私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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前話より時間は少し遡ります。


四十一話

◾️

 

 

──苦しい。熱い。痛い。

 

目の前には何もかもが燃え盛る世界だった。建物も、動植物も、人も……。

大切なものが全て炎に包まれたこの世界に私はどれだけいればいいのだろうか。

 

「…ぅ。ぁ……」

 

熱い。アツい。痛い……。

私は何かに縛られながらその光景を見ることしか出来なかった。例えそれがゆめまぼろしだとしても辛いことには変わりはなかった。

 

大切な人が焼け焦げていく。友人、家族、大好きな人。私は最初は叫んで、獣のように暴れまわろうとも何かが変わることはなかった。

その手に触れることが出来ずに、何度も焼かれては同じ光景を繰り返すばかり。頭がおかしくなりそうだった。

 

「だれ、か。誰か助けて……みんなをこれ以上苦しまないで」

 

私のせいで誰かが辛い目に遭うことがとても耐えられない。私のことはどうでもいいから。煮ようが焼かれようが『私』は我慢できる。だからみんなを傷つけたりしないで…!

 

「…や、だめっ。それだけは──東郷さんだけはやめてぇェ……ッ! あぁ、ァ」

 

あの『腕』が引き裂いていく。見せ付けるように、絶望を浴びさせるように『私』は叫ぶしかなかった。そうした一連の流れを繰り返し見せられる。

どんよりと、蜃気楼に揺れる黒い影が私の周りを囲う。

 

──また誰も助けられなかった。──あなたは何も出来やしない、無力な存在。──口先だけの存在。──それでいて周りには偽りの虚像を見せつける。──嘘つき。

 

「ぅ、ぅぅ……ごめんなさい。ゴメンなさい御免なさい! 助けられなくて…ごめん、なさい」

 

声が木霊するように突き付けられた。

私の中の『熱』が、周りの炎に呑み込まれそうになる。熱いのに、寒さを感じてしまうのはどういう訳か……しかし確実に私にとっての大事な『何か』はすり減り続けている。このままでは『わたし』に返す前に確実に────。

 

「う、うぁ……ぁ、っ…」

 

幸いにも映像を繰り返す前にインターバルのような『暗闇』の時間が存在する。その時だけは拘束から逃れられてこの身は自由となるが、身体は動かすことが出来なかった。壊れるわけにはいかない──そう思っても身体が鉛のように重たかった。

 

「責任を、果たさないと……いけないの。私が、『結城友奈』になったセキニンを………私、は」

 

眠い。とても強い眠気が私を包む。でも、ダメだ。寝ちゃいけないのは感覚で理解できる。

だから、眠らないように……思い出して。私の根底にあるものを、強く思い出して…。

 

「…東郷さんから悲しい涙を流させないって決めてる、から……それで友奈ちゃんに返してあげるんだ。それが私の生きる……」

 

道だから……。泥人形のような身体を気力で動かそうともがく。でも背後からまた炎が迫りつつある。また何度目か数えるのも億劫になっているあの地獄に呑み込まれる、そう思っていたけれどその瞬間は訪れなかった。

 

「────え?」

 

ここにきてようやく変化らしい変化が起きた。いつしか『暗闇』は無くなっていて、今度は『白い世界』が広がっていた。私は不思議に思いつつも起き上がってから周囲を見渡す。

 

「どこだろ……ここ?」

 

ふらふらと覚束ない足取りで前が後ろかも分からない白い世界を進んでいく。時間の感覚も曖昧な場所をしばらく進むと頰に何かが張り付いた。

 

「これって……『桜』の花びら? なんでこんなものがこの場所に……って、あれ? いつの間にこんなに桜の木が」

 

指先で花びらを摘んで確かめていると、次に目にした光景は沢山の桜の木が生え揃っていた空間だった。景色もその桜の木たちから緑が広がって青空が塗られていく。そよ風が吹いて桜の木から無数の花びらがひらひらと舞い散っている。

 

「…………。」

 

私は桜並木の間を進み、数ある中で一番奥の大木の様な桜木に近づいてその幹に手を添えた。どっしりと構えたその幹は底知れない力強さを感じ取れる。私はため息を一つついてその幹に背中を預けて座り込むことにした。

 

「……いい天気。それに空気も美味しいし、温かい……気がする」

 

