私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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三十五話

◾️

 

 

 

早朝の肌寒い日和の中、私は浅い眠りから目を覚ます。

 

「……ふぁ」

 

小さく欠伸を漏らし軋む身体を起こして隣を見る。ベッドの上ではしずくさんがまだ寝息を立てて眠っている。まだ起きるにはもう少し時間があるので私はそっとしておくことにして支度を始めた。

 

(今日から亜耶ちゃんのお手伝いしなきゃだから、気合い入れないと)

 

昨日一緒に作業をした時に私からお願いしたこと。それを今日から実施するためにも着替えを済ませて私は部屋を後にした。

 

しん、と静まり返った廊下は吐く息も白く冬になったことを実感する。時期も十二月半ば。そろそろ場所によっては雪が降り始めているところもあるかもしれない。

 

「……十二月、か。そういえば」

 

歩きながら窓の外を見つめとあるイベントがあることを思い出す。バタバタとしていたおかげでどうしても頭の隅から転げ落ちてしまいがちだったが、ふと思い出した。

 

────クリスマス。

 

『私』はまだクリスマスを経験したことがない。まぁそれはいいとして、このイベントの時は東郷さんと過ごすなんて考えていた時期があったことも一緒に思い出していくと苦笑が漏れ出た。

 

(……それまでに、なんて考えは浅はかかな)

 

『これからも色んなものを見て、一緒に経験していこうね』と言われ、そうしていこうと私は決めている。だからこれを目的として動けば頑張れそうだと内心意気込んで進んでいくと、タワーの入り口辺りで亜耶ちゃんの姿を見つけた。

声をかけて手を振るとぱぁっと明るくなった表情を浮かべつつこちらに歩み寄ってきた。亜耶ちゃんは今日も可愛いなー。

 

「おはようございます友奈様」

「おはよう、待たせちゃってこめんね亜耶ちゃん。今日からよろしくお願いします」

「私も今来たところなので大丈夫です。はい、こちらこそどうぞよろしくお願い致します」

 

律儀に頭を下げてそう言う彼女と一緒にタワーの外に出る。遠くの空には薄らとお天道様が顔を覗かせようとしている。まだ外は薄暗さを残している中を二人で歩いていく。

 

「亜耶ちゃん巫女服なんだね。ということは巫女としてのお仕事が最初なの?」

「はい。まずは神樹様にお祈りを済ませてからになります。芽吹先輩たちみんなが今日も元気に活動できるようにとお祈りをしますね」

「わぁー…優しいね亜耶ちゃん」

「私なんて全然ですよ。むしろこれぐらいしかお役に立てることがないので申し訳なく思っています。友奈様もあまりご無理をなさらないでくださいね」

「ありがとう亜耶ちゃん」

 

この子は本当に心が綺麗な子なんだなぁと思う。今まで優しい心の人はたくさん見てきたけれど、ここまで澄んだ心の持ち主を見るのは彼女が初めてかもしれない。雀さんが言っていたように『天使』というのも頷けるね。

 

そうして話しながら進むと神社が見えてきた。どうやらここでいつも安全祈願をしているようでそのまま敷地内に足を踏み入れた。

 

「せっかくなので友奈様もご一緒にいかがでしょうか?」

「大丈夫かな……お邪魔にならなければいいんだけど」

「邪魔だなんてそんなことありません。どうぞお隣で」

「じゃあ失礼します」

 

何か儀式的なものをするのかと思いきや手を合わせて目を瞑る亜耶ちゃんを見て私も同じように手を合わせた。

 

(真剣に……だけど優しい感じが伝わってくる。真っ直ぐな『想い』がこの子にはある)

 

見習わなければいけない。私は雑念を振り払って今度こそ『お祈り』に集中する。

 

(みんながこれからも笑っていける世界でありますように。東郷さんたちが幸せになれますように)

 

そうである世の中になってくれるのなら私にとってもこれ以上ない幸せになる願い。そうして『私』を『わたし』へ返せばそれで全て丸く収まる……と思う。

体感時間で数分もない『お祈り』を済ませて目を開けてみれば、亜耶ちゃんが静かに隣で私を見守っていてくれた。

 

「ぁ、ごめんね亜耶ちゃん。待たせちゃって」

「いえいえ。とても熱心にお祈りをされていたようですが、友奈様も何かお願い事があるんでしょうか?」

「願い事というか、私もみんなの安全を願ってかな。後は亜耶ちゃんたちともっと仲良くなりたいって一緒にお願いしてたんだ」

「私も友奈様と同じ想いです。ふふっ……なんだか嬉しくなっちゃいます」

 

可憐な少女の笑みを浮かべた亜耶ちゃんと一緒に私も微笑む。

 

「ではまずはここからお掃除を始めてしまいましょうか。掃除用具はこちらにありますので」

「うん」

 

どうやら最初はここから行うらしい。タワー以外にもお掃除の手を広げている彼女に感心しながら私は亜耶ちゃんに案内されてそこへ向かった。

 

 

 

 

 

 

日も登り始め明るみが差してきた所で私たちのお掃除は終わる。日頃から亜耶ちゃんがやってくれているおかげか目立った箇所は見られなくてここでも感心してしまう。

 

「助かりました。近頃は枯れ葉も多くなってきてるので友奈様のお手を貸していただいて無事に早く終わることができました」

「それならよかったー。でもああやってたくさんの落ち葉を見ると焚き火でもして焼き芋さんを食べるのもいいかもだね」

「わぁ、それは確かにそうですね。機会を設けて皆さんでやりましょう。さつま芋の方は食堂の職員の方に掛け合ってみます」

「いいの? あ、でもその時は私も一緒に同行させてよ。亜耶ちゃん一人だと大変だろうし」

「ありがとうございます、友奈様」

 

