どうやってかすずが鈴木次郎吉相談役を巻き込んでくれたが、違法行為を素顔を晒して行うのはどうかという至極当然の問題が持ち上がった。
「変装するしかないわ」
「へんそー」
「特におじさまは新聞やテレビに顔出ししていて有名だし、本人と分からないレベルの変装が必要よね」
「む? 着ぐるみでも着るのか?」
「いいえ、それだと動きづらいでしょう。だからメイクで別方向のインパクトを与えるわ」
映研でメイク担当をしていたスキルは伊達じゃないの、そう微笑むすずはとても格好良く……しかし何故か寒気がした。
相談役はしきりに腕を擦り、私も膝を握りしめすずを見上げる。逆光によりすずの表情はまるで見えない。
「大丈夫よ、心配しないで。きちんと別人に仕上げるわ」
――相談役の連れてきたルパンが尻尾を股に挟み、悲痛にくぅんと鳴いた。
※※※
少ないヒントで一連の事件がIoTテロであるということまでたどり着いたコナンくんと共に犯人を確保し、カプセルの軌道を海上に逸らした――コナンくんのスマホが光っているのを指摘するのと同時に俺も自らのスマホを確認する。
知らないナンバーからの電話だ。緩んだ気を引き締め通話にすれば、聞き覚えがない女の声が鼓膜を震わす。
『貴方達が今軌道を逸らしたカプセル、残念だけれどまた爆発するわよ』
は、と息を飲んだ俺に相手は言葉を続ける。
『あ、爆発したわね。この軌道だとカジノタワーに直撃するでしょう……』
どこぞからの電話を取った刑事が顔を真っ青にして叫ぶ。
「カプセルが爆発、原因不明! 軌道が変わりました!」
未来でも見えているのか? いや、まさかそんなことがあるわけがない。
『でも安心してちょうだい。私達は都民を……日本を救うため、既に動いているわ。だから貴方達は安心して待っていて』
「……その言葉を信用できるとでも?」
『信用して貰えるとは思ってないけど、何の用意もない貴方達よりずっと安全で確実な手段を準備してあることは分かってほしいわね』
舌打ちが漏れそうになる。ここに来て第三勢力の登場とは……! 面倒事とは何故こうも重なるのか、全く苦々しい。
『我々は悪役。でも、悪役だからと言って世界の破滅を望んでいるわけではないのよ。ちょっと手段が違法なだけで……目的は世界平和なの』
「それを信じろと?」
『あら、別に信じてくれなくても良いのよ』
私達で勝手に日本を守るもの、という言葉だけ残して切られた通話に拳を握りしめる。
「行こう、安室さん!」
「くそっ……ああ!」
警視庁のヘリポートから滑るように階段を下りる。さっきの電話はなんだったのか――コナンくんを助手席に乗せ車を走らせながら唇を噛む。
これから向かう先で何が待ち受けているのか……苛立ち紛れにアクセルを強く踏み込んだ。
※※※
鈴木財閥は流石のお金持ち、高く解像度もばっちりなドローンでエッジ・オブ・オーシャンへの橋を監視していたところ、白いRX-7が数多の法律違反をしながらこちらへ向かってきているのが画面に映った。
「RX-7廃車寸前、マツダは泣いていい」
「そんな思考回路はショート寸前の音程で歌われても」
鈴木次郎吉個人がパトロンをしている、ドローンを使った撮影を得意とするカメラマンの松坂さん(♀)に替え歌を突っ込まれた。
「おおっと、耳が飛びました! 彼らを待ち受けるのはスプラッタなのかスクラップなのか、わくわくが止まりませんね!」
「だれうま。あとあれ耳じゃなくてサイドミラーね」
マツダは泣いていい。
「心配じゃないの? 安室さんとは前からお付き合いがあるんでしょう?」
黒いマントを羽織ったすずが、心配そうに私を見やる。ちなみに私もすずと同じように黒いマントで全身を隠している。
「そりゃあ心配だよ。怪我なんてしてほしくないし、危険なこともしてほしくないよ!」
