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「──起きてゆうちゃん!!」
美森さんの声が聴こえて閉じていた瞼をゆっくりとあけた。気持ちでは前に進み続けていた気がしたけど、どうやら途中で倒れてしまっていたらしい。
「……ぁ、みもり、さん…だ、ぁ」
「ゆうちゃん、しっかりして! まだ諦めちゃダメだよ。あと少しで神樹様の所にたどり着くから」
「あ、は……ちょっと…きゅうけい、してた、だけ、だから……」
息苦しいけど、それでも私は美森さんの顔が見れて凄く嬉しい。美森さんの……大好きな人の
心配させないように言葉をかけて安心させたい。
すると美森さんは私の懐から『紡ぎの種』を取り出して私に差し出してくれた。頑張って口を開けようとするけどうまくいかず、どうしようかと思っていると不意に彼女はその種を口に含み始めた。
───そして、熱いものが流れてくる。
心臓の鼓動が強く聞こえる。忘れかけていた心音と共に私は幸福感に満たされた。
「…ゆうちゃん」
「え、へへ……みもり、さんがキス……してくれた」
「──っ?! せ、せせ接吻じゃなくてこれは医療行為で……と、とにかく私がおぶるから」
「…………うん」
わかってる。美森さん鈍感だから。でも凄く嬉しくて、痛みも忘れてしまうぐらいの衝撃でもあったけれど、向こうからしてくれて本当に幸せだった。
美森さんは誤魔化すように私に背を向けておぶってくれる。
「はぁ、はぁ……っ、ふ、う、っ……もうちょっと、だからね、ゆうちゃん……私が、あなたを、連れて行くから…」
「…………、………うん。あり…がとー」
うまく声が出ないけどもっと美森さんと一緒に時間を共有したい。こんな時でも……少しでもあなたと生きるために。
────生きることを諦めないでね。
やくそくしたから……私はもう一人じゃないから。だから一分一秒でも長く生きて、生き抜くの。
「風先輩も、樹ちゃんも、夏凜ちゃんも、そのっちも…みんな明日を目指して戦ってるから……だからあなたも、っ、あなたもまだ……ぅぅ」
「……うん…私も、みんなと……もっと…いろんなこと、したいな……」
冬を越え、春が芽吹く時をみんなと歩きたい。春を越え、夏の日照りの中でみんなではしゃぎたい。夏を越え、秋の紅葉を眺め会話の花を咲かせたい。秋を越え、一年の終わりをみんなと過ごしたい。
あんなことやこんなこと。みんながやってきたことを、やっていないことも全部やってみたい。
「…あれは……バーテックス…っ。なん、で」
美森さんの声が震える。敵が現れたのだろうか。美森さんが銃を取り出して構え始めていた。
「ふぅ、っ、ふー……!」
発砲。しかし私をおぶっているせいかうまく当たらずに弾は抜けていく。私を下ろせばいいと思うけど……美森さんはそんなことをする筈がないのは分かっていた。
「まだ……まだ………! まだ、ぁ!!」
このままだと接近されて二人ともやられてしまう。
────貴方、彼女を助けたいの?
そこで視界の端に見えたヒトの形をした光が私に語りかけてきた。朦朧とする意識の中の幻覚なのか分からないけど、私は頷いた。
────そう。
あの人……? それにあなたは一体────?
────名も無き勇者、とでも言っておこうかしら。
直後、美森さんの放った一発がバーテックスに命中する。しかしバーテックスの気配は消えておらず、間に合わないと私は直感した。
「…………ぇ?」
美森さんの可愛らしい声が耳に届く。それを意味する光景を私は視ることが出来ないけれどこの人が助けてくれたのだろうと考え、声の人にお礼を伝えておいた。
────一つ、訊いてもいいかしら……どうしてそんなにも頑張れるのかしら?
それは……幸せになりたいからですよ。みんなにも…それが手助けできるのならこんなにも嬉しいことはないです。あなたもそうだったんじゃないですか?
