注意
・アラサー向けのネタ多し
・オーバー30の心を傷つける可能性が有ります
・若い方にはネタが通じないかもしれません
・他作品ネタが含まれます
コナンはポアロで一度会ったことのある女――鈴木綾子の友人で、安室が以前バイトしていた喫茶店の常連だという女の背を見つけた。
造作は平凡、他を圧倒するようなカリスマもなさそうで、肉付きが悪くひょろりとした彼女。印象の薄さと体の薄さ、そして特徴のなさはモヤシを彷彿とさせる。
「あ、あやこお姉さんの友達の鼎お姉さん!」
「おや、まるで一年は組の良い子達みたいな説明臭い呼び掛けはコナンくん」
元気にしてた? カウンターの席を立ち膝を折って視線を合わせた鼎に笑顔を向ける。カウンターの向こうでは梓がにこにこと働いている。
「元気だよ。ここらへんに来るなんて珍しいね、今日はどうしたの?」
「あー……遊びに誘われたんだけどあっちが遅れてるみたいでさ、ポアロで待っててって言われたのよ」
「そっか!」
相手は園子の姉だろうか? 真顔でボケたことを言い放つ鼎のようなタイプの知人友人は今まで身近におらず、どう付き合えば良いものかコナンは掴みかねている。一年は組の良い子たちとは何なんだ。
ふと視線を落とせば鼎の手にはついったの画面が開かれたままのスマホがあり、そのTLのトップは――酷かった。
『いっけなーい殺意殺意! 私友達♀とデート予定してるオタク女★ でも大学時代のどうでも良いゼミ同期と街で会っちゃってもう大変! いつ誰と結婚しようがてめぇには関係ないだろ式に呼ぶわけあるか誰から聞いたそれ。次回「漏らした奴ごとぶっ殺す」お楽しみに!』
コナンはそれを見なかったことにした。自分ながら懸命な判断だと褒めてやりたい。
「そうだ、コナンくんはいま暇? 暇なら私の暇潰しに付き合って欲しいんだけど……」
「いいよ! 何するの?」
「ただの会話」
朴念人と怒られたことのあるコナンでも分かる――この言葉選びでは恋人などできない、と。なにも思わせぶりなことを言えというわけではないのだ……だが「ただの会話」では盛り上がるものも盛り上がらない。
苦笑を浮かべカウンター席に座り梓さんにアイスコーヒーを頼む。鼎なら小学生がオレンジジュースを頼もうがアイスコーヒーを頼もうがスルーするだろうと思えたからだ。
「コナンくんのおすすめメニューは何?」
「ボクのおすすめ? それならこれかなぁ……」
思った通り、メニュー表を見せられながらの気楽な質問でコーヒーの注文はスルーされた。コナンはここ二月ほどリピートしているオムカレーを指差す。
「オムカレーかぁ……確かに喫茶店のカレーは何故か妙に美味しいもんね。喫茶店しか知らない独自のスパイスでもあるのかって疑っちゃうくらい」
「うん! そしてオムレツは本当にトロトロでね。少し出汁が効いてるんだけど全然カレーと喧嘩しないし、むしろ出汁とスパイスが口の中で運命的な出逢いをして最高のタッグを組んだんだ」
「なんだとそれ採用。店員さぁん、オムカレーもお願いします」
梓が愛想良く「畏まりました!」と返しくるくると動くのを見ながらぽつぽつと毒にも薬にもならない話を続ける。
「日本に来てカレーは独自の進化を遂げた……つまりカレーは既に和食だと思うのよ」
「でも、それを言ったら、例えばだけどカリフォルニアロールとかはアメリカ料理ってことになっちゃわないかな」
「カリフォルニアロールを日本の寿司とは認めん。だから問題ない」
