私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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六話

 

 

 

 

夜。人々にとって眠る時間。

私もそれは例外ではなく、自然に眠気というものはくる。

そんな時間でも私はまだ眠りにつきません。やる事が残っているから。

 

「…今日は勇者部の活動をした。隣には東郷さんが居てくれて安心して活動を────」

 

カタ、カタとまだまだ遅いが練習を含めて簡単な日記を打ち込むこと。これを今日から始めることにしました。

ノートパソコンは東郷さんから借りて使用していて、昼間のうちにローマ字打ちを習ったので先ずはここを慣れないと次に進めない。

これが終わったら桜のノートに書くこともたくさんある。でも…、

 

「うー…パソコンってやっぱり複雑だなぁー……東郷さんってやっぱり凄いって痛感するよ」

 

目が疲れてしまい、目頭を抑える。椅子の背もたれに身体を預け窓の外に視線を移す。

隣の家は東郷さんのお家。大好きな彼女がいる。明かりはまだついている所を見るに彼女もまだ起きているようで今何しているのかな、なんて考えてしまう。

 

(なんか東郷さんがいつも居てくれるからこうして夜の時間はちょっと寂しく感じちゃうなー…)

 

少しずつ動かせるようになってきた足をパタパタと動かしながら思い耽る。そうしていると机の上に置いてあった端末が震えた。

 

「…電話? 一体こんな時間に誰──って東郷さん!? わ、とと……もしもし」

 

まさかの考えていた本人から着信があるとは思わなかった私は驚きながらも通話ボタンをタップして電話に出る。

 

『もしもし。こちらは結城友奈さんのお電話で間違いないでしょうか?』

「え、えっと? その……??」

『違いましたか?』

 

あれ、おかしいな。画面には東郷さんの名前が書かれているのに……。

『わたし』が登録を間違えたとか? だとしたら私はこういう言葉を投げかけられた時になんて答えればいいんだろうか。

 

いいえ? それとも、はい?

 

恐らく後者を言えばなんてことのないはずなのに私はどうしてか唇が動かないでいる。ダメだよ。こういうことでも自然に出来なきゃいつか必ずバレてしまう。

 

「……私、は」

 

だいぶ間が空いてしまったけれど、何とか口を動かして話そうとしたところで電話口からクスクスと声が聞こえた。

 

『──もう、冗談よ。そんなに哀しそうな顔しないで』

「え……どうして?」

『窓の外──見てごらん』

「窓…? あっ──」

 

言われるままに視線を再び窓の外に移すとベランダに人影が見えた。

手をヒラヒラとさせているのは東郷さんだった。一度膝元に端末を置き鍵を開けて窓をカラカラと動かす。夜風が優しく吹いて心地がいい。車椅子なので私はそれ以上は出れないからその手前にいます。

 

「……東郷さん。こんばんは」

『こんばんは。こんな時間まで夜更かしですか?』

「あ、うん…えとごめんなさい。ちょっと勉強の復習をしてて」

『くす、いいのよ別に怒っていないから。ただ、ちょっと心配だったから』

「心配……?」

 

小首を傾げていると、向かい側にいる東郷さんは困った表情を浮かべていた。

 

『なんだか近頃は必要以上に物事に取り組んでいる気がしたから。病み上がりなんだから無茶はダメ』

「う、うん。そうだよね……ごめんなさい」

『もうそんな顔しないで。私こそごめんなさい……そうね、諸々建前で本当は顔を見たかったのよ。今何してるのかなーって考えていたら部屋の明かりがついていたから電話しちゃった』

「……ぁ」

 

その言葉に私は小さく声を漏らす。嬉しかった。東郷さんも同じことを考えていたことに嬉しさが込み上げてくる。

笑って応えると東郷さんも同じように笑ってくれた。

 

『うん、やっぱりそういう顔が一番よ。私が大好きな顔』

「あ、私も東郷さんのこと……大好きだよ!」

『知ってる。うん……顔が見れたからこれで安心して寝れるわ。でもあんまり遅くまで起きてたらくすぐりながら朝起こしちゃうかも?』

「ふぇぇー……それはちょっと困る、かな? えへへ」

『あまり根を詰めても作業能率が下がるだけ。区切りを付けてやるのも効果的に身につくこともあるから覚えててね』

「はい、東郷先生っ! キリがいいところまできたら終わらせます」

『よろしい。じゃあ先に寝るね……おやすみ、友奈ちゃんまた明日』

「おやすみなさい東郷さん。また明日」

 

お互いに手を振って東郷さんは先に部屋に戻っていった。そしてちょっとすると部屋の明かりは消える。それを見届けたところで私は夜の空を見上げた。

 

「……心配かけさせちゃった。ダメダメだなぁ私」

 

小さくため息を漏らす。もっと頑張らないと、もっと精進していかないと私は『わたし』に追いつけない。

でも東郷さんの言いつけもキチンと守らないとだね。足のリハビリもすぐに終わらせていかないといけないし……課題はたくさんある。

 

「そうだ……勇者部五箇条、だっけ? あれの…えっと──なせば大抵なんとかなるっ!」

 

