私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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遅くなりました。


五十六話 ※夏凜視点

◾️

 

────

───

──

 

『到着致しました』

 

 

送迎の大赦職員の声と共に車のドアを開けてくれる。私はそれに従って外に出てから座り続けていた体をほぐすように伸ばす。あまり乗ることのない車に加えてそれなりの移動時間を有したためにパキポキと音が鳴った。さていくか、と移動しようとしたが二人が一向に車から出てこないことに疑問を抱く。

 

「どうしたの東郷?」

「ごめんね夏凜ちゃん。ゆうちゃんがちょっと眠りが深いみたいで中々起きないの……」

「そうなの? 友奈ー、着いたわよ起きなさい」

「…………。」

「おーい」

 

二人して呼びかけ、身体を揺するが目を覚ますことがない。確かに眠りが深いみたいだが本当にそれだけだろうか。

 

『──医務室にお運び致しましょうか?』

「……えっと。え? 夏凜ちゃん?」

「運ぶ必要はないわよ、私がおぶっていくから。東郷、車から出すの手伝って」

「え、ええ」

 

近寄る大赦の人間を制し、東郷に手伝ってもらいながら私の背中に友奈を乗せる。軽いな。ちゃんと食べているのだろうか。

 

「…よっと。それじゃあ行きましょ」

「ありがとう夏凜ちゃん。疲れたら交代するわ」

「いいわよ別に」

 

鍛錬に比べればなんて事のないことだ、と東郷に言うと小さく笑われた…………しかしこうして誰かをおぶるなんて初めての経験だが中々悪くない気がする。それが私にとって大切な友達だからだろうか。

 

『それでは、こちらへ』

 

大赦の人間もそれ以上は踏み込まずに私たちを案内する。これから踏み入る場所は大赦の本庁────何度か訪れているはずなのに今は懐疑心が胸の中を渦巻いていた。

 

「……ねぇ、裏から入るの?」

『はい。そうするようにと仰せつかっておりますので』

「…それは何かやましいことがあるってことかしら?」

『私にはお答え致しかねます』

 

大赦の言葉に東郷も顔を顰めていた。あまり気持ちの良い歓迎のされ方ではない気がする。腹の内が探れない以上は憶測でしかないけどね。東郷も追求するのは無駄だと感じたのか口を噤んで案内に従う。

 

館内は人の気配が少なく感じた。年末というのも関係があるのかもしれないが、目的地まで誰ともすれ違わないのは意図的に避けている節が見受けられる。そうして進んだ先のフロアの隅の扉の前で歩みを止めた。

 

『こちらでお待ちしております。どうぞ中へ』

「…行きましょうか東郷」

「うん」

 

両手が塞がっている私に変わって東郷が扉にノックすると少しして『どうぞ』と声が返ってきた。室内に入ると外とは異なる場の空気感が私たちを包んだ。

背格好からして一人の男性が奥の窓辺に立っている。顔はここでは共通の『面』を付けてその素顔は隠されていた。

 

『お待ちしておりました勇者様。本日はご足労いただき感謝致します』

 

丁重に頭を下げるその男は何処かで聴いたことのある声だった。そういえばこの本庁には確か──。

 

だが私の思考を遮るように、隣にいた東郷が一歩前に出た。

 

「──単刀直入に訊きます。また私たちに……友奈ちゃんに無茶なことをさせようとしているんですか?」

 

真っ向から迎え討つ勢いで彼女は口火を切る。私もその言葉を聞いてはっと我にかえり続く勢いに乗らせてもらう。

 

「アンタたち『大赦』に恩を感じてる部分もあるけど、それ以上に最近の対応には私も疑問を抱かざるをえないわ。こうして呼び出したのも何か裏があるんじゃないかって」

『……そうですね。確かに近頃の私たちの一連の行いには勇者様方を不安にさせてしまうことがあったかもしれません』

 

返ってきた言葉はまさかの肯定だった。その言葉に東郷は目を見開き今にも掴みかかりそうだったので私が遮るように体を運ばせる。

 

「──夏凜ちゃん…?」

「まぁ落ち着きなさい東郷。争いをしにきたんじゃないでしょ?」

「……ごめんなさい」

「東郷は友奈の隣に居てあげなさい……そこのソファー借りるわよ」

『どうぞ』

 

どうあれこの一室の主たる男に許可をもらい、応接用のソファーに友奈を降ろした。すぐに東郷も友奈の隣に腰をかけると、自分の膝を枕代わりにして友奈の頭をそこに寝かせる。少し身動ぎをする彼女の髪を梳くように撫でて落ち着かせていた。相変わらず友奈関連は素早いなこの人。

 

「色々と話をしたいんだけど、いい?」

『はい。園子様からきちんと話をするように言われておりますので』

「……そう。じゃあ友奈のことについて、大赦は把握していたの?」

 

今はいない結城友奈と今ここにいる友奈の存在。事情をどの程度知っていたのか詰めておきたかった。

男は少し間をおいて、

 

『私たち大赦は神樹様の神託を経由して結城友奈様の現在の状態を知ることができました。それ以前はお二人、そして他の勇者様方と状況は同じだったと思われます──結城友奈様の肉体に異なる精神が宿っているという事実を』

「私たちは最近知ったわ。東郷はもっと前から知っていたみたいだけど」

「私も確信が持てたのはここ最近だったよ。違和感はゆうちゃんが目覚めて少ししてから感じていたけれど…」

「この状況はやっぱり『満開』が影響してるの?」

 

今は機能を変えて運用されている勇者の切り札たる『満開』。以前は身体機能を『供物』として捧げて力を得ていたが、その影響は私たちを苦しめてきたものの一つだ。そのせいで一時期はすれ違いが起きてしまったこともある。