あれはSUSHIであって寿司じゃない。料理は現地ナイズドされていくものであり、似た作り方の別の料理と化すのは当然の話。だから握り寿司にチョコレートソースを掛けようがどうしようが、現地の人々の味覚に合うならば好きに改変すれば良い――でもそれは日本食ではない。
カレーも同じはずだ。日本人に合うように色々と改変がされた。ならばそれはインド料理ではなく日本料理だ。鼎はそう信じている。
コナンにとってはどうでも良い話だったが、鼎は真剣に現地ナイズについて語っていた。
「そう、なら、今晩は本格イタリアンを食べましょう。時にはジャパナイズドされていない味を楽しむことも日本人の味覚について振り返るには重要なはずだわ」
「おっ、すずちゃんお疲れ様! でも本格イタリアンはお値段も本格的だからジャパナイズドされた方が良いなぁ」
「作るのはうちのシェフだから問題ないわ」
「ごちになりまーす!」
いつの間に来店していたのか、後ろから突然掛けられた声にコナンはびくりと肩を跳ねさせた。
「遅れてごめんなさい、どうでも良い元同級生に絡まれちゃって……」
「ううん、連絡くれたし全然オッケーだよ。すずちゃんこそ大変だったね」
コナンがいる席とは逆の隣に腰掛け、申し訳なさそうに眉をハの字にする鈴木綾子。コナンの脳裏にさきほどのTLが浮かぶ――まさかな。
「綾子お姉さんこんにちは!」
「ええこんにちは、コナンくん」
にこやかにコナンへ挨拶を返した鈴木綾子だが、彼女の関心は全くと言って良いほどコナンに向いていない。
「かなちゃんは何か注文した?」
「オムカレー注文したよ。すずちゃんも食べる?」
「じゃあ一口分けてもらおうかしら。――店員さん、ホットコーヒーを下さいな」
至って平和にアイスコーヒータイムを終え、店を出んとしたコナンの耳に二人の会話が届く。
「はやくキノウを取り戻さないとね」
「ええ。必ず、また一つキノウが遠くなってしまう前に……」
ベルが柔らかい音を立てながら、ドアが閉まる。
「二人は、一体……?」
まだまだ日差しの明るい屋外からは、店内は薄暗く――鬱々しく見えた。
事の発端は鈴木相談役からの相談だった。相談(に乗る)役が相談するとはこれイカに? 塗り替えるべき?
「ははあ、巻き込んできた自分にも問題はあるけどコナンくんの事件に首突っ込む度合いが心配、と」
「うむ……。儂はあの小僧を危険な目に合わせたいわけではないんじゃ。子供は子供らしく安全な場所で守られているべきだと思っておる」
すずと鈴木相談役の秘書が一緒にアパートに突撃してきて、化粧とか身繕いとかそういうのをする暇もなく連れてこられた鈴木家の豪邸。ソファーの座り心地が素晴らしくてもう立ち上がりたくない私このソファーの住人になる。
――まあ、確かに言われてみれば、鈴木相談役は生死に関わるような事件にコナンを巻き込むつもりはないのだ。ただ結果的に生きるか死ぬかな状況になるだけで、相談役にはコナンへの害意も悪意もない。一緒に楽しもうと言う意図しかないのははっきりしている。
それに、きっかけは相談役かもしれないが、コナンは自ら事件に首を突っ込んでいるのだ。捕まえていても賢しげに策を立て逃げ出すような子供だから監督責任は追及しないでください。
「それでじゃ。不可思議な知識を持つお主ならば、不可思議で愉快な案が出せるに違いないと儂は考えた」
「ははあ」
さあアイデアを出すのじゃ! と突きつけられた扇子の先端を見ながらこう答えた。
「一日ください」
一日悩みに悩んだ末、有名な映画からネタを頂くことを決めた。コナンくん、いや、工藤新一くんが生まれる前の映画だ。私は物心付いてる年齢だったけど。
これなら壮大なドッキリを名乗れる……んじゃないかな?
