私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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五十九話 ※夏凜視点

◾️

 

 

 

 

『選択』をしろ。

 

そう告げられた私はこの一室で二人の帰りを待たせてもらうことにした。兄貴は所用があると言って今はこの部屋には居ない。ソファーの背もたれに体を預け、天井をボーッと見上げる。

 

(……私は…間違っていないわよね)

 

自問自答。私のしたいこと、やりたいこと、何をしていきたいのか……それらを私は半ば直感で兄貴に答えた。その『選択』に対して不安がないわけじゃないけど……いや、不安しかないけれど私はそれでも答えを紡ぐことが出来たことに我ながら驚いている。

 

ため息を一つ吐き、常備しているにぼしを口にしながら待つこと数十分。背後の扉が再び開かれた。

 

「…………。」

「ただいま夏凜ちゃん。待たせちゃってごめんね」

 

険しい表情を浮かべる東郷と、いつもの調子を崩さない友奈の二人が帰ってきた。東郷のあの様子だと聞かされたんでしょうね。

 

そんな彼女と少しだけ視線が重なる。

 

「…おかえり」

「…ええ。ただいま」

 

短いやりとり。その一言でなんとなく彼女の考えていることが分かる気がして、だいぶこの仲間や部活にも馴染んできたな…なんてふと思ってしまう。

 

「夏凜ちゃん。もう今日は帰ってもいいって言ってたよ。三人で帰ろっか」

「そうね。私も用事が済んだし、東郷も平気?」

「うん。私も平気よ」

「じゃあ帰ろー!」

 

意気揚々と場を盛り上げようとする友奈のおかげで場の雰囲気は気まずくならずに済む。流石、この辺りは似てるわね。でもその影では無理に取り繕っているようにも見えてしまって心苦しくもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大赦本庁を来た道から出ると送迎が用意されていたが、友奈が「天気も良いので歩いて帰ります!」なんて言うから断る形になってしまった。

まぁ別に帰れない距離ではないから構わないけど……辛くはないんだろうか。

 

「ゆうちゃん大丈夫なの? 無理は良くないからね」

「ううん。せっかく二人と一緒なんだもん。少しでも長い時間一緒にいたいからって思ってたんだけど……迷惑だったかな?」

「別にそんなことないわよ。友奈の体が平気ならこのまま行きましょ」

「さっすが夏凜ちゃん! ぎゅーしちゃうよぎゅー!」

「ちょ!?」

 

急にやられるとビックリするんだけど…。東郷は少しムッとした顔になってるし、あまり彼女の前でやられると暴走されそうで心配になるわ。

 

友奈は何が嬉しいのか私の腕にしがみつくようにくっ付いているけど、その力はとても弱々しく(、、、、)感じた。殆ど力を込めていないというか、腕に寄りかかってる感覚が強い。

 

……これも『タタリ』の影響のせいなのかしら。

 

「キツイなら寄りかかっていいわよ。友奈」

「え……?」

「……あに…いや、あの神官から訊いたわ。友奈の体のこと…今は私たちしかいないから無理に取り繕うこともしなくていい」

「……でも」

 

少し戸惑う表情を見せる彼女は一度東郷に目配せをしていた。きっと二人で取り決めていたことがあったのだろう。そういえば私が初めて出会った時から常に一緒に居たわねこの二人は。

 

「夏凜ちゃん。あっちの方にいかない? 向こうなら人も居ないし丁度いいから」

 

海沿いを歩いていた私たちは船着場で歩みを止める。まだまだ日は沈まないが年の瀬のこの時期は些か南風が冷え込む。私はさっきまで血が上り気味だった頭を冷やすのに丁度良かったが友奈は平気だろうか。と、視線を向けてみれば既に彼女が行動に移していた。

 

「はい、ゆうちゃん。使っていいよ」

「いいの美森さん? ありがとう」

「用意がいいわね東郷」

「ふふ、これゆうちゃんがプレゼントしてくれたのよ。あったかくて重宝しているわ」

「…ふーん」

 

