私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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章ラスト


五十七話 ※夏凜視点

◾️

 

 

『────神樹様の寿命が近づいております』

 

 

目の前の男はそう告げた。私は一瞬何を言っているんだと顔をしかめるが東郷も同じ様子になっているのを見るに突拍子もない事だというのは理解できた。

 

そんな私達とは別に、友奈だけはどこか思うことがあるような表情を浮かべていた。

 

「……何度か外の世界に出ることがありましたけど、あの御姿は本来の形ではないんですね」

『この四国に恵みをもたらしてくれる神樹様は数百年もの間「天の神」からの侵攻を防いでいました。しかし度重なる年月と戦いの果てに今やその神力は衰え始め、とうに看過出来ない事態にまで陥っています』

「…もし、神樹様の寿命が来てしまったら?」

『たちまち結界は解かれ、「天の神」含めバーテックスたちが侵攻を開始するでしょうね。その時点で私たち人類の存亡が決まることになるしょう』

「……そんな。じゃあ私とゆうちゃんにはどのみち時間が…」

 

東郷から聞き慣れない情報が漏れるが私も私でまるで現実味のない真実にどう反応していいか分からないでいた。

友奈の事をどうにかしてあげたい。だけど、それと同時に『神樹様』の寿命が、『天の神』の侵攻が迫ってきている。両挟みともいえる状況に私の心は立ち尽くしてしまう。でも、それでも何かをしなければいけない。

 

「…ねぇ、なにか手立てはないの? バーテックスたちならまだ対処できても『天の神』──神そのものが相手になったら今の私たちでどうにかできる?」

『……大赦内でも意見は割れています。このまま滅びを待つならばこちらから手を打つか、神の審判として滅びを受け入れるべきか……あるいは……神樹様…神の眷属になるか』

「…………。」

 

良い提案とは言えないそれらは大人たちの都合も多分に含まれているのだろう。『人類』を救うためなら『少数』を切り捨てる──この場合は私たち『勇者』となるだろうけど、謂わば生贄になれと言われているようなものだ。以前の『切り札』の時と同様に。

 

「言っておくけど、私は滅びを受け入れるなんてことはできない。それはみんなだって同じよ。だったら正面切って戦ってやるわ」

『……現状、後者の意見が多数を占めていても?』

「ええ」

「……あの、神の眷属ってどういうものなんですか?」

『神の眷属となれば人類は神と共に在り続けることが可能になります。「天の神」が向けている人類の根絶に対してその効果は発揮され、侵攻を止めることが叶いましょう』

「…それって、人類は『人』として生きてるって言える状態なんですか?」

『………少なくとも、滅びを回避することは可能です』

 

一番安全に、確実に滅亡を回避できるのは『神の眷属』になることだそうだ。大赦の一部の人間も神に近づけると考えて賛同している輩も多いらしい。その言葉を聞いて東郷の肩が震える。

 

「あなたたちは……っ、それだと過去に戦ってきた人たちはどうなるんですか! 今日まで『未来』のために力を尽くしてきてくれた人たちの想いは──願いが全部無駄になってしまうんですよ!! 銀だって──そんな結末を迎えるために命を賭してきたんじゃない!」

「美森さん……」

「ゆうちゃんだって生まれたばかりで右も左も分からないのに私やみんなのためを思って頑張ってきたんです。一個人として、人として生きようとしているんですよ! それを大人たちであるあなた方が先に諦めてどうするんですか……!」

 

絞り出すように吐露される東郷の声が室内に響き渡る。その目元には薄らと涙を浮かべて……。この時に私は初めて彼女の心の声を聞いた気がした。熱意を当てられて心臓が強く脈打つ。そうだ。私が友奈に感じたことはこれだったんだ。あの入院していた時からまだ一年も経っていない彼女はどれだけ不安だったんだろうか。『自分』を隠して『結城友奈』として過ごしてきた日々は決して良いことばかりではなかったはずだ。辛いこともあったはずだ。いや、むしろ辛いことの方が多かったのかもしれない。だけど友奈は『結城友奈』と同じように真っ直ぐ諦めずに進んで……でもみんなの前では笑顔で居て、見えないところでボロボロになって、それでも尚諦めることなくここまでやってきたんだ。

 

────そんな彼女を支えてあげなくてどうする。

 

「ありがとう美森さん。私のためにそこまで想ってくれて……私もね、諦めたくはないかな。神樹様の寿命の件もそうだけど結城ちゃんのことだって……あの、神様の眷属になるっていうことは何か『儀式』をやったりするんですか?」