――ビートルズを真似た髪型が風に揺れる。特徴的な髭は剃らずそのままだ。パッドのない丸眼鏡をくいと押し上げ、男は言った。
「我々は、キノウを取り戻す」
そうとも、我々は取り戻さなければならない。失われてしまった平穏の時間を、夕焼けに照らされた土手を、小銭を握りしめ息を弾ませながら飛び込んだあの場所を。
男はわざとらしいほど大振りな動作で右腕を前に突き出し、手を握りしめた。
「そのためには……悪にすら手を染めて見せよう」
キリリと表情も鋭く決めた男に向かって歓声が上がる。
「おじさま、とっても格好良いわ! 素敵よ!」
「もっとやって相談役ー!」
「ナッハッハッハッハ!! そうじゃろうそうじゃろう!」
既に先が不安な劇が今、幕を開こうとしていた。
その日、米花町は熱気に包まれていた。街行く大人たちは誰もが浮き足だったような目をして、毛利小五郎すら落ち着かない様子でチャンネルを回し続けている。
常にない小五郎の様子に蘭が眉をハの字にし口を開きかけた、その瞬間だった。
『米花に暮らす全ての大人達よ……私は悲しい』
テレビから、ラジオから、商店街のスピーカーから……物憂げな男の声が響いた。
『人々は時間に追い詰められ身を削り、心の余裕すら奪われている』
それは冷たい独白だった。コナンは小五郎の机にある小型テレビの前に回り込む――画面には丸眼鏡にマッシュルームヘアの男の姿。見たところ五十は過ぎているだろう。
『我々は取り戻さなければならない。隣人と笑い合ったあの日々を取り戻さなければならない』
声に熱がこもる。男は右手を前に掲げ、握りしめた。
『我々はイエスタディ・ワンスモア。喪われた、奪われた昨日を取り戻してみせる……!』
「なっ!?」
この男は一体何を言い出したのか。いっそ不気味さすら醸し出す訳の分からなさに、コナンは一歩二歩とあとじさった。
そのコナンの背後、開きっぱなしの窓からとある匂いが事務所に忍び寄る。
「なんだこの匂い……おでん?」
「ああ、これだ……昭和の匂いだ」
「おっちゃん!?」
「えっお父さん?」
「懐かしい昭和の匂いだ……」
ふらふらと立ち上がる小五郎。蘭やコナンなど視界にない様子だ。
「おっちゃんこれはただのおでんの匂いだよ! くそっ、何がどうしたってんだよ!?」
「お父さん正気にもどって!」
「ええいうるさい、俺が昭和の匂いだっつったらこれは昭和の匂いなんだよ!」
そして事務所から飛び出る小五郎、コナンたちは小五郎を呼びながらその背中を追い階段を駆け下りる。
「これは一体……!?」
「やだ、なにこれ……」
そこに広がっていたのは、グツグツと煮たったおでんの屋台に群がる大人の姿。どう見ても全員正気ではない。その群れに小五郎を認めてコナンは大人たちを掻き分ける。
「おっちゃん! おっちゃんっ!!」
だが――コナンの手が小五郎に届くことはなかった。
「なんなんだよ……なんだって言うんだよ!」
おでんの屋台は数多の大人を引き連れ去っていく。ガードレールを殴り付け膝から崩れ落ちたコナンの横で、蘭が顔を覆いしゃがみこんだ。
「何が起きてるの……?」
何か大きなことが起きている。それは確かだ。コナンは手を握りしめる。おでんの匂いに誘われてふらふらと現れては増えていく狂った大人の――その糸を操る影を睨みながら。
鈴木財閥による、まるまる町一つを使ったお遊び。範囲は米花町、乳児等の世話すべき相手を抱えた大人は二日ほどホテルや病院に缶詰めをお願い(札束)し……高校生以下の子供達を対象にした壮大なドッキリが始まった。
そこでハンカチ噛んでるお兄さん方、元ネタが分かる世代はお呼びではないのだ。すまんね。
大人を連れ去ったハーメルンの笛吹男ならぬ米花町のおでん屋台……の長椅子に座り茶色く染まった大根をはふはふと食べていたら、隣で同じくおでんを食べていたすずが口を開いた。
「そういえば、なんでおでんの匂いにしたの?」
「え、そりゃあ特徴的だし誰にでも分かりやすいし……あとおでん屋台ってなんか昭和っぽくない?」
「ああ……チビ太とか」
「そうそうチビ太とか」
私たちが今いるこの場所――謎の組織イエスタディ・ワンスモアに占拠されたという体をとったベルツリースプリングリゾート――は災害時の避難先としての機能を備えており、米花町の大人や一部の子供達は温泉を楽しんだり岩盤浴で寝たりと気楽に時間を過ごしている。
無駄に金のかかったドッキリだし、ちゃんと撮影してあるのでそのうち実録映画として上映するかもしれない。
「……そろそろ時間よ」
「もうそんな時間? 早いね」
時計を見ればあと三十分ほどで我々の出番。準備は既に終わってるから急ぐ必要はない。ゆったり立ち上がれば、すずのSPさん達も自然な様子で動き出す。
――これからするのは楽しい楽しいテレビジャック(二回目)だ。一回目は相談役だけだったけど私もこれでも発起人の一人、二回目の今回はコナンくんが真実に辿り着けないよう不真面目なことを真面目に演説する役が回されている。
そう……今こそ風呂場で鍛えた演技力を発揮する時! この前すず相手にヘルシ◯グパロ演説したら褒められたしいけるいける!
