何故かサスペンダーボーイ・コナンくんが「あやこお姉さん久しぶりー!」とこっちに駆けてきたことに恐怖を覚えた。知り合い設定とかなにそれ聞いてない。ゲーマスは事前知識をよこすべき。
「久しぶりね、コナンくん」
しかし名探偵が話しかけたのは私ではなくすずの方で、しかしすずの名前は河崎すずかであってアヤコではない。夢の中だからと言って友人と自分の名前が同じになるなんて……あるのかもしれない。何故ならはこれは夢だから。夢の中ならば現実ではあり得ないことも普通にあり得るのだ。
「あやこお姉さん、このお姉さんはお友達?」
「そうよ。――かなちゃん、この子は江戸川コナンくん。妹の友達の弟みたいなものよ。コナンくん、このお姉さんは鼎彩子。私たち、同じ名前だからお互いに名字を短くして呼んでるのよ」
「鼎お姉さんです。よろしくね」
すずの呼び名の由来はいつの間にか名字ということになったらしい。
「あやこお姉さんの名字は鈴木だからー……じゃあ、すずって呼ばれてるんだね!」
「そうそう。かなちゃんからだけの呼び方なのよ。良いでしょう?」
すずちゃんの名前は鈴木あやこ。漢字は分からないが覚えた。
「お二人は素敵な仲なんですね」
お盆でコーヒーを持ってきた本郷さんが会話に加わる。これだからイケメンは。そのスキルレベルマックスのコミュ力が羨ましい。すずが初対面かつ似た年頃の異性からの発言に照れた様子で笑う姿も金持ちのコミュ力を感じさせる。
コミュ力はどうすれば鍛えられるのだろう? 気合いと根性でどうにかなるなら病院はいらない。
「あ、安室さん! 安室さんは鼎お姉さんとお友達だったりするの?」
「おや、どうしてそう思ったんだい?」
「目と目で通じあってるように見えたからね」
コナンくんは子供らしくない顔で本郷さんに私たちの仲を訊ねた。少しはそういう表情を隠す努力をした方が良いのではないかと思えるが、すずが何も気付いていない様子を見るに、夢の中的演出の一つなのだろう。
「君が気にするほどのことじゃないさ」
「えー? ボク聞きたいなぁ。気になるぅ」
本郷さんに絡むコナンくんの声が素晴らしいほどに高山み◯みで耳が幸せだ。こんな幸福があって良いんでしょうか!? 良いんです楽◯ポイントを8000ポイントも貰えるのはそういうキャンペーンだから。
「えーっと、コナンくん?」
「あっ! 鼎お姉さんが教えてくれるの?」
「うん。彼と私は前にも別の喫茶店で店員と常連客だったことがあってね……。さっきのは『ご注文は、いつもので?』『こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、過去の客だとしても顔を忘れないとは良い心がけじゃないか。いつものを頼むぜ』っていう意味だったのよ。声に出して注文してないのにコーヒーが来たのはそういうことなの」
「へ、へー……」
本郷さんがお盆で顔を覆って震えているのは何故だろう。私としてはこれ以上なく上手いフォローだったと自負しているのだが。
「あら、じゃあかなちゃんは前から安室さんと知り合いだったの?」
「ほとんど喋ったことはないけどね。こう言うのもなんだけど、単に店員と客でしかなかったからさ」
我ながら上手い! 「安室と顔見知り以上の親しい関係ではないけれど、ある種の絆が存在する一般人女性」という立場をこれ以上なく素晴らしく演じられている! 今年の助演女優賞はぶっちぎりで私のものだ!
金田一で殺人事件を起こしてもこれならバレない。間違いない。
「これからは親しくして頂けると僕としては嬉しいですね。前の店は少し堅苦しくて……こうして会話ができるような雰囲気ではありませんでしたから」
どうして本郷さんはフルヤ=キリストにこんなにも似ているんだ。「仲良くしてほしい」なんて良いながらはにかむ顔はまさに微笑みの爆弾、ダァンと胸を撃たれた私が頷かないはずがなかった。
本郷さんさ、ほんとさ、分かっててやっているんだろう? 私知ってるから。その顔でそんな少し寂しげでこっちを窺うような笑顔を見せられて断れる人間はフルヤ=キリスト信者ではない。
つまらなそうにカウンターに戻ったコナンくんを見送り、お礼のつもりなのか無料のコーヒーおかわりと共にやってきたハムサンドを写真に収める。見た目からして既に美味が確定している完璧なアムサンドを写真に収めないでどうするというのか。ただ食べるだけなどという勿体ないことはできない。目に見える形でその名残を残しておくべきだ。
安室さんではなく本郷さんが作ったのだとしても、この夢において安室さんの配役は本郷さんだ。よって本郷さんの手作りならばそれは安室さんの手作りなのだ。
――ハムサンドの作り手が安室さんに変わった時、ハムサンドはアムサンドに変身する。まさにサナ◯マンがイナズ◯ンに変身するように劇的に変身する。
いざ……全ての食材に感謝して……!