なんというか、この場所は好きだな。

耳を澄ませば小鳥の囀りも聞こえてきそうなほどの穏やかな空間。

先程の地獄がまるで嘘のように、ここは静かな場所だった。もしかしたら天国から地獄に落とそうとしてるかもしれないけれど、束の間の休息とも言うべき今の状況に甘んじることにした。

 

「でも早く、元の場所に帰らないと……しずくさんたちにも迷惑かけちゃってるし」

『──あなたは、頑張り屋さんなんだね』

「ひゃ…っ!? だ、誰────きゃっ!」

 

不意に私以外の声が聞こえて驚いた私は立ち上がろうとするけど、うまく力が入らずに尻餅をついてしまった。

 

「い、いたた……」

『大丈夫? あのタタリを受け続けていたんだから大人しくしてないと危ないよ。もうちょっと長くあそこに幽閉されていたら本当に心が消えそうだったんだからね』

「あなたは一体……? その木の後ろにいるんですか? もしかしてあなたが私を助けてくれたんですか」

 

私の背を預けていた桜の木の後ろに『誰か』がいる。そうは分かっても確認しようとする足には力が入らなかった。桜の木の向こうにいる者もそれが分かっているのか、その場から姿を現そうとせずに言葉を続けていた。

 

『うん。あなたの頑張る姿を見ていたら助けなきゃって思ってね。本当はもっと色んな事をしてあげたいんだけど、そうもいかない事情もあってさ……世知辛い世の中だよねぇ』

「え、えっと……ありがとうございます。助けていただいて」

『ううん。私がそうしたかったからだから気にしないで……ねっ、一つ訊いてもいいかな?』

「は、はい」

 

なんか話し方や声調に既視感を覚えるような感覚だ。それが何なのかは確かめようにも姿を見せてくれないことにはわからない。

 

『…ずっとあの子の内側から見てきたんだけど、どうしてあなたはそんなに誰かのために頑張れるの?』

「それは……嫌なんです。誰かが悲しむ顔を見てるのが。私に良くしてくれた人たちも、こんな温かい世界があることを教えてくれた人にもそんな顔をして欲しくない。できればいつまでも笑っていて欲しいんです……って言っても毎回空回りしちゃって逆に迷惑かけてしまっているのかもですけど……」

『そんな感じだねー。結城ちゃんと違って不器用さんなのかな?』

「耳に痛いです…って結城ちゃん?」

『あっ、ごめんね。別に責めてるわけじゃないから……えっと、うん。その心がけはとっても大事なことだから自信をもってねっ!』

「はい。ありがとうございます」

 

やっぱり最後には幸せに笑えるような、そんな未来に向かっていけるのなら私はそうしてあげたいと考えている。それを強く教えてくれたのは東郷さんだから。

 

『…でもよかった。あなたが良い人そうで。少し心配だったんだ』

「えっと、それはどういう……?」

『やっぱりいきなり知らないところで目覚めたら不安だろうなとか、途中で嫌になって何もかも投げ出したりしちゃったりするのかなーとか色々考えてたんだ。でもあなたは「結城友奈」であろうと頑張ってきた』

「だってこの身体は友奈ちゃんのものです。私はそれを間借りしている人格の一つでしかないんですから。なるべく元の環境を維持しつつ返してあげられたらなって考えてますけど」

『うーん。じゃああなたの意思……というか想い? 願いみたいなのはないの? そればっかりだと息が詰まっちゃうよ?』

「願い…ですか? それは今言った通りで───」

『そうじゃなくてね、えっとー……んー。難しいなぁ……あっ、それ以外のことについての願いだよ、うん!』

「それ以外…?」

 

頭を悩まさせていたその人はうんうん、と頷いて、

 

『例えばお友達とずっと仲良く過ごしたいーとか、大切な人と笑って過ごしていきたいーとかそういうの! 何かないのかな?』

「それは………ダメ、ですよ」

『どうして?』

「だってそれは友奈ちゃんが今まで積み上げてきたものの成果、結果なんですから。さっきも言いましたけど私はそれを借りているだけなんです。そんな願いは贅沢ですよ私には」

『贅沢じゃないよ。全部を見てたってわけじゃないけどさ、あなたはちゃんと一人の「個人」として見てくれてる人は沢山いるよ? そんな優しい人たちに囲まれて過ごしてたらそうやって考えるのは普通のことなんだから』

「そう、なんでしょうか…?」

『そうなんだよー。だから、あなたのしたいように生きても良いんだよ。それは結城ちゃんも望んでいることだから、他の人もそうしてくれた方がきっと安心できると思うな』

「…ちょっとだけ不安なんです。本当のことを話して、もしかしたら拒絶されてしまうんじゃないかって」

 