そして、できるなら車内を……フルヤ=キリストのベイビーフェイスならぬビーストフェイスを撮影させてほしかった。
「でも安室さんは自分を犠牲にしてでも国民の命を優先するって覚悟を決めてるからさ。……ここで私が騒いだところでさ、彼の意思は変えられないのよ」
死ぬ覚悟を決めて死ぬ人と、ただ何も訳の分からないまま殺される人と、どちらが可哀想かと言えば後者だろう。
覚悟を決めるのにどれだけの時間と苦痛と嘆きがあったかは私には分からない。だが、死を迎えるとき、本人の心情のみに限って言えば、前者の方がいくらかは幸せだろう。
「でもまあ、車で空を飛ぶなんて、まだ十年は先じゃないとできないような自殺行為はさせないけどね」
TAXiのような改造を施しているならまだしも、内部を好みのものに変える程度の改装で空を飛べるわけがない。そしてTAXiも空は飛べない……ただ少しばかり長距離を跳べるだけだ。
フリーフォールはきちんと下にマットを敷いてからすべきであって、落下傘もハングライダーも命綱もないフリーフォールはただの投身自殺。にこにこ笑顔で五十メートルの崖から飛び降りられるのは命の保証があるからだ。
「このスピードならあと五分でこちらに着きますね」
「あら、もうそんな時間なのね。――かなちゃん、準備はいい?」
「おうともさ」
マントを翻し、彼らを出迎えるべき場所に爪先を向ける。
同じく怪しげな黒マント姿の相談役と三人連れ立ちこの場を離れる。私達が談笑していたそこでは――幾人もの男女がパソコンと向き合っていたり、巨大な筒状のものを弄ったりと、カプセルの軌道を変える準備を進めている。
「まさか綾子がこんな愉快なことをしでかすとはな……おぬしはさほど自己主張せんし、もっと大人しい娘だとばかり思っておったわい。いや愉快愉快!」
「まあ、おじさまったら……私だってこれでも鈴木家の娘なのよ?」
「うむ、そうじゃったな!」
恐ろしいことに相談役もすずも「鈴木家ならこういうことをして当然」とでも言わんばかりだ。どんな家なのか、それは。金持ちゆえなのか鈴木家がおかしいのか私には分からない。――分かってしまえば鈴木家から逃れられなくなりそうだから、分からないままでいたい。
車両用エレベーターで昇れる一番上の階、エレベーターを降りて順路通りに曲がってすぐに、この三日で舞台を設営してもらった。舞台の高さは五十センチ、スイッチを入れれば天井から吊り下げたミラーボールが輝き、業務用の巨大なライトが舞台上を照らす。我々はこの舞台をこう呼ぶ――スーパーお立ち台、と。
エレベーターが動きだす。まだ防音の整っていないガラガラのビルに滑車の音が響く。
普通車二台は悠々入る箱が到着。暗いここにエレベーターから光の筋が走り、筋は帯になり扉になった。
ハイビームで行先を照らしながら現れたのは既にボロボロのRX-7。鼻が無惨に潰れ片耳を無くしたその姿は……先日の輝かんばかりの姿を思うとなんとも憐れだ。
RX-7がゆっくりと順路を曲がり――私達の立つ舞台の足元を照らす。じわじわと胸へ顎へ近づく眩しい光、三つの黒マントをハイビームが浮き上がらせたその瞬間、すずの腕がマントを抜け出しパチリと指を鳴らした。
点灯と同時にマントを高く放り捨てる。実はこの三日というもの、漫画チックで格好がつく投げ方を何度も研究し練習した。
「お、お前らは……!?」
フロントガラス喪失により良く聞こえる高山◯なみボイスが鼓膜を震わせる。
お答えしよう、我々は――。
やめて! 鼎の特殊能力で残り僅かな腹筋を焼き払われたら、首の皮一枚で繋がってる安室の外面が燃え尽きちゃう!
お願い、死なないで安室! あんたが今ここで倒れたら、ライさんもとい赤井との対決はどうなっちゃうの? 腹筋はまだ残ってる。ここを耐えれば、鼎に勝てるんだから!
次回、「安室死す」。デュエルスタンバイ!