私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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五話

 

 

 

 

放課後。私と東郷さんは『勇者部』の部室に向かっていた。

家庭科準備室、ここを部の部室として利用しているらしく楽しみでもあり少し不安もあった。

 

「…ふへー。頭が熱いよージンジンするぅ」

「ふふ、お疲れさま友奈ちゃん」

 

頭を抱えて授業中の風景を思い出す。

初めての授業、初めての勉学。これからついていくのに苦労しそうなことばかりです。

でもね、基本的な常識や途切れ途切れではあるけれど覚えている所もあって全くの最初からというわけにはならなくて本当によかった。

お昼ご飯を食べた後は結構眠たかったけど、私にとっては一秒も時間を無駄にはできないので頑張って目をこすりながらノートに書き記していった。

 

「でもえらいわね友奈ちゃん。午前も午後も授業中は寝ないで頑張っていたから」

「う、うん。休んでた分遅れを取り戻さないといけないし! …わ」

「えらいえらい…授業で分からないところがあったら遠慮なく言って。力になるから、ね?」

「ありがとう。ふへぇ〜♪」

 

言いながら東郷さんは私の頭を撫でてくれた。とっても心地よくて安心するその手にだらし無く表情を緩めてしまう。

褒めてもらえて嬉しい。とっても活力になるから大変だけど頑張っていけそうだ。

 

「……じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「ぁ……うん、そうだね」

 

ずっとやっていてもらいたいけど、そうもいかず。東郷さんの手が頭から離れていく。

たまにこうしてご褒美としてやってもらおうかな? …やってくれるかな。

そんなやり取りをしながら私たちは部室の前で立ち止まる。

学校でみんなに会うのはこれが初めてだ。気さくで優しい人たちだけどどうにも緊張してしまう。

 

「東郷美森、結城友奈。入ります!」

「こ、こんにちはー!」

「お、我らが勇者部エースがお出ましね」

「お疲れ様です。友奈先輩、東郷先輩!」

 

扉を東郷さんが開けて中に入るとこちらに気がついた風先輩と樹ちゃんが迎え入れてくれた。

変わらずにこやかに接してきてくれる彼女たちに私も安心していられる。よかった、想像していたより緊張はないみたい。

 

「…あれ? 夏凜ちゃんは?」

 

キョロキョロと見渡すが彼女の姿を今日私は見ていない。

 

「友奈ちゃん。夏凜ちゃんは今日は大赦の人に呼ばれているから学校はお休みなの」

「そうなんだ。大丈夫かな?」

「心配しなくても平気でしょ。定期報告を兼ねた身体検査らしいし、あたしたち含めて順調に回復に向かっていっているから」

「わたしの占いでも夏凜さんは大丈夫だと出ていました」

 

どうやら皆の口から出てくる言葉に倣うなら大丈夫なようです。というか樹ちゃん占いできるんだ…。

同じクラスなので余計に心配になっていたが、風先輩たちの様子を見たらこちらも安心できた。

 

「さぁて、今日の活動依頼は──いくつかあるわね」

 

風先輩がむむむ、と思案顔になって資料とにらめっこを始めた横で妹である樹ちゃんがお茶を入れてくれた。できた妹さんだなぁ…。

きっとお料理とかの家事も得意なのかもしれない。もっとよく彼女たちのことを知るためにも教えてもらうとかいいかも。

今度タイミングが合ったら話題を振ってみようかな。

 

「どうぞ友奈先輩、東郷先輩も」

「ありがとうー樹ちゃん!」

「ありがとう樹ちゃん。…うん、大分お茶淹れるの上手くなってきたわね」

「東郷先輩のおかげです〜」

「ズズー……はふぅ。おいしーよ樹ちゃん、樹ちゃんは天才だね!」

「友奈さんまでお、大袈裟ですよー」

 

照れ笑いを浮かべながら樹ちゃんも丸椅子に腰掛けて自分の分の湯のみに口をつけて飲み始める。

ちゃんと場に馴染めているかな。ちらちらと周囲の様子を伺ってみる。

 

「……? どうかしましたか? わたしの顔に何かついてます?」

「へ、あ……ううん。そんなことないよー。樹ちゃん可愛いなぁって思って」

「ふえ!? な、なに言っているんですか友奈さん! わたしからしたら友奈さんの方が可愛いですし、急にそう改めて言われるとその──恥ずかしいです」

「なになにー? 妹の可愛いところを話しているのかしら? ならこの妹マスターのあたしも是非参加してみようかしらね! ね!!」

「もうお姉ちゃん馬鹿なこと言ってないで依頼を早く選んでいこうよー」

「わ、分かってるわよー。ちょっとしたお茶目よお茶目っ!」

「あはは……東郷さん?」

 

樹ちゃんが立ち上がって風先輩の背中を押して離れていく。その最中に東郷さんの視線を感じ取った私は、彼女の方に向き直るとなにやら意味ありげな表情を浮かべていた。

言うなれば少し拗ねているような……?

