私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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八話

 

 

 

山伏しずくさんが私と友達になってくれました。

年は同い年でここからは離れた場所に住んでいるみたい。今日はたまたまこの辺りに足を運んでいたようでそこで私たちが探していたネコさんを見つけたようです。

 

「一人でここに来てたんですか?」

「いや、もう一人と来てたけど……どっかに行っちゃった」

「もしかしてしずくさんも迷子…?」

「どちらかというと、その人が……迷子」

 

困ったもんだ、と言わんばかりの表情を浮かべるしずくさん。

私としてはここまでの経緯を知らないので何とも言えないけれど、きっと探しているに違いないだろうなと思います。

 

「それより……結城はどこか具合が、悪いの? 車椅子だから」

「あ、ううん。実はもう治りかけなんだ。大事をとって車椅子で生活してるけど、それも長くはないかな?」

「……ビョーキかと思った。元気で良かった」

「心配してくれてありがとうしずくさん!」

「ん」

 

ぴょこぴょこと癖っ毛を猫耳のように動かしながらしずくさんはネコさんを私に手渡してきた。

私はそのままネコさんを受け取るとしずくさんは遠くを見つめ始める。

 

「しずくさん?」

「……見つけた。そしてわたしを呼んでるみたい。そろそろ行かなきゃ、いけない」

「ぁ……そう、なんですね」

 

どうやら時間のようだ。せっかく出会えたけれど向こうも心配しているだろうから引き止めるわけにはいかない。ちょっと寂しいけど…。

 

「…連絡先、交換したからいつでも連絡してきていい。だから結城…そんな顔しないで」

「うん……また会えるよねしずくさん」

「ん。また会いにくる……約束」

「……っ。はい!」

 

小指を差し出してきたしずくさんに私も同じように小指を出して指切りげんまんをする。

そして夕日に照らされながらしずくさんは小さく手を振るとその先へ歩いて行った。

離れていく背中を見ているとその更に先から一つの影が近づいてくるのがわかる。

 

────見つけましたわよしずくさん。こんなところで何をしてらしてたんですの?

────ん、友達と話をしてた。

 

一言二言と会話をするとその人はこちらに向き直り頭を下げていた。

隣にいるしずくさんは手を振ってくれて、私も同じように手を振り返すと今度こそ二人は来た道を戻り歩いて行ってしまった。

見えなくなるまで私は見送ると振っていた手をゆっくりと下ろしていく。

嬉しさと少しの寂しさを残して。

 

「…友奈ー!」

「あ、夏凜ちゃん! おかえりなさい」

 

入れ替わるように、私の背後から夏凜ちゃんがネコさんを抱えて戻ってきていた。

額には少しだけ汗を滲ませて、さっきまで頑張って捕まえてくれていた証拠だった。

私はハンカチを取り出して夏凜ちゃんに近づいてその汗を拭いてあげる。

 

「屈んでもらってもいい夏凜ちゃん」

「ん? ええ、こう……ちょ──!? びっくりした。あ、ありがと」

「夏凜ちゃんこそありがとう。大変だったでしょ?」

「それはまったくと言っていいほど問題ないわ。でもこの猫…柄は同じだけど依頼の猫とは違うわね──って友奈の膝にいる子」

「あはは……実は夏凜ちゃんが行っちゃった後に見つけたんだ。声を掛けたんだけど、間に合わなくって」

「くぁ…私としたことがやらかした。でもよく捕まえられたわね?」

 

頭を抱えながら夏凜ちゃんは訊ねてくる。私はその言葉に小さく微笑みながら口を開く。

 

「──うん! 優しい人が捕まえてくれたんだよ〜」

「へぇー。まぁこれで何とか依頼達成ね。さっそく風たちに連絡、っと」

 

私も東郷さんに連絡しなきゃね。帰ったら今日の出来事を日記にまとめたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。私は自室で机に向かってパソコンの練習をする。ローマ字打ちは既にマスターしたので今はタイピングの速度を上げる練習をしていた。

 

「……ふぅ。できた」

 

タン、と東郷さんから出された課題を終えて私は一息をつく。

ちょっと目が疲れ気味だ……身体がまだ慣れていないのかもね。伸びをして傍に置いてあった端末を手に取り弄っていく。

 

「──あ、これいいかも」

 

ネット検索で調べ物をしている最中にあるアイテムを見つけた。チラっと窓の外を眺めてみると東郷さんの部屋の明かりはまだついている。

私はNARUKOを起動して文字を入力していく。

 

『急なんですけど、週末買い物に行きませんか?』

『あら、でーとのお誘いかしら。もちろんいいよ』

『その様子だと課題は終わったみたいね。お疲れ様』

 

返信が早い!

