その壁は薄かった   作:充椎十四

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 日曜日、適当に買い物にでも行くかと思い立って家を出たところに本郷さんが現れた。

 

「おはようございます、本郷さん」

「おはようございます」

「今日は洗濯日和の良い天気ですね。本郷さんはお買い物ですか?」

「僕は大家に突……いえ、まあそんなところですね」

 

 もし駅に行かれるのでしたら送りましょうかと聞かれて「やったーアッシー君ゲットだぜラッキー!」と思ったことはおくびにも出さず一度いえいえと断る。

 

「そんな悪いですよ」

「お気になさらず。ちょうど駅の方向に用があるのです」

 

 では有り難く……と一緒にガレージに行き、先週のポアロが「夢だけど夢じゃなかった」のか「夢だと思っていた現実だった」のか分からなくなった。シャッターの奥に隠れていたのはRX-7たん、ナンバープレートすら完璧な降谷閣下の愛車だ。

 ふざけるなもっとやれ。本郷お前は最高にクールだ、その容姿を活用してコナンカフェで働くが良い。今年の映画で萌えの余り白のRX-7を買ってしまったお姉さまもいらっしゃることだし、三日も働けばそれだけで収入三百万は堅いだろう。私もフルヤ=キリスト貯金の半分を支出する確信がある。

 

 想像してみろ、リアルにフルヤ=キリストな本郷さんと白RX-7の組み合わせはまさに、このコンクリートの地面に両膝を突いて祈るべき幸福であろう。幸福すぎてもはや罪……幸福安心委員会に「幸せは義務ですので」と保証を頂けない限り安心できないレベルで罪深い。幸福安心委員会にはどうやって届け出をすれば良いのだろうか? 東京都公安委員会には運転免許でお世話になっているが幸福安心委員会との接触は今までに一度もない。

 教えてくださいオンディーヌ、こんなに恵まれて良いんですか? 禍福は糾える縄のごとしと言う。こんな幸福の後には不幸が待っているに違いない。例えば事件に巻き込まれるとか事件に巻き込まれるとか事件に巻き込まれるとかだ。

 

 ――だがまあ、今の私は幸福に包まれている。未来のことを憂いていてもやる気と元気が無くなるだけだ。後の不幸なんてそんなの関係ねぇ! おっぱっぴー! 太平洋に平和を!

 私の次週予告にはいつも「来週も面白かっこいいぜ!」という主人公ボイスのナレーションが入っている。笑う門には福来るのだ。風呂を出る時も力強く掛け声を発し、ヤルキ間違えたやる気を呼び込むようにしている。

 病は気から、気合いでなんとかなる病気もある!

 

 ところで話は戻ってRX-7だ。RX-7はただでさえ見た目が良い。イケメンだ。カラーは白はもちろんとして黒やダークシルバー、赤、青、少し珍しい新緑色などもあるというのに、フルヤ=キリストのRX-7は白。この白いボディーもトリプルフェイスが故に違いない。三つ一組なのは三位一体だけではない、光も三原色なのだ。赤青緑の三色の光が揃った時――世界は白に染まる。

 

 ヤバい。そうとも、ヤバい。原色を三色混ぜれば黒になるのに対し、光の三原色なら白になるのだ。つまりフルヤ=キリストの三つの顔は全て光に属するということになる。

 崩れ落ちそうなほど素晴らしい。もう心臓が辛い。世界の中心でフルヤ=キリストへの信仰を叫ぶので骨は海に撒いてほしい。ケータイ小説はだいたい男か女のどちらかが死ぬが、フルヤ=キリストが死ぬわけがないので私が死ぬ。おお、フルヤ=キリストよ永遠に!

 

「運転してみますか?」

「いえいえそんなそんなRX-7たんに傷付けたら私は私が許せんのですよ――お気持ちだけ頂きます」

 

 本郷さんの提案は嬉しい。だがあまりに畏れ多すぎるため早口で畳み掛けるように断ってしまった。前回見た時は興奮の余り乗りたいと考えたが、二度目となれば前よりは理性が利く。

 RX-7なのだ、それもボディーが白なのだ。フルヤ=キリストの愛車そのものにしか見えないのだ。手が震えてうっかりハンドル操作をミスしたり、緊張でアクセルとブレーキを間違えたりするかもしれない。もしRX-7たんの頬に引っ掻き傷などつけてみろ、申し訳なさでボディーにすがりついて泣き叫ぶ。私の中では擬人化RX-7たんはショタ降谷、ふぇぇ可愛い尊いペロペロしたい。

 

 口の中に溢れる涎を何度も飲み込みながらRX-7を見つめていれば、本郷さんは格好良く運転席に乗り込むと滑らかにガレージを出た。理由はないがムカつく――いや、理由はある。似ているからムカつくのだ。海苔食って寝てろ!

