私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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三十八話 ※芽吹視点

◾️

 

パイプ椅子に腰掛けその手に持つ手拭いで友奈の額に浮かぶ汗を拭いながら彼女は話を始めた。

 

「結城は今『タタリ』に侵されている」

「……『タタリ』?」

「あぁ、言っちまえば呪いみたいなヤツだ。この不調もそれが理由になってる」

「どうして友奈がそんな目にあっているの? もしかして『勇者』としての御役目の過程でこうなって…?」

「恐らくはそうなるんだろうが……詳しくはオレも知らねぇがよ。こればっかりは結城に直接訊かないことには真実はわからん……オレが聞かされたのはその『タタリ』ってやつが天の神によって祟られたものだということだ」

「天の神……ですって?」

 

その言葉を聞いて私は眉を顰める。天の神は私たち防人が任務の中で交戦した『星屑』や『バーテックス』を生み出し、人類を、世界を危機に晒す神を指し示す。神樹様とは別の神の名をシズクは口にした。

 

シズクは一度言葉を区切ると、再び視線を私に向けてきた。

 

「論より証拠ってな。覚悟はいいか? 今から結城の肌を晒すぞ」

「……っ。ええ」

 

寝苦しそうに眉を潜める友奈の横からシズクは手を伸ばしてその身を覆う衣類に手をかけようとする。が、そこで今まで大人しかった友奈の手が急に伸びてシズクの手を掴み制したのだ。

 

一瞬驚き目を見開くシズク。

意識朦朧としているはずなのに、まるで本能的な危機管理が働いたのか定かではないがこれ以上踏み込ませまいとする『意思』を友奈から感じた。

 

「……シズクさん? ダメ、ですよ……?」

「悪いな結城。けど覚悟決めてくれてるやつがいるんだ……オマエの力になれるならその可能性を広げていきたい。だから──」

 

まるであやすように優しく友奈の手を解く。私は呆気にとられていた。彼女もしずくのようにあんな目をすることが出来ることに。友奈はシズクの言葉に耳を傾けているように思えたが、目の焦点があっていなくどうにも声が届いてないようにみえた。

そっと掴まれていた手を解き置くと今度こそシズクは友奈の衣服──腹部の部分を捲り上げてその素肌を外に曝け出した。

 

「────っ……、なによ、これ」

 

私は思わず後退りそうになるのを必死に堪えた。

 

「こいつが『タタリ』だそうだ。そしてコイツの恐ろしい所はよ、第三者が視認したら──」

「──ぐっ!? な、なに? 胸のあたりが熱っ──」

 

友奈の身体に痣のように浮かび上がっている『刻印』を目にした途端に、私に鈍痛が響いた。そんな私の困惑にシズクはジッとこちらを見続けていた。

 

「……ちっ。やっぱりこうなりやがったか」

「なにを…?」

「この『タタリ』の厄介なことは本人もそうだが、他のやつにも伝播しちまうことなんだよ。オレみたいにな───」

 

言いながらシズクは胸元を開けてぐいっと襟元をずらすと、そこには赤黒い黒い太陽のような紋様が浮かび上がっていたのだ。

その光景を見て私も同じ場所に手を置いて息を飲む。

 

「まぁオレみたいに浮き出るには時間はかかるみたいだし、すぐにどうこうってわけにはならねぇのが幸いだな」

「…そういうこと。確かにこれは──この子も必死になって隠そうとするわけね。あなたは平気なの?」

「今のところ身体の不調とかはないが……気味が悪りぃのは拭えないな。得体の知れない『不快感』みてぇのがジンワリ広がるみてーな」

「……痛々しいわね。いえ……その言い方だと友奈に失礼か」

 

シズクや私に出来た『紋様』、『タタリ』。それとは比べ物にならない『苦痛』を強いていることだろう。友奈には申し訳ないがこの身姿は普通の人には目に毒だ。悍しさすら抱いてしまうほどに。

 

(──三好。あなたはこのことを知っているの?)

