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鏡が割れるように、天の神が砕けていく。空を覆う炎の世界その全てに亀裂が走っていった。
「──っ、ぁ」
全てを出し切った。全身全霊、全力全開の勇者パンチはどうやら届いてくれたようだ。
私たちの『想い』は天の神に伝わってくれたかな…?
ゆっくりと落ちていく中、地上では見計らった神樹様が樹海を広げていき、見る見るうちに炎の世界を呑み込んでいく。
ぼんやりと眺めつつ、突如その視界に『牛鬼』が現れた。
「牛鬼……?」
『…………。』
私が勇者となったあの日から現れた精霊。幾度となく助けてくれたその相棒は静かに私を見つめていた。
その『意味』を、理解する。
「…お別れなんだね。ありがとう、牛鬼」
手を伸ばして引き寄せて抱きしめた。今ならわかる。この子は『あの人』そのものなんだと。
三百年前のその日から戦ってきた始まりの『友奈』なんだってことが。
繋いで、繋いで、繋がって……私たちは『魂』で繋がっている存在なんだ。
「いっぱいありがとう。『わたし』のことも助けてくれて……寂しいけど、また何処かで逢えたら嬉しいな」
『…………。』
喋ることが出来ない牛鬼は少しの後に、私の腕から離れてふよふよとどこかに飛んでいってしまった。
あれ…てっきり消えちゃったりするのかと思ってたけど…。
(まだ、やり残してることがあるのかな…?)
それが何か分からないけど、どうか良い結果になって欲しいと願う。
キラキラと光の粒子が身体から溢れて『変身』が解けていく。
無重力みたいにゆっくりと落ちていき、この後どうなるんだろうって朧げに考えていたら、私の身体は地面に落ちる前に優しい温もりに包まれた。
「…ぁ、東郷さん…園ちゃん、夏凜ちゃん」
「友奈ちゃん!!」
「ゆーゆ! 良かった、無事だったんだね」
「まったく…心配したんだから…」
抱き抱えられたその先に私の大切な人たちが待っていた。体を横たわらせ、頭は東郷さんの膝の上に乗せられる。
「東郷さん…」
「約束、守ってくれてありがとう友奈ちゃん……おかえりなさい」
「うん、ただいま」
じんわりと涙を浮かべながらも私の頭を撫でてくれる。懐かしい感覚だけどつい最近までやってくれていた感覚もある。それはきっと『わたし』が感じてきたものなんだろうね。
「久しぶり、かな? ゆーゆ」
「そうだね。園ちゃん……でもちゃんと神樹様を通して観てたから…ありがとう、園ちゃんたちが戦ってくれたおかげで勝てたよ」
「あはは〜私はそんなに貢献できたかどうか……頑張ったのはにぼっしーなんだから」
チラッと園ちゃんが目配せすると、視線に気がついた夏凜ちゃんがそわそわとしていた。
「よ、良かったわ……友奈。生きててくれて」
「うん…うん。夏凜ちゃんのおかげだよ……助けてくれて本当にありがとう」
「いいのよ。友奈の助けになれたならそれで……『タタリ』はもうなくなった?」
「綺麗さっぱり無くなったよ」
私の言葉に三人ともホッとしてくれた。
「おーーい! みんな無事ーー?!」
「あ、フーミン先輩とイっつん!」
「良かった。先輩たちも無事みたい」
遅れて風先輩と樹ちゃんがやってくる。二人もあちこちボロボロでいっぱい戦ってくれてたのが分かる。本当にみんな頑張ってくれたおかげでやり遂げられたんだと思える。
「友奈さん…?」
「うん、結城友奈だよ。あの子が私を連れてきてくれたんだ。あの子と仲良くしてくれて…助けてくれてありがとう樹ちゃん」
「…っ。はい! おかえりなさい」
「よーし、これで勇者部全員生還だね!」
「待って乃木……もう一人の『友奈』は…」
「ちゃんと『ここ』にいます。風先輩」
胸に手を当てて言う。『わたし』はちゃんと私の中に存在している。いつまでも寄り添って支えてくれる『勇気』として。
その時に東郷さんの表情が少し変化したのを見たけど、すぐに元に戻して私の手に自分の手を重ねてくれた。
風先輩も察してくれたのか哀しそうな表情を浮かべる。
「そっか。ちょっと頑張りすぎちゃう所は友奈とそっくりだったわ。まぁそんなあの子に助けられた部分も多かったけどね、あはは…」
「はい。気にかけてくれてありがとうございました」
「うん……それとみんなもよくやってくれたわね。勇者部部長として、仲間として誇りに思うわ」
みんな頷き、その顔はどこか晴れやかに見えた。きっとここに来るまでに何かあったんだろうけど、それを聞き出すような野暮なことはしない。戦いは終わったのだから、それで今は良しとしよう。
樹海が世界を覆い、そこから現実の色がつき始めていた。やがて私たちを含め全てが元の世界に戻っていく。
私にとって久しぶりの再会に会話の花を咲かせながらその時を待っていた────。
────
───
──
─
重力に逆らって昇っていく光の粒子たち。これは数多の魂、願いが込められている。
