私の名前は『結城友奈』である   作:紅氷(しょうが味)

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九話

 

 

 

 

玄関の扉を開けると眩い日差しが私を照らす。腕で光を遮って空を見上げれば青い空が広がっていた。

絶好のお出かけ日和。

 

「友奈ちゃん。おはよう」

「あっ! 東郷さんおはようー! いい天気だね」

「友奈ちゃんとこうして出かけるのは初めてだものね。晴れてくれないと困るわ────そしておめでとう」

「えへへ、ありがとうございます。これで東郷さんと一緒に歩いて学校とか行けるから嬉しいな」

「うん、私も。足に違和感や痛みとかない?」

「大丈夫っ! こんなことしても平気なんだよー」

 

びょんぴょん、と小さくジャンプして大丈夫だとアピールする。すると安心したように笑ってくれる東郷さんの笑顔は今日もとっても綺麗だった。

 

「あまり無茶しちゃダメだからね……あ、そうだ友奈ちゃん。ちょっとそこで立っててもらってもいいかな?」

「へ? ……こう?」

「うん。じゃあ撮るわよ」

「え、え? ぴ、ぴーす?」

 

何事かと思っていたら東郷さんは端末のカメラ機能を使って私にレンズを向けてきた。

困惑しながらもポーズを取る私に東郷さんはシャッターを切る。

 

「今日は友奈ちゃんが一人で立ち上がった記念の一枚よ」

「あ、そういうこと……それなら東郷さん、私も一つお願いがあります!」

「あら、何かしら?」

「私も写真が欲しいから東郷さんと一緒に写ったものが欲しいなーなんて」

「……ふふ。そうね、なら一緒に撮りましょうか友奈ちゃん」

「…っ! うんっ!!」

 

私の提案に快諾してくれて私はとても心が満たされる。ふわふわとした気持ちのままでいると私の横に東郷さんが歩み寄ってきて身体を密着させてきた。

ドキリと心臓が強く脈打ち顔が熱くなってくる。

 

「と、東郷さん……」

「なぁに友奈ちゃん?」

「ちょっと密着が凄い気がするんだけど……?」

「これぐらいくっ付かないとカメラに収まらないの。それに──よくこうしてくっ付いていたじゃない」

「ぇ……あ、うんそうだったね!」

 

そ、そんなことしてたの『わたし』は!? ふわ……意識してみると東郷さんとってもいい香りがする。それにこうして並んでみると私より少し背が高いからとても頼もしく見えて……ドキドキが収まらないよぉ。

東郷さんはそんな私の反応を知ってか知らずかとても楽しそうにシャッターを切っていた。

うう……。東郷さんは何で平気なの。

 

「こんなものかしらね。満足したわ……ほら、友奈ちゃん顔赤くしてて可愛い♪」

「と、東郷さんやっぱりワザとやってたの!?」

「あらわざとなんてしてないわ。全て本気も本気よ」

「東郷さんのいじわるぅ……!」

「その表情もいいわね♪」

「にゃぁ!? 撮らないでー?!」

 

素早く行動に移す東郷さんに翻弄されつつも、なんとか自宅前から出発することができました。

ちゃ、ちゃんとお買い物できるかな。ちょっと心配です。

 

 

 

 

 

 

 

歩く時の視点というか、視える世界が違うように見えてしまうのは錯覚なのだろうか。

世界がとても明るく見える。気持ちの高揚なのかなんなのかは分からないけどとてもいい気分だ。

 

「今日はご機嫌ね友奈ちゃん」

「だって東郷さんと二人でお出かけなんだもん。ずっと楽しみにしてたんだ~」

「嬉しい。でもそんなにはしゃいでいると転んだりしちゃうわよ?」

「大丈夫ダイジョウブ! ……うわっとと!?」

「もう、言ってる傍から……めっ!」

「きゃう!? ……ごめんなさい」

 

人差し指でおでこを突かれて私は額を押さえる。少し調子に乗っちゃったみたい。

反省していると頬を小さく膨らませながら東郷さんは私の手を取ってくる。不思議にその様子を眺めていると彼女はそのまま歩き出し始めた。

必然的に引っ張られる形になった私は東郷さんに視線を移すとなぜかとっても嬉しそうだった。

 

「東郷さん?」

「お転婆な子は私が手を繋いでいないと危ないので目的地に着くまではこのままでいくから」

「え、ええ!? 私おてんばじゃないよ??」

「お転婆な子はみんなそう言います」

「むぅ────でも、これもいいかも」

「うん? なにか言った友奈ちゃん?」

「んーん。なんでもないよ~♪」

 

東郷さんは心配してやってくれているけど、こうして向こうから手を繋いでくれて嬉しくなる。ぎゅっと手を握って彼女の温もりを感じつつ、今度は落ち着いていくことにする。だってその方が長く手を繋いでいられるからね!

