私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

62 / 77

そこには一冊の書物が置かれていた。

手にとってページをめくっていく────。


勇者御記 筆 東郷美森。

◾️

 

 

 

一月一日。

 

 

新年を迎える。去年は本当にたくさんのことがあって大変だったけど、こうして年を越せたのはみんなの努力の賜物だったと思う。

 

前日に少し夜更かしをしてしまったが、いつも通りの時間に起床。朝の日課も全てこなして結城家に向かってご挨拶をした。そうして二階に上がらせてもらい、友奈ちゃんの部屋に向かって彼女を起こそうとしたけど珍しく起きていて少し驚いた。

 

ゆうちゃんは最近睡眠時間が長くなってきている。

 

睡眠時間が起床時間を越えようとしているから。その原因は一つだけど毎回不安に襲われてしまう。ゆうちゃんには内緒だけど呼吸をしているか、脈は正常かの確認はもはや当たり前で目を離したくないのが現状だ。大丈夫だと信じたいけれど、もしもの時を考えたら不安で仕方がない。

 

二人でご近所に挨拶周りをした。

 

ゆうちゃんは明るく振る舞っているけど、基礎体力がどんどん低下している。歩きたいからと歩いてみても息が上がるのが早い。本人は癖になっているのか隠そうとしてるけど私にはすぐにわかる。左半身の感覚のない彼女はその範囲を補助してあげないといけないので今や一人で歩かせたりなんかできないし、無理に体力を消耗した日には寝床に着く前に眠りについてしまう。事実この日は夕方には眠気に耐えられなくなったゆうちゃんは椅子の上で寝てしまっていた。

ご両親には疲れて眠ってしまったと理由をつけたけど、そろそろ誤魔化すのが苦しくなってきている。

 

 

一月二日。

 

 

朝はいつものように。夏凜ちゃんからゆうちゃんの容態について訊かれて近況を報告する。

ゆうちゃんは静かに寝ていて起こすのが忍びなかったけれど、今日は勇者部で集まって初詣に行くことになっていたから起こしてあげた。

眠りが深いせいか目覚めるのに三十分ほどかかってしまう。

 

包帯を取り替える際に刻印の状況を確かめる────好転の兆し無し。

 

しかしゆうちゃんが持っていた『紡ぎの種』のおかげで進行が抑制できているようにも見える。あれが無かったら今頃は……ううん、考えたくない。

 

ゆうちゃんは初詣をとても楽しみにしていた。彼女にとって初めての行事だものね。着いたらすぐみんなに抱きついている姿は少しもやもやしたけど、辛い中であんなにも楽しそうな姿を見ていたら止めるなんてことはできない。夏凜ちゃんも手伝ってくれて意識的に人の波に呑まれないように計らってくれた。ありがとう夏凜ちゃん。

 

おみくじを引いたり、甘酒を飲んでみたり色々と初めてを経験していた。ちなみにゆうちゃんは大吉を引いて嬉しそうにしていた。私は小吉……微妙なところだ。甘酒は風先輩と樹ちゃんが酔ってしまって一騒ぎあったけどそれも含めていい思い出になってくれたと思う。

 

屋台もあったりして時間も忘れるぐらい楽しい時間を過ごせたと思う。でもあまりゆうちゃんを長居させるのは体に障るのでほどほどで解散することになった。名残惜しそうにしているゆうちゃんには申し訳なかったな…。

 

帰りも夏凜ちゃんが見送ってくれて三人で帰宅。そこで夏凜ちゃんにお礼を言っている最中にゆうちゃんの体調が急変してしまった。

吐き気を訴える彼女をトイレに連れて行って我慢させずに吐かせる。どうやら昼間に飲んだ甘酒や食べ物が原因みたい。私が背中をさすっている間に夏凜ちゃんが色々とお世話をしてくれて本当に助かった。

 

私の食事と比べたら油分やら栄養の偏りの強い食べ物ばかりだったせいだと考えたが、ゆうちゃんの青白い顔を見るに『タタリ』の影響が色濃く映ってしまっている気がした。脂汗も凄い。動けないゆうちゃんを夏凜ちゃんが背負って部屋まで運んでくれた。熱もあるようでこれは不味い傾向だ。今日も油断せず看病をしようと思う。