 

「……友奈ちゃん私は?」

「あ、その……はい?」

 

唇を薄く尖らせて呟く東郷さんに思わず聞き返してしまう。

 

「友奈ちゃんから見て私はどうなのかなーって思ったのよ。他意はないわ」

「私から見て東郷さんはー……美人で綺麗な人!」

「え、あ、ありがとう」

「あと大好きッ! ──ぁ」

「うええっ!!? だ、大好きっ?!」

 

本心をそのまま口にしてしまったら最後に恥ずかしい事まで口にしちゃったよぉ!?

口元を押さえてしまったと思った時には東郷さんの顔色は沸騰しそうなほど真っ赤っかになっていました。

…あの表情は東郷さんも想定していなかったっぽい?

 

「まったく! 夫婦漫才していないでこっちの手伝いをして欲しいんですけど〜」

「めっ!? 夫婦(めおと)になるにはまだ早いですよ風先輩」

「あ、そこは否定しないんですね東郷先輩……」

 

樹ちゃんが乾いた笑みを浮かべながら東郷さんを落ち着かせていた。

 

(ふ、夫婦なんてー……またまだ私たちには早いというか。でもでも『わたし』に申し訳ないし……)

 

あれ、でも私は『わたし』だから結果的には問題ない?

私も顔が熱くなって両頬を押さえながらそんな事を考える。ああ、ダメだ。東郷さんの事を考えると頭がポーッとしちゃうね。いけないいけない。

雑念を振り払うように私は風先輩に訊ねた。

 

「ち、中学生でも結婚ってできますかね風先輩?」

「友奈ちゃん!?」

「ていうかなんもかんも順序がおかしいんじゃー!」

「お姉ちゃんも壊れたっ?!」

 

私の言葉にみんなが驚く。おかしいなぁー…なにか変な事でも言っちゃったのかな。

でも、部室の中はとても賑やかでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者部という部活は依頼を受けて様々なことをお手伝いして活動していく部活みたいだ。

依頼を風先輩が持ってきてみんなで、時には個別に対応していくこともあるみたいでなんだか色々と大変な部分もありそう。

 

(……頑張ろう。今の私にはそれしかないから)

 

意気込みはよくても現状は誰かについていてもらわないといけない。車椅子だし、なにより勝手が分からないから。

風先輩は私を気遣ってくれて今日は東郷さんと一緒に活動を共にする。

 

「──そう、手元はこの位置に置いておくと指先が覚えやすいわ」

「こ、こう?」

「ええ。そうしたらこの文字表を作っておいたからこれを見ながらゆっくりでいいから打ち込んでみて」

「は、はいっ! えっとー…Aは『あ』で────」

 

ぷるぷるとなれない手つきで一つ一つ打ち込んでいく。簡単な五十音順に打ち込む練習。基礎中の基礎を私は今東郷さんに教えてもらっている。

場所は引き続き部室にて。先輩と樹ちゃんは別行動で他の依頼をこなしている中で、私は東郷さんの横でノートパソコンを借りてやり方を学んでいた。

 

「…わー! 東郷さん打つの凄く速いっ!」

「慣れかな。友奈ちゃんも練習すればすぐに同じように出来るようになるよ」

「カッコいいなぁー♪」

「そう手放しに褒められると照れちゃうわ。ほら、続きをやっていって」

「う、うん…っ!」

 

よ、よーし。流石にあんなカタタターンッ! とまではいかないけどカタカタぐらいまでは出来るようにしていこう。

 

「あ、い、う、え、えっと……お。けーえーで…か。けーあいで、き」

「くすっ……呟きながら打ってる友奈ちゃん可愛い♪」

「あ、間違えた──すー。せーー……そ〜ぉ?」

「ふふ。仕事が捗るわね」

 

ニコニコと上機嫌に東郷さんは依頼である書類作成に励んでいた。

ちらりと視界の隅に映った彼女の手元は残像が見える程とても速くてスゴカッタ!

 

「でも驚いた。友奈ちゃんがパソコンの操作を覚えたいなんて言うとは思わなかったから」

「…東郷さんに少しでも近づきたいから。あとこういう依頼の時にちょっとでも負担を減らせたらいいかなぁって」

「その気持ちだけでも嬉しいのに。ありがとう友奈ちゃん────むっ、人差し指打ちになっているわよ友奈ちゃん。手元は最初に教えた位置に戻すことっ!」

「は、はいぃ!」

 

こうやって物事を教えてもらう時の東郷さんは少し厳しく指導がきます。びっくりしちゃうけど、キリッとした東郷さんも素敵だなと彼女の一面を見ることができてすごく嬉しかったりする。

仕事はほとんど全部東郷さんにやってもらっているけれど、いずれは肩を並べて依頼をこなせるようにしていきたいです。

 

 




『結城友奈』である『私』は東郷さんからパソコン操作を習い始める←new

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