 

「ところで、イネスには何を買いに行こうとしてるの?」

「えっとーパソコン関係のテキストとー眼鏡ッ!」

「え、眼鏡……? 友奈ちゃんまさか目が悪くなっちゃったの!? わ、私のせいで……」

「違うちがう! 眼鏡っていってもえっと……ぶるーらいと? をカットしてくれるタイプの眼鏡を買おうかなって思ってて」

「ああ、そういう……ほ、本当に大丈夫なのよね? 嘘は言ってない?」

「本当だよ! だからそれを買ってもっといっぱい東郷さんから色々なことを学びたいなぁって考えてます!」

「もうびっくりした。でもそうね…友奈ちゃんの眼球を守るにはそういうものも必要よね!」

「い、言い方がなんか怖いよ東郷さん」

 

眼球はちょっと……せめて、んーと。お目目とか?

東郷さんが『お目目』って口にしてる光景を思い浮かべてみる。

 

…………。………。

 

「───ふふ。くふ、あはは!」

「え、え? 友奈ちゃん??」

「ごめ、ごめんなさい急に笑っちゃって……でもお目目って言っている東郷さんが可愛くて」

「お、おめ…?? 私そんなこと言ってないよ友奈ちゃん」

「あれ…? あれー??」

「もう、さっきのお返しってことかしら。友奈ちゃんって意外といじわるなのね?」

「そ、そんなことないよぉー」

 

いけないいけない。考えていたことが口に出ちゃった。

話題を変えないと…えっと、

 

「…そういえば東郷さん、渡してくれた資料で分からないことがあったんだけど」

「むぅ。話題を逸らしたわね友奈ちゃん……どの辺りだった?」

「五ページ目のところで────」

「あそこね。そこは────」

 

少し強引だったけど、聞きたかったのは事実なので申し訳ないと思いつつ私は話題を振る。

東郷さんもむすっとした顔をしていたけれどすぐに元の調子に戻って私の質問に答えてくれた。

話題としては華やかさに欠けるかもしれないけれど、ちょっとでもこの人に近づきたくて始めた彼女との習い事。

まだ日は浅いけど今や私にとっての生活の一部になりつつある。

 

東郷さんはすごい、さすが先生です。私が質問や疑問に対して求めている答え以上の回答を私にくれる。だからこそもっと頑張ろうって気にもなるし、期待に応えていきたいとも思える。

『わたし』もきっと……そういう真っ直ぐな部分が好きなんだ。

 

「──ということね。ふぅ、ちょっといっぺんに話しすぎたかしら」

「ううん。ちゃんと脳に焼き付けてるからダイジョブ。ありがとう東郷せんせー」

「またそういうこと言って……でも正直驚いているわ。ここまで真摯に取り組んでくれるとは予想してなかったから」

「そうなの?」

「一時の興味というか、友奈ちゃん結構色んなことに取り込もうとするし今回もそういうものかなーって考えてたけど」

 

チラリと彼女をみる。

東郷さんが違和感を抱いていた。

 

「…………変、かな?」

 

────やっぱり私は『わたし』になりきれないのかな。東郷さんの言葉を聞いて想像に難くない。きっと『わたし』は楽しく様々なことにキラキラと輝いた目で世界を見ていたのだろう。視点は理解できても蓋を開けてみれば私は『わたし』になろうとして必死にもがいているだけ。これでは違和感を持たれてもしょうがないと思う。しかし東郷さんは首を横に振った。

 

「変じゃないよ」

「え……?」

 

歩みは止めずに東郷さんは手を握ったまま話を続ける。

 

「今の友奈ちゃんは確かに目を離せない時があるけど、でもこうやって頑張っている姿はちゃんと私は知ってるから」

「…………うん」

「頑張っている人を無碍にするつもりはないし、喜んで手伝うよ。ふふ…それに私と共通のものを一緒に出来て私自身も結構楽しんでやれているのもあるのよ?」

「……これからも教えてくれる?」

「もちろん♪ むしろこっちからお願いしたいぐらいよ」

 

そう言って彼女は笑顔を浮かべる。

……ずるいなぁ、東郷さん。

 

「……えい」

「わ、友奈ちゃん?」

「エスコートして欲しいな東郷さん」

「──いいよ。任せて友奈ちゃん」

 

繋いでいたその手は更に密接に絡み合う。

暖かい。

 

うん、頑張れる。私は『わたし』のために、東郷さんのために頑張れる。例えこの結末がどうなろうとも、どんなことが待ち受けたとしても頑張れる『熱』をこの瞬間にもらえたから。

 

さて、そのためにもまずは今を楽しませてもらおう。せっかくの『でーと』なのだから。

 





眼鏡姿の友奈ちゃんは可愛いと思う。

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