私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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三十六話

◾️

 

 

朝食の時間。あの後は弥勒さんの片付けのお手伝いをしていたせいであっという間に時間が過ぎていき、予定していた場所の掃除は食事の後に持ち越しとなってしまった。

 

「──弥勒さん、あなたって人は……亜耶ちゃんと友奈が風邪引いたらどうするんですか」

「も、申し訳ありませんでした。芽吹さん」

「謝るのは私ではなく二人にですよ。まったくもう……やるなとは言わないですが時期と時間を考慮して行動してください」

「は、はいぃー……ですわ」

「あ、あの芽吹先輩。そこまででいいですよ、そもそも私がご一緒したいとお願いしたんですから。それに友奈様のおかげで冷え切らずにすみましたから問題なかったので……」

「く、楠さん。私もそこまで気にしてはないので……この場で弥勒さんを正座させるのは可哀想かと……」

「いえ、ここは隊を纏める者としてキチンと物申さないと気が済まないの! いい?」

『ひぅ…?! は、はい!』

「あややも友奈さんも弥勒さんに甘すぎるよー。この人はね、ビシッと言わなきゃ理解しないんだから」

「…それには同意。けど、加賀城が言うべきでもない」

 

雀さんの物言いに弥勒さんは若干青筋を立てているようにも見えるが意識が逸れるのを見逃さなかった楠さんによってそれ以上は黙殺されてしまっていた。それにしてもこんな場面なのに他のみんなは平然としているのが凄い。というかああ、またか…といった表情を見るにそういうことなのだろうと私はそこでも苦笑するしかなかったのだけど。

 

「…あれはまぁ、いつもの光景として……スルーしてご飯食べよう結城」

「いいんでしょうか?」

「ん。問題ない」

 

若干眠気を引きずっているしずくさんの対面に座って未だお説教している楠さんの声をバックに箸を進めていった。

 

「ささ、友奈さん。本日の献上品であります故、受け取って頂ければ!」

「あ、ありがとう雀さん。みかんいっぱいあるんだねー…ってもらってばかりでごめんね、何か私も渡せるものがあればいいんだけど」

「そんなそんな滅相もありません! ですがそういうことならば有事の際には是非私めをお守りになさってくれれば幸い──」

「すーずーめー?」

 

ビクゥ! と体を跳ねさせた雀さんの背後には目を光らせている楠さんの姿があった。その更に後ろでは弥勒さんが『反省中』と書かれたカードを首元にかけられてつつ未だに正座をさせられていた。

 

「め、メブ……?」

「あなたまでそうやって……ちょっとこっちに来ましょうか?」

「ひぁ!? やだやだー! 助けて友奈さーんっ!!」

「え、えっと……有事の際…ってことでいいのかな?」

「あっとですねそれはー……ってメブメブぅ! まだ話している途中だからぁー?!」

「問答無用」

「結城。ご飯冷めちゃうよ?」

 

ずるずると引きずられていく雀さんを見送ることしかできなかった私は再度しずくさんに促され苦笑しながらも食事を再開することにする。

そんな中でも亜耶ちゃんは最後まであわあわしていた。

 

 

 

 

 

 

食事を終えて隊の人たちは訓練に向かっていった。残った私は亜耶ちゃんと二人でタワー内のお掃除をしている所に神官──安芸さんが私のところに訪ねてきた。

 

『お時間よろしいでしょうか、結城様』

「は、はい。えっと亜耶ちゃん……」

「私のことはお気にせずにどうぞいってらしてください」

「…わかった。じゃあ終わったらまた合流するね」

 

掃除用具を片してから私は亜耶ちゃんと別れ、安芸さんに連れられていく。どこに向かうのだろうと思っていたら安芸さんが使用している言わば『寮長室』であった。

案内されるがままに安芸さんに続いて私も入室していくと、傍にあるソファーに座るように言われる。

 

「…そのお面、外さないんですか?」

『大赦として、神官としての立場があります故、無礼をお許しください』

「い、いえ。私の方こそ不躾に申し訳ありませんでした」

 

そういえばこの人の素顔を直接見たことはない。でも東郷さんの『記憶』を覗いた時の一つに安芸さんであろう人が映っていたのは覚えていて、そのまま当て嵌めているわけだけど……。この場ではあまり深く追求するべきことではない気がするのでこれ以上はやめておいた。

平坦な口調を崩さずに、安芸さんは話を続ける。

 

『今日この場に足を運んでもらったのは他でもありません──結城様の今後についてです』

「今後について……」

 

私は神樹様の『神託』に導かれてここにいるが、具体的にはまだ何も知らなくてどうしたものかと燻っていたところだ。

 

