◾️
彼女の『幽体』が取り込まれていく。その様をただ見ているだけで……言葉が出てこない。
悲しいはずなのに、苦しいはずなのに、私から出てくるのは目尻から溢れる『涙』だけだった。
「ゆう、ちゃん……」
私たちを隔てる神樹様の『結界』の上で力無く項垂れる。最後に交わした『口付け』に込められた想いは様々なものが孕んでいた。
「……信じてる。信じてるよ…ゆうちゃん…」
拳を握る。もはや捕縛する必要がないと捉えた神樹様はゆうちゃんとの神婚を成立させるべく動き始めていた。
私には目もくれず、ゆうちゃんと友奈ちゃんに蛇を絡みつかせていた。
これが為されば全ては終わる。しかしそれはやらせまいと私たちは動いてきた。私の役目は彼女を此処まで連れてくること。
それはつまり『ゆうちゃん』との別れがあるという抗えようのない事実が待っていた。
……本当は嫌だった。
どうしようもなく道は塞がれ、結果的にこうするしかなかったとしても……大切な人の命を天秤に掛けて動くなんてことは嫌だった。
「みんな頑張ってここまで来たの……過去の人もみんな」
天の神の怒りに触れ、そこから数百年の間続いてきた人類と神の因縁。か細くもここまで生きながらえてきた人々の代表として前線で戦ってきたが、失敗してしまえばそれすらも全て無に帰すことになる。
明日のことを考え、家族や友人たちと食事をし、寝床につく。
神の眷属になることはそんな当たり前さえも消えて無くなってしまうんだ。
「銀……あなたの想いも消えてしまうのは…私はそんなの嫌よ。あの子の分まで私たちは進んでいかなければならないの」
ギュっと指先に力を込める。
「──神樹様。人は……まだ生きることを諦めちゃいないんです。みんなまだ諦めずに戦っている。今を精一杯生き抜こうとしています。だから…」
いつか終わりが来るのだとしても……人はその意思や想いを次に繋ぐことができる存在なのだから。その可能性の芽を摘みとることはどうかやめて欲しい。
我儘で傲慢なのは分かってる。でも──、
「私たちはそれでも生きていきたいんです。だからもう一度……『人』を、信じて…もらえませんか?」
今更、一人の少女の声を聞いてくれるかは分からない。
でも……その時、確かに私はこの目で一つの『変化』を目にしたのだ。
結界の中から『青い烏』が羽ばたいてくるのを────。
『結界』をすり抜けて私の元に羽を広げて舞い降りる。
とても、綺麗な烏だった。
────…『その想いは、確かに、今、彼女に届いた』
「────えっ?」
神樹様の根元から一層の光が輝く。いや、違う……神樹様そのものが輝きを帯びている。
その中心から飛び出すもう一つの『輝き』。結界を破壊して現れたのは────。
「──ただいま。
「ぁ、あっ……! ゆう……っ、友奈ちゃん──っ!」
奇跡を目の当たりにした。
私の大切な人が、今此処に再び『勇者』の姿を纏い、私の元に帰ってきてくれた。
長い桃色の髪を靡かせ、こちらを視るその瞳の色は左右異なる色に変化している。髪の色と似た瞳ともう一つ……
彼女はちゃんと、やり遂げたんだと。
そんな私の心境を知ってか友奈ちゃんは目を細め、申し訳なさげに口を開いた。
「長いあいだ……待たせちゃったね、東郷さん」
「ううん…待ってた、よ……でもその間に、私たちを支えてくれた人がいたから…その人のおかげで日常を続けていくことができたから…」
「うん、そして決着を付けよう。東郷さんの想い、
光は友奈ちゃんに集まっていく。右手には巨大な手甲が装着してあり、そこには温かくて力強い『熱』を感じられる。周囲には様々な色の水晶が漂っていて友奈ちゃんの姿も少しずつ変化をしていった。
地鳴りが響き、この空間を覆っていた膜に亀裂が走る。
いよいよ地に花が芽吹く時が来たのだ。裂けたその先に見えるのは巨大な内行花文鏡 ──『天の神』がいる。
「
神樹様の持つ『神力』が友奈ちゃんに収束する。
その姿は私たちが使用してきた『満開』の姿に似ていた。けれどそのどれよりも規格外な『力』を保有していることがわかる。
「友奈ちゃん……私…」
「東郷さんは無理しないでここで休んでて。そして見ててね…必ず証明してみせるから。人類は、まだ諦めちゃいないって! あの子の想いは繋いでみせるから!」
「……っ、うん。待ってる」
微笑むその姿はゆうちゃんと被る。いや、どちらも『友奈』なのだから当たり前だ。そしてしっかりとゆうちゃんは彼女の中で『生きている』。
友奈ちゃんは空を見上げて飛び立った。全速で、一直線に、真っ直ぐに天の神へと向かっていった。
きっと彼女ならやり遂げてみせる。今までだってそうだったから。信じられるものが彼女にはあるから。
だから私は彼女の帰りを待つ。友奈ちゃんの帰るべき場所として、私はここにいるのだから。
◇
ズシリ、と重みを感じる右手に目をやる。
この『重み』はかつての勇者たちの『想い』も詰まっている。私たちの全てもここに。
(ここまで頑張ってきたみんなの想いを無駄にしないためにも…!)
