その壁は薄かった   作:充椎十四

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 安室繋がりで思い浮かぶ歌手は安室奈◯恵。だが私はアムラーではなくフルヤ=クリスチャン、彼女の持ち歌で知っている曲は少ない。テレビで延々と流れてでもいなければ興味も湧かず、自分から調べて覚えた曲は一曲のみ。

 

「色んな色で染まる世界で一人で」

 

 だが、彼の側におり笑顔で支えてくれていたスコッチは死んだ! 何故だ!? 坊やだからか!?

 髭で誤魔化していたが、彼もフルヤ=キリストに負けず劣らず童顔だった。

 

 童顔――ショタといえばあれも懐かしい。

 

「この街は常に白い煙に覆われていた……」

 

 この作品こそスチームパンクへの扉だったというアラサーは多いはずだ。何故ならば私がそうだったから。父が録画していたビデオテープを何度巻き戻したことだろう……。このOPはナレーションから入ってこそ、よりいっそう魅力を増すのだと思う。

 ところでだ。これでおねショタに目覚めた人は多いだろうが、私はおねショタよりも「年上の老齢のおじさまと彼より三十歳は年下の女性」という組み合わせが一番好きなのであまり萌えなかった。お兄ちゃん、アラン・リックマン、なんで死んでしまったん? 彼こそ理想のおじさまだった。しかし、しかしだ。考えてみてくれ……ショタなアラン・リックマンもそれはそれで美味い。そう思うだろう? 私はそう思う。つまりアラン・リックマンはイケメンだ。

 

 顔の濃いイケメンが好みの癖に信仰対象は日系ベビーフェイスなのはどうして、とすずに聞かれたことがある。

 

 イケメンはイケメンでありそれ以上でもそれ以下でもないが、フルヤ=キリストは救い主であり神の子つまり完璧。直視など許されぬ貴き存在なのだ。黄金色の髪は富と栄誉を暗示し、後光に透けて神秘的に輝く。小麦色の肌は豊穣を、青く深みのある瞳は時により恵みの雨も晴れ渡る青空も感じさせる。少ししわの寄った眉間はこの世の悲しみを憂う証であり、弓の弦の如く引き絞られた口許は威厳に溢れて雄々しい。

 それだけではない。降谷零であるだけで既に尊いのに、彼にはあと二つも顔がある。つまり彼は阿修羅なのだ! ダブルフェイスでは前後か左右の二つの方向しか見えないが、トリプルフェイスなら三方向が見える。つまり隙がない。白と黒の視点しかないダブルフェイスとは違い、白と黒ともう一つという三次元的な視点を持ち物事に対応できるのだ。

 この第三者の視点――安室透という存在は素晴らしい。白と黒の中間にありながら、それでいて、その二つの対極に位置する。白と黒、降谷零とバーボンが当事者ならば安室透は第三者。客観的かつ他人が故の冷徹さで、刃を振り下ろすように判断を下す。分かるか、一番怖いのは降谷零でもバーボンでもなく――安室透。「誰にでも平等に優しく親切で心を砕いているように見える人間」を何と言うかなど誰でも知っているだろう、サイコパスと呼ぶのだ。

 

 イエスが父と子と聖霊で三位一体ならフルヤは降谷とバーボンと安室で三位一体。イエスも父と子は縁があるのに聖霊は部外者! フルヤも降谷とバーボンは対立構造に在るのに安室は部外者! つまり安室だけが一人浮いている!

 なんて隙がない男なんだフルヤ=キリスト、完璧か!? そうとも完璧なのだよフルヤ=キリストという存在は。完璧に作られた神の子だから! 迷える子羊らを救わんがため産み出された、存在の根本からして特別な男なのだ! 知らなかったなら知れば良い。分からないなら理解しろ。フルヤ=キリストは完璧なんだ(集中線)! エィメン!