「平和だな……」
「そうですね……」
鈴木財閥により設置された仮説監視カメラには、このような非常事態においても冷静に周囲を観察できる幾人かの少年少女がリーダーシップを取り、大人の不在による混乱を落ち着けている姿が映っている。彼らのような子供達がいるならば日本の未来は明るい。
鈴木財閥が警視庁に申請してきたのは二日間に及ぶ大規模なドッキリ。米花町のほとんど全ての大人をベルツリースプリングリゾートに隠し、子供たちに荒唐無稽な組織とその野望を信じ込ませるというものだ。
警察は立場上許可できるわけもない申請だったが、なんと鈴木相談役は米花町の町民全員を買収して計画を断行してくれやがった。ふざけるなよ鈴木次郎吉、金さえあれば何でも出来るわけじゃないんだぞ――出来てしまったが。
テレビやラジオすらもマネーパワーで要求を押し通し、警察には監視カメラの映像を確認できるよう映像室を用意していた。申請は却下しただろう何故そこで諦めない! 馬鹿か?
冷蔵庫にウォーターサーバーまで設置された映像室には公安が詰めている――警視庁の刑事達は米花町の封鎖に駆り出され、子供達に見つからないようコソコソと治安維持活動させられている。可哀想だがこれがブルーカラーとホワイトカラーの差だ。
「なあ、風見。今の米花町はこれまでのどの時点よりも平和で、事件もない」
「はい」
「今の米花町には子供しかいない……つまり治安を乱す主たる原因は大人だ。原因を抹消してしまえば治安は格段に良くなる、そうだよな?」
「どこの悪役の台詞ですか。降谷さん休みましょう」
悪の道に落ちるか落ちないかの瀬戸際な問答が行われ、とりあえず水を飲んで落ち着いてくれと渡されたサーバーの水を降谷がちびちび飲んでいた、その時だ。机上の小型テレビから濁った音が響いた。
『平成に生まれ、平成に育ち、平成しか知らずに呼吸しているこども諸君』
降谷は水を噴いた。聞き覚えしかない声だ。画面に映るのはウィッグだろうロングヘアを垂らしたミニスカ小枝ボディーの女……痩せているというよりやつれているという表現が似合う。ツィッギーより簡単に(骨が)折れそうだ。
『我々はおでんの匂いで君達の保護者たる大人を誘拐した、昭和のカムバックを目論む組織、イエスタディ・ワンスモア』
「風見、腹が辛い」
「私もです」
『町に残された哀れなこども諸君……可哀想だが君達のご両親等々、昭和と平成一桁前半に生まれた人々は我々の仲間となった。――君達はLUN◯ SEAを知らず、山田くんが座布団持たずにマイクスタンド握ってピースサインしながら歌声を響かせていたことを知らず、アリプロを、C◯ccoを、倉ヨエを知らない! ひる◯びでデーモン◯下を知ったが聖飢◯IIは解散後! サン◯ラを知ったきっかけは進撃! ターちゃんをパプ◯をタル◯ートくんをクク◯とニケを知らない! ブロッコリーと言えばうた◯リ? ノンノン! ブロッコリーと言えばデ◯キャラでギャラクシー◯ンジェルだ! え、バンパイア十字◯を読んだことがない? 死に晒せ! 死にたくなければ読め! あと有閑倶◯部とマカロニほうれん◯と横山三国志、最終兵器◯女、BAS◯RA、天河、すごいよ◯サルさん、彼氏彼女の◯情、ボク◯球、彼方◯ら、まほろ◯てぃっく、以下たくさん! 読み終わるまで寝るな! 今すぐ漫喫いけ!』
「うわ……」
風見の悲痛な色に染まった声が映像室にぽつりと溢れる。
『我々が取り戻さんとしているのは西◯敏行が「もしもピアノが弾けたなら」なんて歌っていた年号もしくは平成一桁台のあの時代! リカ◯ゃん人形のアニメがあったんだよヤーイヤーイ知らないだろ! メイドさん萌えのきっかけがまほろだってことも、眼鏡を外したら美人キャラ設定で爆発的人気を博したおねティーも知らないだろ!