『ええ、その様子ですとこちらの事情をある程度把握しておりそうですね』

「……あは。少し前に『調べ物』した時にちょっと。『組織』って大変なんですね、派閥というかそういうのよく分かんないですけど…」

『そちらの件についてはお恥ずかしい限りです──それで『儀式』というのは……適正値の高い結城様に『神婚』をしていただくということです』

「神…婚?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

東郷の肩に頭を乗せた友奈が疑問符を浮かべる中、空気をガラリと変えた東郷の焦り声が耳に届く。

 

「神婚ってつまり……ゆうちゃんが結婚するってこと!? ど、どういうつもりなの大赦はっ! ゆうちゃんはまだ中学生なんですよ──ッ?!」

「へっ? そっち?? あれ、美森さん??」

『…………あくまで人が神性に近づくという行為の総称としてそう呼ばれているわけですので実際には──」

「ダメよ! ゆうちゃんは誰にも渡さないわ。例えそれが神様であってもよ──っ! それなら私は神に叛逆するわ」

「むぐ……く、苦しいよ美森さん…えへへ」

「はぁ〜……また始まったか」

 

前科がある分、東郷は本当にやりかねないのが笑えない。

癇癪というか、東郷の友奈に対する『いつもの』が始まる。てか、さっきまでの空気はどこにいった……? 目の前の男も面食らってるじゃない……いや、別にギャグを言ったつもりはないけども。

 

園子とは違うマイペースさを発揮し始めたところでタイミングよく出入り口の扉がノックされる。

 

『──失礼します。検査の準備が整いましたのでお迎いに上がりました』

『ありがとうございます。では、一度御二方には検査を受けてもらいますので』

「……え、ぁ、検査は本当だったのね」

「いや待ってください。まだ話は途中で──」

「み、美森さん、大丈夫だから先に行こうよ。後のお話は夏凜ちゃんが聞いておいてくれるから、ね?」

「ああうん、そうね。任せて行ってきなさいよ」

 

てっきり口実に使うためかと思いきや本当に検査をするとは私も思っていなかったのでそこは驚いた。嫌々する東郷を友奈が宥めて最終的には折れて後から来た大赦職員と共に部屋を後にする。そうして残った私は一つため息を吐いて男と向き直った。

 

「……で。そろそろいいんじゃないの? 『面』を外したって」

『──といいますと?』

「最初はマジでわかんなかったけど、よくよく考えてみればアイツってここで働いてたなぁって思っただけ。あと声」

『……なるほどね。バレないかと思ってたけどそこは兄妹(、、)だからこそなのかな?』

「…………まぁ、そんなとこ。兄貴(、、)

 

私は目の前の男のことを『兄貴』と呼んだ。三好春信。歳はそれなりに離れている彼は大赦内でも相当なポジションに位置しているのは知っている。こうして対面するのはいつぶりだろうか……と言えるほど兄貴とは会っていなかった。

 

『悪いね。公務中だから面を取るのは勘弁してほしい』

「そ、そうなの? えと…その、ひ……久しぶりじゃない」

『一年以上は経ってるね。うん──元気な姿を見て安心した』

「………ま、まぁ? 私の健康状態なんて逐一大赦に報告してるんだから兄貴も目を通す機会はあったでしょ?」

『数値上だけでなく、こうして実際に目にするとまた違って見えたりするんだよ。そうだね……こうして会えたのは園子様と友奈様のお陰ってことになるかな』

「園子と友奈が……?」

 

園子は分かるとしても友奈はなんでだろうか。

 

『……と、話を弾ませるのも程々にしようか。話の腰が折れてもいけないし、御二人が居ないうちに話しておかないといけないことがあるからね』

「それって友奈のこと…?」

『うん。そこで先程の話の続きになるんだけど……なぜ大赦が友奈様に神婚の儀を行って欲しいかという理由について』

「理由……って友奈が適正値が高いからじゃないの?」

 

たしかそう言っていたはずだ。勇者としての適性は私や園子以上のものを秘めている友奈だからこそ『儀式』に適していると今しがた兄貴から聞いている。それ以外の理由なんて……。

 

『実はもう一つ……夏凜たちからすればこちらの方が重要なことになるかな。心して聞いて欲しい』

「……なに?」

 

兄貴の纏う雰囲気が真面目なものになって自然と気が引き締まる。

そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──友奈様は……もう長くは持たないかもしれない。この事実をキミに知らせたかった』

「────────…………なっ、なん…」

 

兄貴の口から聞かされたその一言に私は絶句するしかなかった。

 

『友奈様は天の神に呪われている(、、、、、、)──いや、「祟られている」とも言うべきか。とにかく彼女の肉体と精神は今もなお蝕まれ続けている』

「う、嘘でしょ? だ、だって友奈は……え??」

『急に言われても飲み込めないのは分かってる。しかしもう時間がないんだ彼女には……世界がどうこう以前にこのままだとあの子は春を迎えられずに命を落としてしまう。大赦としても全力でサポートはしているけど、神そのものから祟られるその神力はとてつもなくてね……正直今ああやって動けているのが不思議なぐらいなんだ』

