私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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三十九話 ※しずく視点

◾️

 

 

その日の午後の時間は気合の入った楠の影響によって訓練は通常よりも量を増やして行われていた。

訓練場では悲鳴にも似た加賀城の声を筆頭に各々の身体に疲労感を残したが、事情を知っている側からしてみれば仕方のないことなのだと私は考えた。

まぁ仮に事情を知らなくとも、結界の外での任務は常に死と隣り合わせだからこの訓練の数々は己を守るためにも必要なこと。それはもう実戦を経験した私たちには嫌というほどその身を持って思い知らされている。そのために誰も文句は言わずに隊長である楠の後ろに頑張って食らいついていった。

 

…時間もあっという間に過ぎて夜になると、食堂ではみんな疲れからかもそもそと箸を進める姿がちらほらと見受けられる。毎日トレーニングを含め、彼女の扱きに耐えてきた面子でも今日のは流石に堪えたらしい。

 

「うひぃー……づがれだぁ。ほんと死ぬかと思ったぁぁ」

「はしたないですわよ。食事中はもっと淑やかに食べませんと」

「私は弥勒さんみたいに脳筋体力オバケじゃないからキツいんだよぉー……ほんとなんでこの人はメブについていけるのー」

「弥勒家当主として、この程度朝飯前ですから。おっと失礼──今は夕食時でしたわね」

「あーはいはい。雀さんはツッコム気力すらありませんよ」

 

いつもの二人のやり取りを耳にしながら私もご飯を食べる。

 

「……そういえば試合の後から結城さんとあややの姿を見なかったけど何かあったのかな? しずくさん何か知ってたりする??」

「確かにお姿を一度も見ていませんわね。どうされたのでしょう?」

「結城は、えっと……」

 

しまった、と私は結城の現状をどうやって伝えるか考えておくのをすっかり忘れていた。口元に運んでいた箸を止め、どう答えるか定まらないでいるとタイミングよく彼女が来てくれた。

 

「──友奈なら神官と一緒に行動しているわ雀、弥勒さん。亜耶ちゃんもその補佐で付き添ってるだけだから心配しないで」

「あ、メブ。そうなんだ、やっぱり勇者様となると色々と他にお仕事がありそうで大変そうだよねぇ」

「まぁ、それならいいのですけれど。お隣空いていますわよ芽吹さん」

「ありがとうございます弥勒さん」

 

後から来た楠が席に着くと目配せで私に伝えてくれた。小さく会釈して感謝を伝えると楠もそれ以上はこの話題を出さずに夕食に手をつけていた。

 

「随分とぐったりじゃない雀」

「誰のせいですか誰のー……ね、ねぇメブ……明日はもう少し訓練量を優しくしてくれたりしない…?」

「なに言ってるの雀。今日の分をあなた乗り越えたんだから明日はもっと増やしても問題はないってことでしょ?」

「えぇーっ!? これ以上は本当に死んじゃうよぉー?!」

「わたくしはバッチコイですわよ芽吹さん」

「ちょっと脳筋は黙っててぇ!」

「加賀城……うるさい」

「皆さん酷すぎやしませんかぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

──今友奈は点滴をして落ち着いてる。亜耶ちゃんも付きっきりだからそろそろ休ませてあげてくれる?

 

と、食事の終わり際に楠が耳打ちで教えてくれて私は医務室に足を運んだ。ちなみに楠は部隊長たちを集めてミーティングをするようで食事の後に別れた。

 

ノックをしてから入室する。その中で国土はベッド横のパイプ椅子に腰掛けていて友奈を見守っていた。

人の気配を感じとった彼女は振り向いて私の存在に気がつくといつもと変わらない柔和な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「しずく先輩。友奈様の様子を見に来てくれたんですか?」

「…ん。それもあるけど、国土の様子も見に来た。一回、休んだ方がいいと…思う。ずっとここにいるでしょ…?」

「私は全然へっちゃらですよ。どちらかと言えばしずく先輩の方が訓練でお疲れでしょうから今日はお早めに休息を取られた方がよろしいのではないですか?」

「私も全然へっちゃら。だから国土が先に休む。何かあったら呼ぶから」

「で、でも……」

 

渋る国土の背中をポンポン叩いて促すと押し負けた彼女は頭を下げて「それじゃあ……少しだけ」と部屋を後にして行った。ご飯も食べていないだろうからしっかりと栄養をつけてもらいたい。国土に何かあってもみんなに心配かけてしまうから。

 

「……結城」

 

入れ替わりに私がパイプ椅子に腰掛けて目の前で眠る結城を見つめる。あの後は神官が手配した医療班が駆けつけて鎮痛剤やら何やらと手を施し何とか落ち着いてもらっているようだ。腕へと伸びる点滴の管が痛々しいし、着替えた医療着から覗く『刻印』も赤黒く刻まれている。自分ではどうしようもない現実を突きつけられているみたいでとても心苦しかった。

 

そっと力の抜けた手を握る。顔色は熱っぽく赤みが差しているが、握る手の平は刺すように冷たい。それはまるで冷たくなってしまった──『あの子』を思い出させる。

 

「私は…何もしてあげられてない。友達なのに……なにも」

 

