私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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六十三話

◾️

 

 

 

家の天井。まず初めに視界に収まったのがそこだった。

部屋の中はまだ薄暗く、カーテンから覗く光も夜の色を残している。

 

「…………ぁ。あー…」

 

声を出してみる。喉の痛みは昨日までに比べたら全然痛くないし、関節部も痛みも薄くなっていた。だからこそ私は身体を起こすことができた。

 

「また、あの時みたい」

 

両手をにぎにぎと開閉させていくと変化に気がつく。この感覚は初めてではないと。それは楠さんの所にお世話になっていた時と同じものだった。

 

「……まだ、私は頑張っていいんだよね? 先輩(、、)

 

椅子の上でそのっちさんからもらった抱き枕を齧っている牛鬼に目を向ける。あの時の『熱』を思い返して私は自分のやるべき事を再確認させていく。

 

今日。一月十一日。ここまで看病してくれた美森さんと夏凜ちゃんに報いるためにも私は神婚の儀に向かう。先輩……のおかげかは分からないけれどここまで身体が楽になっていることは都合が良い。

 

ベッドから出てゆっくり立ち上がる。机に置いてあったメガネを着けてパジャマから私服に着替えていく中でふと、窓ガラスに映る自分の姿が目に入った。

 

────め。こっちに……で…。

 

私は目を見開く。幻覚か幻聴か……そこには顔を俯かせた自分の姿が映されていた。ぼそぼそと口を動かすその姿は何かを伝えようとしているようにも見えるが、よく認識できない。

たまに視えていたこの『幻』はどこか既視感を覚えさせる。正体が分からない以上どうしようもないが、もしかしたら無理しようとしている私を止めようとする反応なのかもしれない。だから私はその声に微笑んで、

 

「……大丈夫だよ。きっとうまくいくから…安心して」

 

それが不安から来るものなら安心させたい。『タタリ』を刻まれても、呪いに苛まれてもこうして今日まで生きて来れたんだからきっと上手くいく。途中で破綻してしまう可能性だってあったんだ。だったらこれはきっと私の『選択』が導いてくれた結果なのだと、今なら分かる気がする。

 

着替えが終わる頃には声は聴こえなくなっていた。入れ替わるように部屋の扉が開けられると、そこには美森さんが立っていた。

 

「──ゆう、ちゃん?」

「おはよう美森さん」

「身体の具合は平気なの…? 立って大丈夫……?」

「うん。不思議と体が楽なんだ。これも美森さんが看病してくれたおかげなのかも……っ!?」

「良かった…! ほんとうに、良かった……よぉ」

 

堪らず美森さんは駆け寄って私を抱きしめた。心底安心した口調で、強く抱きしめるその姿に感覚の薄くなった私の身体は熱く反応を示していた。ああ、やっぱり……この人の温もりはとても安らぐ。忘れそうになる人の感触を確かめるように私も美森さんに腕を回して抱きしめ返した。

 

「ありがとう、美森さん」

 

疲れて、やつれて、憔悴しきった彼女にどれだけ負担を強いたか。美森さんにも『タタリ』の影響があっただろうに……それでも私を優先して看病してくれたからこそ私は生きていられた。

 

「今日までに体調が良くならなかったらどうしようかと思ってたけど、これも美森さんのおかげだね……まだ時間まで余裕があるから美森さんは休んでてよ」

「仮眠は細かくしてたから平気。でも一度家に戻るわね…色々と準備をしてくるから」

「うん、行ってらっしゃい。私も色々とやっておかないといけないから」

 

一度分かれて行動する。私は玄関まで美森さんを見送ってから再び自分の部屋に戻って周囲を見渡した。

 

やる事はまず……掃除をしよう(、、、、、、)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が今日まで使ってきた友奈ちゃんの部屋。お世話になった意味も込めて私は細かく掃除をしていった。

 

 

「───はぁー…こんなもんかな」

 

 

息が上がりつつ窓の外を眺めると日はすっかりと昇っていた。時間が経つのが早いなぁなんて思いながら私は机の上に重ねたノートの束に手を添える。

 

「…………。」

 

これは私が書いてきた『日記』だ。私の辿った軌跡とも言えるそれらは『証』として残しておこうと思ってここに置かせてもらう。

『結城ちゃん』が戻ってきたときのために。『友奈』の日常をまた再開できるようにするために。

 