「ちょ、ちょっと待ってよ……」

 

矢継ぎ早に告げられる残酷な真実に、私は呼吸もうまくまとまらずに視点がぶれる。意味がわからない。友奈が死ぬ? それは一体なんの冗談なんだと言いたい。でも言葉が口から出てこない。

 

ふらふらとよろめきながら私はソファーに座り込んで視線を下に落とした。

 

「……ねぇ、そのことを知っているのは私だけ?」

『園子様と友奈様には話をしてる。東郷様にはまだ、犬吠埼様たちにも』

「でしょうね。だとしたらあんな調子じゃないもの」

『それでも恐らく東郷様は勘付いてはいると僕は思う』

「どういうこと……?」

『彼女自身も天の神による「祟り」をその身に受けているからね。浸食具合は友奈様に比べて軽度であるけれども』

「…………。」

 

東郷も、か…………だとしたらこの前の彼女を救出しに行った時からか。それを聞いて色々と繋がった気がする。友奈の今までの挙動、隠し事。それらは全て意味があって、しかし彼女を封じ込めて蝕む楔になっていたのだ。唯一の救いだったのが同じ境遇を持った東郷が隣に居てくれていたことか。きっと一人で『祟り』と闘っていたら精神も追い込まれて碌に『相談』も出来ない状況になっていただろう。

 

『祟りにはその呪いを伝播させる力があってね。本人たちの口からはそれについて第三者に話すことが出来ない。もし話してしまえば同じ祟りがその者を蝕むことになってしまうから』

「……確かに何かを隠していた素振りはしていたけど。そんなことだとは思わなかったわ……でも、それでも話をしてもらいたかったけど…」

 

肌を隠しているあの包帯もその措置をしているためか。当人以外から『祟り』の情報を聞き出すのは平気らしく、確かにその時に現れる『刻印』は私には現れていない。

 

『──夏凜、もう一度言うけど僕の所属する大赦側としては彼女には神婚の儀を執り行なうつもりでいる。もちろん本人の返答を聞いてから、となるけれども』

「……それでも、有事の際には無理やりにでもやるつもりなんでしょ?」

「否定はできない。そうなっては僕の一存ではどうしようもなくなる。でもキミは違う」

「……え?」

 

兄貴の言葉に私は顔を上げると、いつの間にか『面』は外されていてその素顔が露わになっていた。懐かしくも感じるその顔はどこか疲れを感じさせていて、けれどその表情は私も初めてみるほどに真剣味を帯びていた。

 

「大人たちでないキミたちならまだ如何様にも動くことができる。今まで大人たちは未来ある子供たちを(てい)のいい理由をつけて動かしてきた。私利私欲のために呑まれた子もいただろう──でも僕はもうそういうのに誰も振り回されて欲しくないと考えている」

「……兄貴」

「世界のことを考えなくちゃいけないのはよく分かる。でも、僕個人としてはキミは……キミたちには自分で選んで欲しいんだ。自分たちの『未来』を選択して。本来、大人たちはそういうもののために頑張らなくちゃならないんだけど……どうしても道が違ってきちゃうのが人間の愚かな所なのかもしれないね」

 

人は歳を取れば取るほど何かに縛られ、未来の道筋を自らに狭めてしまう。それが人の歩みの一つであり、間違いでもあり、また正しくもあると兄貴は云う。

 

『選択』をしろ、と。己の道は己が示せと兄貴は私に言った。例え今までが後悔に濡れようと、それを覆すほどの『良い選択』をしろと。

 

「──夏凜」

 

だから兄貴は私に問う。

 

「僕たちには出来なかったキミの「選択」を、キミの想い描く「未来」を教えて欲しい。僕はそれに応えるために動くから」

 

遠い存在だった。何でも卒なくこなす兄に憧れたところは数え切れない。それと同じぐらい羨んだ。でも今はこうして私の前に来て並んでいくことを選んでくれた。

 

これも『選択』。だったら私は、

 

 

「────兄貴、私は」

 

 

────私の『選択』は……。

 

 




男の正体は夏凜ちゃんの『兄』でしたとさ。
ここらへんも含めてオリジナル要素になっているのでご容赦を。

兄との久しぶりの対面、そして『残酷な真実』という名の爆弾を投下され続ける夏凜。

『友奈』の寿命の件もここで暴露される。彼女の肉体と精神はすり減り限界を迎えようとしていた。

着々と『選択』を迫られる彼女たちの運命や如何に────。
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