その壁は薄かった   作:充椎十四

8 / 27
8/23

 夢だけど夢じゃなかったのだろうか。ハムサンドと半熟ケーキを持った本郷さんが「今度店で出そうと思っているケーキなんです。隣人のよしみで感想を頂けませんか」なんて言うからゼロシコ公開直前話かよ拘りが凄いな、と生唾を飲み込んだ。

 ハムサンドとケーキはもちろん受け取った。

 

「貴方は聞かれないんですね」

「何のことですか?」

 

 なにせ今の私は夢と現実の境界線がどこにあるのか分からなくなっている。夢の中で会いましたよねとか言ってドン引きされるのは御免被りたいし、貴方と私が夢の国で会うのは森の小さな公園で結婚式をあげる時だけだ。自ら率先して墓穴を掘るつもりはない。

 

「ふふ、敵わないな……」

 

 何故か瞳を静かに輝かせる本郷さんが気持ち悪い。会話が噛み合っていない気がするが、深く突っ込んでは危険が危ない雰囲気がぷんぷんするので指摘するのは止めた。

 ニコニコ笑顔でラインを交換させられ「では感想待ってますね♡」なんてハートが舞い散る声で念押しまでされ、本郷さんは部屋に戻っていった。ラインのプロフィール画像は今頂いたばかりの半熟ケーキ――本郷さんは乙男だったようだ。部屋の中はレースふりふりでぬいぐるみに溢れているのだろう。似合わないとしか思えないが、人の趣味をとやかく言うものではない。

 

 ドアを閉め、トレーの上で輝くケーキを見下ろす。

 食べよう。でもその前に記念撮影だ。やだ~超イン◯タ映え~! イ◯スタしてないけど~! お店のケーキみたいにすご~い!

 

「凄いなぁ本郷さん、このケーキ滅茶苦茶美味しいじゃない」

 

 舌の上で溶ける半熟のスポンジ、植物性ではなく生乳のそれを贅沢に使っているホイップクリームは濃厚で、たっぷり添えられたブルーベリーやラズベリーは甘酸っぱく弾け味覚を飽きさせない。

 ちなみに私の得意なケーキはホットケーキだ。時々焦がすが。

 

 ――本郷さんが引っ越してきたのは一年近く前。それからずっと交流があるのならともかく、突然こうして関わってきた理由は何だろう。突然隣人と交流したくなったのには何か訳があるはずだ。

 恋とか愛とかそんなのではないだろう。なにせ私は魅力的な見た目をしているわけではないし、数少ない接触でもただ婚活パーティー会社の案内状を見られただけだ。それで恋が始まるというのは常識的に考えて無理がある。

 

 何があったのだろうか?

 

 顎に手を添え考える。以前プライベートなものを見てしまった謝意? 二ヶ月も前の出来事で今更なうえ、元々が不可抗力だ。そして謝罪ならあんなシャイニングな顔はしない。では、私と交流を持つ必要ができたとか? ストーカー等の不審な人影を見かけたら教えてほしいとか、護身のために人の目を増やしたいとか……。これなら納得だ。本郷さんは私がついっとをしなくとも既にネットに拡散されていそうな顔をしているし、ストーカーの十人や二十人はいるに違いない。

 

 ストーカーが増えて生活がいよいよ危険だとか、そういう切羽詰まった状況なのだとしたら協力するのは吝かではない。助けを求める者を見捨てる外道ではないのだ、私は。

 顔面が良いとこういう不便もあるのか。縁がないから知らなかった。

 

 ケーキをひょいと口に放り込む。

 

「……うま」

 

 ただ、まあ、なんだ。つまり私は安全牌扱いなわけだ。

 ショックじゃないと言えば嘘になる。別に本郷さんと付き合いたいとかそんなことを考えているわけではないし、逆に恐れ多くて見つめ合うと素直におしゃべりできない。だけど、だからと言って安全牌扱いに傷つかないわけではないのだ。

 

 さっきまで甘酸っぱく美味しかったケーキが、どうしてか今は苦く味気ない。

 

 現実の男は残酷だ。――つまり、現実の男ではないうちの御子様は最&高。顔が良くて声が良くて三つの仮面を使い分ける万能天才マジヤバい。どのくらいヤバいかと言えば超ヤバい。サトシがタイプ・ワイルドならフルヤ=キリストはタイプ・ゴッド、スーパーマサラ人など目ではないのだ。存在もカリスマも腕力も全て格上、いや比べることすら烏滸がましい。だって神の子だもん。

