私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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四話

 

 

 

 

何度目かの睡眠。相変わらず私は夢を見ることがない。眠くなって瞼を閉じてしばらくするといつの間にか朝を迎える。

そこに何かを思うこともないけど…いや、一つあるとしたら他のみんなは一体どんな夢を見るのだろうと考えることはあるかな。

 

「…ぅんー?」

 

意識が暗闇からゆっくりと浮上したところで何やら頭に心地の良いものを感じ取った。

目をうっすらと開けてその正体を探ろうとしたところで私はすぐに誰なのかを理解できた。

 

「とうごーさん?」

「おはよう、珍しいね。友奈ちゃんが目覚ましが鳴るより早く起きるなんて。もう少し寝顔を堪能していたかったけど……今のうとうとしてる友奈ちゃんも可愛いわ」

「おはよー…とうごーさんが喜んでくれて私も嬉しいな〜…ふぁぁ」

 

目が覚めて一番に見る人が東郷さんとは、なんと幸せなことか────主に私にとってはだけど。

ぼーっと彼女の顔を眺めていると両頬をむにむにと触られてされるがままになる。

 

────そんなにこねないでー…。

 

「東郷さんは早起きなんだねぇー」

「毎日のことだからもう日課のような感じかな。それにこうやって今まで通り、友奈ちゃんを起こすのが私の楽しみなのよ」

「……そうだったんだー」

「それに今日から学校でしょ? 遅刻しちゃいけないからそろそろ起きようね」

「はーい」

 

身体を起こされぽやぽやのままの私のパジャマをテキパキと脱がしていく東郷さん。

なんでだろう、いつもはこんなに眠気を引きずらないんだけど──無意識のうちに自宅に帰ってきたことにこの身体が安心しているのかもしれない。

 

「はい、ばんざいして」

「ばんざーい」

 

そういえば、嬉しかったことがもう一つあったんです。

それは東郷さんの家が私の家とお隣さんだったこと。これは本当に嬉しかったんだよね。

 

普通に日常を過ごしていても一緒になることが多いこの環境に『わたし』も楽しく過ごしていたに違いないよねきっと。

 

「友奈ちゃん何か考え事してる?」

「えっ? うーん…東郷さんのことは考えてたよ?」

「へ、へぇ? ならいいのだけど」

「…んしょ」

 

着替えながら答えていると東郷さんはなぜか狼狽えている様子だった。変なこといっちゃったかな。

顔色を伺って見るが、顔を赤くしていること以外は特に言及してくることはなかった。大丈夫そう?

 

なるべく待たせないようにテキパキと済ませて渡された制服に身を包む。

そして今度は手伝ってもらいながら車椅子に体を乗せて部屋での身支度を完了する。

 

「じゃあ、顔とかも洗ってからご飯にしましょう友奈ちゃん」

「了解しましたっ!」

「くす。それは私のまねかしら?」

「うん、えへへー」

「かわいい。満点をあげる♪」

「わーい!」

 

東郷さんの言葉に和かに返事を返して私たちは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

車椅子での登校というものは中々に新鮮味に感じる。

 

「…でね、そこで風先輩が言ったの。『あたしの女子力は海より深く天をも砕く』ってね」

「へ〜! 流石は風先輩だぁ」

 

肌で感じる暖かな日差しと風に撫でられながら私と東郷さんはゆっくりと学校へと進んでいく。

私にとっては初めての登校であり、東郷さんにとっては歩けるようになってから私と初めて行く登校らしい。お互いが初めてなのだ。とっても嬉しいな。

同じように隣を歩けないのが申し訳なかったけど、東郷さんの笑っている顔を見るとそんな後ろめいた気持ちもスッと消えていくのが分かった。

時間的にも随分余裕があって会話を弾ませながら通学路を進む。

 

(…結局、ここ数日で『わたし』に戻る手段が見つからなかった。うーん。どうすればいいのかな)

 

視線を下に落として両手をにぎにぎと握る。自宅にある本や東郷さんの言葉や会話を頼りに色々と思案してはみたが、どれも徒労に終わってしまった。

むしろ考えすぎちゃって『自分』ってなんだろう? と哲学的なことまで考えてしまう始末でまったくのお手上げ状態である。

 

「…………。」

 

道行く先々でちらほらと同じ制服を着た人たちが増えてくる。

声をかけてくれる人が結構いた。「大丈夫だった?」とか「無事で安心した」とか様々な言葉をもらう。

まさかこんなにも『わたし』が慕われているとは思わなくてかなり驚きました。

後ろにいる東郷さんは変わらずに私を和かに見守ってくれている。

だからなのか、私は初めて話す人たちに気負うことなく会話を出来た気がした。

 

