」

 

目を細め彼女は私に問いかけてくる。やっぱりシズクさんはお見通しなんだね、と私は少し嬉しくなる反面で口を紡ぐことで返答を返した。

 

言えるわけがない。今この場で言ったら『腕』が現れ彼女を蝕む。そんな迷惑はかけるわけにはいかない。

 

「……なるほどな。だからか──」

「シズクさん?」

「──いや、なんでもねェ。まぁ人には言えないことの一つや二つあるもんだわな。だいぶ一人格として馴染んできたんじゃないか」

「も、もー! そんなニヤニヤしながら言われたらからかわれてるとしか思えないですよぉー」

「半分からかってるわ」

「むぅー…」

 

たまにイジワルしてくるシズクさんに頬を膨らませて抗議の意を示すがカラカラと笑いながら躱される。

 

「まぁ冗談はこの辺にしておいてな……楠からチラッと聞いた話なんだが実は近いうちに『任務』がありそうなんだよ。結界外の調査任務が」

「任務って……それは危なくないんですか?」

「勇者であるオマエなら結界の外は行ったことはあるだろ。危険なんてそこら中わんさか漂っているさ」

 

あの炎に包まれた世界。およそ人が生きていける場所ではないことは承知している。危険な化け物がいることも。

 

「真実を知らねえからなんとも言えないが……タイミングといいまったくの無関係ではないとオレたちは考えてる。結城が来る以前に土壌調査という名目で任務に出たことがあったんだけどよ、今回も似たような場所だとさ。どう思う?」

「……神官さんから聞きました。私がここに来るように神樹様から『神託』を受け取ったらしいです。シズクさんの言う通り私がここに来たのは理由があるのかもしれません、ね」

 

シズクさんの言葉を借りたとして、さしずめその『任務』に私が同行するといったところか。神樹様の意思ならばそこには何かしら理由があるのは必然で、考えられるとしたら三つほど。一つ目は単純に防人たちの支援目的。二つ目は私の『呪い』に関する何か。三つ目は──『わたし』である友奈ちゃんの手がかりを得ることができること。

 

一つ目はその『任務』にあたって勇者としての力が必要となるからと考える。例えば化け物──大型のバーテックスの処理を担当するとか……でもその理由なら『私』よりそのっちさんや夏凜ちゃんの方が適任だと思う。

二つ目と三つ目は私の希望的観測の面が強い。結界の外に出たところであるのはバーテックスの大群と焼き尽くす炎がほぼほぼ占めているその世界。そこで『何か』があるとは考えにくいし……うーん。

 

考えてみても答えは出てこない。やはりその時になってみないことには、と伝えるとシズクさんもそんな感じの答えが返ってきた。

 

「…あんましこの場で考えてもしょうがねーか。うし、ならオレはもう寝るわ結城。んじゃな」

「あ、はいおやすみなさいシズクさん」

「────っ、あれ。ここは……私の部屋?」

「……おかえりなさいしずくさん。シズクさんはいま寝に戻りましたよ」

「ん。シズク何か言ってた?」

「えっとこれと言って特には。お風呂から戻ってきて少しお茶しながらお話ししたぐらいですよ」

「…そっか。結城、髪の毛まだ乾かしてない……今日は私がやってあげる」

「ほんとですか? やった、お願いします」

「んっ」

 

こくんと頷いたしずくさんにお願いして私はドライヤーをやってもらう。しずくさんの前で腰を落ち着けた私はドライヤーの温風によって目を細めた。

 

「結城」

「はい、どうしましたか?」

「……寂しくない(、、、、、)?」

「…………いえ。しずくさんや防人の皆さんのおかげで楽しく出来てますよ。心配してくれてありがとうございます」

「ん。また今日も学校の事、色々教えて欲しい」

「でもしずくさん疲れてるし……早く寝ないと」

「大丈夫、ちょっとぐらい平気。こうやって二人でいることなんて少ないから……と、友達の話もっと聞きたいから」

「あは、うんっ!」

 

前を向いているから見えないけれど、恐らく恥ずかし気に話すしずくさんを想像して思わず笑みを零した私は彼女の提案に快諾した。

そうして二日目の夜はしずくさんと沢山お話して過ごしていく────。

 

 

 

 


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