遠くで少女達が笑っている。人が本当の意味で笑顔を取り戻すのに随分と時間がかかったけれど、まぁ丸く収まってくれたのなら存在した意味はあった筈だ。
『…………。』
見晴らしの良い屋上に足を運ぶ。四国が一望出来るその建物の上に私は立つ。
『仲間』たちも自分のように現界し、御役目を全うして最期を終えた。自分も一人の勇者に手助けはしたけどそこまでだった。その後の選択肢として『仲間』たちと合流して顔を合わせることもできたけど、それもしなかった。
だって自分には──元々の目的が他の人とは違うのだから。
『来て……くれるかしら?』
想う。願う。今こうしてこの世に留まれるこの刹那に逢いたい人がいた。この数百年と続いた中でずっと頑張ってきたその人に逢うために自分は今ここにいる。またかつてのように会えるなら……。
『……誰?』
しかしそこに最初に現れたのは焦がれた待ち人ではなく、別の一人の少女だった。
チラッと振り向いて見てみると、左右の癖っ毛がひょこひょこと動きそうな、そんな印象を受ける。気の強そうなツリ目が自分を射抜くように視線を向けてきた。
「それはこっちのセリフだ。オマエこそ何者だ?」
『まず自分から名乗るものじゃないかしら…防人の人』
「チッ……シズクだ。山伏シズク」
『そう…私はそうね…… Cシャドウ、でいいわ』
「おい。明らか偽名だろーが」
『いいじゃない。あなたとはこれっきりの関係なんだから』
一人一人の顔と名前は覚えていないけど、彼女はこのタワーを守っていた『防人』の人間だと認識している。
シズクという少女はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「オマエ……まさか『勇者』か?」
『察しがいい……といいたいところだけど、私は今の時代の人間ではないの。ただの残滓、亡霊……いずれ消えて無くなる存在よ』
「……ならなんでここにいやがる? あの様子だと、戦闘は終わったのか??」
『待っている人がいるの。あと天の神は勇者たちがちゃんと退けたわ…じきに元に戻るから安心なさい』
「……なら、結城はやり遂げたんだな」
ぼそっと呟いた彼女の横顔は嬉しくも寂しい……そんな顔をしていた。雰囲気的にももしかしたら自分と似たような境遇なのかもしれない。
『………!』
二人で先の景色を無言で眺めていたら、とうとう自分の待ち人がふよふよと飛んできた。
綻ぶ顔を抑えながら手を広げて迎え入れた。
向こうも自分の方に真っ直ぐ胸の中に収まると、横に居た防人が驚く。
「こいつは……結城のとこにいた……」
『おかえりなさい。待ってたわ、本当に』
「…………、」
何かを言いたそうにしてたけれどそれ以上は言わず。私も気にせずに来てくれたこの子の頭を優しく撫でた。
やっぱり彼女は来てくれた。会いに来てくれた。嬉しくて涙が出てくる。あの時、会うことがなくお別れとなってしまった人との再会はそれだけで心が満たされていく。
『長い間、お疲れ様。
人々の未来を願って彼女は神樹様の中で戦い続け、途方もない時間の果てに彼女の御役目は終わった。
疲れただろうに、苦しかっただろう。ここまでの人類の歴史を見てきた彼女に労いの言葉をかけ続ける。
『…これで私も未練なく逝ける』
「満足そうな顔しやがって……」
『ええ、満足よ。貴方もそろそろ行ったらどうかしら? お仲間が探してるんじゃない?』
元々彼女はこの場には関係のない人間。しかしどういうわけか彼女は大きく溜息を吐き出すと、雑に床に腰を下ろした。
「いや、オレはここにいる」
『なぜ?』
「約束したからだ。『
言いながら彼女は懐から花型のブローチを取り出して静かに見つめていた。
なんだか…私と彼女は似たもの同士なのかもしれない。
今度は私が溜息をついて横に腰を落ち着かせた。
『静かな方が良かったけど……仕方ないから許してあげる』
「んだよ仕方ねーって……」
『ねぇ』
「あん?」
呼びかけると彼女はこっちに振り向いた。同時に目を見開く。
「体……消えて…」
『ありがとう、このタワーを守ってくれて。私の「仲間」が遺してくれた象徴を壊させないでくれて。なんだかんだで嬉しかったわ』
生前『人』なんて滅んでもよかった、なんて考えていた時期もあったけれどこうして蓋を開けてみればそんなことはなかった。
不器用で色々と選択を間違えてきたりしたけど、それでも生きてくれて良かった、なんて思えるぐらいには『人』を好きになれていたのかもしれない。
私がその考えになったのはやっぱり『仲間』のおかげなのだろう。
周囲の光に溶けていくように身体が透けていく。『牛鬼』も同じように身体を散らして…。
そして先に『光』となった精霊は最期に人の姿を造り上げた。
『行こっか♪ ぐんちゃん────!』
『うん、高嶋さん…!』
差し伸ばされた手をとる。今度こそ離れ離れにならないように強く握って。お互いが満開に咲いた笑顔を浮かべて。大好きな人と一緒に。
「…………あばよ」
消えゆく残滓を一人の少女が見送った────。