 

友奈と同じ立場であるあなたなら、と考えたがやはりこの子の徹底ぶりを見るにきっと知らないのだろう。責めるつもりはないにせよその背中に追いつこうと見てきた私からしてみれば何をやっているの、と考えてしまう。

 

「この『タタリ』を治すことは出来ないの?」

「あの神官が言うには大元を叩くことが手っ取り早いってことらしいぜ」

「──つまりは天の神を倒すしかないってこと」

「あぁ」

 

それは同時にこの世界を救うことになって。しかしそれがどれほどの所業かは想像に難くない。

シズクはギィ、とパイプ椅子を鳴らし背を預けながら天井を仰ぎ見た。

 

「まぁ、それはオレたちだけじゃ不可能なことだ。悔しいがよ。所詮は裏方、勇者様のフォロー役が手一杯さオレら防人は」

「………。」

 

そう。シズクの言う通りに私たちは勇者に選ばれなかった人間の集まりで、現勇者たちの環境を整えて円滑に御役目を遂行できるようにフォローする隊だ。それ以上もそれ以下でもない。だから『天の神』を倒すなんて夢物語でしかないのだ。だから悔しくて歯噛みしてしまう。以前に気持ちの整理をつけたとはいえ、こうして再び現実を突きつけられるとなるとまだまだ慣れたものじゃないな、と考えてしまう。

 

「…だったら私たちに出来ることをするまでよ。シズク、友奈を救うまではいかなくても何か手助けは出来るのよね?」

『──そこからは私がお話します。楠さん』

「…っ。あなた」

 

不意に背後から聞こえてきた声に私は振り向くと、そこに立っていたのは相変わらず表情の窺えない面をつけた神官と更に後ろには心配そうに見つめる亜耶ちゃんの二人がいた。

駆けつけが早いことからシズクが連絡を入れておいたのだろう。

亜耶ちゃんは小さく頭を下げて足早に神官の横を抜けると私たちの──友奈のベットの所に来て荷物を下ろした。

 

「国土…わりぃな」

「いえ、これも巫女としての役目ですから。シズク先輩もありがとうございます。今着替えさせますね」

「……亜耶ちゃんも知っていたのね」

「芽吹先輩……はい。黙っていて申し訳ありませんでした。でもそうしないと芽吹先輩たちにも『タタリ』の影響を受けてしまう恐れがあったので。心苦しかったのですが黙っているしかなくて……」

「いいのよ。亜耶ちゃんが気負う必要はないわ。それより、友奈をよろしく頼むわ」

「お任せください」

『では、私たちは場所を変えましょうか。ついてきてください』

「…………えぇ」

 

そう言って神官は踵を返して部屋を後にする。その様子に彼女に対して何も思うことはないのかと眉を顰めるが、パイプ椅子から立ち上がったシズクに肩をポンと叩かれ立ち止まっていた足を動かして後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を変えて『寮長室』へと移動した私たちは改めて目の前の神官に問うことにした。

 

 

「なぜこのことを黙っていたのですか?」

『山伏さんは例外として、タタリによる呪いの伝播を可能な限り防ぐ必要がありました。未だタタリに対する対処法は見つからずに混乱を招くようなことをさせたくはなかったのです』

「だからといって……この防人を預かる身としてはそこは知っておきたかった」

『そうですね。結果的にこうなってしまうのでしたら、最初から話しておくべきでしたね。申し訳ありませんでした』

「…そこはもういいです。それで、今後についてはあなたは……大赦はどう考えているんですか? 防人である私たちに何か出来ることはあるんですか」

 

捲し立てるように私が言うが、目の前の神官は特に変化を見せることなく、いつものような感情の起伏を感じさせない口調で話を続けていた。

 

『大赦として、勇者として高い素質の持ち主である結城様を失うわけにはいかないため、どうにか策を模索していきました。その過程で神樹様による神託を併せて明後日の任務の達成が必要不可欠になります』

「以前に外の世界の土壌検査を行った場所と同じ所でしたよね」

『はい。そこで調査と共に植えた植物の『種』を採取してきてもらいます。それが結城様にとって必要なものとなります』

「植物の種?」

 

『種』を植えたことは覚えている。なんのとかどういった品種のものかは分からないけれどそれは確かに覚えがあった。だが、あの過酷な環境の中ではとてもじゃないが育っているなんて……。

 

『あの種の選抜も神樹様によるもの。巫女たちの祈りを込めて培ったあれは今は芽を出し花を咲かせて新たな実を生しているでしょう。それを採取してきて欲しいのです』

「…もし、それがバーテックスたちに荒らされていたら?」

『星屑たちがターゲットにするのは私たち人間相手のみです。ですから荒らされてしまっている、なんてことは限りなくないに等しいと思われます』

「つまりはオレたちがその実からなる『種』を採取できなきゃ、結城の命は無いってことだな」

『そういうことになります。なので防人としても、重要な任務であることは変わりありません』

「友奈の身体は明後日まで保つの? 私たちは今からでも出撃できる……一刻を争うのなら今すぐにでも出るべきでは!?」

 

