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一目惚れだったのかもしれない。涙を流させない、悲しい顔をさせたくないと強く願う原動力はそういう感情が起因していると、私は彼女と向き合って理解した。そして自覚をすればするだけこの気持ちは膨れ上がって、いっぱいになって私を満たしていく。
東郷さんが『私』を受け入れてくれて、隠す必要がなくなったおかげで肩の荷が少しだけ軽くなった。しかし自分の中で芽生えていた『恋心』を曝け出すことはまだ後にしておくことにする。大切に育んでいきたいから。
「……もう。一緒にお風呂に入りたかったのに」
「それは恥ずかしいのでダメです!」
「あら、でも髪の毛は乾かせてくれるんだ?」
「それはぁー……そのー…うん。ダメかな?」
「ううん、むしろ私の方からお願いするわ」
夕食を食べ終えて暫くした後に東郷さんが一緒にお風呂に入ろうと提案してくれたけど、私は自分の身体を見せるのに抵抗があった。パジャマで大部分は隠れているけれど、『タタリ』による刻印は腕や足にまで広がっている。見えてもいいように包帯とかで誤魔化してはいるが…。
「……そう。それで、風先輩たちにも言うことに決めたのね」
「はい、私としてもいつまでも偽り続けるのは心苦しいから。その結果、否定されても後悔はしません」
「そんなことをする人たちじゃないわ友奈ちゃん。それはあなたも分かってるでしょう?」
ドライヤーの風に吹かれる自分の髪を眺めながら東郷さんの言葉に頷いた。わかってはいるが、どうしても心のどこかで……と最悪な結果が過ぎってしまうのは私の悪い癖。そんな私を見て東郷さんの溜息が聞こえてきた。
「誰かのためを思ってそうやって抱え込む癖は……同じだね。でも私が保証してあげる。みんなは友奈ちゃんを決して見捨てたりしないから。それだけは覚えていて」
「……うん、ありがとう。東郷さんの言葉なら信じられるよ」
「そ、そう? えっと……髪の毛、また伸びたわね」
「あは、東郷さんって話逸らすの下手ですね」
「ぅ……だ、だってなんだか照れ臭くて。友奈ちゃんのせいよ」
「私は本当のこと言ってるだけだもん。私は東郷さんの全てを信じてると言っても過言ではないから」
「か、からかってるでしょ?」
「からかってません。髪の毛だって東郷さんの綺麗でサラッとした黒髪に憧れて伸ばしてるんですよ?」
「………あ、ありがとう。私も友奈ちゃんのこの髪質は好きだよ。サラサラしててとっても触り心地がいいの」
「……っ。あ、ありがとうございます」
なぜかお互いに褒めてはお礼を言い合ってしまうのがおかしくて、けれど同時に嬉しくもなってだらしなく口元を緩ませてしまうこの『恋心』というものは凄いの一言に尽きる。それにこうしているだけでも頭を撫でられているようで心地が良い。
「はい、じゃあこれでお終い」
「次は私が東郷さんの髪の毛のお手入れしてもいい?」
「ふふっ、お願いしちゃおうかな?」
「任せて!」
今度は私が彼女の後ろに回って髪に触れる。大好きな人の髪の毛。ただ触れるという行為なだけなのにどうしてこんなにも胸が高鳴ってしまうんだろうか。櫛を手に取って、その艶やかな黒髪に通していく。
「憧れるなぁ。すすーって何の抵抗もなく梳いていけるね」
「これといって気にかけているわけではないけどね。でもこうしてやってもらうのは久しぶりかも」
「ほんと? うまく出来てるかな」
「上手上手。思えば友奈ちゃんは飲み込みが早くて驚くことが多かったわね」
「あはは、バレちゃいけないって思って行動してたのでなるべく一回で覚えられるようにしてました」
「元々の性格もあるかもしれないわ。だって頑張り屋さんなところなんてそっくりだもの……ってごめんね。こんな言い方ばかりしてたらあなたに失礼よね」
「そんなことないですよ! 私も『友奈ちゃん』のことは知りたいですし、嬉しいんです。私にとって『結城友奈』は目指すところの一つなんですから────これぐらいかな」