頬を綻ばせながら東郷は自慢げに語る。私は短く一言で返すと、えーっと……あの船を縄で止めるやつに腰掛けた友奈に意識を再び向けた。

 

「…ねぇ友奈、東郷。あんたたち二人はこれからどうしていくの? 私は正直言うと一個人が負える領分を超えている気がするわ」

 

このままだと友奈は命を落とす。東郷も。『タタリ』は天の神の神力の一つ。覆すには並大抵のものではダメなのは二人も分かっているはず。

 

「…そうだね。私の身体にはだいぶ『タタリ』が広がっちゃってるから解るよ。私の命はもう長くはないってこと……ね、夏凜ちゃん。私の目を見てくれる?」

「目……? んっ…」

 

急に何を言い出すのかと言えば、友奈は眼鏡を外して視線を私に合わせてきた。私も同じように見つめ返すとある違和感に気がついた。

私は震える手を動かして友奈の頰に手を添えた。

 

「──あんたまさか。視えてないの(、、、、、、)…?」

「うん…って言っても左側だけだけどね。というか左半身の感覚が鈍くなってるのが正しいかな? 動かせるけど、動かしている実感がないの。不思議な感じ……まるでテレビの映像を眺めている気分だよ」

「なん──東郷!?」

 

また知らない事実を本人から聞かされて私は狼狽する。そんなの……ってない。私の想像していた以上に彼女の身体は蝕まれている。なんで私は肝心なところで気がつかないんだ。

 

「──私もゆうちゃんの異変に気がついたのはつい最近なの。ゆうちゃん、隠すのが上手だから……っ、でもどうしようもなくて。色々、沢山調べたけれどどれも解決に繋がるものにはならなくて……時間だけがどんどん過ぎていく。だから私とゆうちゃんは決めたの夏凜ちゃん」

「…なにを?」

 

不意に添えていた手に別の手が添えられた。それは友奈自身の手だった。感覚がないと言っていた左手で。感触を確かめるような手つきで触れながら、微笑みながら彼女は私をまっすぐ見てきた。

 

「私ね──夏凜ちゃんのお兄さんが言っていた『神婚の儀』を受けることにしたよ。神樹様のところに行きます」

「……本気なの? 『神婚』をしたら友奈は──」

 

兄貴に聞かされた。もし友奈が『神婚』をすれば人類は助かるのと同時に友奈の『タタリ』が無くなることを。けれど『神婚の儀』を行ったその人は神樹様と共に在ることとなり……その最後は…人としての生を終えることを意味する。

 

「ううん、そんなことはさせないわ夏凜ちゃん。それにゆうちゃんには別の目的があるから……その目的を全うするためにも『神婚の儀』の話は都合が良いのよ」

「どういうこと…?」

 

目的? 都合が良い? それは一体どういう理由があるのだろうか。

 

 

 

 

「それはね────……」

 

 

 

 

 

友奈は自身の思いを打ち明ける。ポツポツと、ゆっくり時間をかけて話をして……。

 

 

 

 

「………────だから夏凜ちゃん」

 

 

 

友奈は外していた眼鏡を再び着けると困ったように微笑んで、

 

 

 

「もし私の我儘を聞いてくれるなら……地獄の底までもついてきてくれる?」

 

 

 

友奈の『選択』を知った私に彼女は問いかけてくる。

 

 

私は………。

 

 

 

 

 

私、は…────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は刻一刻と迫っている。立ち止まりたくても、熟考したくてもタイムリミットは確かにその先に存在してしまっている。

でも考え続けていかなくちゃ、立ち止まれなくても『答え』を見つけなければならない。

 

大晦日の夜。あの後話を切り上げて帰宅した私はベットに身を投げてずっとそのままだった。枕に顔を埋め、横から酸素を求めるように顔を覗かせた。

 

 

────分からなくなる。

 

 

私はこのまま友奈と東郷についていけばいいのか……或いは風たちに相談して一緒に二人を止めるべきなのかもしれない。でも私の中の『何か』がそれを止めてくる。むちゃくちゃになりそうだった。

