私の顔が冗談を否定していたからだろう、すずに連れられて行ったのは彼女の自宅――鈴木邸だった。敷地内に入った瞬間法定速度の軛から解き放たれたすずは百キロ超で玄関前にドリフトで着くと、鍵を執事かフットマンか知らないがきっちり着込んだ格好の男に車の鍵を押し付け、「片付けておいて!」と叫びながら私を引いてとある部屋に飛び込んだ。
「す、すずさん格好いい」
「ありがとう。――それで、日本を助けるってどういうこと? ここなら目も耳もないし、電波も阻害されているわ」
確認しても良いわよ、と言われてスマホを見れば、アンテナはただの三角形の枠になっている。
「信じてもらえるか分からないけど……すずちゃんにしか頼れない。一から十まで聞いてもらえる?」
「私達、同じお腐れ神じゃない。戦争を何度も一緒に乗り越えて来たわ。良いから話して。全部聞くから」
すず様に惚れそうでやばい。
「先ず、結論から言うよ。今、現在進行形で東都が危険に晒されているの。――昨日、エッジ・オブ・オーシャンで爆発があったよね」
「……ええ」
「あれは事故ではなく人為的に起こされた事件。犯人は匿名性が頑丈に守られたソフト・Norを使い、地下にある厨房のガスの元栓を解放。そして同様の手口で厨房にあるIoT家電をショートさせて会議場を爆破した」
「なんですって?」
「ごめん質問は後にして。警察は事件性の確保のため、元刑事であり現在は眠りの小五郎として有名な毛利小五郎を容疑者ということにして逮捕。もちろんそのことは本人にも本人の家族にも伝えられていない――どこから情報が漏れるか分からないからね。
しかし毛利小五郎逮捕後にも続いたIoTテロにより、警察は国際会議場の爆破を含む事件を同一犯による犯行と確定。これにより毛利小五郎を容疑者とし続ける必要がなくなり、彼は容疑を解かれ釈放。
毛利小五郎の釈放とほぼ同時に発覚する真犯人、それはなんとエリート検事。彼は個人的な怨恨から警視庁の破壊を目論んでおり、その手段として……惑星探査機はくちょうのカプセルを東都に落下させようとしていた」
端的に話そうとして堅苦しい言い回しになってしまったが、言いたいことは伝わっているはずだ。
「犯人は確保したものの……Norによるハッキングで変更した、はくちょうへのアクセスコードを吐かなかったため、警察が所有する処分予定の爆薬でカプセルの落ちる軌道を海上に逸らすことになった。結果は成功――しかし」
目を閉じて深呼吸し、またすずの顔を見つめながら口を開く。
「カプセルが原因不明の爆発を起こし、軌道はまた変わってしまう。カプセルの落下地点は……都民が逃げ込んでいた、エッジ・オブ・オーシャンのカジノタワー。私の知る限りでは少し建物にかするだけで済むけれど、必ずそうなるとは限らない」
すずの顔は強張っている。私の顔もきっと同じだろう。
「荒唐無稽な話だとは分かってる。まるで信じられない創作にしか聞こえないことも分かってる。だけどこれは確定した未来なんだ。――お願い、力を貸してください」
這いつくばるように頭を下げた。ここは私の世界じゃない、迷い混んでしまっただけの異世界だ。始めの爆破による死者以外は誰も死なないと知っている。だけど――東都にはすずがいる。すずとすずの妹や家族がいる。すず達に怪我一つなく無事に終わるだろうだなんて安心はできない。
「……それ、本当なのね」
しみじみと、まるで昔を懐かしむような声だった。見上げればすずは全くいつもと同じ表情をしていて、テロ事件について話を聞かされたばかりの人には見えない。
「すずちゃん」
「私はかなちゃんがそんな嘘を吐くような屑だなんて思わない。どうして知ったのか、なんて答えづらい質問もしないわ」
だって小説でもアニメでも、そう詰問されたキャラは答えられなくて口ごもるものだもの。そんな無駄なこと私はしないのよ。
微笑みながらそう言ったすずに私は飛び上がって抱きついた。流石すぎてもう大好き! 私の友達がやばい! なんだこれ凄い!
私と違って柔らかい!
「おお、心の友よ!」
「あらあら、私がのび太なの? かなちゃんはジャイアンと呼ぶには痩せてるけど……。それでジャイアン、どうやって日本を救うつもり?」
「分からない! だから一緒に考えて!」
すずは片手を頬に当て、微笑んだ。
「そうね。私達はのび太とジャイアンなわけだし、ここはドラえもん――次郎吉おじさまに秘密道具を借りましょう」
この瞬間、我々の勝利が確定した。これは勝つる!
※※※
大きな事件が起きる前には何らかの前兆がある。俗な言い方をすれば「フラグが立ち、しばらく後に回収される」。――そんな馬鹿馬鹿しいことなどあるわけがないと思われるかもしれないが、昔から俺の身の回りでは「コレはもしかして前兆ではないか?」と思えばその通り大きな事件が起きるし、「アレは前兆だったのだろう」と後から気付くような小さな出来事とも何度となく遭遇してきた。
まるで神に定められた運命か何かだ。「前兆」を感じる度、決められたレールを走るしかないのだと言われているような気がした。嫌で仕方なかった。
だが、今回は……今回の「前兆」はとても気楽に、するりと俺の心へ染み込んだ。
『――ガス線もあれば発火物になりそうなIoTのポットもあるんだ他人の私物だけど。ハックだ、ハックするしかない間違いない』
ヒントのつもりなのかもしれないが、どう考えてもほぼ答えのようなものだ。「ハッキングすれば火事なんて簡単さ」等という丁寧な説明がついていれば誰でも答えに辿り着けるだろう――何かの建物が爆発されるのだと。
『力あってこそ目的を遂げられる。I need more power...俺の魂はこう言っている。もっと力を』
目的のある犯行、もっと酷い事態が起きるということか? 犯人を捕まえられなければ多くの人が死ぬということならば、他の全てに優先して解決を急がなければならない。
「やはり幸運のお守りと言うより……幸運の女神と言う方が近いな」
風見に恋人と勘違いされた表現を改めるべきか考え、いいやと首を横に振る。あんなに元気で騒がしいのだ、お守りのように存在を忘れがちなものと一緒にはできない。
風呂場のソロライブはいつも爆笑必至、外で会えばこちらを笑わせに来る言動。だというのに抜群のフォロー力で俺の身辺の平穏を保ってくれた。
もはやこれは信仰するしかない。彼女は笑いによって救世をもたらす笑いの神に違いない。一人で大笑いしながら神棚を作り――こいつは何をしているんだと自分に対して突っ込みを入れながらそれを風呂場に設置した。風呂場の壁に取り付けられた神棚は違和感とおかしさしかない。腹が捩れその場に崩れた。
彼女が関わるだけで、こんなにも世界が明るい。
――だから、そんな彼女からもたらされた「前兆」も受け入れやすく、不快感など一つもなかった。国際会議場には外部からガス栓を解放できる厨房があり、最近ではそこかしこにあるIoT家電もある。要件を完璧に満たしていた。
爆発が起きた時はすぐにピースがはまった。あれこそ前兆であり、そして事件はまだ続くのだと。
疲れを癒されにその晩もアパートへ戻った俺は、まさか加齢による衰えを指摘され思わず顔を覆った。
うちの女神様は全く落差が激し過ぎる。