◾️
景色が流れていく。私は横目にそれを眺めながら頬杖をついて移動の時間を潰していた。
『──今、結城様と東郷様の二人が移動を始めたみたいだ』
「……そう。いよいよなのね」
車内には二人だけ。兄である三好春信が運転をしてその助手席についているのが私だった。移動先は大赦の保有する施設で『とある物』を受け取りに行くためにここにいる。
友奈と東郷は別の車で『神婚の儀』を行うため儀式場に向かっていて、私も後で合流する予定だけどまずはこちらの用を済ませる必要があった。
「園子の動向は…?」
『園子様は大赦本庁に連絡があったよ。やっぱり僕たちの動きに感づいてる節が見受けられるね』
「園子っていつもふわふわしてるけど、こういう時の『カン』が冴えてるのよね。この前も最初に友奈と一緒に行くように仕向けたのも結局アイツの差し金だったし」
『派閥争いの間を縫ってどちらの情報も手に入れられるように動いているから流石に次期当主と言われるだけの手腕は持ってるね。僕も何回か話す機会があったけど、年下の女の子と話してるって感覚じゃない時があるよ彼女は』
「ここ数日の学校でも東郷や私たちにも探りを入れてきたし……向こうの方についたってことかしら」
神樹様含む神様を絶対的存在として肯定する神道派と神を信仰するがその全てを頼らずとも……っていう人道派が組織内には存在しているらしい。
『どちらにせよ、それは大人たちの勝手な争いだから置いておいて……まず利用してくるだろうから、こちらからはその逆を充てようと思う』
「いいの? 肩入れしすぎると良くないって言ってなかったっけ?」
『問題ないよ。それで夏凜が動きやすくなるなら僕は自分の立場よりそちらを優先させてもらう──とは言っても建前は必要だし、理由付けなんて幾らでもつけてやるさ』
「……そう」
なんか歯痒いわね。兄貴がここまで気にかけてくれるのもそうだけど、相変わらずの手際の良さを見て最初から予見していたようにも思えてしまうほどだ。
園子は友奈を……いや、儀式を止めようとしている。どうやら私をあの時向かわせたのも友奈の動向を探って欲しいという願いが含まれていたようで、今の私の動きは彼女からしてみれば所謂『当てが外れた』とも言える状況かしらね。
────地獄の果てまでついてきてくれる?
友奈は私にこう言った。きっとあの子なりの覚悟の現れなのかもしれない。でも私は沢山考えた結果は『地獄』なんてまっぴらごめんって結論に至った。
(ついていく……けど地獄なんて行かせるもんか)
勇者なら、仲間なら、友達なら地獄に行こうとする人間を黙って見過ごすなんてしない。むしろ引っ張り上げてやる気概で今は満ち溢れていた。
しばらく車を走らせると目的地に到着した。
私は車を降りて兄貴の隣に並んで歩き出す。背丈は頭一個分違う兄との差を感じながら施設内に入って進んでいく。
此処は兄貴の管理する大赦の技術を取り扱う場所で私たちからすれば主に『勇者端末』のメンテナンスなどに利用されている。
『──少々技術部の人たちには無茶させてしまったけど、何とか完成にまで漕ぎ着けることができた』
「ごめん。私の我儘を聞いてくれて」
『いいさ。今までの分を含めて力になれなかったお返しができて僕としてもいいタイミングだった。受け取って欲しい』
そう言いながら兄貴は私に小型のアタッシュケースを差し出してきた。躊躇わず私は受け取ってその場で中身を確認し手にする。
「行くわ、兄貴。時間も惜しいから」
『ああ。こっちの事は任せて行ってくるといい』
「うん」
慣れた操作で勇者アプリを起動してすぐに変身を果たす。
「ねぇ兄貴。もし全部終わったらさ……また家族で一緒にご飯でも食べない? 色々と、話したいことがたくさんあるからさ」
『────。是非、聞かせて欲しい。必ず時間を作っておく。夏凜──頼んだよ』
「……ありがと、兄貴。行ってきます」
口角が上がってしまっているのを背を向ける事で隠す。
そのまま駆け足で部屋を後にして適当な窓を開け、私は飛び出した。飛躍的に上昇させた跳躍力で建物伝いに渡って最短最速を持ってして目的の場所へ……そして友奈の元に向かう。
────兄貴に託された『もの』を手にして。
◇◇
乃木の調べた通りなら今日が『神婚』の儀式が行われる日。アタシは樹と共に夏凜の住むマンションに足を運んでいた。
試しにノックをしてみる。
──応答なし。
インターホンも鳴らしてみたが結果は同じ。うーん、やはり留守か。
どうしたものかと頭を悩ませる。
「──お姉ちゃん。鍵、空いてるみたい」
「マジ? あ、本当だ……ん? でもさっき確かに鍵が…あれ、樹いつの間にワイヤー出してたの??」
「なんでもないよ、お姉ちゃん。ほら、行こ!」
屈託のない笑みを浮かべ樹が入るように促してくる。なんかその笑顔が東郷のと被るのは気のせいかしら…?
