クリスマスパーティーを終えて年の終わりが近づいてきた頃。夏凜の元に一通のメールが届いて……?
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十二月三十日、今年も残すところあと僅か。振り返れば早いなって思う。勇者部の活動は先週で既に終わっており、後は年明けまで休みであるが私の日々の過ごし方は特に変わることはなかった。
「──はっ、は……はっ」
リズムよく、テンポを崩さずに私は早朝のランニングを行なっている。運動をする、鍛錬をすることは最早私という人間を形作る一つであると言っても過言ではないが、まぁいつも通りのコースをいつも通りに走っていた。
「…………、」
冬の天気のいい朝は澄んだ空気が心地よい。吐く息は白く、寒くはあるが、一度動き始めればそれも気にならずいつものペースが出来上がる。数ヶ月前におきた『散華』の影響による身体の機能不全も殆ど気にならない程度に回復を果たしていた。
「──少し休憩、っと。ふぅ……」
ある程度納得のいく距離を走ったところで私は一度足を止めた。運動には適度な休憩も必要なので、兼ねて私は堤防から海を眺める。海風が頰を撫で、風がまた気持ちいい。私は携帯していた飲料を煽るように喉へ流し込む。
「……ほんと、この前までの戦いが嘘みたい」
私たちの『戦い』は一般人には認知されていない。いや……大赦が『御役目』と称して情報を流している部分もあるけれど、人々はあの『地獄の光景』を知る由もないだろう。それでも戦い抜いて得た私たちの日常はこうして今も続いている。
────それが未だ仮初めのものだとしても。
「…………友奈」
御役目の方もそうだが私が最近一番に気にしていることは、『彼女』についてである。結城友奈。私が勇者部に配属になり、苦楽を共にしてきた『仲間』であり、『私』を変えてくれた人。あの時の私は素直じゃなくて突っぱねたことも多かったはずなのに、それでも絶えず笑顔で手を差し伸べてくれた人。
そんな彼女がつい先日、明かしてくれた『真実』に私は驚かされたっけか。
(……私は『結城友奈』じゃない、か)
今の彼女の中には『結城友奈』ではない、別の『人格』が入っているということを聞かされた。本人から直接。カタチとして、目に見えるものでない以上は最初は信じられなかったけれど、よくよく言われてみれば……と同時に思った。その時までの行動の節々に『結城友奈』らしからぬものがぼんやりと感じ取れていたのを思い出していたからだ。
「……うまくできたかしらね?」
まぁ今更考えるまでもなく、お互いの関係性からすればそれは要らない心配事なのは事実で。
昔に差し伸べてくれた手を、今度は私から差し伸べた。ただ言葉にすればそれだけ。でもそれは私にとって大きなことなのは理解できて……本当はもっと色々と気の利いた言葉を巡らせていたはずだけど、あの時は自然と唇がそう動いてくれたのだ。不安に塗られたあの表情を見て、私はこう言わずにはいられなかった。
────私と、友達になってくれる?
やっぱり『結城友奈』は……ううん、もう一人の『友奈』にせよ彼女たちには笑顔が似合うと私は思ったのかもしれない。この感覚は間違っていなくて、彼女が笑顔になれば勇者部全体が明るくなるのを肌で感じ取れた。そのあたりはどちらも共通してるなぁと考えて私は小さく笑みを浮かべた。
「……そういえば、友奈って写真撮るの好きよね」
端末を操作して写真のフォルダを開いてみると、何もなかった昔と比べてその量は何倍のものとなっていた。『結城友奈』にしてもそうだが、彼女は何かと写真を撮りたがるようだ。クリスマスパーティーの時だってツーショットをせがまれたのは一回や二回ではない。ま、まぁ嫌じゃないからそれはいいとして、私の写真フォルダには友奈と一緒に撮った写真でいっぱいになっていた。フリック操作をしながら過去を振り返る。
思い出を作る────という行為に対して彼女は何かと熱心にしているような印象を受けた……と同時に彼女の目的が頭に過ぎる。
────『私』は『結城ちゃん』を取り戻したいと思ってます。
部室の中でこう話した彼女。その意味を私はどう捉えたのだろう。もちろん私を含めて全員『結城友奈』には戻れるなら戻ってきて欲しいと考えているし、その方法があるのならばそれを実行していきたいとも考えている。だが……しかし、もしその方法をあったとして、実行に移したその時に………、
────彼女は……今の『友奈』はどうなってしまうのだろうかと思わずにはいられなかった。
「………。」
きっとこの『思考』については、いつも彼女の隣にいる東郷を含めてまず疑問に感じるところだと思う。『真実』を知った今から振り返れば、彼女は『結城友奈』であろうと奮闘してきたはずだ。その苦労は想像以上のものだろうと予想できる。
そもそも『人格』が二人分あるというのはどういう感覚なのだろうか。『二重人格』という言葉があることは知っている。実際にその人に出会ったことはないけれど、確か一つの『人格』が表出している間はもう一つの『人格』は裏に潜む……みたいな小話を聞いたことがある。
「(だったらそこを何らかの方法を用いて反転させられれば、『結城友奈』の人格は表に出てくる……のか? いや、でもそれ以前に──)」
────それ以前になぜ『友奈』の『人格』は二つに分かたれたのだろうか?