 

 

一月三日。

 

 

ゆうちゃんの熱が下がらない。昨日の今日で仕方ないとも言えない状況だが、ご両親も凄く心配している。私も凄く心配だ。引き続き看病を続ける。

 

 

 

お昼過ぎに大赦がゆうちゃんの家に訪問してきた。内容は年末に話をした『神婚の儀』を執り行う日程について。何もこんなタイミングで来なくても良かったのに…………ゆうちゃんは律儀に体を起こして話に耳を傾けていた。私も同席させてもらい話を聞くと、八日後に儀式を始めることになったらしい。ゆうちゃんの体調を吟味した最短の日付。私は不安が拭えないままだったが、ゆうちゃんは迷わず首を縦に振っていた。

 

…………。

 

大赦から改めてゆうちゃんの状態を知らされる。『友奈ちゃん』が行った『満開』による『散華』の影響でその殆どが神樹様が創った『代替品』で賄っていること。私たちと違ってゆうちゃんの肉体は『御姿』と呼ばれていて神様と性質が近い状態だと言われている。その影響のせいで『タタリ』または『呪い』を強く受けてしまうらしい。私よりも後に祟られたにも関わらずにこうなってしまっているのはそのせいだそうだ。

 

……私の、せいで。

 

暗い感情が湧き上がりそうになった。でもその時に居たゆうちゃんが手を握りしめてくれて我に帰ることができた。

 

そうだ。私がしっかりしないとダメじゃない。

 

それから大まかな話を終えた私はゆうちゃんをベッドに寝かせて訪れた職員を見送る。

帰り間際にその人は私にある物を手渡してきた。

 

それが今こうして書いている『勇者御記』と呼ばれる代物。

 

本来はゆうちゃんに書かせる予定であったみたいたが、想定以上の体力低下に伴い執筆に至れないと判断した大赦が代わりに私を指名したようだ。

経過観察を含め、そしてこれも勇者としての御役目だと自分に言い聞かせて筆を進めることにした。

 

…………。

 

あの大赦の職員────私とは事務会話でしか言葉を交わすことしか出来なかった。もしまた機会があるのならば何の隔たりもなく会話が出来たらと思う。

 

その後は夏凜ちゃんにも報告をすると『わかった』と直ぐに返答がくる。本当は風先輩たちにも話すことが出来れば良かったけど、いつの切っ掛けで『タタリ』が伝染してしまうのか分からないので必要な処置だ。

 

……察しの良いそのっちなら私たちの状況なんて御見通しだろうけれど。

 

もし、これをそのっちが観る機会があるならこの場で謝らせてもらう。みんなにも…………相談できなくてごめんなさい。

 

 

 

一月四日。

 

 

冬休みも終わり、いよいよ明日から学校が始まる。ゆうちゃんの体調は昨日よりは良くなっているが後のことを考えると登校は控えたほうがいいと判断する。

 

しかしゆうちゃんは首を横に振った。

 

この身体が動く限り、学校に行きたいと言ってきた。私と一緒に通いたいって。額に汗を滲ませ、呼吸も乱れているのにその瞳の奥には力強いものを感じ取れた。私にはそれを否定することが出来なかった。

 

本当は儀式まで体力を温存させたほうがいい。ベッドの上で横になっていたほうがいいと。それでも彼女は首を縦に振ることはなかった。

 

…………。

 

結局、私が折れるしかなくご両親にもうまく説明をして支度を整えるしかなかった。何がゆうちゃんを突き動かしているのか……正直よく分からない。

日常が大切なのは良くわかる。凄くよくわかる。でももっと自分のことを大事にして欲しいと願うのは私の我儘なんだろうか。

 

友奈ちゃんがゆうちゃんになって。ゆうちゃんが友奈ちゃんとして日常を壊さないように生きてきたその最期がこれではあまりにも報われなさすぎる。

彼女は友奈ちゃんを取り戻そうと動いている。私も友奈ちゃんには心の底から戻ってきて欲しいと願っているのは確かだ。

 

でも……でも今はそれと同じぐらいゆうちゃんにも生きて欲しいと願っているんだよ?

