私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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四十四話

◾️

 

 

『夢』のようなものを見ている。そこはとてもいい天気で、桜が辺りいっぱいに咲いて花びらがひらひらと舞い落ちている。その中を散歩する二人の姿を私は見ていた。

 

…楽しそうだった。幸せそうな笑顔をお互いに向けさせる二人。一人が車椅子に乗ってて、もう一人がその車椅子を動かす。車椅子を動かす子の顔は光が差し掛かっていて表情は分からないはずなのに、それでも『幸せ』を感じていることはひしひしと感じ取れる。そこは穏やかな時間が流れていた────。

 

 

 

 

 

 

 

「───ぁ」

 

薄らと目蓋を開けて私は目を覚ます。身体の動きは鈍く寝たまま片方の腕を動かして手のひらをにぎにぎと感触を確かめる。

 

「……そうだった。私あの後気を失って」

 

バーテックス・ヴァルゴとの戦闘で私は全力を出した。その反動と『タタリ』の影響によって自分は意識を失ってしまったようだ。部屋の様子を伺うと隅っこの椅子の上で牛鬼が座りながら寝ている以外は誰もいなかった。と、そこで私は首を傾げる。

 

「あれ……んん、左側が霞む。ん〜…?」

 

くしくしと右手で(、、、)目を擦りもう一度牛鬼を見てみるが、ブレて見えるというか二重三重に視えていた。なんだろうこれ…疲れのせいかな。でも身体の怠さはなくなっている気がするし。

 

「なんとか動かせる…か。んしょ」

 

痛みの感覚が薄い。これも『先輩』のおかげなのかな、と考えながら私はベッドから起き上がった。任務に出た時に置いていった『伊達眼鏡』を忘れずに装着して。相変わらず左目は少し違和感は残るが私は牛鬼の元まで歩いていって抱き上げる。

 

「牛鬼〜…みんなはどこにいるんだろうね。探しにいこっか……ぁ、端末」

 

牛鬼の側に置いてあった端末を手に取って起動させる。NARUKOと電話の通知の数がすごいことになっていた。その数は合わせると余裕で三桁は超えてしまうほど。私は申し訳なさに唇を固く結ぶ。

 

「……逃げちゃダメだよ。自分でそう決めたんだから」

 

心臓がドクンドクンと脈打つ。緊張と不安に撫でられながらそれぞれを見ていく。

 

私が急にいなくなってしまって、勇者部全員からグループと個別のやり取りにまで『どこにいるの?』、『大丈夫ですか!?』と様々な心配のコメントが寄せられている。

 

「…………。」

 

スライドさせながら眺めるように見続けると、不意に端末が震えた。びっくりして落としそうになるけどなんとか落とさずに画面を見てみると『そのっちさん』とディスプレイには表示されていた。電話だ。

 

「────もしもし」

 

逃げないと誓ったから。私は通話のボタンを押した。そして、

 

『……やっと出てくれたねゆっちー。すっごく心配したんよ』

「そのっち、さん」

 

まるで懐かしむような、優しげな声色がスピーカー越しに耳に届いた。

 

『はーい、乃木さんちのそのっちさんです。約一週間ぶりかなぁ……ゆっちーの声を聞けてわたしはホッと一安心したさ』

「…はい。あの、えっと……ごめんなさ───」

『謝らなくていいよゆっちー。分かってるから(、、、、、、、)

 

まずは謝ろうと謝罪の言葉を口にしようとしたところでそのっちさんに止められる。

 

「え……?」

また(、、)頑張ってたんだもんね。わっしーを助けにいった時みたいに。聞いたよ、神樹様から直接の御役目があってゆっちーはその御役目をこなす為にいっぱい頑張ってるんだーって』

「で、でも……それでも私はみんなに黙って居なくなっちゃって…そのっちさんたちに……東郷さんにたくさん迷惑をかけちゃって」

『迷惑だなんて誰も思ってないよゆっちー。心配はしてたけどね。わっしーなんて今にも大赦に殴り込みにいくぞー! ってレベルだったんだよー、もー流石はわっしー! って感じだよねぇ』

 

間伸びした口調もどこか懐かしく思えて。彼女がいつもの調子で接してくれるからか、先ほどまでの緊張感はいつの間にかどこかに消えていた。

 

「…あは、怒られちゃいますね、東郷さんに……風先輩に樹ちゃん、そして夏凜ちゃんに」

『あははー、それらを含めてもゆっちーがちゃんとみんなに顔を見せてくれればそれでバッチグーだとわたしは思うなぁ』

「…ならその時にまた改めて謝罪をしますね」

『しなくても大丈夫なのに。ゆっちーは律儀だねぇ』

「そのっちさんが優しすぎるんですよ」

『そーかなぁ』

 

と、そこで一旦会話が途切れる。少しの沈黙を挟んで私は改めて口を開く。

 

「──そのっちさん。私がみんなの元に戻ったらお話したい事があります。大事なお話が」

『…………。』

「聞いて、もらえますか?」

 

そう。戻ったら私は今度こそ真実を伝えることをあの時──先輩、友奈さんに背中を押された時に決めていた。

 

『もちろんいいよー。わたしもわっしーも待ってるから』

 

一言、そういってくれる。今はそれだけで十分だった。

 

「ありがとうございます」

『うん。でね、ゆっちーが応答してくれたおかげでゆっちーの位置情報がわかっちゃったんだよね〜。なんとなく調べはついてたけどまさか「千景殿」に居たなんて……それでわたしたち迎えに行こうと思うんだけど。具体的には明日に』

「え、あ、あの……それは……」

『御役目は終わった?』

「は、はい……多分ですけど。でもちょっとやり残してる事があるんです」

 