結城は口下手な私にでも親身になって接してくれてる。もう一つの人格の『シズク』にも同様に。色々と問題を抱え、難しい私たちだけどそれでも彼女は優しくて温かい笑顔を向けてくれた。それはかつての『あの子』を連想させ時々その姿を重ねてしまうことがあったのは結城には内緒。

 

防人と勇者としての関係上、こうして顔を合わせる機会はとても少ない。私の方から接触しないように電話での交流が主ではあったけれど、それでも日々が楽しかったのは変わらない。防人にいる人たちとは別の、初めてちゃんとできた外のお友達────それが結城友奈という女の子。

 

「……私は、結城に元気になって欲しい」

 

結城が防人に来てとても嬉しかった。同室になってお風呂あがりに髪の毛を乾かしあったり、電話でしてたような日常会話やその日あった出来事を今度は夜遅くまでお話ししたり……まるで毎日がお泊まり会のようで友達として交流を深められたと言える数日間だった。

 

…………でも彼女が抱えている問題はとても大きく、今はそれが彼女を蝕んでいた。このままでは命が危ういと神官から聞かされている。大切な友達が……危険に晒されている。

 

私は自分の『熱』を結城に伝えるように、きゅっと手を握った。

 

「────三ノ輪の時は、ほんとに何も出来なかった。漠然と、外から見ることしか出来なかった、けど……今は違う。私はここにいて、結城のそばにいる」

 

まったく知らない赤の他人の私に笑顔で声をかけてくれたあの子のように。私はあんな風に誰にでも分け隔てなく接せられる人間になりたいと密かに憧れていて……三ノ輪のようになれなくても、近づくチャンスはここにある。

 

「負けないで……結城。私たちが必ず、元の場所に帰してあげる…からね」

「………ん、んん」

 

身じろぐように結城の手は私に合わせるように弱々しく握り返してくれた。意識はなくとも、そうしてくれる彼女に改めて感謝を胸に抱いた。

 

そして─────。

 

 

 

 

──────

─────

───

──

 

 

 

 

 

そして、一日の猶予期間を経て私たちはタワー前の広場に整列していた。外の天気は生憎の曇り空だけど、そのことを気にするような人は今はいない。

 

ピリッとした空気が場を制していた。

 

「────ついにこの時が来た。各自コンディションは整えてあるわね?」

『はいッ──!』

「うん、良い返事ね。では、改めて今回の任務の確認をするわっ!」

 

整列した最前に立つ隊長である楠が声を張り上げながら続ける。

 

「これから私たち防人は神樹様の結界の外──炎の世界に向かう。目標は前回種を植え、育った『植物』の採取任務。今更に危険の度合いを言葉にする必要はないと思うけど、そこでは星屑や大型のバーテックスたちが無数に生息しているわ。奴らがいるということは常に私たちの命は危険に晒されることになる。それを念頭に作戦に臨むこと! いい?」

『はいッッ!』

 

楠の後ろには巫女服に身を包む国土と、更に一歩引いた場所に面をした神官が立っていた。神官の表情は読めないけど、国土は心配そうにこちらの様子を窺っていた。チラッと交わった視線に、私は小さく頷いて答えてみせた。

 

「作戦総指揮官は私…楠芽吹が務める。今までと同じ各指揮官型からの指示の下、銃剣隊、護盾隊をそれぞれ展開。現場での単独行動は控えて必ず複数人での行動を心がけて頂戴」

『了解!』

「あ、あのー……」

「なに、雀?」

「その目怖いですメブ……じゃなくて、友奈さんはどうしたの? 昨日から姿を見てないんだけど」

「…………っ。」

 

おずおずと手を挙げて口にしたのは加賀城だった。その疑問はもっともで少なからずこの場のほとんどが感じていたことだった。

キッと視線を向けた楠はしばしの無言の後に周りを見渡して小さく息を吐く。

 

「──友奈は正式な勇者。もし万が一の緊急対応できるように大赦が『調整』をかけているわ。でも、今回の任務は私たちだけでも十分に対応できるものよ。だから今は目の前の任務に集中しなさい加賀城雀」

「は、はいー! じゃなかった……りょ、了解っ!」

 

無理やり納得させるように楠はピシャリと話を終わらせた。大丈夫だと、問題はないと楠は皆に伝える。

しかしああは言っているが実際は倒れたあの日と変わらない状態なのだ。結城は未だ意識が戻らずに眠り続けている。顔色は当時よりも幾ばくかは良くなっているけれど、こうして並び立つまでには至らなかった。でも彼女がここに立つ必要は無い。それは楠の言う通りでやり遂げなければならないのだ。私たち防人が。

 

『──定刻です。作戦を開始して下さい』

「はい……総員、戦衣を展開──ッ!!」

『了解ッ!』

 

神官と、楠の合図を持ってして私たちの姿が変化した。任務のための戦闘服。それらに身を包み、武器を手にした。

 

「芽吹先輩、皆さんお気を付けてください。どうかご無事で」

「ありがとう亜耶ちゃん。友奈のこと、頼んだわよ」

「はい!」

「───作戦開始」

 

楠の言葉に続くように声を上げてお互いの士気を高め合い、そして私たち防人は任務を果たすために行動を開始したのだった────。

 

 




防人としてのお役目が始まる。

友奈こと『私』はベッドに寝たきりのまま意識は回復せず。肉体的な損傷はないが、精神、魂の部分の摩耗による影響で意識障害が起こり目覚めないことが理由とされる。


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