私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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四十二話

◾️

 

 

「──んん、むぐっ?」

 

ぼんやりとだが意識が覚醒していく。次に感じたのは息苦しさで何か顔に柔らかいものが乗っかっていること。もぞもぞと身をよじらせていると私はこれの正体に気がついた。

 

「…ぷぁ。ぎゅ、牛鬼?」

『…………。』

 

まんまるお目目の牛の妖精(正確には妖怪だけど)がふよふよと漂うように飛びながら私の周りをくるくる回っていた。

 

「牛鬼、ずっと側にいてくれたの?」

『………。』

「……ありがとね。おかげでいい夢が見れたよ」

 

辺りを見渡すと、どうやら医務室に担ぎ込まれたようだった。楠さんとの試合が終わったあたりで体調が悪くなってシズクさんに運んでもらい、途中で記憶が途切れているのを思い出す。相当具合が悪かったんだな。

 

「…でも、少し身体が楽になった気がする」

 

手をにぎにぎしながらあの時の夢の『熱』を思い出す。あれはただの『夢』ではないと実感がある。だとしたら私はもういつまでも塞ぎ込んではいられない。

 

(託されたから……これを私は繋げなければいけない。もっと頑張らなくちゃね)

 

牛鬼に頭の上を乗られながら私は一人決意する。そこで私はふと、視界の隅に人影の存在に気がついてそちらに視線を向けた。

 

「亜耶ちゃん」

「ゆ、友奈…様?」

 

丁度席を外していたのだろう、戻ってきた彼女の手にはタオルなどを抱えており私を見るなりまるで信じられないものを見たかのような反応を見せていた。

私は微笑みながら小さく手を上げる。

 

「うん。心配かけてごめんね亜耶ちゃん」

「あ、お……お身体の具合は大丈夫なんですか」

「おかげさまでだいぶ良くなってきたよ。亜耶ちゃんが看病してくれたんだね。本当にありがとう」

「いえ……いえ、わたしなんて大したことはしてないです。でも本当に良かった……」

 

心底安堵を覚えた様子で胸を撫で下ろしていた。その目尻には薄らと涙が滲み出ているほどに。

 

「あれからどれぐらい私は寝ちゃってたのかな」

「二日近く意識を失っておりました。熱にうなされた様子でずっと苦しそうにしていたんです」

「…そっか。そんなに……みんなは? シズクさんたちに心配かけたことを謝らないと」

「ま、まだ安静にしててください。それに、その……皆さんは今『任務』に出られててこのタワー内には誰もおりません」

「任務……」

 

シズクさんが最初に言っていた『任務』が、どうやら私が意識を失っている間に行われていることを亜耶ちゃんから聞かされる。私はそこでふと左手に視線が移った。

 

(…なんだろ。じんわりと『熱』を感じる…しずくさん?)

 

人肌だとしても時間が経っているからそういう『熱』ではなく、それ以外の……感覚的な『熱』の残滓を感じ取れた。ずっと側にいてくれた、そんな感覚を受けた。

 

「……行かないと」

「えっ?」

「みんなの所に行かないと……私もその『任務』に同行しなきゃ。みんなが頑張っているのに私だけここで寝てるわけにはいかない」

「だ、ダメです。許可できません……友奈様はまだ──」

 

亜耶ちゃんが私の両肩に手を添えて静止される。その手は僅かに震えていて彼女の感情が伺えた。

 

「…お願い。行かせて、亜耶ちゃん」

「……そ、それでも」

「…………。」

 

無言で見つめ合っていると、亜耶ちゃんはそっと押さえていた手を私から離してくれた。そして顔を俯かせながら、

 

「……やっぱりわたしには友奈様を止めることは出来ないみたいですね」

「ううん、そんなことない。私が我がままなだけで、亜耶ちゃんの気持ちは正しいものだよ」

「…わたしはとても無力です。芽吹先輩たちに何か力になれるわけではなく、こうしてただ祈って待ち続けるだけで……皆さんはわたしが迎えてくれる、それだけでも全然違うって言ってくれてても不安で不安で仕方ないんです」