 

『正確に言えば満開を使用した後の「散華」によるものですね。報告によれば結城友奈様は必要以上の力を酷使したとのことですが、それも要因の一つになっているはずです』

 

男の言うことに私は心当たりがある。自分も以前に東郷を助けようとした際に連続で使用した『満開』の経験があるから。あの時は無我夢中で力を行使していたけど、たった数回であの身体機能のもっていかれ方は確かに異常だったのかもしれない。私でさえあのザマだ。あの時より更なる危機的状況を打破するべく使用した友奈の『満開』の影響といったら……。

 

「…無理な力の使用には相応の代償があったってこと?」

『その辺りは神樹様の裁量によると思われますが、間違いはないかと。当時の検査では左脚の異常以外は発見することが出来なかった所を考えるに恐らくニ度目の「散華」の影響でしょうね。「供物」として彼女の──』

「──待ってください。供物として捧げたものはちゃんと返ってきましたはずではないんですか? 私の『両脚』と『記憶』だって元と変わりなくここにあります。でもその言い方だとまるで……まるで…っ!」

 

その先の言葉を吐き出すことが出来ずに唇を噛む東郷。そう、返ってきたはずなんだ。私の両眼、両耳、片脚だってそうだ。風の片眼も、樹の声だって……。友奈だって本来そのはずなんだ。

 

『…当初の私たちもその見解でした。ですが結城友奈様の容態を知った時に私たちはその答えに辿り着いてしまったのです────「供物」として捧げたそれらは神樹様より代替品(、、、)として授けられたものだということを』

「────。」

 

私と東郷は言葉を失う。一度『供物』として捧げたものは同じものが返ってくることがない。私たちがすぐに回復せずにリハビリを有したのもそのためだった。身体に新しい『肉体』と『精神』を馴染ませるため、以前のものと同程度の機能を取り戻せるように神樹様が用意した代替品なんだと男は言っていた。

 

────それを聞いて私はいつの間にか、無意識のうちに目の前の男の胸ぐらに掴みかかっていた。

 

「……なんで」

 

────なんで友奈ばっかりこんな目にあってしまうのか。

 

自分たちの身体のことよりもまずそのことが頭をよぎる。『結城友奈』という少女の精神は神樹様の『供物』として捧げられてしまったというのか……。嫌だ、信じられない。信じたくない。

 

握る拳に力が篭る。どうしようもない怒りやら悲しみやらの感情が渦巻いてどう吐き出していいものか分からない。例え目の前の男をどうにかしたとしてもそれは変わらないだろう。男も私に掴み掛かかられているのに微動だにしない。まるで最初からこうなることが判っていたかのように、私の行動に身を委ねていた。

 

だから余計に何もできない自分に嫌気が差す。するすると力が抜けて数歩後ろに下がり、壁際に寄り掛かった。

熱くなっていた頭も急速に冷えていく。はは、これじゃあ東郷のこと言えた義理じゃないわね。

 

「……夏凜ちゃん」

「…ダメね私。もっとうまくやれたんじゃないかって…完成型勇者なんて息巻いても世界どころか……友達一人救えやしない」

「そんなことない。夏凜ちゃんは何度も私達を……友奈ちゃんを助けてくれたよ。ゆうちゃんにだって一番に手を差し伸べてくれた。ゆうちゃんも喜んでたよ? 感謝してもしきれないぐらいに」

「だけど……っ!」

 

それは『結城友奈』が教えてくれたことだから。私からすれば彼女の行動を見様見真似でやっているにすぎない。戦うこと以外は世間知らずな私にいつも手を差し伸べてくれた人。その気持ちに応えるために今度は私から『友奈』に歩み寄ろうとしてみた。でも私は彼女の抱えている問題に気がつけずに、傷つけてきてしまったこともあったと思う。その点で言えば事情を知っている東郷が羨ましかった。

 

『──ただ…』

 

重い空気を裂くように、暫く沈黙していた男はポツリと呟いた。

 

『…結城友奈様については例外やもしれません』

「…どういうこと?」

『大赦側の観点からしても彼女は神樹様に見初められています。適正値が高いのも一因とされているでしょう。これは個人的な意見ですが、そんな逸材を神であれ何であれ、簡単に手放すことはしないと私は考えます』

「……それはつまり、何らかの形で友奈ちゃんの『精神』を供物としてでなく『保護』しているということですか?」

『可能性としては。ただ確証はありませんのであくまで一意見として聞いていただければと』

「────私もね、そう思います」

 

続くように東郷の方から別の声が聞こえてきた。私は驚いてそちらを見ると、東郷の膝の上で今まで寝ていた友奈がゆっくりとだが起き上がっていた。でもどこか目は虚で気怠そうに見える。

 

「ゆうちゃん……起きて平気?」

「うん、ありがとう美森さん……ちょっと肩借りてもいいかな?」

「いいよ。おいで」

「友奈……あんた」

「夏凜ちゃん──私ね、結城ちゃんは神樹様の所にいると思うの」

「……どうしてそう思うの?」

「えっと……感覚的なものが強いんだけど…『気配』みたいのを最近感じ取れるんだ。そのー…うまく説明できないけど、ぽやーって」

「気配……」

 

それがどういうものなのかはよく分からない。でも『結城友奈』の中にいる『友奈』だからこそ何か通じるものがあるか。

 

「……それを確かめるためにも私は今日ここに来たんだよ。そのっちさんにお願いして取り次いでもらって…」

『はい、園子様から伺っております。そのことも兼ねて私の方からも伝えなければならないことがあります』

 

男は一拍置いて、

 

 

『────神樹様の寿命が近づいております』

 

 

そう私たちに告げてきた────。

 

 

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