他にもあるぞ全裸マント美少女のエンディングが衝撃的だった異種婚姻系漫画かと思ったら違ったときめき◯ゥナイト! 漫画にも現実にも柔道界のスーパーヒロインYAW◯RAちゃんが存在していたこと! 結婚式のイメージは空き缶垂らしたオープンカー! ラノベも神作品が多いぞ天高く◯は流れ、◯王子カイルロッドの冒険、風の◯陸、ロードス◯戦記、スレイヤ◯ズにオー◯ェン、ブギーポ◯プ、還って◯た娘って時代先取りし過ぎじゃないですか篠原先生エトセトラ!』
「やめろ……止めてくれ……」
彼女の振り回す刃は、それを聞くアラウンド三十歳の心を深く傷つける。耳を押さえても現実は痛く苦しい……少年時代はもう二十年近くも前だ。
『たいらと言ったら三千点! でも今のJKには通じない! SLAM ◯UNKを読め、普通に「はらた◯らに三千点」とか言ってるから!』
当たり前◯のクラッカーは有名すぎる。とんでもはっぷん、必死のパッチ、イレブン◯M、プロジェクト◯、猿◯石、エトセトラ。昭和生まれならギリギリでリアルタイム視聴できたあれこれや流行語が鎌を持って襲いかかってくる。かつて写るン◯すは年中CMを流していたのだ、お正月だけではない。忘れてはいけないボキャ天、炎のチャレンジャー、その他色々。ダッ◯ュ村が火事になった後、消防車等々から村の住所を割り出した乙女達が村へ突撃したのも懐かしい記憶だろう。
オーバー三十の心を抉る言葉の刃が何筋も輝き、風見と降谷は胸を掻きむしり悲鳴をあげる。ぴったり三十の風見と一つ下なだけの降谷はまさに世代の一人だ。
『ちょっとだけよ~なんてセクシーシーンが平気でお茶の間に流れていたあの時代! らんまが半裸で水を被っても謎の霧が局部を隠さなかったあの時代! 分かるか! あの時代のテレビは自由だった!』
「例えに出すべき具体例じゃないな」
『日本にもっと寛容を! もっと自由を! 車や廃ビルを爆破させる刑事ドラマを!』
「それは危険が危ない」
前傾姿勢で熱く語る女に、降谷は画面越しながら冷静に突っ込みを入れる。
『我々イエスタディ・ワンスモアは――この閉塞した日本を破壊し、懐かしく暖かい昨日を取り戻す! GPSで居場所を管理されるスマホ社会なサラリーマン生活などお呼びじゃないのだ! 我々サラリーマンに喫茶店休憩を、工事現場の警備員にパイプ椅子と日傘を、テレビにお色気を!』
「最後はいらん」
何故だろう。こんなにも心傷つけられるのに、こんなにも心揺れるのは。両目から涙が溢れるのは。
何故だろう。顔を覆いながらも唱えたくなるのは――「イエスタディ・ワンスモア」と。
「我々イエスタディ・ワンスモアは必ず取り戻す……いや、手に入れてみせる! あの夕日に照らされた、味わい深く温かな街並みを!」
まだ冷静な降谷の横で風見は手を叩いた。力強く、勢い良く、激しく、手を打ち鳴らした。この情熱を、心を燃やす何かを表現するために。
彼女の謎理論、謎の扇動力に慣れている降谷でさえ心ぐらつく演説だ、風見がこうなるのも仕方ないことかもしれない。彼女がテロリストでなくて良かった。もし彼女が危険思想の持ち主であったなら、日本は鼎彩子をトップに据える革命軍に占領されていたことだろう。
降谷はため息を吐く――彼女がただのアニソンオタクで本当に良かった、と。