 

その姿を見て私は東郷さんのことを思い出す。今もきっと心配かけさせてしまっているのだろうって……勇者部の人たちにも同様に同じ気持ちにさせてしまっていることも。私はベッドから起き上がって立ち上がると、ゆっくりと亜耶ちゃんの身体に腕を回した。

 

「ゆ、友奈様?」

「私もね、その気持ち分かるよ。ついこの間私にとって大切な人が目の前から居なくなったことがあって……自分の無力さに嘆いて、不安と後悔に押しつぶされそうになったことがあったんだ」

「そう、なんですか。今はその方は……」

「うん。ちゃんと戻ってきてくれた。でね、その時に約束したの──生きることを諦めないでねって。みんな見えない色んなものを抱えて戦ってるんだってこともその時に理解したんだ。それは楠さんたちも例外ではないと思う」

「…はい」

 

亜耶ちゃんは私の言葉に耳を傾けてくれている。

 

「…だから私は亜耶ちゃんの気持ちを背負っていくよ。そして一緒に戦おう。私を看病してくれた亜耶ちゃんはもう私の一部として生きてるから。『人』はそれだけでも力が湧いてくるんだ。そうして帰ってきた私たちを亜耶ちゃんが笑って迎えてくれたらもう言うことなしだね」

「わたしが……笑って皆さんを迎える」

「楠さんたちが帰ってくる場所を守っていて欲しい。それはきっと亜耶ちゃんにしか出来ないことだから。お願いできるかな?」

「……はい! それがわたしにしか出来ない御役目ならば…為さねばなりませんね。ありがとうございます友奈様」

「うん、こちらこそありがとう」

 

私の身体に同じように腕を回して亜耶ちゃんも抱きしめ返してくれた。そうしてしばらくしてからそっと離れた亜耶ちゃんは懐から大事そうにあるものを取り出してくれた。私はそれに見覚えがあって目を見開く。

 

「それ……私の端末? そういえば牛鬼がいるのも近くに端末があったからか」

「これは……しずくさんに頼まれて持っていました。もしもの時があったら友奈様に手渡して欲しいと」

「しずくさんが……受け取ってもいいかな、亜耶ちゃん?」

「もちろんです──どうか、皆さんのことをよろしくお願いします」

 

その小さな手に乗せられた端末を私は彼女の言葉に強く頷きながら手に取った。亜耶ちゃんの想いを同時に受け取って私は今度こそ立ち上がる。

 

二人で医務室を後にして、タワーの外に足を運んだ。天気は曇天に包まれて冷たい風が頰を過ぎっていった。

私は端末の電源を入れる。すると着信やらメールやらが大量に受信されてきてちょっと驚く。

 

「どうされましたか?」

「ううん。なんでもないよ」

 

やっぱり急に連絡が途絶えるとこうなるよねと考え、亜耶ちゃんに諭したばかりなのに人のことを言えないなと自虐的に笑った。受信された中身が気になるけれど今は置いておこう。私は勇者アプリをタップして起動させた。

 

端末から花びらが溢れて私の姿が変化する。薄緑色の花びらが私を『勇者』へと変え、その拳を握りしめる。そうして私は亜耶ちゃんの方へと振り返った。

 

「それが…勇者様の御姿なんですね。とても……綺麗です」

「嬉しい。ありがと……必ずみんなで帰ってくるからね亜耶ちゃん」

「はい。お待ちしております……行ってらっしゃいませ」

「うん、行ってきますっ!」

 

ダンッ! と地を蹴れば私の身体は宙に飛んでいった。向かう場所は亜耶ちゃんから知らされているから迷わず私は進んでいく。

 

(…痛みは完全には消えてないけど、それでも全然動ける範疇だ。ありがとう……友奈さん)