 

 

『神婚』をしたら友奈は人として生きられない。けれどこのまま放置していてもいずれ『タタリ』によって死ぬ。

この『選択』はあまりにも重圧にのしかかってきた。兄貴に啖呵切るように言った『言葉』が揺らいでしまうほどに。

 

 

────いや、揺らいじゃダメだ。

 

 

「……はぁ。もうそろそろ年越しか」

 

 

いつもは寝ているこの時間帯だけど、今日は眠気もなく起き続けていた。チャンネルを適当に回しっぱなしのテレビにはそろそろだと言わんばかりにカウントダウンの準備を賑やかに盛り上げながら放送している。

端末は勇者部のやり取りがチャットで行われている。変わらず、いつものように。私は正直今の気分的には乗り気じゃないけど、心の平穏を少しでも保つためにちょくちょく会話には参加している。

 

────三ヶ日どっかでみんなで集まるわよ!

 

────元日は人混みが凄そうなんで二日目とかどうでしょうか?

 

────いいですね!

 

────さんせー!

 

────まんせー!

 

────『まんせー!』ってなによそれ。私はいつでもいいわ。

 

────万歳! ぼたもちっ!

 

 

いや意味わからんし。というか二人はそれどころじゃないでしょうに……ああいや、だからこそなのかもしれない。意識を向けてみれば端末を眺めている私の頰が緩んでいるのを自覚できる。

みんなも私もこの穏やかな時間が大好きなんだ。恥ずかしくて口にはしないけどね。

 

「…………ん? 電話だ」

 

手に持つ端末が唐突に震えた。着信。

しかし番号は知らないやつだった。こんな遅くの時間に一体誰なんだろうか。

 

「長いな……」

 

一瞬、出ないでいようか迷った。非通知ではないけど登録はされておらず、いたずら電話かもしれないと思ったから。

けれどその着信はいつまでも鳴り続けていて、もしかしたら…と実は部活メンバーで誰かの新しい番号なのかって考えが変わってきたところで応答することにした私は端末の画面をタップして、耳に当てた。

 

「もしもし?」

『───ようやく繋がった。出るのが遅いわよ』

「……は?」

 

 

知っている声(、、、、、、)。久しくて聴き慣れない声であった。だから第一声が間抜けなものとなってしまったのは仕方ないことだった。

 

『は? じゃないわよ。せっかくこちらからかけてきたのだからもう少し何か気の利いたことを言うべきじゃないの?』

「いや、待って。待ちなさい……状況がうまく飲み込めないわ。えっと……芽吹(、、)? よね」

『えぇそうよ。久しぶり、夏凜』

 

電話の相手はまさかの『楠 芽吹』だった。かつて勇者選抜の時に知り合ったその人からの連絡。これが驚かないワケがなかった。

そんな私の反応が予想通りだったのか否か、その声はどこか満足げに聴こえてくるのは気のせいだろうか。

 

『まぁ貴方のそんな気の抜けた声を聞けただけでもこうして連絡した価値があったかもしれないわね』

「む……嫌味を言いたいだけなら切るわよ? そもそもなんで芽吹が私の連絡先を知っているワケ?」

『そっちにいる勇者の一人に教えてもらってたのよ。それで連絡してあげてって言われてね……あの子に言われたら断るわけにもいかないから』

「勇者……? あっ」

 

言われてすぐに分かった。

 

「……納得した。この前友奈が行方不明になってたのは芽吹のところに居たのね」

『そういうこと。友奈にはこっちの『任務』を手伝ってもらっていたの』

「そうなんだ……」

 

流石というべきか、友奈はやっぱり友奈なんだなぁと改めて感服させられる。彼女の持ち前の『優しさ』、『人柄』よってこうして巡り巡ってかつての繋がりがでてくるのは驚かされるばかりだ。

 