 フルヤ=キリストの存在はファンタジー、出逢いはまさにディスティニー。彼への信仰はつまり生まれた時から決定付けられた逃れ得ぬ定めだった。我々は青山先生という預言者を通じてこの世に零れ落ちた救い主の足を洗い香油を塗ってキスすべき。救い主フルヤは海より遥かに深く山など越えて宇宙より高く貴いのだ。尊くて貴くて震える。この世は地獄ですがフルヤは和睦です。何故なら江雪の和睦パンチ()が太刀トップクラスの殺人剣であるように、フルヤ=キリストの和睦シングパンチも赤井への殺意に溢れた殺人拳だからだ。

 

 つまり和睦だ。フルヤ=キリストのことを考えるだけて心が洗われ、この世のあらゆる穢れから解放される。ふぇぇ尊い、眩しいすごい。

 

 しかし現実の男――本郷は見た目がまんまフルヤ=キリスト。何故だ許せんこのスト◯イツォ容赦せん! それだけに飽きたらず、擦りガラス越しなら中の人の麗しい御声と勘違いしそうなほどそのままフルヤ=キリスト。こんなのおかしいよ、絶対絶対おかしいよ!

 憎い、奴が憎い羨ましいその声を寄越せ! その声で『おはようございます! 今日も一日頑張りましょう!』とか言ってもらえたら毎朝爽やかで素晴らしい目覚めを得られるだろうことは間違いない! ふぇぇ聴きたいまじで聴きたい録音させてください土下座しても良い! お願いします! 働かせてくださいじゃない間違えた録音させてください! 名前を一部取られて鼎が県になってもいい!

 

 そういうわけでラインを開きメッセージを送る。

 

『こんにちは! さっき頂いた半熟ケーキの感想です!

ふわふわのケーキは優しく口の中でとろけて、たっぷりの甘酸っぱいベリーと濃厚な生クリームが合わさり、フォークが止まらない美味しさです。こんな素敵なケーキをありがとうございます!』

 

 何度か会っただけの人に声を録音させてほしいなどと言えるなら、コミュ障を名乗っているわけがない。

 

「どうして私はコミュ障なんだ……」

 

 言い訳スキルならカンストしているのに、人と仲良くしようとすると上手くいかない。

 人に踏み込みすぎてたたらを踏んだり、踏み出さずにいてさよならしたり。本音をぶつけ合うドッジボールなSNSの世界で出会ったからすずと仲良くなれたが、大学やサークルで出会っていればこれほど仲良くはなれなかっただろう。コミュニケーションとはなんと難しいものなのだろう。

 

 ――コミュ障でなくとも「声を録音させてください」などと頼むのはハードルが高いだとかそんなことを言ってはいけない。

 

 メッセージの既読が着くまでに二秒とかからず、そして十五秒後に届く返信。

 

『丁寧な感想ありがとうございます^^とても助かります!

鼎さんさえよろしければ、これからも試食などお願いして良いでしょうか?』

 

 返信が早い。待ち構えていたのかもしれないと思うと少し怖い。それだけ切羽詰まっているのだろうか? そうだとすれば……本郷さんは溺れる者は藁をも掴む心地で私に接触したのかもしれない。身近にストーカーになりそうにない干物がいたら飛び付きたくなるのも仕方ないことだ。

 

 ――もし本郷さんがそこらのどうでも良いただ面が良いだけの有象無象であれば、手助けしてやる気は小指の先程も起きなかっただろう。

 本郷よ、そのフルヤ=キリストに生き写しな自らの顔面に感謝するが良い。我が信仰は偶像崇拝を否定していないのだ。フルヤ=キリストへの愛があればイラストだろうがコスプレだろうが成り茶だろうが何だろうが等しく尊重される。愛ゆえの行動に貴賤はない! おお、ジークハイル! フルヤ! でも欠損は痛々しいから止めてあげて、日本のために働けなくなってしまう! でも義手や義足もそれはそれで燃えるふぇぇフルヤはとりあえず貴い。

 

 ぽちぽち返信を書いて送る。

 

『あまりお役に立てる気はしませんが、もしよろしいようでしたら是非。

本郷さんのお手伝いになれると良いのですが……。』

 

 ケーキの後に食べたハムサンドは何故か、昨日見た夢の中と同じ味がした。正夢だったのかもしれない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。