「はい、学校に到着よ」

「ありがとう東郷さん。車椅子押して疲れちゃってない?」

「ぜーんぜん。以前は私が押してもらってたんだし、こうしてお返しが出来てむしろ嬉しい。友奈ちゃんの当時の目線というか、そういうものが分かった気がするわ」

 

讃州中学校。

正門前に辿り着いた私は改めて建物を見上げる。大きな校舎。私の通っている学校…。

 

「…どうしたの友奈ちゃん? そんな可愛らしい顔しちゃって」

「えっ!? あ、いやーあははなんでもないよ!」

「……もしかして」

「───っ。」

 

神妙な顔つきになる東郷さんを見て思わず身体が強張る。目が泳ぎそうになるのを必死にこらえて彼女から顔を背けないように取り繕う。

東郷さんも私に視線を釘付けてきた。そして、

 

「──久々の学校だもんね。同じ風景なのにいつもと違った景色に視えるのは私にも経験があるわ」

「…そ、そうなんだぁ! もう久々すぎちゃって初めて見る感覚なんだよー」

「もう、そのせいか表情筋が固くなっているわよ? こことか……つんつん」

「ひゃめ、くすぐったいよぉー東郷ひゃん♪」

「いくらでもできちゃうわね♪ 柔らかくて触りがいがあるわ」

 

焦ったぁ。内心ホッと胸を撫でおろして東郷さんの言葉に便乗していく。よかった、バレずに済んだよ。

少しリアクションが大げさすぎたのか小首をかしげられたがそれだけで、私たちは校門をくぐっていった。

 

(さて……ここからだ。頑張れ私)

 

東郷さんに運転を任せて下駄箱の位置を把握する。履き替えたら今度は校舎内を忘れないように頭の地図を作っていく。すれ違う生徒の動き、挨拶をしてくれる人の顔を覚えて、東郷さんとの会話の中で学校内の状況を一つずつ覚えていった。歩けるようになった時に一人でうまく行動できるように今のうちに覚えておかないといけない。

階段が昇れないので、傍らに備え付けられている車いす用のエスカレーター? に乗せてもらって階を昇っていく。どうやら前に東郷さんも使用していたらしく、手慣れた操作でやってくれた。これも覚えておかないと。

 

教室に辿り着いてそのまま扉を開けて室内に入る。すると席の近くにいた生徒たちが歩み寄ってきてくれてここでも退院を祝ってくれた。嬉しい。

でもごめんなさい、こうして喜んでくれる彼女たちの名前を私は憶えていなかった。どうにか情報を得て全員の名前をちゃんと覚えないとみんなに失礼だ。

 

学生鞄から教科書類を取り出す中で、私は一冊の桜色のノートを取り出す。表紙には何も書いていない。

パラパラと捲っていくとそこにはびっしりと文字が書き連ねている。

 

(えっと……通学路がこうで。その時に挨拶してくれた人が──)

 

今朝の出来事、今さっきの出来事を箇条書きにしてノートに書き記していく。これは私が目覚めて少ししてからやり始めたことだ。

私が『わたし』になって短いながらにたくさんの出来事があった。自分で言うのもなんだけど物覚えが悪いのでこうしてキチンと記憶として刻まれるまでは書いていこうと始めたルールである。

それに時系列にまとめてみると意外と記憶の整理にも役に立つのだ。

 

「何を書いてるの友奈ちゃん?」

「わひゃ!? あ、えとこれは──!」

 

予鈴がなる前に書いていたからか、東郷さんが声を掛けてきた。

突然のことでびっくりしてしまったが、うまく捲ってページを特定の場所に持っていく。その直後に東郷さんの視線がノートの中身に移る。

 

「文字を書いてるの? どうして」

「えっと、リハビリを兼ねてやってるの! まだちょっと手の動きが硬くって空いてるノートに書いてるんだーえへへ」

「ああなるほど。そういえば通学中にも手を握っていたものね。でも口酸っぱく言っているけれど無理はしちゃダメよ友奈ちゃん」

「うん! 心配してくれてありがとう東郷さん」

 

見せたページは同じ『文字』が書かれたページ。たまたま手先の練習をしていたところがあって助かった。

通学路の行動もなんとかうまく繋がってくれたみたいだし、気を付けないと。

 

そしてタイミングよく予鈴が鳴り、教師が教室に入ってきてホームルームが始まった。

さて、これからが大変だけど諦めずに頑張っていこう──!

 

 

 

 

 

 

 

 


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