まぁともあれ勝手ながらに入らせてもらうことにした。
緊急時だから仕方ない。以前お邪魔したときと同じリビングに足を運ぶ。
「──やっぱ、いないか」
「お姉ちゃんこっちの部屋にもいないよ。夏凜さんどこにいったのかな?」
「友奈たちと一緒に行動してるのかも。まさかこんなに早くから動くとは考えもしなかったけど……ん?」
つらつらと細かい字がびっしり書かれたそれらの一枚を手に取ってみる。
「──勇者アプリのアップデート……?」
それは見たこともない書面。アタシたちの端末を弄る際には事前に連絡が必ず入る。でもこれに関しては見たことも聞いたこともないし、そうするとこれは夏凜のみに通知されたものと見ていいだろう。
「……あ! お姉ちゃん! 夏凜さん見つけたよ!!」
「えっ!? どこ? ……って凄い勢いで移動してるわね」
なるほど、そういえばアタシたちの端末にはお互いの位置を確認できる機能があったことを思い出して樹の画面を覗いてみたら夏凜が道順やらを全て無視して移動している様子を捉えることができた。
勇者に変身しているのは当然として迷いなく向かっているのを見るにその先が友奈たちの居る所と見ていいだろう。
同時にアタシの端末が震えた。
「もしもし?」
『フーミン先輩、今から言うところにイっつんと一緒に来てほしいかな』
「ちょうど良かったわ乃木。アタシたちもこれから夏凜の所に向かおうと──」
『にぼっしーは多分また別の所に行ってると思う。今はそこよりも慰霊碑のあるあの場所に向かってほしいの。ゆっちー達の動きが想定していたよりもバラけちゃってて一人じゃ追い切れないんよ』
「何よそれ…ってことは邪魔が入るのを見越されてたってことになるじゃない。夏凜のあれは囮ってこと?」
アタシたちが動くってことが予め分かっていたからこうなった。確かにアタシや東郷が暴挙に出た経緯がある以上は疑念を持つのは最もだが、今はそれが仇となってしまったわけか。
『何とも言えない。わっしーたちは端末の電源を落としてるせいか位置情報で追えないから……でも今時間ならあそこに行けばもしかしたら…!』
「悠長に考えてる暇はないか…分かったわ、樹と二人で向かうから。そこに行けば友奈たちの居場所が分かるのよね?」
『うん──あの人ならきっと二人の居場所が分かるはずだから』
乃木の言うあの人とは一体誰だろうか。
取り敢えずそのまま通話を終了して、アタシはその手で勇者アプリを起動させる。
「樹。聞いてたわよね?」
「うん、いつでも行けるよお姉ちゃん」
「普通に移動してたんじゃ時間が足りないから変身して行くわよ」
迷わず画面をタップしアタシたちは勇者の姿へと変身した。
去り際にチラッと先程の書類が気にかかったが優先順位は友奈たちの方が先だと判断して、アタシと樹は夏凜のマンションを後にした。
◇◇◇
────通話を終えて私はわっしーのお母様に挨拶をしてから家を出る。
脇に停めてあった車に乗り込んで運転手に移動先を指示して動き始めた。
(この時間帯なら居るはず……うん、違う…待ってくれてるはず)
そうでなくてもほぼ毎日あそこに顔を出す私だからこそ、向こうの動きかある程度予想がつけられたわけだけど。
「…通達した?」
『はい。まもなく指定の場所に配置されます』
「ありがとう。あっちこっちで混乱が予想されるからその時はみんなでうまくお願い。私たちは出来る限り抑えるけど、全てを防ぎ切るのは難しいかもしれないから」
『畏まりました』
「じゃあ、ここで降りるから後はよろしくね」
伝えることは伝えた私は車を止めてもらって外に出たらすぐに勇者へと変身をした。そのままフーミン先輩たちに合流するべく慰霊碑のあるあの場所に向かう。
時間は限られているから少し本気を出して進むことにして鴉天狗に端末を持ってもらいながら位置情報を確認する。
(わっしーたちは変わらず反応なし。にぼっしーは…止まってる?)