整える程度で事足りるほど綺麗な黒髪の手入れを終える。
「さっ、今日はもう寝ちゃいましょう東郷さん。明日は部室に行くんですから寝坊できないですし」
「……そうね。ねぇ友奈ちゃん」
片付けも済ませて布団の準備もできた。後は電気を消すだけ……という所で声を掛けられて私は振り向く。そこには枕を抱きしめて顔を埋める東郷さんが立っている。そして、
「あ、あのね……一緒の布団に………寝ても、いい?」
顔を赤くした彼女は掠れるような声でそう言ってきた。
◇
冬の夜は空気が澄んでいて夜空に浮かぶ月もよく見える。一人用のシングルベッドには二人が寄り添うように身を寄せ合って体を寝かせていた。
「流石にちょっと狭いね」
「我がままいってごめんね?」
「ううん、大丈夫。東郷さんからお布団はみ出てない? もっとこっちに来た方がいいよ」
「じゃあ……もうちょっとくっついちゃおうかな」
もぞもぞと東郷さんは私の所へと身を寄せる。柔らかい感触と温もりが私の頰を僅かに染めさせた。誤魔化すようににへら、と笑えば彼女もクスリと微笑んでくれる。
「──ねぇ、友奈ちゃん。『千景殿』で何があったのか教えてもらってもいい? もし、よければだけど」
「……うん、いいよ。やっぱり気になるよね」
会話が一区切りついた所で東郷さんはゴールドタワーでの出来事について訊いてきた。一瞬話してもいいのかなと考えたが、安芸さん含めて口止めされているわけではないので、話せる範囲で話すことにした。
防人という部隊がいること。そこに私の友達がいたこと。御役目で壁の外に行ってバーテックスと戦ったことなど。
真剣な表情で耳を傾ける彼女は流石に壁の外に行ったくだりの話は顔を顰めていたけど、それ以外は静かに聞いていてくれた。
「──それでね、最後には『紡ぎの種』っていう種をもらったんだ」
「…その種の使用用途は教えてくれる?」
「えっと……それは、お守りの役目をしてくれる…のかな」
「……それって私のせい、だよね。友奈ちゃんが私を助けてくれた時に……刻まれた『タタリ』の影響を抑えるための」
「────。」
計らずとも沈黙は肯定となり、東郷さんは私の上になるように覆いかぶさる。逃げ場を失った私はせめてもと視線を泳がして合わせないようにした。
「こっちを見て、友奈ちゃん」
「ダメ、だよ東郷さん。私からは何も……言えないです」
「受け止めてあげられるって言ったでしょ? 私なら大丈夫……だってそれは本来自分が負うべき責務なんだから」
「──え?」
東郷さんは衣服に手をかけて自ら脱ぎ始めた。上だけを脱いで露わになった地肌には、私と同じ『刻印』が刻まれている。赤黒く脈動する呪いの刻印が。
「私も打ち明けないといけないから……この事は」
「……そん、な」
「あの炎の世界を経験した友奈ちゃんには分かるはず。天の神の怒りは鎮まっていないの。生贄だった私と、それを救ってくれた友奈ちゃんと一緒にこの『タタリ』は刻まれてしまっている。話そうとしたらこの『タタリ』は相手を呪う力があるから迂闊には口にできなかったよね?」
東郷さんはそのまま私の胸元に指先を這わせる。そして、チラリと私を一瞥する。
「友奈ちゃんのも見せてもらってもいい?」
「…………っ」
「脱がすよ」
「ゃ………っ、ん」
パジャマのボタンを外されて下着と、至る所に巻かれた包帯たちが露わになると東郷さんはまるで焦燥感に駆られているようだった。驚いてしまうのも無理はない。包帯でさえ隠しきれないほどの紋様が東郷さん以上に広がっているのだから。もうそろそろ隠し通すのには限界に近いほどの浸食。身体の六、七割近くの『タタリ』のソレはさぞ彼女には酷に視えたことだろう。
「なんで……どうしてここまで侵食して…!」
「……私にも分からないけど、ちょっと無理して動きすぎてたみたい……って」
苦笑を浮かべていると私の頰に水っぽいものが当たる。それが『涙』だと理解した時には上にいた東郷さんの目尻には沢山の涙が浮かび上がり、ポタポタと滴り落ちていた。