ここまで来るのに短いようでとても長かった。それもやっと……。

必要最低限の荷物を持って私は立ち上がる。何はともあれ今日でこの日々は区切りを迎えるのだと、少しばかりの嬉しさと寂しさを覚えた。

 

「行こう。私」

 

意気込んでドアノブに手をかけたその時、勝手に扉が開き始めた。

 

────そしてそこに立っていたのは、結城ちゃんの母親だった。

 

「……え? あ、あの…」

「出かけるの…友奈?」

 

なんだか久しぶりに聴くその声に上擦った返事を返してしまう。なんでこのタイミングで来たんだろうかと疑問が過る中、母親は小さく溜息を吐いた。

 

「その前に…リビングに来なさい。お父さんも待ってるから」

「は、はい」

 

いつも柔和な笑みを浮かべ、優しい雰囲気を崩さない人から初めて見るその表情に私は素直に従うことにした。

 

も、もしかして怒ってる、のかな……?

 

母親の後ろについていき、リビングに向かうと椅子には父親が既に腰を下ろして待っていた。

そこにも驚いたがそれよりも目の前のテーブルの上に並んでいるものに対しても同じ反応を示してしまった。

 

「これは……」

「座りなさい」

「…はい」

 

言われた通りに向かい側の席に着いた。そうしていると私の目の前にお粥と具が細かく刻まれている汁物とかが置かれていく。

 

「病み上がりだから消化に良いものを作ったけど、食べられないなら無理に食べないでもいいからね」

「は、はい。えっと……?」

「今時間は朝食の時だ。なら、家族でこうして卓を囲むのは何もおかしくないだろう」

 

そう言う父親の横に母親が座る。少しの沈黙の後に口を開いたのは母親だった。

 

「……身体の具合はどう? 美森ちゃんからは逐一報告を受けていたけど」

「おかげで楽になりました。ご迷惑をお掛けしてすみません」

「そう……」

 

何かしら言いたげな視線を感じる。けれど私もどう話を切り出して良いか分からないでいたためにまたも沈黙が場を占めた。

 

「……ごめんね友奈。私たち何もしてあげられなくて」

「そんな、謝らなくていいですよ。大赦の方から近づかないようにって言われてたんですもんね」

「それでも、ね。親として子供に看病の一つすらしないのはやっぱりどうかしていたわ……謝って許されることじゃないのは分かってるけど、本当にごめんなさい」

「…すまなかった」

 

そう言って友奈ちゃんの両親は私に頭を下げた。

 

「あ、頭を上げてください。本当に気にしないで……そもそも私が無理してきたのが原因だから。それにお二人の気持ちは十分に伝わってきてるので何もしなかった、なんて言わないでください」

 

ご両親が気に病む必要はまったくない。それどころか謝るべきは私の方で……ずっと隠してきたことがあったのだから。

私は二人の姿を見て腹が決まった。顔を上げて二人を見つめる。

 

「あの、私の方こそ謝りたいことがあります。聞いてくれますか?」

「何かしら…?」

 

私は一度深呼吸をしてから、自分自身の『秘密』を打ち明ける。

 

今この体には『結城友奈』としてでなく、別の『人格』が入ってしまっていること。それが『私』だということ。それらをずっと黙って過ごしてきたこと。御役目のこと……色々を私は二人に話し込んだ。

 

話している間、両親はじっと私の声に耳を傾けてくれていた。

 

「──たくさん、隠してごめんなさい。友奈ちゃんの生活を壊さないように、出来るだけ元の状態で返していこうと私は……っ?!」

「…いい。もういいのよ……友奈」

 

いつの間にか立ち上がってこちらに近づいていた母親に優しく抱きしめられた。

 

「え……?」

「実は私もお父さんもなんとなくそうなんじゃないかって思ってたの。あなたの話を聞いてやっぱりって…そう思った」

「そう、なんですか?」

「ええ。実の娘のことだもの……分かるに決まってるじゃない」

 

……そっか。

 

「あと、これだけはわかって欲しいの。友奈はもちろんだけど……あなたも私たちの『娘』であることは変わりないからね? それをどうしても伝えたかった」

「……………娘? 私、が……?」

 

一瞬、何を言っているのが理解できなかった。そんな拍子抜けた私の両頬に手を添えて慈しむように撫でてくれる。父親の方もこちらに歩み寄ってきて私との視線を合わせるようにしゃがんで手を握ってきた。

