ガラガラと、彼を乗せる馬車はいつもと変わらない音を奏でる。
「お兄さん方。もうちょっとで目的地に到着するよ。代金の用意よろしくね。」
運転手は陽気な笑顔で乗客に話しかけた。
「代金、おいくらぐらいですか~?」
乗客の一人の、赤い服の女性が声で運転手に訪ねる。
「ちょ、副指令。ここは自分が出しますので・・・。」
「いえいえ~これも立派な仕事です。経費で落ちますよ~。」
「・・・すみません。」
男性の乗客は申し訳なさそうに女性に感謝の意を伝える。女性はどこか嬉しそうな顔をしていた。それから十数分後。馬車は目的地に到着した。
「はい。それじゃあ代金〇万円ね」
「・・・へ?」
運転手の口から出てきた値段に、男性の乗客は思わずそんな間抜けな声を出してしまった。
「・・・はい、ちょうどです。あ、領収書お願いします~。」
が、隣の女性がポンっと代金を払う。仕事を終えた馬車は再びガラガラと音をたてながら東京の街へ消えていった。
「・・・5年ぶりか。」
目的地の茶房の前でその男・・・『黒鋼 アリト』は言葉を漏らす。
「入らないんですか?」
建物を見上げるばかりで歩みを進めようとしない黒鋼に、女性は話しかける。
彼女の名前は『丙子椒林剣』。御華見衆の副司令官を務める巫剣である。
彼女の言葉に、黒鋼は少し間をおいて答えた。
「そりゃ入りたいですよ。・・・ただ、もしも巫剣達が私の事を忘れていたらと思うと・・・」
黒鋼は視線を自身の足元に向ける。彼は5年間眠っていたが、記憶ははっきりしており、5年前のことも昨日のことのように思い出すことができる。眠っている間は記憶が追加されないので当然と言えば当然だが、巫剣達は違う。5年間、毎日様々な経験をし、新しい日々を生きていた。5年前の記憶を塗り替えるには十分に月日が流れている。黒鋼のことを忘れていてもなんら不思議ではなかった。
「大丈夫ですよ~みんな黒鋼さんのこと大好きでしたから。そう簡単には忘れたりしませんよ~。」
「・・・だといいんですが。」
「先のことを考えてうじうじしていても仕方ありません。とりあえず、入っちゃいましょう♪」
丙子椒林剣は茶房の入り口を開ける。カランコロンという鐘の音と、無人の店内が彼等を出迎えた。否、正確には1人の男性がお客用のテーブルに座っていた。
「やあアリト・・・久しぶりだね。」
その男性はさわやかな笑みで黒鋼の名を呼ぶ。
「冬馬・・・?何故ここに?」
彼の名は冬馬。陸軍所属の黒鋼の友人である。
「何でとはひどいな。君が眠っている間。この茶房は僕が面倒を見ていたんだよ。副指令から聞いてないのかい?」
いや、何も聞いていない。黒鋼はどういう訳か尋ねるために丙子椒林剣の方へ視線をやる。
「(*´ω`)」
(言うの忘れてたなこの人・・・。)
「まあそんなことはいいさ。中庭に巫剣達を集めてある。はやく驚かせに行ってあげな?」
・・・驚かす?
「え、ちょっと待ってくれ。彼女たちは俺が戻ってきたこと知らないのか?」
「うん。というか、君の意識が戻ったことも知らされてないよ。」
なんでだよ。伝えとけよ。それなりに重要なことだろうが。
「いや~こういう感動ドッキリみたいなの、一度やってみたかったんだよね♪」
「・・・予言しよう。お前そのうち痛い目見るぞ。」
「楽しみにしておくよ。」
冬馬はクスクスと笑う。黒鋼は小さくため息をつくと、巫剣達の集まる中庭へと歩みを進めた。
「・・・1人くらいは覚えといてくれよ・・・」
巫剣達が出てくるのは次回になります。