部室に貼られていた言葉を思い出す。

とても素敵な五箇条だった。私はまだ全てを守りきれていないけどいつかはできるって信じています。

 

「なせば……なんとかなるっ!」

 

五箇条の一つを口にしてやる気がふつふつと湧いてきた。

これでいい。課題がたくさんあればあるほど私は前を見て進める。いつか戻ってくる『わたし』に、安心してバトンを渡せるように。

 

「よーし! パパッと終わらせてそれから──ぁ、寝ないと東郷さんに怒られちゃうか。あはは」

 

今更やる気になっても夜は遅い。このやる気は明日に引き継いで今日はささっと終わらせてしまおう。

数十分の末に私は作業を終えてベットに潜り込む。そこで私は自分でも気がつかないうちに疲れていたらしく、睡魔がすぐに襲ってきた。

 

(さすが東郷さん。私以上に『わたし』を理解してくれてる……ふふ)

 

毛布の中で丸くなりながら小さく笑いが漏れる。目を閉じて後は睡魔に身を委ねることにして、それまで私は今日を振り返っていく。

 

(学校……初めて通って楽しかった。『わたし』のお友達もみんな優しくて、勉強も部活もなんとか馴染めていけそうな感触で嬉しかった。風先輩はみんなを引っ張っていって頼もしかったし、樹ちゃんはお茶を淹れるのが上手くてあと可愛かった。東郷さんにパソコンを教えてもらった。夏凜ちゃんは学校を休んじゃってみんなは大丈夫って言っていたけどほんとに大丈夫かな? あとは────)

 

こうして出来事を振り返ることも最近になってやっていることだけど、結構好きな時間だ。何も考えずに眠っていく時と比べてすごく心が穏やかになるんだ。『わたし』には相変わらず申し訳ないけど、私が体験した事が増えている実感が湧いてくるからです。

あとは『わたし』が帰ってきた時に備えて、記憶に深く刻みつけておく。もしかしたら覚えていてくれるかもしれないから。

 

 

こうして私の一日は終わり、また明日を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はどうやら起きるのが得意ではないようで、病院に居た時と比べていつも東郷さんに起こしてもらっている。甘えちゃっている感じが拭えないが彼女自身もそれを楽しみにしているところもあるようで、うぃんうぃんという関係に落ち着いていた。

 

「おーはーよー? 友奈ちゃん。起きる時間よ」

「ん、んんー…ふぁい。おきますぅー」

「あらあら寝癖も立てちゃって。まだお眠さんだね」

「ちゃんと起きてますよぉー? とうごーさん」

「はいはい。いつも通りに支度させちゃうわね〜」

「……お〜」

 

ふらふらとしながら私は東郷さんに身を委ねてやってもらう。終わる頃には意識も覚醒して丁度いい感じ。

 

「──はい。じゃあ起き抜けだけど、頑張って車椅子まで歩いてみて友奈ちゃん」

「うん。うんしょ──よっ!」

 

体操の選手みたいなポーズを取りながら立ち上がってみると東郷さんは小さく拍手して喜んでくれる。

 

「友奈ちゃんの並ならぬ努力の賜物ね。立つのは辛くない?」

「うん! それにこのぐらいの距離ならいけ──ますっ!」

「ちょっと覚束ない足取りだけど、すごいすごい」

「いえい! ブイッ!」

 

ぽすん、と車椅子に乗ってピースサインを取ると同じように返してくれた。それだけでも嬉しくてついはにかんでしまうから東郷さんは凄いや。

 

「ご褒美に頭を撫でて上げましょう」

「やたー♪ んん〜東郷さんに撫でられるの好き」

「甘えん坊さんねー。よしよし」

「いくらでも甘えちゃいますー!」

 

こんなやり取りが私の日常になりつつあります。

でもやっぱり胸の奥ではとっかかりは残るばかりです。これは仕方のないこと。忘れちゃいけない、前を向いて今は進んでいくしかないから。

 

リビングについて両親たちと交えて朝食を食べます。こうして車椅子になっても変わらず、私が『わたし』になってしまっても優しく接してくれる家族。まあ挙動不審や真実を口にしなければ特に疑われることはないのだけども。

こちらも申し訳ないと思いながらもその優しさに甘えさせてもらっている。いつか……この人たちにも話すことが出来るのだろうか。

 

「おいしー♪」

「おかわりもあるから遠慮なく言ってね。友奈ちゃんのお父さんとお母さんも」

 

料理は母親────ではなく、東郷さんが来ている時は彼女が作ってくれる場合もあります。今日はまさにその日で、母親の料理ももちろん美味しいけど東郷さんのご飯も負けていない。病院に居た時も和食を食べさせるって言ってくれていたから実行に移してくれてるのかも。嬉しい。

 

朝食を食べ終えると私たちはすぐに家を出ます。もちろん行き先は讃州中学校。忘れ物はなし、気力もばっちし。

 

「いってきます!」

 

私は今日も頑張っていきます────!