芽吹も芽吹で口調は相変わらずだけど、以前ほどの棘のあるようには感じない。

もしかしたら私と同じように『キッカケ』があったのかもしれないわね。

 

 

『でもそうね。私と貴方で昔話に花を咲かせるような性格でもないし、率直に訊ねようかしら……何を迷っているの? 夏凜。貴方らしくもない』

「……芽吹は友奈の事情は知ってるの?」

『ええ。彼女の口から直接ではなかったけど、大体のことは把握しているつもりよ。それで、どうなの?』

 

なら『タタリ』関連は知っているってことか。

 

「…迷ってるのかしらね。友奈のやろうとしていることを止めさせるべきなのか、そうでないのか。どっちにせよもうあの子に残された時間が少ないのは事実なの。何も助けになれていないのが悔しいんだけどさ」

『…………。』

「…なによ、ダンマリして」

『いや、訓練時代と比べてあなた丸くなり過ぎじゃない? 大丈夫??』

「おい」

 

こやつは何を言ってるんだ。そういうアンタこそあの時と比べたらキャラ変わってるレベルなのを自覚してるのかと。そう口にしたら、

 

『お互い様じゃない。環境に左右された部分はあるだろうけど、過程を含めてそれらが一番大切でかけがえの無いものなんだと理解できたのは大きいことよ』

 

こう返される。まったくその通りだと思うけどもさ……何か歯痒いのよね今も。

 

『だとしたらその場所をくれた、一緒に過ごせる仲間に恩返したって何らおかしくはないじゃない。この人のためなら身を削ってでも……それこそ命を張れる、全力で頑張れる。その気持ちが大切だと私は思う。夏凜にとって友奈はそういう存在なんでしょう?』

「……まぁ、うん。そうね。私が今の私になれたのは友奈と仲間たちのおかげなのはその通りね……そっか」

 

それでも、例えそれだけだとしても立ち上がる理由にはなるのよね。少なからずこの感情に従って動きてきた前例もあったことを今更ながらに思い出した。

友奈のため、勇者部のため、仲間のため。何も、迷うことなんてなかったのかもしれない。

自分の心に従って…………それを芽吹から教えられるのは少し悔しかったけども。

 

『自分の中で納得できた?』

「不安は残る部分もあるけど、さっきまでに比べたらだいぶスッとしたかもしれないわね。なんというかその…………あ、ありがと、芽吹」

『どういたしまして。私もそうやって悩んだ時期があった経験を活かせただけだから気にしないで──』

『メブぅー! そこで何してるのさー、早くしないと年が明けちゃうよー!』

 

電話口の先から芽吹が誰かに呼ばれている。

 

「お呼びみたいよ」

『みたいね。じゃあこの辺で終わりにしましょうか』

「ええ」

『友奈のこと、よろしく頼むわね。あの子を支えてあげてちょうだい。うちの隊の人たちも心配してるから……あとよろしく言っておいてくれる?』

「任せなさい…でもそれは直接いいなさいよ。アンタも友奈と友達なんでしょ? その方が喜ぶと思うから」

『そう? なら後で連絡しておくわ』

 

久しぶりというかここまで普通にやり取り出来てることに驚くけど、それは私が成長した証なのかしらね。

 

『じゃあ、また───夏凜、来年もいい年を迎えられるようにお互い頑張りましょう。良いお年を』

「ええ。じゃあまた、芽吹───良いお年を」

 

 

 

つけっぱなしのテレビからカウントダウンが始まっている。加えて勇者部のチャットの通知もかなり溜まっていた。

 

 

「友奈……」

 

間もなく年が明ける。こうして芽吹と話す機会に恵まれて漸く私の腹が決まった。それもこれも全部彼女のおかげだ。感謝してもしきれないぐらいに。

 

私の『選択』は決まった。彼女に───結城友奈についていく。

 




夏凜は友奈についていく『選択』をする。
芽吹とも再び話すキッカケを得ることができた。(漸く絡ませることができました)

そしてこちらも漸く年越しを迎えて、いよいよの所まで来ることができました。
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