────でも今のあなたはもう……いいえ…そうね、貴方の『結末』を私は外から見届けるわ。大した事を言えた義理ではないけれど、せいぜい頑張りなさい。
…優しいんですね。ありがとうございます。
────あの人が託したものを次に渡す手助けをしているだけよ。気にせずいきなさい。
「み、もりさん……」
「…っ、うん! 今のうちに……っ!」
また一人私の背中を押してくれた。色んな人にそうしてもらって、自分たちで歩いてここまで来た。
美森さんが少し進むと一転して静寂に包まれた空間にたどり着く。
そして───
────そして。
「…………あれは…。
「…………。」
此処は恐らく神樹様のいる結界の最奥。私たちは遂に辿り着いたのだ。その先に絡まる根元に強い『気配』を感じられた。身体にすっと馴染むような、どこか懐かしいような、そんな感覚を受けとる。
美森さんが息を呑む。
「ゆうちゃんの言った通り……あそこから助け出せば友奈ちゃんの『幽体』は肉体に還ることができる………!」
言うや否や美森さんは銃を構えて即座に引き金を引いた。絡まる根たちを、どうにかできればと考えての行動。しかしそううまく事が運べるかと言われればそうじゃなかった。
阻まれる弾丸。神樹様の張った結界が行く手を阻む。そして反応するようにどこからか伸びてきた枝が美森さんの手足を捕縛しようとしてきた。
「くっ、邪魔、しないでっ!! 私たちは神婚の儀をやりにきたんじゃない!」
枝が次々とこちらに向かってくる。払い除ける美森さん一人ではとてもじゃないが処理しきれる量ではない。ましてや私をおぶっている状態では尚更で、背後から隙を突かれて私の腕に絡みついて引き剥がされてしまう。
「あっ!? ダメ、離してっ!! ゆうちゃん!!」
「……──。……」
「ゆうちゃん…? お願い手を伸ばしてゆうちゃん……!?」
「────。」
「ぁ、う、うそそんな──! ダメ、だめよ起きてゆうちゃん。死んじゃだめっ!!」
「───。」
神樹様の狙いは『私』が依代にしている肉体。『幽体』の結城ちゃんが合わされば神婚の儀として完成する。その行為を邪魔しようとする勇者を排斥しようとするのは当たり前だった。
離されていく私と美森さん。彼女は必死に足掻き、私に手を伸ばすけど私にはもう『行動をおこす』ことすらままならない状態だった。
意識が遠のいていく。
『私』の意識が……。
「こ、のッ! 離して──離せぇぇぇぇえ!!!」
美森さんは叫ぶ。けれどそれも遠くの出来事のように感じて。心地よさと申し訳なさが混ざっていって。
「嫌だ、こんなのって……ないよ…もうこれ以上私から大切なものを奪わせないでよ! 私たちは生きるって約束したの。託してくれた、繋いでくれたこの『今』を一緒に生きるって約束を……だから連れて行かないで──!」
ぐぐぐっと美森さんに絡まっている枝に逆らって私に近づいてくる。その生きようとする『力強さ』に私の身体に『熱』が巡って……。
「────、」
うん、そうだったよね。私たちは約束したんだったよね。
美森さんの『記憶』を覗いた時に観た『結城ちゃん』のように。命を賭した三ノ輪さんのように。『私』が出会って巡り合ってきた人たちのように。
『私』が『今』出来ることを。そうしたいと思ったことをしていこうと決めたあの日から。
だから…………『生きる』ために、いかなきゃ、ね。
最初から決めていたことをやっていくだけだから。
「─────んっ」
────お互いの時間が止まる。まるで今という瞬間を切り取ったかのようだった。
私の覚悟、私の気持ち。それらを彼女に伝えるべく、私のとった最後の行動は……、
「────っ、」
唇に伝わる『熱』。両頬に手を添えて私は最愛の人にキスをした。
目を見開く美森さん。驚かせてごめんなさい。でもどうかこの『気持ち』を受け取って欲しいです。
あなたに出会えて良かった。あなたと共に同じ時間を共有できて嬉しかった。私に沢山の『熱』をくれて、からっぽだった私に生きる意味を教えてくれた。本当に楽しかったし、幸せだった。
『憧れ』はやがて『恋』になって、最後には『愛』が実った。
どうかこの私の『愛』をあなたに覚えていて欲しい。それだけで充分だから。
私の人生は『散華』から生まれ、神樹様に用意されたレールの上だったのかもしれないけど、優しい人たちのおかげで実りある豊かな時間を過ごせたと思う。
──少しぐらいみんなみたいに『勇者』に近づけてたならいいなぁ…。
────今度こそ私と美森さんは離れていく。お互いの唇がすっと離れていく中、涙を流し力なく伸ばした美森さんの手は届かず。
「ゆう、ちゃ……ん」
私の肉体は神樹様の結界の内側に取り込まれる。近づくにつれて肉体から『魂』が浮かび上がりそれが結城ちゃんの『幽体』にゆっくり吸収されていく。一つになっていく。
ここが……私の
『私』、『友奈』は命が尽きる寸前の所で漸く『結城友奈』の元にたどり着く。
しかしその肉体と精神は神婚を行おうとする神樹様によって取り込まれようとしていた。
短くも長い彼女の人生の一幕。最後に東郷へ愛という名の告白を告げて彼女は逝く────。