まさかの提案で驚いた。でもこれだけ心配かけさせちゃったならすぐにでも早く帰って来させようとするのは当然なのかもしれない。けれど私は少しだけやり残した事がある。それをそのっちさんに伝えてみると、

 

『…そっか。ううん、それなら一日時間をズラすことにするよ。そこにいる人たちに良くしてもらったんだもんね?』

「うん。短い間だけどいっぱいお世話になったからせめてお礼はしてから戻りたいと思ってるんだ」

『…ゆっちーはやっぱり人気者だね! お友達として鼻が高いんよ。あっ、そしたらご挨拶に何か持っていった方がいいのかなー何がいいかなー?』

「ふ、普通でいいんじゃないでしょうか?」

『普通が一番だーね。じゃあ明後日にゆっちーを攫いに行くんでよろしく〜♪』

「それは普通にお願いします!」

『あはは〜』

 

最後までゆるーい感じのまま通話を終了した。なんともそのっちさんらしいなと微笑みながら私は医務室のドアノブを回して扉を開けた。

 

「…あれ? 楠さん」

「友奈。待ってたわ……もう電話は終わったのかしら?」

「あっ、はい。気を遣わせてしまってすみません」

 

医務室のすぐ横の壁に背を預けていた楠さんが立っていた。どうやら私が話しているのを知ってそのまま外で待っていてくれたらしい。楠さんは表情を特に変えずにその場から歩き出す。

 

「楠さん?」

「起き上がりで悪いけどちょっとついてきてくれるかしら。案内したいところがあるの」

「は、はい!」

 

慌てて彼女の横に並んでいく。私はチラッと横顔を覗き込もうとすると、そこで楠さんと視線が交わった。

 

「……友奈。さっきの電話って同じ勇者の人からなの?」

「はい。皆さん私のことでいっぱい心配かけさせちゃって……楠さんはそういえば夏凜ちゃんと友達なんでしたよね?」

「友達っていうか……まぁ、腐れ縁みたいな? 考えるとよく分かんないわね。三好さんに負けまいと鍛錬ばかりしてた記憶しかないから、友達らしいことはしてないわ」

「あは、楠さんらしいですね〜。でも夏凜ちゃんもそんな時間を楽しく思ってたんじゃないんですか?」

「というより私のことが見えてたのかすら分からないわ。あの時の三好さんは私以上に真っ直ぐだったから」

「確かに。夏凜ちゃんって凄い子ですよね」

「えぇ、凄い奴よ……でもそうか、あの子も変わってきてるようね……友奈の反応を見るにそう思えるわ」

 

懐かしむような、どこか遠くを見ているその瞳には『優しい熱』を感じ取れた。私は知らず知らずのうちに楠さんの頰に手を伸ばして撫でるように触れると少しだけ彼女は驚いていた。でも私の手を払い除けるようなことはしなかった。

 

「……不思議ね、あなた。ねぇ、どうしてそんなに頑張れるの? 『タタリ』に侵されて、苦しくて辛いはずなのにボロボロになってまでどうして笑ってられるのかしら?」

「簡単ですよ楠さん───その方がいいじゃないですか。みんな最後に笑い合えるならそれだけで頑張れる理由になるんです。 私の先輩たち(、、、、)が教えてくれたから……楠さんも同じですよね。隊の皆さん、弥勒さん、加賀城さん、しずく(シズク)さん、亜耶ちゃんたちと楽しく過ごす未来を守るために戦ってる」

「……はは、あはは…ッ!」

 

私の言葉を聞いた彼女は溜めたものを吐き出すように笑った。それも大きく、私が初めて見る楠さんの笑い声。それは眼下に広がる町明かりのようにキラキラと輝いていた。

 

「……最初ね、私は己の強さを示すために勇者を目指した。完璧な強さだけがあれば世界も守れる──そう考えていた。でも蓋を開けたらそこは勇者の補佐……防人。認められなかった。大赦に私のことを絶対認めてもらうために任務を通して証明を続けていた──んだけどね」

「それも一つの道だと私は思います。今は違うんですか?」

「…………うん」

 

楠さんは私の頰に添えた手を自分の手で重ね合わせてきた。

 

「薄々は分かってたと思う…ううん、本当は解ってた。世界とか勇者とか関係なく、私は私の世界を守れる人間になりたいって。いつの間にか私は防人(ここ)が何よりも大切なものなんだって──友奈を見てたらこの気持ちを隠そうとしてた自分に呆れちゃったわ」

「私も色々と回り道をしてきちゃいました。それに誰しもが全て正しい選択を取れるわけがないです。過去も今も未来(これから)も楠さんが選んだ道が楠さんという『人間』を形作っていくんですよ」

 

楠さんはふっと小さく微笑むと私の頭に手を置いてくしゃくしゃに撫で回してきた。

 

「わ、わわ!?」

「──なるほど、それが友奈の『強さ』なのね。うん…なんだか本当の意味で胸のつっかえが取れた気がしたわ……ありがとう。貴女に会えて良かったと心から思えるわ」

「楠さん……」

「あと、私のことは名前で呼んでくれる? 私はしずくと同じように友奈と友達(そう)でありたいから」

「……! は、はいっ!! 芽吹さん」

 

添えていた手を今度はお互いに合わせる……『握手』という形で。そうしてから芽吹さんはまた小さく笑みを浮かべてからそのまま私の手を引いて再び歩き出した。

 

「だからこそ私は……私たちは友奈には『タタリ』になんか負けて欲しくない」

「芽吹さん…?」

 

そして私は彼女に連れられてこのゴールドタワーの『地下』へと連れて行かれることとなる。

 





楠芽吹は『私』を通して自分の気持ちに整理をつけることができたようです。

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