移動中の私と先輩、イっつんとは違い先程まで急速に移動をしていたにぼっしーの位置がさっきから動かずにいたことに疑問を覚えた。
ゆっちーたちとは離れて行動しているところを見るに何か目的があって動いているのかと思っていたけど……。
フーミン先輩たちを追い抜かして私は一足早く到着すると駆け足で施設に駆け込んだ。
「はぁ、はぁ…
『────やはり、来ましたか』
慰霊牌の並ぶ中央にその人は立っていた。安芸先生。小学生時代の時の私、わっしー、ミノさんの先生。仮面をつけて感情を殺し、その素顔を拝むことは出来ないけど安芸先生がここに来ていたことは知っていた。
階段を一段、また一段と降りていって先生に近づいていく。
「先生。私が来ることが分かってたんだね」
『…それはお互い様でしょう。一体どうされましたか? 御役目もなしに変身しているのは感心しませんが』
「先生こそ。色々と忙しい時にここに居てもいいんですか? よければ私が送っていきますよ」
『お気持ちだけ受け取っておきます。それに、こういうやり取りをしに来たわけでもないのでしょう?』
「そうですね。なら単刀直入に──ゆっちーたちが行おうとしている『神婚』の儀式場を教えてください」
『断ります、と言ったら?』
「断れないよ。先生なら……私がどういう気持ちで今ここにいるのか分かってますよね?」
『大赦は人類を存命させる義務があります。神婚による儀式の完遂はそれに繋がる唯一の道なのです』
「唯一なわけがあるかぁ!!」
「──フーミン先輩!」
叫びと共に現れたのは二人。フーミン先輩とイっつんだった。
武器を携え強い意志を含めた眼差しで先生を見る。
「道がそれしかないなんて間違ってるわ! それに誰かを…仲間を犠牲にしてまで世界を救おうなんてアタシは思わない」
『犠牲…ですか。しかしそれは今更なことです』
「今更って…! あんた──」
『此処は歴代の勇者や巫女たちが祀られている場所。遡ること三百年もの間、同じ志を持っていた者たちは沢山いました。私達がいるこの場や大橋に名を連ねる先代方も同じ──しかし結果は今私達が生きている現実が示している。これ以上の犠牲を増やさないためにも儀式を急ぐ必要があるのです』
歴史が、年月が今の私たちの生きる現実を示していた。
「…それでもどうにかならなかったんですか! 友奈さんが、世界が救われる方法は…!」
『我々は模索しました。しかし友奈様にはもう僅かながらの時しか生きられないのです。天の神による『タタリ』は既に友奈様の全身に廻り、蝕み、命を削り続けている。時間が無いのですよ。あるいは炎の世界を消すことが出来れば──』
「でもそれは不可能だと、言いたいんですよね? だからゆっちーが神婚をして人としての生を終えることになっても仕方ないって」
『──神婚は友奈様の、世界の救済に足るものだと大赦は判断しました。既に御本人と東郷様が了承しています』
「ふざけんな…! 話にならないわ、今すぐ大赦を止めに──」
大剣を構えたフーミン先輩が一歩踏み出そうとしたところでその歩みを阻まれる。
────一本の刀がフーミン先輩の前に突き立てられていたから。
その武器を知っている。ここにいるみんながそう。だから驚きを露わにするのはしょうがなかった。
吹き抜けの天井から飛び降りてきて『赤い勇者』が姿を表す。
「──夏凜!? な、なんでアンタがここに…!」
「…行かせない。友奈のところには行かせないわ、風」
姿を眩ましていた最後の仲間が私たちに刃を向けていた────。