爆発物になりうるIoT家電。端末に表示された見取り図と昨晩浴室で聞いた言葉が割り符かパズルのように組合わさり、はっと気づいて電話をかけた――その時だ。
地下から突き上げられる酷い衝撃で体が宙に浮く。眼前の巨大な建物は一瞬膨らんで破裂、身を守るため四つん這いに体を沈めるが爆風やコンクリ片などが体の随所を殴っては飛び去っていく。ガスバーナーのように勢い良く燃え上がる火が一瞬で周囲を熱帯に変え、喉を焼くような熱を撒き散らす。
「くそっ!」
コンクリ片に叩かれた右肩を庇いつつよろよろとその場を離れる。もっと早く気づいていれば、何かを変えられた。そのはずなのに……中にいた人間の生存は先ず望めない。唇を噛み締め後ろを振り返り、燃え盛る国際会議場を見上げた。
浴室の壁越しに教えられたヒントが頭の中でリピートしている。
『――ガス線もあれば発火物になりそうなIoTのポットもあるんだ他人の私物だけど。ハックだ、ハックするしかない間違いない』
国際会議場は最新型の制御システムが組み込まれている。そして数日後にオープンの新しい建物ならば、新しい物で固めるものだ。新しいテーブル、新しい建築材、最新型のIoT家電。――そうとも、これは事故などではない。事故ではなく事件であり、故意による犯罪だ。
片手で髪を掻きむしり獣のように唸る。しかし口許は自然と笑みの形を作った。
「ああ、うちの幸運の女神様は」
俺にだだ甘い!
これだけのヒントがあって「何も出来ませんでした」などという間抜けを晒せるはずもない。間抜けを晒すわけがない。すぐに犯人を見つけ出し日本国民を守れ、そう言われている。
早急に、即座に、だから手段など選ばない。
「――今回の爆発はIoTテロの可能性がある。これは事故なんかじゃない、事件として捜査を進めろ」
カーテンを締め切った車内、爆発から運良く逃れた風見から怪我の手当てを受けながら、これからの捜査について指示する。
「IoTテロ、ですか」
「ああ。先に言ったようにガスの栓はネット回線から解放できる。そしてガスで満たした室内でIoT家電……スマホなどの端末でも良いな。それをショートさせれば、火種は簡単に作れる。爆破など簡単なことだ」
肩に湿布を貼られ、包帯を巻かれる。
「過激派テロ組織だけでなく、物品の納入に関わった業者、キッチン用品を事前に知ることができたスタッフ、点検に参加した警察官含め全ての関係者を洗え。こちらはシステムへのアクセスログ等を洗う」
「了解しました」
右手を握り、開く。痛みはあるが我慢できないほどではない。日常生活に支障はなさそうだ。
「事件性の確保と犯人の油断を誘うため、仮の容疑者を置く」
「はい」
「容疑者とするのは――」
謎と見れば飛び込んでいく少年の顔が浮かぶ。だが、ただの「謎への関心」程度では足りない。もっと切羽詰まって、オーバーヒートするほど頭を回転させてもらわなければならない。だから……彼を追い詰める。
「眠りの小五郎こと毛利小五郎。彼は警官OB、指紋の入手は容易いはず。何かの破片にでも転写しておくように」
「分かりました」
罪のない少女の涙より、無関係な男とその妻の心労より、少女を愛する少年の焦りより――俺には守らなければならないものがある。たとえ憎まれようが罵られようが、そんなものは個人対個人の小さな問題だ。俺が相手にすべきは組織や国家レベルの問題であり、少年から向けられるであろう悪感情など些事でしかない。
「凄いです」
「うん?」
その言葉に振り返れば、悔しそうに顔を歪める風見がいた。
「まだ爆発から一時間もしていないというのに、もうそこまで辿り着いている……。降谷さんは、凄い」
「そんな、自分が犯人ならどこを突くかが分かるだけだ。褒められるようなことじゃないさ」
「それでもです。私はまだ頭が熱くて……冷静になれていません」
目の前で爆発が起き、仲間が何人も死んだのは確実で、そしてまだ時間がさほど経っていない。風見が熱くなるのも当然のことだ。悔しいと言葉を吐き出す風見の肩を叩き、慰めになる訳もないことを口にした。
「……俺には幸運の女神がいるのさ、今回も彼女のお陰で謎がするする解けているだけでな」
風見が笑おうとして失敗したような表情を浮かべ、力ない声で「ふふ」と笑った。
「降谷さんの恋人ですか。どんな人か気になりますね」
「は?」
「え……? 何かおかしなことを言いましたか?」
――彼女は金ローで魔法学校の一年から六年までをやった日には「スネイプ先生カッコいいよー!」と叫び、先生が死んだ七年生を放送した日には「私は信じぬ! 信じないからな、先生は不死鳥のように復活するのだ間違いない! こんなことがあってたまるかよぅ!」と嘆く。
濃い顔が好きで、初めてカラオケで歌った歌はおは◯ック、ネタ曲と替え歌のバラエティーは多岐に及ぶがメジャーな曲はほぼ知らない。ジーザスではなくイエス・ノーのイエスにしか聞こえない「イエス! キリスト!」と頻繁に叫び、そして人類よりも車の方が好きらしい。
先日は「おぅ……イェース」と言いながら湯に浸かり、突然「斬首斬首ゥ! イェース家康!」と訳の分からないことを言い出した。そしてしばらく無言になったと思えば歌い出したのはパソコ◯しぐれ。後から検索してみればBAS◯RAの手書きMADに使われた曲だった。
「……恋人なわけがないだろう」
容疑者を作る以外にもいくつか風見に指示を出してから別れ、別のビルが壁になったお陰で無傷だったRX-7を走らせた。彼女のいるアパートとは違うセーフハウスで二時間弱の休憩をとってからポアロに向かい、酔っ払いの喧嘩に巻き込まれたんですと頭を掻いて梓さんを誤魔化し「安室」を始める。
半時間ほどして風見とその他刑事らが現れて毛利探偵事務所への階段を上り――大量の段ボールと共に下りてくる。
風見がポアロの前で立ち止まる。眼鏡を外して目を揉む動作。コナンくんのスマホに監視アプリを無事入れられたという合図だ。
――これから俺は、守るべき国民の一人に対し、人質をもって恐喝する。「救いたければ謎を解け」と狂ったことを言い、でなくば大切な人を傷つけてやると、想い合う家族を引っ掻き回してやると嘲笑する。
目的のためなら何でもする腐った野郎だ。善だなど、正義だなどとは言えるわけもない屑だ。
幸せとは壁一枚隔てた向こうにあるべきものであり、「降谷零」には必要ない。
正義の執行を阻む柵は、必要ない。