その壁は薄かった   作:充椎十四

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 怪しげな黒マント三人組――彼等がマントを脱ぎ捨てた瞬間、吹き出しかけて口を叩くように押さえた。

 

 どこからどう見てもムサシとコジロー、そしてニャースだ。ただしニャースのみは「いかにも無理のあるコスプレ」といった風体で、その上がっしりした体つきのせいで衣装がパツパツに伸びている。

 

「お、お前らは!? と聞かれたら」

 

 ウィッグだろう赤い髪をかっちりと固めた、ヘソだし衣装の女が口を開いた。その手にはピンクのジュリアナ扇子が握られている。

 

「答えてやるのが世の情け」

 

 どうしてか見覚えがあるような、面影が見えなくもない細身の男――いや、声質は女だから男装だろう――女が言葉を続けた。やはり彼女の手にも青色の扇子がある。

 聞き慣れた声のような気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「世界の破滅を防ぐため」

「世界の平和を守るため」

「愛と真実の悪を貫く」

「ラブリーチャーミーな敵役」

「ムサシ(仮)」

「コジロー(仮)!」

 

 カッコカリと口に出すな。

 

「最近のガキどもはこの口上を知らないというけれど~」

「うるせー私達にはこれこそが決め台詞なんだよ一期見ろ!」

「にゃーんてにゃ」

 

 ドスの効いたニャース()の声は、何度となくテレビやラジオで聞いたことのある――鈴木財閥の相談役のそれではなかろうか。ちなみにニャース()は白い扇子でパタパタと自分を扇いでいる。

 いや、まさかな……ただ声が似ているというだけだろう。鈴木財閥と言えば世界でも屈指の大財閥、その相談役とあろう老人がまさかこんな酷いコスプレをするはずがない。

 

「さて、警視庁からこんな遠いところまでわざわざご苦労様……」

 

 ムサシ(仮)が髪を掻き上げるような動作をした。だがムサシの髪型にする際にワックスでガチガチに固めたようで、指が表面を滑っていくだけだった。

 

「でも、貴方達の苦労は実を結ばないわ」

「残念だったニャー」

「今回の見せ場はロケットだんが頂くぜ!」

 

 ……ふざけた格好の、ふざけた奴等だ。なにがロケット団だ。国民が命の危険に晒されているというのに、全く馬鹿馬鹿しいことを。ふざけるなよ。

 ふつふつと怒りが沸きあがり、ハンドルを殴る。クラクションが悲鳴のように響いた。

 

「いますぐそこをどけ。轢かれたくなければな」

「安室さん……お姉さん達、何を考えてるか知らないけど今は緊急事態なんだ!」

 

 赤井に対する時よりも――今までになく腹が立つ。こんなのに邪魔されては堪らない。コナンくんの声ですら今は苛ついてしまうほどに。

 

「嫌よ。言ったでしょう? 私達は勝手に日本を救うって」

「ビーストモード最高だぜ」

「若造は頭を冷やせニャー」

 

 こちらの威嚇などどこ吹く風とばかりに受け流した三人組の一人、俺を写真に撮りまくっていたコジローコスプレの女が一歩前に出る。

 

「君はこんなところで死ぬべき人じゃない。君達が体と命を張る必要はないんだ。我々ならば一人たりとも人的被害を出さずに解決できる……そう、ロケットだんならね」

 

 その言葉が終わるか終わらないか、その瞬間だった。鼓膜を破かんばかりの轟音がどこかから響き頭が左右に揺れる。そして三人の背後、まだ壁のない吹き晒しの鉄骨で区切られた大空を光と共に駆けていく――棒状の何か。

 

「あれは……なんだったんだ?」

 

 大空で輝きそして消えた棒状の何かを、ただ俺は見送るしかなかった。そして呆然としたまま呟けば、コジローコスプレの女は、まるで単純な計算問題を出されたような軽い調子で答えた。

 

「ロケット弾」

 

 パッパパラパラパラパラパラ――隣人の楽しそうな歌声が脳内でぐわんぐわんと反響する。

 前向きロケット弾、すすめロケット弾。

 

 あまりに馬鹿馬鹿しくて、虚しくて、この三人組の一人の正体が分かってしまって、俺は声をあげゲラゲラ笑った。

 

「は、ははは、はははははははははははははははははははははは!! 天界に帰れ!!!! 駄洒落か!! ふ、はははははははははははは!! くそっ腹が痛い!」

 

 咳き込んで体をくの字に曲げ、頭をハンドルに押し付けながらまだなお笑う。

 コナンくんが横で困惑している声が聞こえるが、世代ではない彼が元ネタを知るわけもない。元ネタあってこその一連の流れなのだから……笑えるのはよほどのポケモン好きか同世代だけだろう。

 

「相談役! 目標、無事に軌道を海上に逸らしました!」

「そうか。……よし、撤収にゃ!」

「了解しました!」

 

 舞台の影でパソコンを弄っていた男がニャースに声をかける。おい待て、今そいつは相談役と呼び掛けなかったか? 夏と年末年始に開催されるイベントに関するネットニュースの、画像欄に一枚はいる色物コスプレの男が――相談役だと?

 信じられない、いいや、信じたくない事実に笑いが引っ込み真顔になった。

 

「はー撤収撤収。そうだ聞いてよムサシ(仮)~。月末月初忙しいのに仕事サボリーノしちゃったよぉ」

「忙しい朝にぴったりな表現ね。大丈夫よ、こちらから連絡しておいたから」

「わーいムサシ(仮)さん素敵ー!」

 

 一体どこに隠れていたのやら、作業着姿の十数人の男達が現れると舞台セットを見る間に解体していく。慌てて車を下りロケット団に駆け寄れば……やはりコジローコスプレの主はうちの家庭用笑撃clip鼎さんだ。化粧で上手く隠しているが顔の作りは変わらない。

 

「教えて下さい。――俺達では、どうにもならなかったのか」

 

 行先を塞いで立つ俺に鼎さんは肩をすくめた。

 

「どうにかなっただろうけど、カプセルはタワーにかすったね」

 

 そして、柔らかく微笑みを浮かべ俺の左肩を突いた。

 

「怪我がなくて良かったよ」

 

 ――バラバラバラバラと音が近づいてくる。振り返ればニャースが長い棒でビルの外から何か縄梯子のようなものを内側に引っ張り込み、ムサシ(仮)と共にそれをしっかり掴んでいた。

 

「コジロー(仮)、逃げるわよ!」

「あ、待って!」

 

 鼎さんはするりと俺の横をすり抜けてムサシと合流し、縄梯子にしがみつくように掴まった。

 

「あーばよーっ!」

「楽しい余興じゃったわい、アーッアッアッアッ!!」

「また機会があればやりましょう、おじさま」

 

 ヘリに吊り下げられ去っていく彼等を見送り、ため息を吐いてしゃがみこむ。うちのあれは幸運の女神だったのか、それとも愉快犯ならぬ愉快神だったのか。とりあえず破壊犯であることは確かだろう。

 

「安室さん……あいつらは何だったの? 知ってるなら教えて」

 

 ある程度までなら教えても問題ないと判断してコナンくんの質問に答える。

 

「人間二人と、人外一人だ」

「見たら分かるよ」

 

 

 

 

 数日ぶりに帰ったら我が家、Wi-Fiを繋いでなんとなくホーム画面を見つめた――私の目に飛び込んできたのは、7月29日の表示。

 

「……は?」

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