コナンは唇を噛み締めた。彼らの目的が分からない――昔に戻りたいという懐古の念は分からなくはないのだ。だが現実として、昔に戻れるはずがないのだ。
タイムマシンは存在しないし、超常的な何らかのパワーについても聞いたことがない。過去を取り戻すなど非現実的で、実現不可能な夢物語だ。
「お父さんもお母さんも、大人はみんなどうしちゃったの……? おでんの匂いに釣られて行くなんて……」
「ら、蘭姉ちゃん泣かないで!」
だが、そんな非現実的な事象は既に一つ起きている。コナンたち子供には食欲をくすぐるものでしかない匂いに釣られ、大人達はぞろぞろと連れ去られてしまった。
ただのおでんの匂いだった……そのはずなのに! 彼らは正気を失っているように見えた。大人にしか分からない麻薬か何かの成分が含まれていたとか、そんな風に思えてならない。
事務所のソファーに身を強張らせて座り、未知の恐怖に涙ぐむ蘭。コナンはその手を包み込む。
「おっちゃん達がああなったのにはちゃんと理由があるはずだよ――あのイエスタディ・ワンスモアって組織が犯人だってことは分かってるんだ、奴等を探ればおっちゃんを元に戻すことだってできるはずさ!」
「コナンくん……」
先ほどまでテレビ画面に映っていた、黒髪を胸垂らしたやせぎすの女――彼女はまるで扇動者だ。強い言葉で人々の心を操る革命派のリーダーか何かだ。
歯痒い思いに地団駄を踏みたくてたまらない。あんな女すら抱えている組織イエスタディ・ワンスモアとは、どれほどの規模の組織なのだろう?
蘭がうっすら微笑んだ。
「そう……ね! あのイエスタディ・ワンスモアって人達を捕まえればお父さんも戻るよね!」
「うん、きっとそうだよ!」
先ずはあの狂った女を――そう考えたところで、コナンの脳内で繋がる二つの事象があった。
『我々は昨日を取り戻す!』
朗々と声を張り、大袈裟な動作で天に胸を張るイエスタディ・ワンスモアの扇動者。
「はやくキノウを取り戻さないと」
声を潜め、カウンター席でひっそりと鈴木綾子と微笑み合う鼎彩子。
鼎の言う「キノウ」に当てる漢字は機能や帰納ではない、昨日だったのだろう。鼎彩子も鈴木綾子もイエスタディ・ワンスモアの信者……町がこんな状況に飲み込まれる前の会話だったことを考えれば、二人はイエスタディ・ワンスモアのメンバーに違いない。
身近な敵――コナンは「ちょっとトイレ行ってくる!」と事務所を飛び出し鈴木園子に電話を掛ける。
「もしもし、園子ねーちゃん?」
身内からならば接触は容易いはず。コナンは唇をなめビルの壁を睨んだ。毛利小五郎を、米花町の大人達を取り戻してみせる。強く強くそう思いながら。
どうやって収拾つけるべきなんだこれ。
コナンの前に立ち塞がる社会の闇! ネット社会は人々から余裕を奪ってしまったのか? ネットワークに拘束された人々の怨嗟の唸り声が足元を這い回る。
「それでも俺は……未来を信じている!」
止めて! 年号が変わるなんて信じたくない! 二度の改元を経験するなんてイヤ……。だって「昭和生まれとかマジ古い、二つ前じゃん」とか言われるようになるんでしょ!? 歴史の中に葬られていく昭和の名前。おおせめて平成よ永遠に続け!(出版時の年号は平成)
次回、「昭和が遠くなった日」。来週もたのしい絶望が待ってるぜ!