 

 

 

一月五日。

 

 

天気は晴れ。冬の寒さは未だ健在のまま登校日となった私たちは再び制服を身に纏い学校に足を運んだ。

 

ゆうちゃんの体調は崩れたままだ。普通の体調不良だとしても本来は休まなくてはならない状態だったけど、平静を保つ努力を彼女はしていた。

 

笑う。笑みを浮かべていた。『タタリ』のことには触れずにまるで何もなかったかのように日常を振る舞っていた。

 

やっと学校が始まったね! 早くクラスのみんなに会いたい。授業をしっかり受けないとね……と。

私も同じように口角をあげる。こんな状況下でもゆうちゃんと会話をするのが楽しいと思えたから。

 

学校につくと持ち前の人当たりの良さを発揮させて色んな人とお話をしていた。辛さや苦しさを表に出すことなく笑顔を振りまいている。誰もが疑うことはないだろう。

その表情を見るたびにチクリと胸の奥に刺さるような感覚に陥る。これはゆうちゃんが望んだことだから……なんて自分に言い聞かせていたような気がする。

 

休みの日は寝ていた時間の授業も寝ずに向き合っていた。夏凜ちゃんも心配そうにチラチラと横目で見ていたけど、ゆうちゃんはしっかりと勉学に励んでいた。

 

────けれど放課後までの間に計三回、ゆうちゃんはトイレの個室で吐いてしまった。

 

 

一月六日。

 

 

いよいよ勇者部の活動も再開される。ゆうちゃんも張り切っていて半ば食い気味に参加していた。本当に楽しそうに。

 

私はこの日からビデオカメラを常備することにした。風先輩は今年で卒業してしまうからこちらの活動記録を兼ねて提案させてもらった。カメラを回している最中にも常にゆうちゃんの周りには誰がが居てくれる。ここに居る間は心身ともに休めることが出来た。安心できる仲間がいるのはこうも心強いとは最近更に実感していることで、私はいつも以上に自然に接することが出来ていたと思う。

 

…………。

 

私に刻まれている『タタリ』が疼く。痛みこそ『紡ぎの種』で抑えられているから良いものの進行しているのが理解できる。

時間が着々と削られていく。残り五日。うまくいくのかな……。

 

 

 

一月七日。

 

 

勇者部の依頼で迷い猫を探した。結果的には捕まえることが出来たけど、私とゆうちゃんの時は見事に逃げられてしまった。

動物の本能が働いたのか、きっと私たちの『タタリ』を感じ取ったんだろう。呆然としている私たちを夏凜ちゃんが必死にフォローしてくれたのが印象に残る。

 

帰り際にそのっちに呼び止められて色々と訊ねられた。カマをかけてきたり何かを探るような物言いだったからボロを出さないようにするのが少々骨が折れたけど何とか事なき終えることができた。……できたよね?

 

同時に親友に隠し事をしてしまっていることに胸の奥が痛む。ごめんなさいそのっち。風先輩も樹ちゃんも──ああダメだ。思考を切り替えろ。この思考傾向はよろしくない。気をしっかり保て……東郷美森。護国万歳。

 

 

 

一月八日。

 

 

『種』の効力が薄くなってきた。痛みがじわじわと滲んでくる。ゆうちゃんも苦しそうだった……なのに私のことを一番に心配してくれて嬉しかったけど、私も本当にあなたのことを心配してることはわかって欲しい。

 

…………。

 

パソコンのキーボードを打つのってこんなにも辛かったかな。風先輩たちに気取られないように雑務をこなすのが今日は中々に大変だった。私たちの事情を把握してくれている夏凜ちゃんには負担が増えてしまって申し訳なかった。

 

『こんなのなんてことないわよ。他にやれることはある?』って言ってくれた時すごく頼もしかった。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるその姿は銀と重なって視えて心が温かくなった。ありがとう夏凜ちゃん。