「泣いてるの東郷さん?」
「ごめん、ごめんなさい友奈ちゃん…! 私のせいでこんな……う、ぅぅ」
「……泣く必要はないよ」
「どうしてあなただけがこんな目にあわなくちゃいけないの…! こんなのって……っ、ないよ」
絶望に顔を歪める東郷さんに私は首元に腕を回してそっと胸に抱き寄せて頭を撫でてあげる。
「ひっぐ、っ、ぅ……どうして、そんなに落ち着いていられるの?」
「なんでだろうね。自分でも不思議だけど……それでも一つ言えることがあるんだ」
「…っ、なに、を……?」
赤子をあやすように、優しく、優しく撫でながら私は微笑む。
「───私は
「────っ!」
はっと、濡れた顔を上げる。
「東郷さんが私に読み聞かせてくれたんだよ? 私ね、『諦めない』って言葉が大好きなんだ。心の中でね、この言葉を叫ぶと勇気と気力が湧いてくるの。そうして頑張って最後に笑い合えたらさ、とっても幸せなことなんじゃないかな?」
「幸せ……?」
「うん、幸せ。ねぇ、東郷さん……私の『熱』は感じられる?」
「……うん」
「生きてるって実感できるよね。私もね、東郷さんの『熱』を感じられる。まだしっかりと私たちは生きてるんだよ。だったら諦めるわけにはいかないんじゃないかな?」
この『タタリ』の結末が最悪なものなのだとしても、私たちが諦めるのはまだまだ早いと思う。それを彼女にも理解してくれたら私は嬉しい。そして、少しでもそういう希望を持てるのなら、これは私以上に東郷さんには必要なものなんだ。
「──東郷さん、この『種』を使って欲しいな」
「……紡ぎの種」
「これにはね、私の背中を押してくれる人たちの優しい『願い』が込められているの」
二人で起き上がって私は枕元から種の包みを手に取って中身を取り出す。小豆ほどのサイズの種はまるでささやかな輝きを放っているかのようだった。一粒手に取った私は目を閉じて『願い』を込める。そして、彼女の手を取り、その平に種を乗せて渡した。
「私もおまじないを込めたよ。これできっと効果倍増だね」
「友奈ちゃん……いいの? これはあなたの大切な物じゃ…?」
「大切な人に使ってもらえるんだったら喜んで差し出すよ。『願い』を込めたその人たちもきっと同じことをすると思うから、遠慮しないで」
「……ありがとう。んっ───」
東郷さんは再び目尻に涙を溜めながらその種を口に含み、飲み込む。そして目を閉じて胸元に手を置いてまるで噛み締めていた。
「……どう、東郷さん?」
「──友奈ちゃん。もう一粒、貰ってもいいかな?」
「うん、いいよ。はい──」
私は二粒目を彼女に手渡す。そして私と同じように目を閉じてから再び私の元に手渡してきた。思わずキョトンとしてしまう。
「友奈ちゃんも飲んで欲しい。私も『願い』を込めてあなたに受け取ってもらいたい。生きていくために」
「……はい。ありがとう、東郷さん──んっ」
九つのうちの二つ目を私は口に含んで飲み込んだ。お互いのことを想って、二つの種は体内に宿る。目に見えての変化は見られないけれど、温かな感覚が満たされていくのがわかる。
そして私たちは倒れ込むようにベッドに横たわった。
「──大丈夫、友奈ちゃん?」
「うん。身体の中が凄くあったかい……東郷さんも平気?」
「凄い薬種ね……痛みが引いていくのがわかるわ。友奈ちゃんを支えてくれた人たちに感謝しないとね」
「うん」
良かった。東郷さんには無事に効いてきているみたい。さっきの不安に染まった表情も和らいでいるようでとても安心した。
でもこれはあくまで一時凌ぎに過ぎない。その間に根本的な治療を施さなければ解決にはならないから、これからが大事なんだ。
しかし今は、このひとときの安らぎに身を委ねていたい。肌を重ねた私たちはそのまま眠りに引き込まれていった────。
東郷さんにも『タタリ』が進行していることが判明。そして『種』の使用で症状の緩和に成功した様子。