そういえばしずくさんはちゃんと起きることが出来たのだろうか。目覚ましはきちんとセットしてあることは確認してきたから、大丈夫な筈だけど……ちょっと心配だ。

 

「────あら国土さん、結城さんご機嫌よう。朝からお務めご苦労様ですわ」

「あ、弥勒先輩おはようございます。今日もいいお天気ですね」

「おはようございます弥勒さん……こんなところで一体なにを、してるんですか…?」

 

タワーに戻る途中の道でなぜか弥勒さんと出会う。彼女は芝生のある場所にテーブルと椅子を並べて優雅? にカップ片手に私たちに挨拶を交わすと、手にしていたカップに口をつけてその中身を運んでいた。

こんな早朝に本当に何をしているのだろうかと訊ねると、ふっと笑みを溢し、

 

「今朝は目覚めも良く、空気もこうして澄んでいて絶好のモーニングティーでしたので嗜んでおりましたの。弥勒家たるものこうした時間を設けるのも当然のことですわ」

「そうだったんですね。でもその……寒くはないんでしょうか? 風邪引いちゃいますよ」

「そ、そうですね。弥勒先輩そんなに薄着では体調を崩しちゃいますよ」

「ふっふっふ。この程度の外気温ではわたくしのティータイムを邪魔など……ぶぇっくしょん! ────邪魔など出来ませんわっ!」

 

いや、盛大にくしゃみしましたよね弥勒さん。それでもなお取り繕うとするあたりに執念のようなものを感じた。亜耶ちゃんは持っていたポケットティッシュを片手に弥勒さんに手渡している。私も続いてテーブルに並べてあるティーポットに触れてみると……冷たかった。

 

「……弥勒さん。これじゃあアイスティーみたいなものですよ。冷えちゃってるじゃないですか」

「わ、わたくしはどちらかと言えばアイスの方が好みでして…そうですわ、お二人もご一緒にいかがでしょうか? 今アルフレッドに準備させましょう……アルフレッドー!」

「わ、私は別にってアルフレッド…?」

 

ぱん、と手を叩いて聞き慣れない単語を彼女が口にした。私は疑問に思いながら亜耶ちゃんに目配せしてみると、乾いた笑みを浮かべていた。数瞬の間が場を占めるが、特に変化は見られない。更に疑問符を重ねていると弥勒さんはこほん、と一つ咳払いをした。

 

「──っとそうでしたわ。アルフレッドは今は居られませんですの。では、此処はわたくしめがやって……」

「あっ、弥勒先輩。勝手に申し訳なかったのですが、改めて淹れ直させていただきました。私たちもご一緒によろしいでしょうか?」

「亜耶ちゃんいつの間に……」

「あら? これはこれは国土さん。感謝いたしますわ、どうぞお掛けになって……結城さんも」

「は、はぁ。そ、それじゃあ……」

 

亜耶ちゃんは弥勒さんの行動に慣れた様子で私が呆気にとられている間に冷えてしまった紅茶を淹れてくれていた。弥勒さんは満足した様子で座ると、私だけ座らないわけにはいかず同じように空いていた椅子に腰掛けた。おしり冷たい……。

 

「それでは頂いてくださいまし」

「い、いただきます……」

「いただきます弥勒先輩」

 

カップに注がれた紅茶を口に含む。確かに美味しい、冷めてしまって温い温度だけど香りが口の中で広がっていくのが分かる。でも今の外の気温と併せるならやっぱりあったかい方がより美味しいと思う。

 

「どうですかお二方。弥勒家オススメの茶葉のお味は?」

「……美味しいです」

「はい、さすが弥勒先輩です。とっても美味しいですよ」

「おーほっほっほ。ですわよね〜! クッキーなどもあるのでお食べになってくださいな……これは市販のやつですけど」

「はい、いただきます」

 

亜耶ちゃんは笑顔を絶やさずに弥勒さんの厚意を受け取っていた。凄いなぁと私は彼女を見ているとあることに気がついた。

 

(あれ? 亜耶ちゃんのカップを持つ手が微妙に震えている気が……?)

 

気のせいだろうか、としばらく様子を伺ってみるが弥勒さんと話している最中にもやっぱり手が震えているように見えた。もしや、と私は亜耶ちゃんの肩をちょんちょんと触って彼女を振り向かせた。

 

「はい? 友奈様どうされ────ひゃ!?」

「やっぱり……亜耶ちゃん凄い体冷えてない? このままだと風邪引いちゃうよ。無理して飲まない方が……」

「いえ、友奈様。せっかく弥勒先輩がご用意してくれたのですから……私なら全然へっちゃらです!」

「亜耶ちゃん、優しすぎるよ」

「国土さん……そんなにもわたくしとのティータイムを楽しみに──」

「弥勒さんー……ちょっとだけでも反省してください」

 

じとーっと弥勒さんを見つめながら私は自分の手を亜耶ちゃんの手に合わせる。今は『呪い』の影響故か体温が高くなりやすい状態なので都合がよかったと冷えた彼女の手をさするように触れていく。

 

「ありがとうございます友奈様。友奈様のお手はとてもあたたかいですねー」

「でも騙し騙しだから早く飲んでタワーに戻ろうね。弥勒さんもそれでいいですか?」

「構いませんわ」

 

この人は寒くないのだろうかと考えたけど、端々で小刻みに揺れているのが分かって余計にため息が漏れた。まだ幾日も経ってはいないのだが何となく人となりが読めてきた気がする。

そうして私たち三人はタワーに足を向けた。ちなみに弥勒さんが座っていた椅子やテーブルは自前で用意したみたいでそのあと片付けも済ませて……弥勒さんー…。

 

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