みんなは『友奈』ちゃんと過ごしている。その関係性を自らの手で壊してしまうのがとても不安であった。それに今は『タタリ』の事情も相まって余計に憚れるから尚のこと。

 

『──あの子たちなら大丈夫。驚いたりしたりしちゃうかもだけど、決してあなたを否定したりはしないよ。それにあなただって「友奈」ちゃんなんだから』

「どうしてそう言えるんですか? …そもそもあなたは」

『……わたしも昔にたくさん良くしてもらった経験があるからだよ。ま、それは置いておいてー────わたしはそうだねぇ、あなたにとっての「先輩」になるのかな?』

「…せん、ぱい?」

 

そうそうと言いながら言葉を繋げて、

 

『学校やお仕事とかの先輩後輩じゃなくてね。こう、ピタッとわたしとあなたは同じような存在というか……ビビビーッてこない?』

「えっと……ビビビ?」

『あれぇー? おかしいね。伝わると思ったんだけど』

 

擬音で伝えようとしている所を見るに、この人は説明が苦手な部類なのだろうとすぐに察しがついた。

でもそんな感じだけど、この人から感じる真摯に向き合う気持ちも同時に強く理解できたから笑みが溢れてしまう。

 

「ふふ…ありがとうございます、先輩。先輩のおかげで気が楽になりました」

『ほんと? それならよかったー! じゃあ最後に先輩から後輩に託したいものがあります』

「託したいもの?」

『立てるかな? もうちょっとこっちに近づいてこれる?』

「は、はい」

 

促されて私は立ち上がる。先程よりも幾らか身体の感覚は軽くなっていた。近づいて桜の木の目の前に立つ。

 

『じゃあ、そのまま後ろを向いてください』

「はい────向きまし……きゃっ!?」

 

不意に背中に重みがかかったと思ったら、温もりに全身が包まれた。

抱きしめられている。そう知覚すると共にぎゅうって強めに抱きしめてくれた。

 

「あ、あの…先輩?」

『目が覚めてもまだまだいっぱい大変なことがあると思うけど、あなたならやり遂げられるって信じてる。わたしもちゃんと見守ってるから、さっきも言ったけれど自信を持ってチャレンジ、だよ?』

「はい」

『時には思い描いた結果にならないこともあるだろうけど、それも人生──諦めないこと! 諦めなければ最後には何とかなるからね』

「…はい」

『あとはー…大好きな人との時間はうーんと大切にするんだよ? いざという時にお別れとか言えないのは……辛いからね、うん。つまりは自分の気持ちに素直になることだよー。これ特に大事ねっ!』

「──はいっ!」

『うん、良い返事♪ 素直で可愛い後輩が出来てわたしも嬉しいな』

 

耳元で囁くその声は弾んでいて楽しげに話していた。

 

『じゃ、最後にこれやろー! こっち向いて』

「は、はい! ……えっ!?」

 

離れた彼女へと私が向き直って見て見れば、驚きのあまりに目を見開いてしまった。

そして彼女はにこやかに笑いながら手を上げた。

 

「せ、先輩の顔…えぇ!?」

「初めまして『友奈』ちゃん。そしてさようなら。気合と根性を忘れずに、あなたにとって悔いのない、かけがえのない人生を歩めることを先達者として心から願います────はい、タッチ!」

「え、へ、あれ? た、タッチ──ッ!」

 

有無を言わさずに挙げられた手に合わせるように私も手を挙げて二つの手のひらが当てられる。

 

────わたしの……ううん、『わたし達』のバトンを受け取って。

 

ぱんっ、と子気味よい乾いた音が空間に響く。合わさった手のひらにはとても熱い。力強い『熱』がじんわりと広がっていくのがわかって……手を握り締める中で私は顔を上げた。

 

「……。ありがとうございます、先輩──ううん、友奈さん」

 

気がついた時には桜の木と、舞い散る花びらしかなかった────。

 

 





悪夢の中でうなされる『私』を救ったのは彼女。

先達者、『友奈』の原点──頑張って頑張り続ける『私』に感化されて飛び出てきてしまった彼女は『私』を諭して、活をいれて背中を押してくれた。最初で最期の邂逅。胡蝶の夢の中で託されたバトンを持って『私』の意識は浮上していく──。
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