 

あの夢の中で助けてくれたのが分かるほどの体力の回復────いや、どちらかと言えば気力の面での回復が正しいのかも。これならまだ私は戦える。

 

建物の屋根伝いに跳んでいき、結界の外付近の木の根が複雑に絡み合った『壁』の上に着地した。

 

「また、ここに来たね。行こう──牛鬼」

 

近くをふよふよ漂う相棒に一声掛けてから手を前に出して『境目』に踏み込んだ。

そうして次に見た光景は、東郷さんを救出するときに来たあの炎の世界だった。変わらず全てを焼き尽くすその世界に私の『刻印』は疼き始めるが無視して端末を確認しようとしたところで、

 

「……なにっ!? 今の音」

 

突然の爆発音に私は驚く。そうして視線を音の出所に向けて見ると見たことのある『化け物』を捉えた。

 

「あれって……確かバーテックス・ヴァルゴ。まさかあそこにみんなが──っ!」

 

全速力で私はバーテックスの居る所へ向かう。途中にこちらを見つけた星屑たちが喰らい付こうと接近してきた。

 

「退いて──ッ!! あなたたちに構ってる暇はない……のぉ!!」

 

拳を握り振り抜いていく。吹き飛ばされていった星屑たちに見向きもせずに私は真っ直ぐ突き進んでいった。止まらない。彼女たち『防人』は大型のバーテックスに対抗しうる戦力を保有しておらず、もしあそこに居るのだとしたら非常に不味い状況だ。

 

突き、殴り、蹴る。地上だろうが空中だろうがお構いなしに私は身体の覚えている限りの技術を用いて進む。

 

(楠さん……しずくさん、みんな……無事でいてっ!)

 

ヴァルゴはこちらに気が付いていない。爆発による土煙が広がる中で焦りを抑えつつ最後の距離を詰めるべく思いっきり地面を蹴って崖の上から飛び立つ。

 

「しずくーっ!!?」

 

周囲には大量の爆弾が覆う中で楠さんの叫ぶ声が聞こえた。私はその先に蹲る彼女の姿を捉えていた。私は歯を食いしばって星屑を足場に真っ先にそちらに跳んでいった。

 

「ん……ありがとう結城。私の友達になってくれて……」

 

自分に『死』が近づこうとしているのに、しずくさんはそんなことを言ってくれていた。自分よりも他者を気にしてくれる、優しい彼女の性格は相変わらずで嬉しくなった。

 

「──それはダメだよしずくさん。諦めちゃ、ダメだから……っ!!」

 

だからこんなことで終わらせるなんてダメだ。まだまだ友達として色んなことを経験したい。一緒に時間を共有していきたい。

未来の事を想いながら私は爆弾を蹴り飛ばして彼女から遠ざけた。

 

「結城…? どうしてここに」

「友達が頑張ってるんだもん。私ももっと頑張らなきゃって思って医務室から飛び出してきちゃった!」

「で、でも結城はまだ──」

 

驚きを露わにしてるしずくさんは私の心配をしてくれていた。やっばり良い友達を持ったなぁなんて嬉しくなってしまう。だから安心させるために私は振り返って小さく微笑んで、

 

「…うん、だけど任せて。みんなと無事に帰ってくるって約束したから」

 

亜耶ちゃんとの約束を果たすために私は勇者の力を振るう。身体を大きく捻って迫りくる爆弾を回し蹴りで吹き飛ばす。

 

「──させないよ。これ以上誰も傷つけさせないッ!!」

 

まるでピンボールのように弾かれ、爆発していく爆弾たちを他所に私はヴァルゴに向き直って、

 

「私は勇者──結城友奈だからっ!」

 

拳を突き出しなから私はそう宣言した。

 

 




こうして『私』は立ち上がり、防人たちの元に駆け寄ることができた。

次回から時間軸は戻り、進みます。
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