 

 

一月九日。

 

 

残り二日。今日が休みで本当によかった。ゆうちゃんが高熱を出して倒れてしまったから。こんな状態で学校に居たら大変な騒ぎになっていただろうし、余計に無理を押し倒そうとするのは目に見えたから。

 

私は寝ているゆうちゃんの傍にいることにした。悪夢にうなされるように寝ているその姿はとても心が苦しめられる思いで手を握り続けてあげることしか出来ない。なんて無力なんだろう、私…。

そろそろ次の『種』の摂取をしたほうがいいのかもしれない。

 

 

…………。

 

 

午後になると夏凜ちゃんが家に来てくれた。来て早々に私を見ると『あんたも休みなさい』と背中を押されてしまう。どうやら私も人から見たら酷い有様らしく今すぐにでも寝ないと気絶させてでも横にさせると半ば脅されながら、私は用意された布団(来客用)に寝かしつけられてしまった。

 

────友奈のことは任せなさい。

 

その言葉に安心してしまったのか私は気がつくと日が沈むまでの間、深く寝てしまっていた。久しぶりにまともに寝た気がして夏凜ちゃんには感謝してもしきれない。

確かに自分のことを疎かにしてしまっていたかも…。反省せねば。

 

起きてリビングに向かうと夏凜ちゃんは友奈ちゃんのご両親と話をしていた。何を話していたのかは教えてくれなかったのが少し気になる。その後はお礼と気分転換も兼ねて晩御飯をご馳走してあげた。

ゆうちゃんの分も作ってあげたけど、柔らかいもの以外は食べることが出来なくなっていた。少し残念がっていたけど、早く良くなればまた食べられるよねって言ってくれた時には目頭の奥がツンとしちゃった。

 

 

…………。

 

こんな生活も残り二日と考えると何とか耐えられる。良くも悪くもその日が私たちの命運が定まるから。

でないと…………そろそろ心がしんどい。日に日に弱々しくなっていくゆうちゃんを見ているのは耐えられない。寄り添うことしかできない自分に対して何度歯噛みしたことか。

 

またあの時みたいに…………誰かを失いたくないよ。

 

 

 

一月十日。

 

 

 

…………。痛みで目が覚める。

 

 

………………。痛い。生きたい。痛い。心が痛い。胸が痛い。

……………………。ゆうちゃん。あと少しだから……明日、だから。

 

────。──。

 

ゆうちゃんの顔色は青白い。生気が抜け落ちていてまるで……。

 

ううん……大丈夫。きっと…ゆうちゃんなら……友奈ちゃんなら………でも、不安でどうにかなってしまいそうだ。

 

……銀。

 

私はゆうちゃんを神樹様の元に送り届ける。この御役目だけは誰にも譲れないし譲るつもりはない。

 

明日、きっと世界は大きく動き出す。

 

今日は体調を出来るだけ整えておこう。やれる事は全てやって備えておく。

『また、明日』が言えるように……私たちは未来を賭けて戦わせてもらいます。

 

だから見守っていてください。

 

…………。

 

 

 

一月十一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





────最後の文を読み終えた私は端末を手に取りすぐに連絡を入れる。

「……フーミン先輩、今から言うところにイっつんと一緒に来てほしいかな。うん──あの人ならきっと二人の居場所が分かるはずだから」

行方を晦ました二人を探して早や一時間が経過しようとしている。
取り返しのつかなくなる前に急ぎあの二人を止めなければ──。


────
───
──







あとがき。


原作とは異なる道を辿った結果……。

『神婚』の儀式は早められることになる。

『私』ことゆうちゃんは肉体の限界がもうすぐそこまで来てしまっている。東郷さんにもかなりのダメージ(精神含む)受けてしまった。

御記の執筆は友奈→東郷に変わっている。大まかな流れは沿わせたつもり。

これにより日付が飛びますがいよいよ運命の日まで来ることができました(長かった)。

どうか少女たちの最後の物語(軌跡)にお付き合いください。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。