この世界に戻ってくる際に神樹様に願った。生きたい、と。
神様の眷属としてでなく、人として生きていきたいと願った。
人は色んな人がいる。
神様だからきっと全てを観てきたと思う。良い人だけでなく、悪い人だって中には居ただろう。でもそんな中でも神樹様は『人』を守り続けてきてくれた。
それに救われた命も大勢にあった。
神樹様が『人』の可能性を信じてくれたように。
だからこそ、私たち『人』を生き様を信じて欲しいと願う。
今一度、私は拳を強く握りしめる。
『天の神』は私の存在にすぐに気がつき、そしてそれを脅威と感じたのか周囲に展開していた攻撃を取り止めて、高密度のエネルギーの集め始め、放とうとしている。
『わたし』の右目から視えるあの『熱』は絶大だ。
正直言って少し怖い。でもその感情を包み込むぐらいの『勇気』が『熱』として全身に駆け巡っているのも理解できた。
──
「うぉおおおおぉぉお!!!」
『天の神』の一撃と衝突すると共に私の右手に負荷がかかる。かまうもんか、と叫び上げて押し返す。
『──────、』
夏凜ちゃんが私がここに来るより前に『天の神』の一撃を防いでくれていたのは神樹様を通して観ていた。本当に……夏凜ちゃんは凄い。
私も……踏ん張らないとね。
「負ける…、もんかぁぁぁああーーっ!!!」
更に夏凜ちゃんが使用した勇者端末のおかげでこの一帯に神樹様の『神力』が広がっていってる。
いくら神様と言えど連続して高密度のエネルギーをぶつけるのには少し時間が足りてなかったかのようで、そのおかげで優位にスタートできたのは大きかった。
「ぐぅうぅぅぅううー!!」
それでも半分ほどこちらが進んだところでピタッと動きを止められる。
押しても動かない……どころか少しずつ押し返されている感覚に襲われた。
強い。圧倒的な力とはこのことだと理解する。けど……。
だけど───ッ!
「勇者、は……不屈!! 何度、でも…! 立ち上がるっ!!!」
人は、私たちは何度壁にぶつかっても、それでも立ち向かってきた。
『わたし』だって、そうだった。
東郷さん、園ちゃん、夏凜ちゃん、風先輩、樹ちゃんだって……みんなここまで頑張って乗り越えてきたんだ。
三百年前から続く勇者たちや……銀ちゃんだって…! 『わたし』と仲良くしてくれた『防人』の人たちも!
「───ッ!!?」
視界がモノクロになりながらも懸命に抗うけど、更に強く押し戻された。
けれど……それでも諦めない。私は諦めない。挫けない。折れない。
気持ちだけは負けていけない。
────大丈夫。
押し切られるかと思いきや、不意に後退しなくなった。
それは感覚的に『誰か』に支えられている気がした。振り向くことは出来ないけど、沢山の『手』に私の背中は押されていた。
────前を見て、進んで。『みんな』も一緒についてるから。一人じゃないよ。
「……っ、
右手に添えられていく手はきっと幻かもしれない。神様たちの領域内であるから起こった一つの奇跡なのかもしれない。
でも確かにそこに『勇者部』のみんなが居て、そして背中には名前も知らない『勇者』たちのみんなが私の力になってくれていた。
『行け! 友奈!!!』
『友奈さんの幸せのために…!』
『成せば大抵──』
『なんとかなる!!!』
『勇者部、ファイトーーー!!!!』
頼もしい仲間がいる。大切な人がいる。大好きな人がいる。
それだけで無限に力が湧いてくる。
「勇者は、根性───ッ!!」
────『わたし』もいるから。全部乗っけて叩きつけてやろう!
「全部ぅぅ……乗せぇぇええ──ッ!!!」
右手の籠手が輝かしく煌めく。これは私たちの結晶、その全てをぶつける。
「勇者ぁあああーー!!!」
この長い戦いを終わらせるために。前に進むために。
「パァァァァンチ!!!!!」
『天の神』の一撃を超えて私の拳はバーテックスが持っていたものと似た『御魂』を捉える。
深くめり込みながら周囲に亀裂が走り、ガラスや鏡が砕けるような音とともに天が崩落していった。
VS天の神ラスト。
見事『大満開』を果たした友奈は天の神を退ける。
『英雄』たちは東郷さんのいる神樹様の結界から友奈ちゃんの背中を押すために集ることになった。
余談として……作者がやりたかった設定として、
『大満開』時の友奈ちゃんのオッドアイに別の意味を持たせたかった。
この友奈ちゃんのシルエットを見てこの作品を書くきっかけになった場面でした。