 

 ところでここで「三位一体」ってなーに? なんて思う人も中にはいることだろうから説明しよう(cv富山敬)! 今回ばかりはメタ発言許してね。

 

 三位一体の三位とは、日本号とは一つも関係ない。三つの位相……三つの顔と思えば良いだろう。それを意味するので正三位の槍とは掠りもしない。

 話を戻し、その三つの顔にそれぞれ名前を振り分ければ「父なる神」「子なる神」「聖霊(聖神)」となる。これらを端的に説明すると「父なる神」は地震雷火事親父、「子なる神」はイエス、「聖霊」は異端から異説までたくさん説があって大混乱だから気にしなくて良い。

 そしてざっくり話をまとめれば、三位一体とは、これらの「父なる神」「子なる神」「聖霊」は一つの体に宿った異なる一面である、ということだ。ゴッドはトリプルフェイスでフルヤもトリプルフェイス。つまりフルヤ=ゴッド。はい説明終わり解散。

 

 ところで「父なる神」と言えばだ。人は「父親」をどういう姿や性格だと想像するだろうか? 威厳がある、怒った時には殴られる、背中で語る、「失敗したら分かるさ」のような発言……家庭により千差万別だとは思うが、一般的なイメージはこういうものではないだろうか。これらのイメージからから導き出されるのは「背中から学べ」「悔しければ這い上がれ」「自己責任!」という、父の愛といえば聞こえは良いが我が子を千尋の谷に突き落とす獅子のような酷さがある。

 

 見守っているが冷たく、時には拳で教育してくる存在――まさに降谷零。つまり降谷零は父親だったのだ間違いない。

 父親味に溢れた降谷零、やばい凄くやばい。考えてもみろ、お父様なんだ。書斎が似合う降谷零でお父様なのだ。そんなお父様やばい今すぐ幼女になり養女になりたい。某北斗のタイピングソフトも目ではない激打がハートを襲う。打×10! 打×10! 打×20! 花になって蝶になって夜になって踊れ!

 ちなみに私がタイピングの練習に使ったソフトが激打で、「お前はもう死んでいる」等と打ち込み続けた私はブラインド神拳ではなくブラインドタッチを身につけた。

 

「サンドバッグに浮かんで消える」

 

 (キーボードを)叩け! (キーボードを)叩け! (キーボードを)叩けェ!

 

 キーボードと言えばなんと、今年の新入職員はキーボードが使えなかった。大学のレポートはどうしたのか聞けば、レポートもエントリーシートもスマホやタブレットで入力したらしい。

 パソコンって予測変換がどうして出ないんですか、どうすれば漢字に変換できるんですか。そう聞かれた時の私の気持ちを十文字以内で答えよ。

 

 嘘やろ工藤。

 

 ……まあそんなことはどうでも良いのだ。教えれば良いだけのことに目くじらを立てるような狭量な性格をしているつもりはないし、新しいことを覚えるのに時間がかかるのは当然であって急かすつもりも全くない。

 ただ、時代の流れる速さに心が追い付かないだけだ。これがジェネレーションギャップなのか。片手の数しか離れていないのに。

 乗るしかないのに乗れていないこのビッグウェーブ。あいぽん派ではなくアンドロイド派なのが悪かったのかモヒカンにしていないのが悪いのか? 流行って廃るまでが速すぎ、もはや西尾◯新の発刊ペースだ。もう追い付けない。

 

 流行り廃りが早いと言えばコミケもそうだ。最近はブースができては消え、出来ては消えていく。……だというのに★矢やジョ◯ョ、昔からある漫画やアニメのブースが消えない理由は何か?――それはゆっくり育てられたため基礎ができているからだ。

 ジ◯ジョに二部時点でよいしょ本があったのは◯ト様が証明している。あーんス◯様が死んだ!

 

 最近の漫画やアニメのジャンルは、基礎を作る暇もなく建てられたバベルの塔のように思える。一見壮大で巨大で勢い良く見えるが、一年や二年もすれば作業員が九割去ってしまうわけだ。しかし、その搭を支え補強し続ける愛に溢れた一部の皆様がいるお陰で五年後十年後に原作がリメイクされたり外伝が出たりする。感謝っ……! 圧倒的感謝っ……!

 

 勢いの良さが悪いとは言わないが、私には合わない。もっとゆっくり走ろうぜ。

 ――あ。なるほど、これが歳か。

 

「ふふ、歳はとりたくないもんだぜ……」

 

 涙の滲んだ目元を覆い顔を伏せる。

 

 壁の向こうで、同年代の男も顔を覆っていた。




 なにげない言葉が二人の心を傷つけた。
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