『近々…正確には二日後に防人の任務が行われます。そのことについては楠さんから伺っていますか?』

「はい。結界の外に、ですよね? その……大丈夫なんでしょうか」

『危険はみな承知しています……その任務ではある物を採取してきてもらうことになっています』

 

ある物? と首を傾げて私は疑問を浮かべる。

 

『以前に彼女たちには土壌調査という名目で様々な任務を行わせていきました。その延長線上になるのですが、今の結城様にとって必要な物が今回向かう土地にあります』

「私にとって『必要な物』? それって一体──」

 

どくんと鼓動が跳ねて私は思わず胸に手を置く。私にとって今必要な物と言われれば自ずと限られてくる。そういう物言いだということはやはり安芸さんたち『大赦』は私の身に起こっている『真実』を知り得ていることに間違いはない。でも今の今までなにもアクションがなかったことを考えてみると、私と同様に打つ手がないのだとも推測する。

 

『……聡明な結城様ならば皆まで語らずとも理解していただけるでしょう。ですが、この任務を達成したからといって必ずも全てが解決することになるわけではありません』

「…というと?」

『──本来の呪いや祟りといった呪術的な類のものは一度発動してしまえばそこで終わりなのです。しかし結城様に刻まれているタタリは天の神そのものが発動させているもの。人間が行うのとは規模も呪力も文字通り桁が違います』

「…………、」

 

言葉を失う。いや……なんとなく予想はついていたことだ。天の神にとって人々や侵攻を妨害する『勇者』たちは邪魔で仕方がないはず。その神自らが私に刻んだタタリは天の神そのものをどうにかしない限り永続的に発動し続けるものとなるのは必然なのかもしれない。息絶えるまで……それは半ば余命宣告にも似たものを初めて第三者から私は聞かされた気がした。

 

『私たち大赦側も総力を尽くしてはいますが現状は有効打は……至らず申し訳ありません』

「あ、頭を下げないでください。お気持ちだけでも嬉しいですし……こちらこそ、私のためにありがとうございます」

 

私も同じように頭を下げる。

きっと大赦──組織としては私という『勇者』としての価値を守るために動いてくれているだけなのかもしれない。ただの少女だとしたらここまでやってはくれないだろうと少なからず思う。仮面の奥の表情も声色も映さずにいる安芸さんの考えはどうか分からないけれど、仕事として御役目としてこうしてくれている。例え『それだけ』だとしても嬉しいし感謝していることを伝えた。私がどうこう以前にこの肉体は友奈ちゃんのものであるし、出来る限り元のまま返してあげたいのが私のするべきことの一つであるから。

 

……なんて大層なことを考えているけど、現状結構な酷い有様なのは本当にごめんなさい友奈ちゃん。

 

安芸さんはしばし無言のうちに、

 

『──…、話を戻しましょう。そこで神樹様から巫女へ神託が降りたのです。今回の任務…いえ、御役目を結城様と共に行うという神託を』

「お世辞にも私は戦闘に特化しているとは言えないです。もし単純な戦力を求めているのでしたら夏凜さんやそのっちさ……園子さんに声を掛けた方がいいのではないでしょうか?」

『結城様の勇者としての適正値は彼女たちに引けをとりません。が、真の意図は神樹様にしか分からないのも事実。これは私見ですが、此度の目的は結城様が防人である楠さんたちに同行することに意味があるのかもしれません』

「同行することに意味がある、ですか……」

 

真実は神のみぞ知る……と安芸さんは云う。にわかに信じがたいものではあるけれど、手立てがない現状は私はこの話を断る理由がないのも事実だ。

 

「…分かりました。御役目をやらせてください」

『ご協力感謝いたします。では、御役目の際の勇者端末ですが現在こちらで預かり調整させていただいています。当日までには間に合わせますのでそれまでお待ち下さい』

「あの…!」

『はい』

「……いえ、やっぱりなんでもないです。すみません。最後に………今回の御役目の目的の物を教えてもらいたいのですが」

『……失礼致しました。目的の物ですが────」

 

 

────

───

──

 

 

 

 

扉を開けて一礼してから私は寮長室を出る。ふぅ、と一息ついて私は提示された情報たちを整理していく。

 

「──あっ、友奈。待ってたわ」

「あれ、楠さん? 訓練は……」

「みんなは今休憩してもらっている。それよりあの人とのお話は終わった?」

「は、はい。終わりましたけど…」

「そう…なら──」

 

いざ戻ろうとしたら楠さんが壁に背を預けて待っていた。私はなぜと疑問を投げかけると楠さんは小さく口角を伸ばし、そして……

 

「友奈、単刀直入に言うわ。私と模擬戦をやってほしいの」

「……へっ?」

 

──予想だにしなかった言葉を私に投げかけてきたのだった。

 

 


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