 そして私の前に助手席の扉が来るように止まると本郷さんは爽やかに車を降り、助手席へ私をエスコートしガレージのシャッターを閉めた。

 

 背中と尻を包むシートが夢と同じ感触で、夢が夢じゃなかった可能性が高まっていて怖い。まさか本郷さんは降谷さんだった? いやまさか、そんなことがあるわけがない。コナンアニメは普通に毎週土曜日夜6時放送で昨日も楽しく視聴したし、部屋からコナングッズが消えていたということもない。そしてすずから安コぐちゃエロ夢の念写を頼まれるわけがない。つまり異世界トリップなどありえない。

 先週の夢、アムサンドを食べたあの「ポアロ」は普通の喫茶店だった。コラボ喫茶ではない。

 

 確かめよう――確かめねば。

 

 

 

 そして着きましたは喫茶店ポアロ。笑えないことに杯戸駅も米花駅もあった。米花駅に貼ってある地図で見つけた毛利探偵事務所へ歩いていく途中で目にしたのは私の知るそれと似ているが別の名前のコンビニチェーン。

 こんな壮大なドッキリなどあるわけがない。駅の構内のみならまだしも、毛利探偵事務所への最短距離から少し外れた店までもが徹底して「微妙に」違うのだ。

 

 店に着いた私は顔からまるで血の気が失せていたのだろう。梓さんにしか見えない美人店員にソファー席を勧められ、メニューにあるわけもない白湯を貰った。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です……少し、ショッキングなことがあっただけで、すぐ治りますから」

 

 静かな店内は前に来た時のまま居心地が良く、冷えきった指先を湯飲みが温めていく。ほうと一息吐いてソファーに背中を預けた。

 ――客の持ち物らしいタブレットがニュースを流している。昨日エッジ・オブ・オーシャンにあります国際会議場が爆破された事件で……。

 

 顎が外れるかと思った。胃液が上ってきているような苦酸っぱさが口の奥から広がる。ゼロシコの設定は五月だったはずだ。四月の二十八日から五月の一日に渡る五日間を描いていたはずだ。

 スマホを開けば日付はやはり七月二十九日、アンテナが三本立っているから時刻データを受信できていないということはないはず。つまり今は間違いなく七月である。

 

 何か情報がほしくてニュースアプリを開き、そこに「八月一日はくちょう帰還」やら「七月二十八日の国際会議場爆破事件」やらというタイトルが並んでいるのを見て……右手を握り締めた。サザエさん時空だからなのか、映画と日付が三ヶ月もずれている。

 つまりRX-7たん大破確定フライアウェイ!――ではなく、日本中が混乱し本郷さん……いいや、降谷さんが傷付くということだ。

 

 そんなの、駄目に決まっている。だが私に何ができるのか。IoTテロですなどと伝えても疑われるのが落ち、捜査を混乱させるだけだ。

 すっかりぬるくなった白湯を飲み干し、頭を働かせるために珈琲と店長おすすめのケーキを頼む。しばらくして出てきたのは――珈琲はもちろんながら、本郷さんから頂いたのとそっくりな半熟ケーキ。濃厚でもったりした生クリームも、掛かっている果実たっぷりなベリーソースも全く同じ。

 

 顔を覆った。本郷さんがフルヤ=キリストでもぅマジ無理。リスカしよ……。でもメロスとセリヌンはズッ友だょ……!

 なんなの? 救い主が生きて目の前に現れる(隣人)とか十六日の月曜日なの? 土日挟んで復活したの? でも今日は二十九日なんだよなこれが。

 

 おかしいと思うべきだったのだ。あんなに降谷、下から見ても、横から見ても――どの方向から見ても降谷なのに、安室の女達が鈴生りになっていないのだ。

 

 コナンカフェの目が潰されるイケメン達もあれはあれで素晴らしいのだ。たとえば魅惑の腰つき、どこの黒子ランサーかと言いたくなるような輝く貌、そして距離が近い。

 オンギャア! オンギャア! 手持ち資金は弾けてバブル、私のハートはときめいてバブる。あの胸筋にすがりついてオギャりたいと何度思ったことか。お金出せば良いの? おっけーバブリー!

 あの安室役お兄さんズですら我々をときめきの沼に突き落としたというのに、あれだけ「安室透」そのものな男が話題にならないはずがない。だが、そんな話一つ、噂一つとして聞こえてこない。気軽に写真を撮ってSNSに流せる時代だというのに。

 

 ――おかしいと思うべきだった。思えばヒントはそこらじゅうに転がっていた。ここはコナンの世界で、本郷さんはフルヤ=キリストで、美人な店員さんは梓さん、前に声を掛けてきた少年は江戸川コナン探偵さ。

 夢ではなかったから写真が撮れていた。米花駅があった。土曜日は寝過ごしたのではなくこの世界にいた。

 

 どんどん現実味が増していき、反論を許さない「真実」と「証拠」が固まっていく。

 

「どうしろって言うのよ」

 

 私にできることなんて一つもないのだ。ハッキングに詳しいわけでも、毛利小五郎を助けられる伝があるわけでも、捜査を混乱させないように犯人のヒントを教える方法もない。既に爆破は起きていて、死傷者もいる。ここからは怪我人こそ出るが死者はいない。

 私ができることなどないのではないか? 無駄に手を突っ込んで真実の解明が遅れるなどあってはいけない。私にできるのは、外野で静かに眺めていることなのではないだろうか。

 

「あら、かなちゃんじゃない。どうしたの、そんな青い顔をして……」

 

 そんな時ポアロのドアを潜ったのはすず――いや、鈴木綾子。そうだ、思い出したとも。鈴木綾子は鈴木園子の姉、原作キャラだ。鈴木財閥のご令嬢だ。

 

「すずちゃん、お願いがあるの」

 

 飛び付いて、すずかのそれとは違う、繊細で白い手を握って目と目を合わせる。

 

「日本を助けて」

 

 あっけに取られた表情が、困惑に変わり、真剣に引き締められた。

 

「話を聞かせてくれる?」

 

 賭けに勝つか負けるか、それはこれからの私に掛かっている。

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