それにしても…で、デートなんて東郷さんってば…! もうー。

不意にドキりとさせてくる東郷さんにびっくりするもお礼の返事を返しておく。

 

「さてっ! 次は学校の勉強の復習して……あ、しずくさんに連絡しておこ」

 

さっそく彼女にも連絡を入れる。

 

『夕方はありがとうございました! 無事にネコさんは飼い主に届けることができました〜』

 

……こんな感じで大丈夫かな。少しだけ眺めてみるが返信は返ってこない。

寝ちゃってるのかな?

 

(…気長に待つべきだよね。それともやっぱり図々しかったかな)

 

そう考えて首をふるふると横に振る。一人だとどうしても考え方がネガティブになりがちな気がする。私は端末に保存されている画像の一枚を開いた。

 

それは楽しそうに『わたし』も含めて笑顔で写っている勇者部の一枚。格好や様子からして夏凜ちゃんの誕生日会のものだろう。

 

「くす。夏凜ちゃんすごく戸惑ってる顔してる」

 

他にも先輩や樹ちゃんたちと撮っているものもある。でもやはり割合を占めているのは東郷さんとの写真だった。私が知らないみんなとの思い出。私の知らない東郷さんとの写真が沢山ある。

 

(ちょっとだけ羨ましい……って考えちゃう私は凄く卑しい人間だな。私にそんな資格はない筈なのにね)

 

胸に手を当てて自分の『熱』を確かめる。いつか消えてしまうものだけど、それがいつになるのか分からない。

だからこそ頑張らないといけない。私が私である内にやれる事をやるだけだ。

 

「ん…? あ、しずくさんからだ」

 

気合を入れたところで端末から通知音が聞こえる。相手は今日友達になったしずくさんからだ。

 

『無事に届けられて良かった。ありがとう結城。そしてこれからもよろしく』

「しずくさん……」

 

やっぱり彼女は優しい。私の初めてのお友達。誰が誰のと線引きしてしまうのはよくないことだけど、やはり自分にとって特別感のある響きだ。

 

こういう機会は一つ一つ大事にしていこうと改めて誓う。

 

「こちらこそよろしくお願いします…と。よし、やるぞ!」

 

気合を入れて私は今日も遅くまで勉学に励みます。

今日も嬉しいことがあったから気力が湧いてくる。でも区切りをつけて程々にしないとね。東郷さんに心配かけちゃうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして東郷さんと約束していた週末が訪れる。この日は私にとって東郷さんとお出かけする日でもあり、もう一つは────

 

 

「……うん。大丈夫そう」

 

姿見の前で私は立ち上がる。屈伸したり足首を動かしてみたり足踏みをしたりして確認をする。そうなんです、今日から私は車椅子生活を終えることが出来ました。

 

リハビリを頑張った甲斐があってお医者さんから前日に許可をもらいこうして私は車椅子離れをすることが可能になった。

とても嬉しい。これで東郷さんと並んで歩くことが出来るし、部活も積極的に励むことができます。

私は背後にある車椅子に目をやり、ソッとそれに触れた。

 

今日までありがとう、と感謝の念を唱えて車椅子を畳む。なんとなく寂しい気持ちが横切るがいつまでもこれに甘えているわけにもいかない。

 

「──さて、東郷さんも外で待っているから急がないと」

 

今日は一人で起きるように努力しました。恥ずかしいけど東郷さんの言葉を借りるなら『でーと』なる本日は待ち合わせをして行こうと言う話に至ったのだ。

とは言っても自宅は隣同士なので家の前で待ち合わせだけどね、えへへ。

 

「…いってきます友奈さん」

 

こうして私は初めて自分の足で外の世界に踏み出す。

 

 




『私』ちゃん、山伏しずくとお友達になる←new
車椅子生活が終わり、通常歩行が可能になる←new

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