 

 

 

 

 

 

 

 

東郷さんに車椅子をお願いして昨日と同じ通学路を進んでいく。道中も車椅子の上で出来る足の運動を怠らない。早く治して東郷さんと一緒に歩いて通学していきたいから。

部活での出来事、東郷さんに教えてもらっているものの復習を兼ねたやり取り。すれ違う友人たちと挨拶を交わしていく。前よりかは自然に接することができて会話も弾ませることができました。嬉しいです。

 

教室について近くの友人たちと昨日より楽しく会話をすることができた。でもちょっと調子に乗りすぎて暴走しちゃったところは反省しないといけない。東郷さん焦らせてごめんなさい。

夏凜ちゃんは今日もお休みらしいです。でも放課後には部室に顔を出せるかもーって言ってたから楽しみだ。

 

授業は昨日と同様苦しい時間でもある。知識としてはゼロではないにせよ、やはり理解するのにどうしても時間がかかってしまう部分が多い。先生の声が脳内に子守歌の如く反響して眠気を誘われるがなんとか我慢しながらノートに書き記していった。頭が熱を帯びたように熱くなってしまうがそれでも頑張らないとね。

 

小テストがある科目に当たった。結果は──あまり芳しくない出来で少しヘコんでしまったけど、東郷さんは「頑張ったね」って褒めてくれた。彼女はキッチリと満点……さすがです。

分からない部分も多くあったので後で東郷さんに教えてもらうことにしました。その時にちょっと驚かれたけどなにかおかしかったかな……?

 

────あ、それと桜のノートは早くも一冊を使い切りました!

 

これには妙な達成感が込み上げてきてとっても嬉しかった。開始時期と終了時期を書いて大切に保管していこう。ぱらぱらと捲ると文字がぎっちぎちに書かれていて自分がやったことながらに驚きました。

まだまだノートはたくさん用意してある。この調子で一歩一歩踏みしめていこうと私は改めて誓いを立てた。

 

そうして迎える放課後。ここから私と東郷さんは勇者部に足を運んでいく。活動は基本的に平日は毎日あるので私たちは真っ先に部室に足を運びます。

 

「結城友奈、ただいまきましたー!」

「東郷美森、同じく参上しました!」

 

元気よく挨拶と共に部室に入る。中では仲良しの犬吠埼姉妹と、

 

「お、友奈東郷久しぶりー」

「夏凜ちゃん!! やーん寂しかったよぉ」

「ちょ!? 友奈車椅子で突撃してくるな! 驚くでしょうが」

「元気そうで何よりだわ夏凜ちゃん」

「まあね。完成型勇者だからなんてことないわ」

「またあんたらしいっちゃらしいわねー」

「さすがは夏凜先輩ですね」

 

夏凜ちゃんの言葉に私は首をかしげる。何やらチクリとしたものを感じ取った気がしたがそれ以上に疑問に残るものがあった。

 

(……完成型勇者?)

 

そういえば今の今まで疑問を抱いていたけどスルーしていたことを思い出す。所々に話題に上がる『勇者』とは一体なにを指す言葉なのだろうということ。

勇者部もそうだ。なんでこの名前なんだろうって考えてしまう。

 

「……友奈?」

 

誰かに訊いてみる? でもそうしたら私が『わたし』でないことがみんなにバレてしまう恐れがある。

『わたし』もきっと理由を知っていて入部しているはずだから。

 

「おーい? 友奈ってば」

 

ゆさゆさと揺られながら思考に耽る。チラリと周りの様子を伺ってみると、丁度東郷さんが視界に収まった。そうだ、私の正体に気がついたら東郷さんはきっと悲しんでしまう。だったらどうにかうまく立ち回っていくしかないよね。

 

「ゆ・う・な!!」

「ひゃ、ひゃい!? なに夏凜ちゃん」

「なにボーッとしてるのよ。それにその……くっつかれたままだと動けないんだけど」

「あー……あはは。ごめんね! 夏凜ちゃんの温もりを堪能してたんだよぉ」

「んなぁ!? ふ、巫山戯たこと言ってないで早く離れなさい!」

「えぇー…夏凜ちゃんは私とくっついているのはイヤ?」

「んぐぐっ!!? しょ、しょんなこと……ない、けど」

 

わー、すごい顔が真っ赤になってる。可愛い。思わずこちらも照れてしまうぐらいだけど、夏凜ちゃんと遊ぶのはなんだかとても自然な感じがしてとてもいい。東郷さんとはまた違った気持ちになるというか。

 

そうやってじゃれ合っていると、いち早く気がついたであろう東郷さんが風先輩を押し退けて夏凜ちゃんから私を引き剥がした。

 

「か、夏凜ちゃん! 友奈ちゃんはまだ病み上がりなのだから無理させちゃダメじゃない!」

「わ、私のせい!? 違うわよ友奈から来たんじゃないのよそれは東郷も見てたでしょ??」

 

二人が仲良くワイワイ賑わっている中で私は風先輩のところに行って今日の活動内容を訊いてみる。

なぜか苦い顔されながら軽くチョップされたけど、おでこを押さえながらこちらも疑問が尽きませんでした。

 

 


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