「シェフを呼んで」
「僕がシェフです」
「こんなに美味しいアムサンドは初めて食べました」
「ハムサンドです。そう言って頂けるととても嬉しいですね」
「はー、アムサンド毎日食べたいすごい」
「ハムサンドです」
「かなちゃんったら、そんなにここのハムサンドが気に入ったのね」
すずの声を聞いて、喫茶店に来た理由を思い出した。
「そうだ、そうだった。すずちゃんのブーケトスの投てき目標を私にするっていう話をするために喫茶店に来たんだったよね」
「ごめんね、ブーケトスは妹にってもう決まってて」
な、なんだってー!?
「そ、そんな……すずちゃん私のトラがウマを食べた話知ってるでしょ……? 今を逃したら後はおひとりさまの老後って本を買うしかないんだよ?」
「妹が凄くごねたの……」
トラ×ウマはCPとしてノーマルすぎてつまらない。私はリス×トラこそ押したい。リスがトラを押し倒すなんて最高だろう私は大好きだ。
「くっ、親族の繋がりには勝てなかったか」
とはいえこれは夢。すずに結婚話など持ち上がった日にはすずの首を切り落としてやる私は本気だ。冗談っぽく話を締めてすずに恋ばなを促した。
「うちってホラ、鈴木財閥じゃない?」
知らなかった。すずはリアルでもイケイケなIT企業のご令嬢なのに、夢の中では更にレベルアップして財閥令嬢なのか。すずの金持ち力はもはや530000、資金力5でゴミカスの私とは大違いのようだ。
金持ちの世界は悪鬼羅刹が羊の仮面を被ってウフフオホホと笑いさざめいているものだというイメージがあるから私はサマージャンボが当たればそれで良い。継続的にウン十億円の収入なんて要らない、一時金で500万兆円ほしい。
うんうんと頷きながら聞いていれば、すずはとつとつと話を続ける。お相手はなんと鈴木財閥と仲の良いやはり財閥のご子息。歳は近く眉が凛々しいが少し気弱なのが可愛いそうだ。星◯王子さまカレーより甘いノロケを聞かされて砂を吐きそう。
「……結婚式。式の出し物で私が一曲歌う枠をとっておいてくれる?」
「かなちゃん!」
祝ってやる。末永く爆発すれば良い。
「結婚式は来年……ってことは、婚約期間一年も置くの?」
「うん、彼の身内に不幸があったから」
「身内の不幸なら仕方ないね。でも私は早くすずちゃんのジューンブライドが見たいな」
「えへへ、ありがとう、かなちゃん」
そうしておめでたい話もネタが尽き、まだまだ時間を持て余した我々は一つの結論に達した。
カラオケに行こう。
「我々を真の意味で解放してくれる場所はカラオケボックス、あそこを置いて他にない」
「今すぐ行きましょう、近くに良い店があるの」
「黄金のお饅頭の備蓄は大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない。よ」
普通に外で使っても問題ないクレジットカードも持ってるから、と頷いたすずに恐怖を覚える。普通に外で使ったら問題のあるクレジットカードとは何なのか。ブラックか? ライオン◯クラブか? それとも私の想像の範囲を飛び越えた凄いカードがあるのか。
金持ちへの恐怖におののいていた私の視界の端に本郷さんの姿が映る。物言いたげで物欲しげで、寂しそうなあの顔は――カラオケに行きたがっている。間違いない。
ああ、その顔を原作かアニメで見たかった。どうしてフルヤ=キリストの配役が本郷さんだなんていうどうでも良い夢でその表情を見なければならないのか。青山大先生かアニメ絵ならロック画面に登録するのに何故本郷なのか。
いくら「降谷零をリアルにしたらこういう顔をしているであろう」と誰もが思う顔だとしても、本郷さんは降谷零ではない。私が求めているのは代替物ではなく本物、どれだけ似ていようとも別物なのだ。
分かりやすく言うなら、このショックは初回限定特装盤を買ったはずがまさかの欠品で通常盤が届いた時に似ている。
「会計お願いしまーす」
それぞれ自分の分を支払い店を出る。コナンくんは付いてくる様子がないし、この様子ならカラオケボックスで殺人事件が起きることはないだろう。
まだまだ今日は終わらないぜ。