 

「…ああ、友奈(、、)。お前もちゃんと私達の大切な子供だ。いつの間にか娘がもう一人できていたなんて嬉しいことじゃないか。なぁ、母さん?」

「ふふ、そうですね。あのお転婆な友奈と違ってあなたはとっても聡い子……でも抱え込んじゃう癖はあの子と一緒だからこんなにも──頑張っちゃうのよね」

「………そんなこと、ないですよ。私は、わたし…は」

 

感覚がないはずなのに、触れられているそこから熱いものが滲み込んでくる。美森さんがくれる『熱』とはまた別の……初めての(かんかく)だった。

 

心地がいい。本当に心地よい感覚だった。まるで求めていたものの一つであるかのように…確かに私の心に熱を宿してくれる。

自然と、いつの間にか私は手を伸ばして目の前の人を抱きしめていた。そうして向こうも返してくれる。私を抱きしめてくれた。

 

「友奈。私たちの友奈……今までこうしてあげられなくてごめんね」

「寂しい思いをさせてしまったな。ダメな父親ですまない」

「……っ。わ、わた…私の方こそごめんなさい。いっぱい迷惑かけて、心配させて……!」

 

視界が歪む。そこから何かが頰に伝って流れるそれが『涙』だと理解する頃には、私は母親の胸の中に顔を埋めていた。

 

 

 

────ああ、そうか。生まれて初めて(、、、、、、、)お母さんとお父さんに抱きしめられたんだ。

 

 

 

私の生まれが特殊で、そういう存在なんていないものだと思ってた。でもそうじゃないよって言ってくれる言葉にこの流れる涙が止まらない。泣いている美森さんに手を伸ばそうとしたあの時以来の『涙』。

 

「お父さん……お母さん……ありがとうございます。私を娘って言ってくれて…家族だって認めてくれて」

「他人行儀もしなくていい友奈。私達は親子なんだから」

「……っ。うん、お父さん」

「これからもいっぱい甘えていいのよ、友奈」

「お母さん……っ!」

 

私にも家族がいたんだ。今まで一歩引いてこの人たちと過ごしてきたけど、それももう考えなくていいんだ。

 

「……さて。ご飯、すっかり冷めちゃったわね。温め直しましょうか」

「友奈。食べられるか?」

「うん。食べる」

 

今だけはこの時間を大切にしたい。こうして運命の日の朝は家族との食事から始まったのだった。

 

 

────

───

──

 

 

 

 

朝食を終えてから残りの時間は話をすることに費やした。もっと早くこうしていれば、ああしていればなんて考えてしまうけどこれらも私の選んだ『選択』だとすれば幾らか溜飲が下がってくれる。

 

玄関先で靴を履いて立ち上がった私は振り返って見送るお父さんとお母さんに微笑んだ。

 

「……本当に行くのね?」

「御役目とはいえ、無理する事はないんだぞ」

「心配してくれてありがとう。でも、これは私にしか出来ないことだから。ちゃんと次に帰ってくるときには友奈ちゃんとして帰ってくるよ」

「──違うわ友奈、あなたも一緒に帰ってくるのよ」

「そうだ友奈。二人で(、、、)帰ってきなさい」

「……………っ!」

 

また目尻に涙が浮かぶ。泣きっぽいな私……でも頑張れる理由の一つがまた増えた。頑張ろう。本当に。

 

もう一度軽く抱擁を交わし、私は玄関の扉を開ける。

外には既に大赦の車が待機していて、その側に美森さんが立って待っていてくれた。

 

「お待たせ美森さん」

「ゆうちゃん。もういいの?」

「うん、美森さんこそ……平気?」

「覚悟は出来てる。後はゆうちゃんと一緒に行くだけ」

「そっか……ありがとう。お父さんとお母さんのことも」

「どういたしまして」

 

迎えの車のドアを開けられ私は一度だけ振り向いた。

 

 

 

「…行ってきます、お父さん、お母さん」

 

 

 




友奈ちゃんの両親との対話。
自分のことを同じ家族で娘と認めてくれた。彼女の頑張る理由が一つ増える。

『私』の体調が一時的に良くなってるのは◾️◾️の『ある日』だから。これは原作でも似たようなことが起こっているので流用させてもらった次第。
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