海を眺めつつ思考を巡らせていると、不意に手に持つ端末が震え出した。一旦思考を中断させて私は端末の画面に目を向ける。こんな朝方から誰からの連絡なのか。
『本日、大赦本庁に出向してください。定期報告及び指名勇者様の健康診断を行うため。詳細は下記にて────』
私が大赦へ報告をする際に使用するアドレス。冒頭の文面、送信内容に顔を顰めた。
「……この時期に?」
違和感を覚える。年末にやるのもそうだが、
────結城友奈、東郷美森の二人……そして私だった。
◇
朝の運動も終わって帰宅して、シャワーを浴びて諸々支度を整え終わる頃には外で人の気配を感じとることができた。窓の外を見てみれば白塗りの車が傍に停車しており、側面の印から所有者は『大赦』のものだとすぐに理解できる。
「──今度は何をするつもりなの?」
度重なる組織への不信感に私は警戒心を高めていた。勇者に対する情報隠蔽から始まる数々の不信行為。そして今度はあの二人を連れてこいと来た。あの様子から『大赦』は友奈の現状を理解しているだろうと当たりをつける。
「(警戒のしすぎ? いや……でもとりあえずは行くしかないけど)」
不信感は拭えない。が、ここに至るまでに私は『大赦』の重鎮たる『乃木』に連絡をつけていたので一先ずは指示通りに動くことにした。
『にぼっしーはゆっちーとわっしーの側に居てあげてほしいな』
『園子は来れないの?』
『行きたいのは山々なんだけど、生憎と年末は立て込んじゃっててね〜。この時期はもー大変タイヘン! アポを取るので精いっぱいだった』
『それはお疲れ様ね。分かった。二人のことは任せて頂戴』
『よろしくねー』
まぁこんな感じに。園子が一枚噛んでいるのならば大丈夫であろうと信じたい。
「……この際だから、あっちに色々問い詰めるのもありかもね」
『結城友奈』の事情を知っていたとするならば、アイツらは
ふつふつと怒りがこみ上げ、いつだかの風のように大赦に殴り込みをかけかねないので、そうなる前にはあちらからアクションがきたのは丁度良かったのかもしれない。
身支度を整えて私は家から出て行く。
マンションから出てすぐに大赦の職員が数名私を迎え入れてくれる。全員『面』を付けているので表情は窺えないが、その内の一人に車のドアを開けられて入るように促される。
私も初めてではないのでそのまま車内に乗り込むと、先客が既に乗っていた。
「おはよう夏凜ちゃん」
「おはよ東郷……友奈は?」
挨拶を交わし、もう一人の反応がないので訊ねる。すると東郷は視線を反対側に向けて声量を落としながら、
「(ちょっとまだ眠かったみたいで今は寝ちゃってるわ)」
「(あー……夜更かししたとか?)」
「(ううん。色々とあってね……この子無理してでも頑張っちゃう子だから)」
そう言う東郷の肩を枕に友奈が目を閉じて寝ていた。心なしか疲労が溜まっているような感じがしなくもないが…。
車が発進し、車内が少し揺れて小さく呻き声を上げる友奈の頭を東郷は優しく撫でている。そうして落ち着かせて彼女は小さく微笑んだ。
「……なら向こうに着くまでそのままにしといたほうが良さそうね」
「ありがとう夏凜ちゃん。ところで今日の本題について聞きたいんだけど」
「んー。実は正直言って私も詳細は分からない。連絡の通りなら報告と身体検査になるんだけど……」
「……少し、不安になるわ。ここの人たちは詳しく話してくれないし、最初は断ろうとしたもの」
「大赦の中でも全ての情報が共有されているとは限らないから。特に私たち『勇者』のことを詳細に把握してるなんて上の連中ぐらいだろうし、今ここで問いただしたところで進展するわけでもなし……どのみち私たちは納得がいかないけど」
「先輩たちにも連絡しておいた方がいいかな?」
「一応園子には連絡しといたわ。今日のことは知ってる──というよりかはむしろ行くようにって口ぶりだったわね」
「そうなんだ。そのっちが関わってるなら……私よりもゆうちゃんに何かあったらって思ってたから少し安心した」
……ゆうちゃん?
「えと、東郷……ゆうちゃんって?」
「………ぁ」
「もしかして友奈のこと? 呼び方変えたんだ? ふーん」
私の言葉に僅かに頰を染めて照れている様子の東郷がそこにいた。中々彼女とはこういう立場になることがないので新鮮味に溢れるが、同時に少しだけモヤっとする感覚が襲いかかってくる。
「また更に仲が良くなったって感じ? クリスマスの時にはいつも通りだったわよね」
「…パーティーが終わった後にちょっと、ね?」
「…………ふぅん。ま、後で弄るのは風たちの役目だろうし、私は深くツッコまないでおいてあげるわ」
「あ、あはは」
東郷は悟ったのか今度は乾いた笑みを浮かべていた。それも織り込み済みなのは本人が一番良く分かっているだろうし、私は深入りしないでおくことにする。……ちょっと気になるのは確かだけども。
見れば友奈のかけている眼鏡も新調してるみたいだし、タイミング的にはその時からか。
「……はむ。東郷も食べる?」
「…いただきます」
私はモヤモヤをかき消すように、常備しているにぼしを一つ口にする。隣に座る東郷にも一つお裾分けして二人でパリポリとにぼしを食べていく。
その間も友奈は相変わらず静かに寝続けていた────。
夏凜視点で続きます。