こうしている間にも彼女は苦しんでいる。少しでもその時間を減らすことが出来るなら、と神官に訴え掛けた。

 

『──なりません』

「なぜ……っ!」

「落ち着け楠。神官に当たったって何にも変わりやしねぇよ」

「シズクはどうして平気なの。あなただって友奈のこと────!」

「冷静になれって、リーダーっ!」

 

肩を掴まれてシズクと視線が交わる。ハッと私は頭に血が昇り出していた自分に気がついて目を見開いた。

 

「オマエが冷静にならなくてどうする。大丈夫だ、アイツはああ見えて強いヤツだ。明後日までに準備をキッチリ整えて最速で挑めばなんて事ない任務だろ。違うか?」

「シズク……」

「オレに隊を率いるなんて事はできねぇからよ。楠がいつものようにまとめてくれ。加賀城も弥勒も他の連中もそれで全力が出せる」

『…………。』

 

私は素直に驚いていた。いや、感心していたとも言える。あのシズクが……守るべきしずく以外には関心一つ示さなかったあの子がこんな諭すようなことを言ってくれたことに。初めの刺々しい態度を前面に押し出していたあの頃と比べてこの子は本当に成長したのかもしれない。

私は目を伏せて綻ぶ口元を誤魔化しながら彼女の手にそっと触れた。

 

「……えぇ、そうね。少し冷静さを欠いていたわ。ありがとうシズク──ふふっ」

「んだよ、その含み笑い」

「ごめんなさい。あなた、いつの間にか変わっていたのね」

「おいおい喧嘩売ってんのか?」

「違うわよ。褒めてるんだから素直に受け取ってくれてもいいじゃない」

「んなこと急に言われたって背中がむず痒いンだよ!」

 

そう言いながら顔を赤くしてそっぽ向くシズク。その姿を見てもやはり彼女は変わったことが伺える。

 

「……まぁ、仮に、仮にだがもしそうだとしたらそれは結城のおかげでもあるかもな。しずくにとってもオマエら以外にダチが出来たのはアイツが初めてだからよ。最近はしずくも楽しいことが増えてきたって聞いてるし、オレも素直にそれは喜ばしいことだ。そんなアイツが今苦しんでいる……しずくに新しい道を示してくれたアイツに借りを返さねぇとオレの気がすまねぇんだよ分かったか?」

「くす、そうね。それはとても大事なことだわ。隊の一人がお世話になったのなら、リーダーである私も友奈に恩返しをしないといけないわね」

 

私も変わろうとしている中で、同じように変わろうとしている人がいる。それが大事なことだと、散々回り道してきた今の私は理解しつつある。防人のリーダーとして、その道を真っ直ぐに歩けるようにサポートしなければいけない。そうして私は真っ直ぐに神官に向き直った。

 

「わかりました。なら私たちは明後日までに最高の状態で挑めるように準備を整えます。そして必ず任務を遂行してみせます」

『……はい。よろしくお願いします』

「…………シズク、いくわよ。やる事が沢山あるわ」

「へっ。ようやくらしくなってきたじゃねぇか。オレは楠の指示に従うぜ」

 

不敵に笑あいながら私たちは寮長室を出て行く。

 

 

────

───

──

 

 

 

『──いつの間にか、変わっていた……ですか』

 

誰もいなくなった室内でポツリと言葉が溢れた。そのまま窓際に移動するとその先に見える空を眺める。

 

『そうですね。人は変わらずにはいられない。時間も思いも共に……あの子達の年代では特にそれは色濃く多彩に、無限に形を変えて変化していくことでしょう』

 

かつてはそれを見守る立場に居た。でも今は────しかし、

 

「……私は私の成すべきことを成すだけ。それが私の────なのだから」

 

面を少しずらし、部屋の隅の棚に伏せられた写真立てを一見した。しばしの無言を挟んで再び面を取り付ける。

 

『さて、業務に戻りましょうか』

 

いつもの起伏ない口調に戻った彼女は、続くように部屋を後にした。

 

 

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